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第二章 再会

2-10 逃亡劇

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 遣いの者たちが遠ざかったのを確認し、階下から高人こうじんが言った。
「ごく内密の話とのことですが、少し前より壮宇そうう殿下の姿が見えないそうです。女に会いに行ったきり、行方が知れないとのこと」
「女?」
「はい。恵明けいめいという女です」
 壮宇の馬車に同乗していた女の名前だ。

 神殿内の様子をうかがうと、央華おうかも注意深く話を聞いているのが分かった。しかし階下にいる高人の位置からは央華の姿は見えないはずだ。
 董星は高人に話の先を促した。

「本日、我々が王宮に来る途中で城壁から落石の事故がありました。先ほど聞いた話ではその責任者として十王の一人、旬進しゅんしんという男が捕縛され調べを受けています。恵明はその娘で、事故との関りが疑われましたが、彼女は取り調べの官吏ではなくて壮宇殿下の監視下におかれました」
「なぜ?」
「壮宇殿下に配慮してのことでしょう、恵明は王太子の御愛妾として認知されています」

 高人は愛妾という言葉をはっきりと口にした。央華にはあまり聞かせたくないと思ったが、央華には全く動じた気配はなかった。

「恐れながらも王太子殿下は嫌疑のある御愛妾に会いに行かれ、警護の者に席を外すように命じになった。しばらくしても殿下がお出ましにならないので、お付きの者が室に踏み込んだところ、室内は空っぽで殿下も御愛妾の姿も消えていた、とのことでした」
「その居室というのは、どこですか?」
 神殿内部から央華が言った。董星以外の人の声がして、高人は驚いたように顔を上げた。
 歩み寄ろうとする央華を制し、董星は言い直した。

「もう一度聞く、高人、王太子殿下と女がいた室というのはどこだ、東宮内だったのか?」
「はい、東宮内にある、北の祭壇の間だったそうです」

 高人が答えるが早いか、央華が董星の袖を引っ張って董星を神殿内の祭壇の前に連れ戻した。
「央華……?」
 不審がる董星に対して、央華は緊張した様子で言った。
「気づいたことがあるの。あなたにも分かるんじゃないかと思う」

 央華はぐるりと四方の壁を見回した。
 董星は央華の視線の先を追いかけ、そして彼女の言わんとしていることに気が付いてうなずいた。
 宮中神殿の祭壇の間は、方形の部屋の形、壁の掛け軸や垂れ幕、中央の祭壇、台と祭具の配置、すべての物が、ある場所で央華と一緒に見た光景と酷似していた。違うのは縮尺のみ、宮中神殿のほうが、その場所よりも小さくできている。

「似ている。……作りが、紫煙殿しえんでんの本殿に、とても」
「そうよ。男性王族でそのことに気づけたのは、あなただけでしょうね」
 央華は少し笑って、それから真顔になった。
「紫煙殿の本殿は、敷地内のすべての祭壇の間に通じていたの、隠し通路を通じて」
 央華は祭壇の向こうを指し示した。

 董星は央華の横顔を見つめ、そしてもう一つのことに気づいて言った。
「央華、君はどうやってここまで来た?」
 遣いの男たちが走り去った時、宮中神殿の階下には董星の乗ってきた馬車と高人の馬だけがあった。後にも先にも、央華の乗り物はなかった。

 央華は董星の問いににっこりとほほ笑んだ。
「歩いてよ」
「歩いて?」
「それはもう、人目につかない道を通ってね」
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