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2 舞踏会
2-6 幕の向こう
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ジュリーは急ぎ足で自分たちの居室に戻った。入ってすぐは応接間で、奥に寝室が二つ。アナイスとジュリーはそれぞれの寝室を使っていた。
「アナイス!」
アナイスの寝室は暗くて静かだった。応答はなかった。
「アナイス、いないの?」
ジュリーが手元灯を掲げると、天蓋付きのベッドの、幕が降りたままになっているのが見えた。
「アナイス、いるの? 開けてもいい?」
「いいわよ」
こもった声が答えた。
ジュリーが幕を開けると、アナイスは頭に布団を被ってあおむけに寝ていた。すでに夜着だった。
ジュリーは自分はドレスの姿のままベッドの縁に腰かけた。
「何かあったの?」
「……ワインがかかって、ドレスをだめにしてしまった。もう舞踏会には行けないわ」
「まあ、それは、大変だったわね」
ジュリーは心からの同情を示した。いつもの通り真心のこもった様子で、ちっとも嫌味ではなかった。
アナイスはジュリーに言った。
「舞踏会はもういいの? あなただけでも行ってきたら?」
「私も、もういいわ。一人で行ってもつまらないし」
ジュリーは首を振って答えた。アナイスは短く「そう」と言った。
ジュリーは布団を被ったままの親友に呼びかけた。
「あなたが部屋に戻ったから、心配だって、教えてくれた人がいたの」
「ふうん」
「エヴァンっていう人で、セドリックのお友達なんですって」
アナイスは寝返りを打って背を向けた。布団を被ったままで訊いた。
「その人、私のこと……何か言ってた?」
「特に、何も、言ってなかったわ」
「そう」
どうやら、自分が書いた手紙のことも、手紙の通りに今日起きた行き違いのことも、彼は口をつぐんでいてくれるらしい。それは一安心だが、アナイスの心は晴れない。
「ごめんなさいね」ジュリーは言った。「私、あなたより先にセドリックと踊ってしまったわ」
「ジュリーのせいじゃないわ」
「彼と少し話したのだけど、あの、彼はちょっと誤解をしているようなの」
「誤解?」
「彼はあなたが書いた恋文を読んだみたいで……」
アナイスは飛び起きてジュリーの顔を見た。
手紙は、エヴァンには読まれてしまった。置き忘れていたほんのひと時の間に。その時に、セドリックもその場にいて、手紙を読んでいたということなのだろうか?
ジュリーはすまなそうに下を向いて、それからまたアナイスを見た。
「それでね、どういうわけだかわからないんだけど、……彼は私がその手紙を書いたと思ったみたいで」
「えええ!?」
アナイスは叫んで、それから黙り込んだ。
しばらくしてからジュリーは静かな声で続けた。
「私が書いたんじゃないって言ったんだけど、なかなか分かってもらえなくて……、それで、でもあなたのことを言うわけにもいかないし、で、私には友人がいて一緒に山荘に来ているって、セドリックに言ったの」
「……」
アナイスは沈黙していた。何も言えなかった。
「アナイスともお話しできたらきっと楽しいと思うから、今度一緒にお話ししましょうって言ったら、彼もそうしましょうって言ってくれたわ」
「……そうね」
気乗りしない答えが返って来た。
ジュリーは感情を込めて言った。
「きっと、そうしましょうね」
「ありがとうジュリー、でも今は一人にしておいて」
「具合が悪いの?」
「ううん、悪くないわ、でも、朝になったら元気になるから……」
「わかったわ……、おやすみなさい」
ジュリーは立ち上がって幕を下ろした。幕の向こうからアナイスが答えた。
「おやすみなさい」
「アナイス!」
アナイスの寝室は暗くて静かだった。応答はなかった。
「アナイス、いないの?」
ジュリーが手元灯を掲げると、天蓋付きのベッドの、幕が降りたままになっているのが見えた。
「アナイス、いるの? 開けてもいい?」
「いいわよ」
こもった声が答えた。
ジュリーが幕を開けると、アナイスは頭に布団を被ってあおむけに寝ていた。すでに夜着だった。
ジュリーは自分はドレスの姿のままベッドの縁に腰かけた。
「何かあったの?」
「……ワインがかかって、ドレスをだめにしてしまった。もう舞踏会には行けないわ」
「まあ、それは、大変だったわね」
ジュリーは心からの同情を示した。いつもの通り真心のこもった様子で、ちっとも嫌味ではなかった。
アナイスはジュリーに言った。
「舞踏会はもういいの? あなただけでも行ってきたら?」
「私も、もういいわ。一人で行ってもつまらないし」
ジュリーは首を振って答えた。アナイスは短く「そう」と言った。
ジュリーは布団を被ったままの親友に呼びかけた。
「あなたが部屋に戻ったから、心配だって、教えてくれた人がいたの」
「ふうん」
「エヴァンっていう人で、セドリックのお友達なんですって」
アナイスは寝返りを打って背を向けた。布団を被ったままで訊いた。
「その人、私のこと……何か言ってた?」
「特に、何も、言ってなかったわ」
「そう」
どうやら、自分が書いた手紙のことも、手紙の通りに今日起きた行き違いのことも、彼は口をつぐんでいてくれるらしい。それは一安心だが、アナイスの心は晴れない。
「ごめんなさいね」ジュリーは言った。「私、あなたより先にセドリックと踊ってしまったわ」
「ジュリーのせいじゃないわ」
「彼と少し話したのだけど、あの、彼はちょっと誤解をしているようなの」
「誤解?」
「彼はあなたが書いた恋文を読んだみたいで……」
アナイスは飛び起きてジュリーの顔を見た。
手紙は、エヴァンには読まれてしまった。置き忘れていたほんのひと時の間に。その時に、セドリックもその場にいて、手紙を読んでいたということなのだろうか?
ジュリーはすまなそうに下を向いて、それからまたアナイスを見た。
「それでね、どういうわけだかわからないんだけど、……彼は私がその手紙を書いたと思ったみたいで」
「えええ!?」
アナイスは叫んで、それから黙り込んだ。
しばらくしてからジュリーは静かな声で続けた。
「私が書いたんじゃないって言ったんだけど、なかなか分かってもらえなくて……、それで、でもあなたのことを言うわけにもいかないし、で、私には友人がいて一緒に山荘に来ているって、セドリックに言ったの」
「……」
アナイスは沈黙していた。何も言えなかった。
「アナイスともお話しできたらきっと楽しいと思うから、今度一緒にお話ししましょうって言ったら、彼もそうしましょうって言ってくれたわ」
「……そうね」
気乗りしない答えが返って来た。
ジュリーは感情を込めて言った。
「きっと、そうしましょうね」
「ありがとうジュリー、でも今は一人にしておいて」
「具合が悪いの?」
「ううん、悪くないわ、でも、朝になったら元気になるから……」
「わかったわ……、おやすみなさい」
ジュリーは立ち上がって幕を下ろした。幕の向こうからアナイスが答えた。
「おやすみなさい」
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