色欲デモナージュ ~チートは危険ですのでおやめください。ハーレムが出来てしまいます~

一ノ瀬るちあ/ねこねこバレット

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33話 志波姫と連続絶頂:悪魔祓い

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 かつて、偉人ニーチェはかく語りけり。

「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」

 怖かった。
 その言葉を聞いて、私、志波姫しわひめ彩芽あやめが思ったことは、逆はどうなのだろうという事だった。深淵がこちらを覗く時、私はその視線に気付けているだろうか。悪意を警戒できているだろうか。その牙は、その爪は、いつ振り下ろされるの?

 私は正しかった。
 ある日の、昼下がりの、麗らかな日が降り注ぐ、澄んだ日の事だった。父と母と出かけたショッピングの帰り道の事だった。車内には父イチオシのレトロなミュージックが流れていた。私の感性からはズレていたけれど、陽気な音楽だったと記憶している。

 ――破砕音。

 今となっては思い出せるのはそれだけだ。
 鼓膜を穿つ、なんて生易しいものじゃない。脳震盪を起こすほどの、衝撃波。父が運転していた車の横っ腹に、大型トラックが突進してきたのだった。慣性が重力を塗りつぶす空間で、私は意識を呆気なく手放した。

 ……どれほど経ってからだったか。
 「しっかりしなさい!」そんな声に導かれ、私は目を覚ました。目の前には、知らない顔があった。その顔の持ち主は、私の意識が戻ったのを見て、安堵の表情を浮かべていた。

「君だけでも無事でよかった」

 どういうこと?
 体を起こそうとして、気付いた。体中、あちこちが痛む。まるで筋繊維をぶちぶちに引きちぎったかのようで、指の一本すら動かせない。
 肋骨が折れているのだろうか。
 呼吸するだけで痛む胸を無視して、声を絞り出した。

「お父……さんと、おか、さん、は?」

 私を覗く顔が、みるみる萎んでいった。

「すまない……っ! 必ず、仇を討ってみせる。悪魔祓いの名にかけて!」

 ――ああ、そうだ。
 ――この日だ。
 ――私が悪魔という存在を知って。

 復讐を誓ったのは。


 悪魔への足掛かりを見つけた。
 そう連絡を受けたのは、今日未明。
 上司のもとに着いたのが、今朝のこと。

「おう、志波姫、来たか」
「おはようございます」

 ここは悪魔祓いのアジトだ。
 隙間なく窓枠に埋め込まれた100均の本棚。日が差し込むことも、部屋の明かりが零れることもない、とあるマンションの一室。下界から遮断された室内に、配置されたコンピュータの数々。私の上司である彼が、一台のディスプレイを指さした。

「とりあえず見ろよ、話はそれからだ」

 言うまでもなく、その上司はあの日の男だ。
 私の仇を討つと誓った、あの日の男だ。
 彼は身寄りのなくなった私を育ててくれている。

 あの日私は、悪魔祓いになることを誓った。
 両親を殺した悪魔をこの手で葬り去るために。
 男は最初は渋ったが、私が家出をすると折れた。
 それから見習いを経て、今では私も一員だ。

「なんですか、これ」

 映し出されたのは、ホテルの一室。
 私と同年代らしき男女がまぐわっている様子だ。

「違法な店だよ。深夜の内に摘発され、店内にいた全員の身柄が拘束された」
「まさか、これが悪魔への足掛かりなんて言いませんよね?」
「そのまさかさ」

 呆れた。
 こっちはあの日以来、冷める事のない復讐心に駆られているというのに、こんなしょうもない映像を見せるために呼び出したなんて。彼だから許してあげるが、他の仲間がこんなことをしたら絶対に許すものか。
 踵を返そうとした時だった。

「まあ待て。そろそろだ」
「待てと言われても、一体その映像から何が……っ!?」

 監視カメラに映ったのは、その部屋に突撃する警官たち。
 それと、一瞬で姿を消した男女ペアだった。

「な、大きな収穫だと思わないか?」

 流し目にそう言う上司。
 私は、口角が吊り上がるのを抑えられなかった。両親を亡くしてはや数年。ようやく尻尾が見えた。この理屈で証明できない現象は悪魔の証拠だ。

「男の詳細は不明だが、女はある程度分かっている」

 また、別のディスプレイに、女性のプロフィールが表示される。
 高校生。本名、比嘉夏希。住所から身長、体重まで、プライバシーなどお構いなしな程に丸裸にされた情報が、つらつらと書き連ねられている。

「男か女か。どちらか一方は悪魔に繋がる手がかりのはずだ」
「ですね。私は彼女を当たれば?」
「……ああ。頼む」

 彼が、私から視線を逸らす。
 本当は私に手を引いてほしいのだろう。だけど、彼は私が引かないことを知っている。私がそれを察して上で、気付かない振りをしていることも承知の上なのだろう。それでも、私は。

「ありがとうございます」

 私は、比嘉夏希の通う高校に向かった。


「比嘉夏希、ねぇ」
「なにか気になることがあるのかい? 奏夜」
「まあ、な」

 昨日駅に置き去りにしてきた女性。
 風俗店で知り合った彼女は、年上に思えたが、実際には同じ学校の生徒らしい。しかし妙だ。彼女ほどの美貌を持ち合わせているならば、噂の一つ二つ流れてきてもおかしくない。たとえ学年が違ったとしてもだ。だが、俺は彼女の事を見たことも聞いたこともないのだ。

「ま、生徒数が年々減少いていると言っても数えきれないほどいることに変わりはないしな。今まで見たことが無くても不思議じゃないか」

 どうせ見つからない答えだ。
 探すのも適当に切り上げ、通学路を進む。最近はめっきり寒くなってきていたが、今日は季節はずれに暖かい。零れる朝日が、少し楽しい一日になりそうな予感を運んでくれる。

 例えばそこの曲がり角。
 そこから美少女が飛び出してきて衝突、からのパンチラ、なんて展開もなくはない。そう、可能性はいつだって無限大。だから俺たちは希望に向かって進めるんだ。いくぜっ。

「っ!? あぶなーいっ!」
「ほわっ!?」

 右から迫る何か。
 咄嗟の事だ。あいにく、受け流すことは出来そうにない。仕方がないので俺は、時間を停止することにした。

 ピタリと、世界が動きを止める。
 俺だけが動ける空間で、飛来物を改めて観察する。驚くなかれ、それはまさかの女の子だった。年は俺と同じくらいだろうか。すらりと細いが、しなやかな筋肉のついた身体。艶やかな黒髪は長く、風に吹かれて羽ばたき、まつげは長く、鼻は筋が通っていて顔立ちも端正だ。控えめに言って超絶可愛い。

 一つ、ただ一つ文句を言うならば、もう少しスピード落としてほしかった。そうすればその柔らかい胸を受け止めることができたかもしれないのに。仕方がないので彼女の進行方向から外れて、その突進を回避。時間停止を解除する。

「えっ!?」

 急に姿を消した俺に戸惑う少女。
 あるはずの抵抗が消えたことに戸惑い、足をもつれさせつつも、彼女はアクロバティックな動きで転倒を免れた。曲がり角の反対側の通路に立ち、目ん玉ひん剥いてこちらを見ている。
 そんなに怪しいか?

「……みつけた」
「は?」

 見つけた? 何を? 運命の相手?
 おお、ついに俺にも、能力を使わずに好きになってくれる女性が現れたか。今日は赤飯だな、あんまり好きじゃないし、むしろ嫌いだけど。
 なーんて、考えていたら。

「……死ネッ!!」

 いつの間にか、彼女の手には銀色が握られていた。
 刃渡りは短く、けれど頸動脈を切るには十分なそのナイフを、彼女は迷うことなく一直線に振り抜いた。俺ではなく、アスモデウスに向かって。

「アスモデウスっ!」

 まさか襲撃されるとは、まして見えない筈のアスモデウスが狙われるとは考えてなかったから、失着した。時間停止、あるいは結界を作動させられれば、この結果は免れたかもしれない。

「奏夜……っ」

 残酷だ、現実は。
 俺の目に映ったのは、白銀のナイフが、アスモデウスの首を食いちぎる実像。そして、ぼふんという音と共に消滅する相棒の姿だった。

「ふは、あはは、あはははは! やった、悪魔を殺した。あは、殺せたんだ!」

 顔とぶつかるほどにナイフを近づけて、少女は笑いだした。

「あはは、ねえ、そこの君。君が悪魔の契約者ってことでいいんだよね。犠牲者? それとも被害者? 被害者だよね。悪魔に騙されたんでしょ? もう大丈夫、私が助けてあげたからね」
「お前、何言ってるんだ?」
「あはは、惚けなくてもいいよ。それとも期待しているのかな? 悪魔が死んでいない可能性を。無駄だよ。これは悪魔を殺すために鍛え上げられたミスリルナイフ。現に、悪魔を殺されて能力を使えなくなっているだろう? だから、こう言ってくれるだけでいいんだ。『騙されていた』ってさ」
「随分な代物だな、悪魔に親でも殺されたか?」

 冗談のつもりで、口にした。
 取り返しのつかないことだと知ったのは、その後だ。

「……ああ、そうさ。私の両親は悪魔に殺された」
「冗談じゃ、ないのか?」
「冗談を言ってるように見えるかい? ははっ、私は至って真剣だよ」

 彼女はナイフを手の内で滑らせ、俺に突き付けた。美貌も目に入らなくなるほどに熱い双眸が、俺を真っすぐに捉えている。

「だからさ、許せないんだよね。悪魔も、悪魔の契約者も」
「……ひとつだけ、いいか?」
「なんだい?」
「……そいつは、多分アスモデウスじゃない。俺を殺したところで、お前を殺した悪魔はのうのうと生きてるだろうさ」

 それは、信頼といえば信頼だし、確信と言えば確信だ。
 アスモデウスは色欲の悪魔だ。このんで人を殺すような悪魔ではない。殺すより、墜とすことに快楽を見出すタイプの悪魔だ。仮に人を殺す悪魔がいたとして、あいつが犯人である可能性は極めて低いだろう。

「はっ、交渉の余地なんてないよ。悪魔は皆殺しだ。それに与するものも同様さ。残念だったね」
「……そう、だな。残念だ」

 アスモデウスが死んだなら、俺にこの盤面をひっくり返す手札は残されていない。

 アスモデウスが、死んだならな。

「残念だが、お前は悪魔の一柱も殺せてないよ」
「なに?」
「【気絶するまで連続アクメを決めろ】」
「おご……あ゛、あ゛ぁ゛!? イ゛グゥゥゥゥ!?」

 俺の言霊を受けて、彼女は潮を吹いた。
 盛大に、鯨のように噴き出して、それから腰を砕いて倒れ伏す。足元には水たまりが出来ていて、冬にしては暖かい日差しと言えど湯冷めが気になるところだ。

「ア゛ッ♥やっ……ヤ゛らぁぁぁぁ♥にゃんでっ、イっくぅ……またイっちゃうぅぅぅ♥♥にゃんでぇぇぇ♥ありえにゃいぃぃぃ♥♥」
「やあ、奏夜。誰だいその子は」
「ふぎゅぅぅぅぅ♥あ……っ♥悪魔ぁ♥なんれここにいりゅのぉぉぉぉ♥」

 彼女が連続絶頂する一方で、件の悪魔が再臨した。
 倒したはずの悪魔がいるからか、連続絶頂というありえない現状からか、彼女は目に見えて狼狽している。彼女の足元に広がる水たまりに溺れるように、必死にもだえ苦しんでいる。

「悪魔祓いだってさ」
「へぇ、悪魔祓い。まさかこの時勢、この極東で巡り合うとはね。これは、雪女に感謝しないとかな?」

 アスモデウスが地面にかがみ、何かを掬い取る。
 目を凝らしてようやく見える、極細のそれは、アスモデウスの毛髪だった。つまるところ、殺されたアスモデウスは妖術で生み出された分身体に過ぎない。偽物ということだ。

「う、そ……っ♥に、にしぇものぉぉ!? 聞いてにゃい♥悪魔がそんなの出来りゅにゃんて聞いてにゃいぃぃぃ♥♥」
「言ってないからね。君が隠密行動していたのと同じさ」
「卑怯ものぉぉ♥♥おっ……お……っ♥」

 快楽量に脳が耐えられなくなったのか。
 ぴくぴくと痙攣しながら、彼女は意識を手放した。彼女の股間からは、絶頂の余韻がぴゅーぴゅーと吹いている。催眠条件から気絶したのはまず間違いないが念のため確認し、それからアスモデウスに声をかける。

「お前、いつの間に分身と入れ替わってたんだよ。一瞬ヒヤッとしたぞ」
「君が寝ている間だね。人前で悪魔の力を使うのは危険が過ぎるからね。警戒しておいて損はないさ」
「忠告ぐらいしてくれてもいいだろ」
「危ないよ」
「遅いよ」

 レースゲームの警告音並みに遅いわ。

「まあ、確かに悪かったよ。まさか悪魔祓いが現代に残っているとは思わなかったからね、説明を怠ったよ」
「いや、俺の行動が軽率だった。天使の例があったんだ。警戒する動機は十分だったのに、それを怠った。お前に非はねえよ」
「ん? 随分殊勝じゃないか」
「まぁ、な。ちょっと気が緩んでたかもしれない」

 生死にかかわる問題だったらぶちぎれてたけどな。あいにく今回はいつでも切り返せる状況だったし、実際問題どうということは無かった。怒るほどの事でもない。

「それにしても、いささか凶悪じゃないか? 会うなり殺しにかかってきたぞ」
「そりゃそうだろうね。みんながみんな、私みたいに優しい悪魔じゃない。おおよそ、質の悪い悪魔に弄ばれでもしたんだろうさ」
「日本でか?」
「む?」

 アスモデウスが口に指をあてる。
 おかしいのだ。悪魔の本籍は基本的に西欧で、日本に来る理由なんてそれこそ島流しにあうくらいだ。だからこそアスモデウスは悪魔祓いの存在を見落としたし、分身体とは言え一体持っていかれることになった。

「ちょっと調べてみるよ」

 そういい、何かの能力を行使しようとするアスモデウス。
 俺は慌ててアスモデウスを止める。

「待て待て。何するつもりか知らねーけど俺も巻き込めよ」
「学校はどうするんだい?」
「分身に行かせる」

 髪の毛を一本引きちぎり、分身の術を使用。
 代理出席させることにする。
 アスモデウスはため息をついた。
 眉毛を垂らし、しかたないなぁ、という表情だった。

「せっかくだ。奏夜が能力を覚えなよ。能力の発現も、慣れたものだろう?」
「まぁなぁ。で、どんな能力なんだ?」

 悪魔の能力も、これまでに八個発現している。
 能力の覚醒も、なんとなく掴んできた。話に聞けば体現できる自信はある。

「【記憶改竄】」

 にやり。
 彼女は笑ってそう言った。
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