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第3話

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 お父様は、右肩から先の自由を失いました。
 私はそれを知っていました。
 知っていたのに、伝えませんでした。
 言い訳を連ねて、保身に走って、お父様の自由を奪ったのです。

「――っ!!」

 胸を引き裂いて、うちに湧き上がる黒い衝動をかきむしってしまいたい。逃げ場の無い熱量をどこかに捨ててしまいたい。
 それができずに胸の奥に抱えている。

 ――私のせいだ。私のせいなんだ。

『アイリスが気に病むことは無いわ。あれは事故よ。だれにも止められなかったの』
『私もアイリスも、命に別状はなかったんだ。それを一緒に、喜べないかい? アイリス』

 怯え、引きこもる私に、両親は優しく接してくれました。ただ、それだけのことが、私には、とても、とても――

 とても、辛かった。

 優しい言葉が、こんなにも心を抉るだなんて知らなかった。人に心配をかけているという自責の念が重くのしかかった。いつかこの優しさが枯れてしまうのがたまらなく恐ろしい。

 こんなことなら最初から、愛情なんて、知らなければよかった。

「……こんな日記、無かったら」

 どれだけ気が楽になったでしょう。
 私のせいじゃない。
 ただそう思えれば、どれだけ救われたでしょう。

「うっ……ううっあああああ!!」

 開いたページを乱雑に握り、破る。
 破ったページをさらに引きちぎる。
 破り捨て、引き裂いて。
 済む事の無いと知って、気が済むまで、衝動に身を任せました。

 最後に残ったのは日記のガワ。

 私は部屋の窓を開くと、それを力の限り遠くへ放り捨てました。

(これでよかった。これでよかったんだよ)

 未来なんて、人が知っていいものではありません。
 きっと重圧に押しつぶされてしまうから。

「……ぇ」

 次の瞬間、私は自分の目を疑いました。

「……どうして、どうしてなのよ」

 私の目の前には、一冊の本がありました。
 分厚い背幅、ずっしりとした重量。
 16年の歴史の厚み、人の命の重み。
 その本の名は――

 【アカシックレコード】

 脳のどこかで、火花が散るような音がしました。
 ふつふつとした衝動が胃の底から湧いて出て、喉の渇きをいっそう強めます。

(ふざ、けないでよ)

 私が一体何をした。

「どうすればいいのよ! こんな未来を押し付けて、私に何をさせたいの! どうして私がこんな目にあわなければいけないの!!」

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!

 私は何を呪えばいい。
 報われることのない我が未来か。
 実父を救わなかった己の愚かさか。
 生まれてきてすみませんとでも言えば満足か。

 否。

「……許さない」

 呪うとすればただ一つ。

「私をもてあそんだ運命を、私は決して許さない」



 ……ええ、認めましょう。

 私は呪われています。
 それも、特別厄介なタイプの呪いに。

 この本に書かれているのは私の生涯。
 私の人生の終着点は、予め決められていたのです。

 認めましょう、受け止めましょう。
 報われることのない婚約を。
 私が迎える死の結末を。

 ですが、そのうえで。

 否定してあげます、抗い続けてみせます。
 誰が運命の思惑シナリオ通りに動くものですか。レールの敷かれた未来なんて捻じ曲げてしまえばいい。

 運命が私をもてあそぶなら、私は運命をあざ笑いましょう。
 これは、戦争です。
 私がおとなしく引き下がるだなんて、思わないで。

 ずっしりと重たい、私の書。
 手に取り、今日までの軌跡をたどります。

 ――何もする気が起きない。
 ――このまま誰にも知られず朽ちてしまえばいいのに。早くゆるされたいのに。

 そんな未来、私は絶対に受け入れない。

 扉の先にあるのがイバラの道だとしても。

「アイリス……」

 私は、部屋を出ました。

「よく、よく顔を見せてくれたね。ああ、こんなに腕が細くなってしまって……」
「お父様、お母様、私、私……っ」
「辛かったのね、頑張ったのね……、アイリス、何も言わなくていいから、よく聞いてくださいね」

 お母様が私を抱きしめてくださいました。
 私の肩に雫が零れていきます。
 母の瞳からあふれたと思われるそれは。

「生きててくれて、ありがとう……っ!」

 とても、とても暖かかったです。

 私は、胸が締め付けられるようでした。
 何故って……。

 ――7月15日。
 ――断罪と称して、処刑される。
 ――行年 16歳。

 私は、選択を間違えていた。
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