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映画館
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実のところ当時の僕の私生活は、バイよりのゲイ、という状況だった。
痛い目を見させられて以来、女遊びは控えていた。年齢的にも同年代や年上の相手は結婚を意識しはじめ、こちらが遊びとわかると急に怒り出す時期にさしかかっている。会社の女子社員たちはあの手この手で僕の気を引こうとするが、僕は彼女らの軽い誘いを断りはしないもののその真意には気づかないふりで、決して深い仲にはならないよう気をつけていた。なお、女性に懲りていたとともに、僕に好かれたくて必死になっている彼女たちを少し距離をおいて観察するのが面白い、という、少しばかりの悪趣味があったことは認めよう。
そして、女の代わりに手を出すようになったのが男だった。
男同士の世界というのは気楽なもので、ほとんどの相手はワンナイト希望で僕には都合がよかった。ゲイの世界の好みは多種多様でヒゲがないと嫌だとかマッチョがいいとかデブがいいとか何歳未満はお断りなど様々で、女性受けはいいのにゲイの世界ではまったくモテないという話も耳にしたことはあるが、僕のように若いのにタチ専門というのは珍しいようで、相手に困るということはまずなかった。また、大きな傾向として、皆、自分に似たタイプを好む。これは僕にとって非常に都合がよかった。僕のような容姿を好む相手は見た目がゲイゲイしくなく、そういう相手はえてして自分がゲイであることを隠して昼は普通の会社員などをやっている隠れゲイタイプだ。カモフラージュに彼女を作っているとか、既婚者だというややつもかなりの人数会ったことがある。そういう相手ならば、痴情のもつれからのトラブルになる可能性はかなり低い。
先輩が仮にゲイだとしたら絶対にそのタイプだと思ったし、我慢強いということは少しばかり無茶な要求をしても応えてくれそうという期待がもてた。普段はどこか飄々としている先輩に、犬みたいな首輪をつけて、後ろから突いて犯して泣かせてみたい、と、いつの頃からか思うようになった。
とはいえ社内での女性関係は、生かさぬよう、殺さぬよう、を心がけていた僕なのだが、そんな妄想の頻度が徐々に増えるうち、失態を演じてしまった。ある飲み会で女性に囲まれ「芸能人で好みのタイプは」「好みのタイプを動物で例えると」と矢継ぎ早に尋ねられ適当にいなしている際に「社員で好みのタイプは」という質問に、うっかり「先輩」と答えそうになったのに動揺して、口ごもってしまったのだ。
答えが「先輩」でもなんでもあっさり言っておけば冗談で済んだのに、下手に隠そうとするのは本気であることの証左ととられてしまう。飲み会は荒れ、男性社員たちは全員帰宅。相変わらずトラブル時にはひとり逃げ損ねがちな先輩も僕に会計を押し付けて帰ってしまった。これはまずい。何人か自分に自信のある女性たちは僕を持ち帰る気満々だし、飲み会後僕が一人で帰宅しても、それを示す証拠がないと――つまりは、僕は本当に一人で女性を連れずに帰宅したと証言してくれる男の証人がいないと、女性たちは互いに疑心暗鬼に陥り社内の雰囲気は当分最悪なことになるだろう。
僕は、先輩に渡された伝票とお金を近くにいた子に託し、先輩が家の鍵を忘れたようなので届けてくる、と嘘をついて居酒屋から逃げ出した。
そのまま自宅へ帰るつもりだったのだが、困ったことに、本当に先輩の後ろ姿を見つけてしまった。万が一、女の子のうちの誰かが僕を追っていれば、先輩を無視してあらぬ方へ行ってしまった僕を不審に思うかもしれない。僕はしかたなく、しばらくのあいだ、追いつかないようにしつつ先輩を追いかけた。時折周囲を確認したが、幸い誰も追いかけて来ないようだった。
しかしその頃には、僕は別の目的で先輩の後を追いかけていた。
男性向けの風俗店がひしめくその界隈を抜けると、ゲイ向けのハッテン場が点在するエリアに出ることを僕は知っていた。
道の左右に広がるネオン輝くピンクの看板に時折目を向けながらも、先輩の足は止まることなくそちらエリアのほうへと進んで行く。僕の鼓動は早鐘を打ち始めた。やっぱり。先輩はゲイだったか。いや、もしかしたらそうとは知らずにたまたまここを歩いているだけかもしれない。僕の懸念をよそに先輩は、ハッテン場として有名な古い映画館の前で足をとめ、周囲を少し気にした後で、すっとその中へ入って行った。
その時点で僕は先輩がゲイであるごとに九割がた確信を抱いていたが、先輩が自販機でオナホールを購入するのを確認したことで、残り一割の疑念も消えた。オナホールを片手にシアタールームへ入って行く先輩を物欲しそうな目で追って行くやつらに、僕は自分が彼の連れであると視線でアピールし、先輩の隣に腰掛ける。僕が来たことに驚くかと思ったが、先輩は目を閉じていた。
ハッテン場などいくらでもあるのに、着衣がベースでしかも本番行為をやるには手狭なここをあえて選ぶというやつには、多少の変態性癖を持っているやつが多い。痴漢願望や露出趣味。そういうことなら付き合おうと、僕は本物の痴漢になったつもりでゆっくり先輩の体のあちこちに手をはわせていった。先輩の体はすぐに反応し、なにか意味のわからないことを呟きながら、時折びくん、びくんと椅子の上で跳ねた。やがて眠ったふりもできなくなったのか、目をあけていやがるそぶりをし始めた。なるほど、そういう趣味もあるらしい。股をパカパカ開く男女しか相手にしてこなかったので、演技とはいえなかなか新鮮な気持ちで僕も楽しませてもらった。
先輩の反応は予想以上に僕好みだったし、先輩のほうも僕のことをなかなか気に入ってくれたようで、いやいや言いながら最後は乱れていた。こういったシチュエーションプレイも悪くないが、いかんせん狭いし暗い。それに、こんなところでことに及んでいるからには、誰でもプレイに参加可能というのが基本になる。複数プレイも状況次第では嫌いじゃないが、せっかくだからまずは僕ひとりで楽しみたい。ホテルへ移動することを持ちかけると、先輩は泣きそうな顔で同意した。妄想の中でさせていたよりも、現実の先輩のその表情はヤバかった。
しかし、映画館を出ると同時に、先輩はダッシュで逃げていった。
突然のことに、僕はその場に棒立ちのまま、先輩の後ろ姿を見送る羽目になった。
痛い目を見させられて以来、女遊びは控えていた。年齢的にも同年代や年上の相手は結婚を意識しはじめ、こちらが遊びとわかると急に怒り出す時期にさしかかっている。会社の女子社員たちはあの手この手で僕の気を引こうとするが、僕は彼女らの軽い誘いを断りはしないもののその真意には気づかないふりで、決して深い仲にはならないよう気をつけていた。なお、女性に懲りていたとともに、僕に好かれたくて必死になっている彼女たちを少し距離をおいて観察するのが面白い、という、少しばかりの悪趣味があったことは認めよう。
そして、女の代わりに手を出すようになったのが男だった。
男同士の世界というのは気楽なもので、ほとんどの相手はワンナイト希望で僕には都合がよかった。ゲイの世界の好みは多種多様でヒゲがないと嫌だとかマッチョがいいとかデブがいいとか何歳未満はお断りなど様々で、女性受けはいいのにゲイの世界ではまったくモテないという話も耳にしたことはあるが、僕のように若いのにタチ専門というのは珍しいようで、相手に困るということはまずなかった。また、大きな傾向として、皆、自分に似たタイプを好む。これは僕にとって非常に都合がよかった。僕のような容姿を好む相手は見た目がゲイゲイしくなく、そういう相手はえてして自分がゲイであることを隠して昼は普通の会社員などをやっている隠れゲイタイプだ。カモフラージュに彼女を作っているとか、既婚者だというややつもかなりの人数会ったことがある。そういう相手ならば、痴情のもつれからのトラブルになる可能性はかなり低い。
先輩が仮にゲイだとしたら絶対にそのタイプだと思ったし、我慢強いということは少しばかり無茶な要求をしても応えてくれそうという期待がもてた。普段はどこか飄々としている先輩に、犬みたいな首輪をつけて、後ろから突いて犯して泣かせてみたい、と、いつの頃からか思うようになった。
とはいえ社内での女性関係は、生かさぬよう、殺さぬよう、を心がけていた僕なのだが、そんな妄想の頻度が徐々に増えるうち、失態を演じてしまった。ある飲み会で女性に囲まれ「芸能人で好みのタイプは」「好みのタイプを動物で例えると」と矢継ぎ早に尋ねられ適当にいなしている際に「社員で好みのタイプは」という質問に、うっかり「先輩」と答えそうになったのに動揺して、口ごもってしまったのだ。
答えが「先輩」でもなんでもあっさり言っておけば冗談で済んだのに、下手に隠そうとするのは本気であることの証左ととられてしまう。飲み会は荒れ、男性社員たちは全員帰宅。相変わらずトラブル時にはひとり逃げ損ねがちな先輩も僕に会計を押し付けて帰ってしまった。これはまずい。何人か自分に自信のある女性たちは僕を持ち帰る気満々だし、飲み会後僕が一人で帰宅しても、それを示す証拠がないと――つまりは、僕は本当に一人で女性を連れずに帰宅したと証言してくれる男の証人がいないと、女性たちは互いに疑心暗鬼に陥り社内の雰囲気は当分最悪なことになるだろう。
僕は、先輩に渡された伝票とお金を近くにいた子に託し、先輩が家の鍵を忘れたようなので届けてくる、と嘘をついて居酒屋から逃げ出した。
そのまま自宅へ帰るつもりだったのだが、困ったことに、本当に先輩の後ろ姿を見つけてしまった。万が一、女の子のうちの誰かが僕を追っていれば、先輩を無視してあらぬ方へ行ってしまった僕を不審に思うかもしれない。僕はしかたなく、しばらくのあいだ、追いつかないようにしつつ先輩を追いかけた。時折周囲を確認したが、幸い誰も追いかけて来ないようだった。
しかしその頃には、僕は別の目的で先輩の後を追いかけていた。
男性向けの風俗店がひしめくその界隈を抜けると、ゲイ向けのハッテン場が点在するエリアに出ることを僕は知っていた。
道の左右に広がるネオン輝くピンクの看板に時折目を向けながらも、先輩の足は止まることなくそちらエリアのほうへと進んで行く。僕の鼓動は早鐘を打ち始めた。やっぱり。先輩はゲイだったか。いや、もしかしたらそうとは知らずにたまたまここを歩いているだけかもしれない。僕の懸念をよそに先輩は、ハッテン場として有名な古い映画館の前で足をとめ、周囲を少し気にした後で、すっとその中へ入って行った。
その時点で僕は先輩がゲイであるごとに九割がた確信を抱いていたが、先輩が自販機でオナホールを購入するのを確認したことで、残り一割の疑念も消えた。オナホールを片手にシアタールームへ入って行く先輩を物欲しそうな目で追って行くやつらに、僕は自分が彼の連れであると視線でアピールし、先輩の隣に腰掛ける。僕が来たことに驚くかと思ったが、先輩は目を閉じていた。
ハッテン場などいくらでもあるのに、着衣がベースでしかも本番行為をやるには手狭なここをあえて選ぶというやつには、多少の変態性癖を持っているやつが多い。痴漢願望や露出趣味。そういうことなら付き合おうと、僕は本物の痴漢になったつもりでゆっくり先輩の体のあちこちに手をはわせていった。先輩の体はすぐに反応し、なにか意味のわからないことを呟きながら、時折びくん、びくんと椅子の上で跳ねた。やがて眠ったふりもできなくなったのか、目をあけていやがるそぶりをし始めた。なるほど、そういう趣味もあるらしい。股をパカパカ開く男女しか相手にしてこなかったので、演技とはいえなかなか新鮮な気持ちで僕も楽しませてもらった。
先輩の反応は予想以上に僕好みだったし、先輩のほうも僕のことをなかなか気に入ってくれたようで、いやいや言いながら最後は乱れていた。こういったシチュエーションプレイも悪くないが、いかんせん狭いし暗い。それに、こんなところでことに及んでいるからには、誰でもプレイに参加可能というのが基本になる。複数プレイも状況次第では嫌いじゃないが、せっかくだからまずは僕ひとりで楽しみたい。ホテルへ移動することを持ちかけると、先輩は泣きそうな顔で同意した。妄想の中でさせていたよりも、現実の先輩のその表情はヤバかった。
しかし、映画館を出ると同時に、先輩はダッシュで逃げていった。
突然のことに、僕はその場に棒立ちのまま、先輩の後ろ姿を見送る羽目になった。
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