9 / 29
第二章 再会
2-1 王宮へ
しおりを挟む
初めはいつもの冗談かと思った。しかし違った。高人は真剣だった。
部屋に現れるなり、彼は床に両手をつき額をすり付ける様に平伏して言った。それは臣下の礼を表した所作だった。
「おめでとうを申し上げます。董星様が『十王』に推挙されました」
「あ? 何だって?」
その時董星は椅子の上にあぐらをかいて卓の上に書を広げているところだったが、突然の事態に驚いて書を取り落とした。
あわてて椅子から降りて書を拾っている間も、高人は平伏したままで顔をあげようとしない。
董星が驚き慌てたのには、高人が十王と言ったせいもあるけれど、急にかしこまった態度をとった彼のせいでもあった。
十王といえば、国王に最も近い位置にいる十人の補佐役。それを表す役職を、十人という人数をとって十王と呼び、国王の執政もそれにちなんで十王府という。
通常十王になるのは王族、有力貴族、有能な役人や才気ある学者などで、次期国王となる王太子も、まずは十王を務めるのが習わし。仮に十王の座に空席が出た場合、他の十王の全会一致で候補者が決まる。
山中に人目を避けて暮らす董星が、自分がその大役に選ばれようとは、想像もしなかった。
そういえば最近、高人は一人で外出していることが目立った。行き先はわざわざ言わないが、王宮に通っているようだった。まさかとは思うが、十王の選出にあたって彼がなにか暗躍したのではあるまいか。
しかし、それを聞いたところで素直に答えてくれる高人とも思えない。それに、いかに高人が策を講じてもその程度で揺らぐような十王府でもあるまい。
顔をあげようとしない高人に対して、董星は確かめずにはいられなかった。
「本当に? 俺が十王だと?」
「はい」
答えながらも高人はまだ顔を上げなかった。決して董星を見ようとしない。
董星は堪えきれず言った。
「分かったから顔をあげてくれ。お前にそんな風にされると、気持ち悪い」
「はい」
そこで高人はようやく顔を上げた。
高人は董星より四歳だけ年上。董星がこの離宮に来て以来彼に仕えている世話係兼、教育係で、主従ではあっても年の近い二人は仲の良い兄弟のように育った。少なくとも董星はそう思っている。
突然臣下の礼をとるなんて。十王になるのを機会に、俺と距離を置くつもりだろうか?
董星は一瞬不安になったが、あっという間に高人は、今までと変わらない口調に戻っていた。董星が慣れ親しんだ、遠慮のない物言い。
「そういうわけで董星様、明日にはここを発って王宮へ向かいます。正式に叙任の儀式があります」
「王宮へ……」
董星はただ呆然と言葉を繰り返した。
「叙任は国王が直々になさいます。何かご心配ですか」
「いや」
董星は首を振った。唐突過ぎて考えがまとまらない。
七歳で王宮と父王の元を離れ、山中の離宮で暮らすこと九年。董星は十六歳になっていた。
部屋に現れるなり、彼は床に両手をつき額をすり付ける様に平伏して言った。それは臣下の礼を表した所作だった。
「おめでとうを申し上げます。董星様が『十王』に推挙されました」
「あ? 何だって?」
その時董星は椅子の上にあぐらをかいて卓の上に書を広げているところだったが、突然の事態に驚いて書を取り落とした。
あわてて椅子から降りて書を拾っている間も、高人は平伏したままで顔をあげようとしない。
董星が驚き慌てたのには、高人が十王と言ったせいもあるけれど、急にかしこまった態度をとった彼のせいでもあった。
十王といえば、国王に最も近い位置にいる十人の補佐役。それを表す役職を、十人という人数をとって十王と呼び、国王の執政もそれにちなんで十王府という。
通常十王になるのは王族、有力貴族、有能な役人や才気ある学者などで、次期国王となる王太子も、まずは十王を務めるのが習わし。仮に十王の座に空席が出た場合、他の十王の全会一致で候補者が決まる。
山中に人目を避けて暮らす董星が、自分がその大役に選ばれようとは、想像もしなかった。
そういえば最近、高人は一人で外出していることが目立った。行き先はわざわざ言わないが、王宮に通っているようだった。まさかとは思うが、十王の選出にあたって彼がなにか暗躍したのではあるまいか。
しかし、それを聞いたところで素直に答えてくれる高人とも思えない。それに、いかに高人が策を講じてもその程度で揺らぐような十王府でもあるまい。
顔をあげようとしない高人に対して、董星は確かめずにはいられなかった。
「本当に? 俺が十王だと?」
「はい」
答えながらも高人はまだ顔を上げなかった。決して董星を見ようとしない。
董星は堪えきれず言った。
「分かったから顔をあげてくれ。お前にそんな風にされると、気持ち悪い」
「はい」
そこで高人はようやく顔を上げた。
高人は董星より四歳だけ年上。董星がこの離宮に来て以来彼に仕えている世話係兼、教育係で、主従ではあっても年の近い二人は仲の良い兄弟のように育った。少なくとも董星はそう思っている。
突然臣下の礼をとるなんて。十王になるのを機会に、俺と距離を置くつもりだろうか?
董星は一瞬不安になったが、あっという間に高人は、今までと変わらない口調に戻っていた。董星が慣れ親しんだ、遠慮のない物言い。
「そういうわけで董星様、明日にはここを発って王宮へ向かいます。正式に叙任の儀式があります」
「王宮へ……」
董星はただ呆然と言葉を繰り返した。
「叙任は国王が直々になさいます。何かご心配ですか」
「いや」
董星は首を振った。唐突過ぎて考えがまとまらない。
七歳で王宮と父王の元を離れ、山中の離宮で暮らすこと九年。董星は十六歳になっていた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜
長岡更紗
恋愛
王立図書館の司書として働いているミシェルが好きになったのは、騎士団長のスタンリー。
幼い頃に助けてもらった時から、スタンリーはミシェルのヒーローだった。
そんなずっと憧れていた人と、18歳で再会し、恋心を募らせながらミシェルはスタンリーと仲良くなっていく。
けれどお互いにお互いの気持ちを勘違いしまくりで……?!
元気いっぱいミシェルと、大人な魅力のスタンリー。そんな二人の恋の行方は。
他サイトにも投稿しています。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる