15 / 29
第二章 再会
2-7 別の道
しおりを挟む
指揮官の女が駆け寄って董星の前に立った。彼女は言った。
「あなた方の馬車は無事でよかった。事故で私たちの馬車は壊れたが、幸い、けが人は出なかった」
「……」
董星は何も言わずにただじっと女の顔を見た。指揮官の女の方も、何かを言いたそうに、しかし口を閉ざして董星を見つめた。
女たちは最初から事故の用心で、馬車には誰も乗っていなかったということか。
壮宇は言ったのだ。壊れた馬車に乗っていたのは、王太子の妃か、それとも義弟か。
義弟というのは自分のことだ。もし先に赤影門に向かっていたのが自分の馬車であったならば、やはり同じような目に合っただろうか?
そして、王太子の妃というのが、壊れた馬車に乗っていたかもしれない人物ということだ……。
今度は侍女が、大きな声で指揮官の女に対して呼びかけた。
「央華様、」
央華と呼ばれたその名が、董星の耳を打った。
「その方にはその方の馬車がお有りだ。お礼を申し上げて、我々は先に参りましょう」
ここからは別の道となります。
言葉には出さないが、蓉杏の、董星と央華を見る目がそう言っていた。
「王太子妃殿下?」
董星が尋ねると央華は首を振った。彼女はとたんに打ち解けた口調になった。まるで四年前に戻ったようだった。
「まだ東宮に呼ばれただけ。でも明日にはそうなる。そういうあなたも董星王子ね?」
「今日から、そういうことになったみたいだ」
董星は世から隠された王子として、山中での離宮暮らしが長かった。それでこの答えは彼の本心でもあった。
董星の答えに央華はふふふと笑った。
「今日から、と言うのは、嘘ね」
「でも俺が呼ばれたのは王宮の本殿ではなくて十王府だ、これは本当だよ」
「信じるわよ。ね、最後に会えてよかった」
「うん……」
「お元気で。十王府で、出世なさって」
「……」
董星は央華にかける言葉が見つからなかった。単純に、君も、と言うわけにはいかなかった。
壮宇は公然と恵明という女を連れていた。央華が王太子妃という立場で迎えられるとしても、この先、あの女が央華の行く手に立ちふさがることだろう。
央華は董星の隣をすり抜けて蓉杏の隣に戻った。それから馬上の人となり、自分の隊列を指揮すると赤影門を超えた。
董星も自分の馬車と隊列との先頭に立ち、門の内に入った。
「あなた方の馬車は無事でよかった。事故で私たちの馬車は壊れたが、幸い、けが人は出なかった」
「……」
董星は何も言わずにただじっと女の顔を見た。指揮官の女の方も、何かを言いたそうに、しかし口を閉ざして董星を見つめた。
女たちは最初から事故の用心で、馬車には誰も乗っていなかったということか。
壮宇は言ったのだ。壊れた馬車に乗っていたのは、王太子の妃か、それとも義弟か。
義弟というのは自分のことだ。もし先に赤影門に向かっていたのが自分の馬車であったならば、やはり同じような目に合っただろうか?
そして、王太子の妃というのが、壊れた馬車に乗っていたかもしれない人物ということだ……。
今度は侍女が、大きな声で指揮官の女に対して呼びかけた。
「央華様、」
央華と呼ばれたその名が、董星の耳を打った。
「その方にはその方の馬車がお有りだ。お礼を申し上げて、我々は先に参りましょう」
ここからは別の道となります。
言葉には出さないが、蓉杏の、董星と央華を見る目がそう言っていた。
「王太子妃殿下?」
董星が尋ねると央華は首を振った。彼女はとたんに打ち解けた口調になった。まるで四年前に戻ったようだった。
「まだ東宮に呼ばれただけ。でも明日にはそうなる。そういうあなたも董星王子ね?」
「今日から、そういうことになったみたいだ」
董星は世から隠された王子として、山中での離宮暮らしが長かった。それでこの答えは彼の本心でもあった。
董星の答えに央華はふふふと笑った。
「今日から、と言うのは、嘘ね」
「でも俺が呼ばれたのは王宮の本殿ではなくて十王府だ、これは本当だよ」
「信じるわよ。ね、最後に会えてよかった」
「うん……」
「お元気で。十王府で、出世なさって」
「……」
董星は央華にかける言葉が見つからなかった。単純に、君も、と言うわけにはいかなかった。
壮宇は公然と恵明という女を連れていた。央華が王太子妃という立場で迎えられるとしても、この先、あの女が央華の行く手に立ちふさがることだろう。
央華は董星の隣をすり抜けて蓉杏の隣に戻った。それから馬上の人となり、自分の隊列を指揮すると赤影門を超えた。
董星も自分の馬車と隊列との先頭に立ち、門の内に入った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
高校球児、公爵令嬢になる。
つづれ しういち
恋愛
目が覚めたら、おデブでブサイクな公爵令嬢だった──。
いや、嘘だろ? 俺は甲子園を目指しているふつうの高校球児だったのに!
でもこの醜い令嬢の身分と財産を目当てに言い寄ってくる男爵の男やら、変ないじりをしてくる妹が気にいらないので、俺はこのさい、好き勝手にさせていただきます!
ってか俺の甲子園かえせー!
と思っていたら、運動して痩せてきた俺にイケメンが寄ってくるんですけど?
いや待って。俺、そっちの趣味だけはねえから! 助けてえ!
※R15は保険です。
※基本、ハッピーエンドを目指します。
※ボーイズラブっぽい表現が各所にあります。
※基本、なんでも許せる方向け。
※基本的にアホなコメディだと思ってください。でも愛はある、きっとある!
※小説家になろう、カクヨムにても同時更新。
ハナノカオリ
桜庭かなめ
恋愛
女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。
そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。
しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。
絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。
女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。
※全話公開しました(2020.12.21)
※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。
※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。
※お気に入り登録や感想お待ちしています。
元ヤン辺境伯令嬢は今生では王子様とおとぎ話の様な恋がしたくて令嬢らしくしていましたが、中身オラオラな近衛兵に執着されてしまいました
桜枝 頌
恋愛
辺境伯令嬢に転生した前世ヤンキーだったグレース。生まれ変わった世界は前世で憧れていたおとぎ話の様な世界。グレースは豪華なドレスに身を包み、甘く優しい王子様とベタな童話の様な恋をするべく、令嬢らしく立ち振る舞う。
が、しかし、意中のフランソワ王太子に、傲慢令嬢をシメあげているところを見られてしまい、そしてなぜか近衛師団の目つきも口も悪い男ビリーに目をつけられ、執着されて溺愛されてしまう。 違う! 貴方みたいなガラの悪い男じゃなくて、激甘な王子様と恋がしたいの!! そんなグレースは目つきの悪い男の秘密をまだ知らない……。
※「小説家になろう」様、「エブリスタ」様にも投稿作品です
※エピローグ追加しました
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる