鬼の騎士団長が淫紋をつけられて発情しまくりで困っているようなので、僕でよければ助けてあげますね?

狩野

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 カルナスがグランビーズに刺されてから半年。

 グランビーズがあのとき狙っていたのは明らかにシルヴァリエのほうで、カルナスはそれをかばっただけ、というのはその場にいた人間ならば誰もが証言するところだ。

 そして、グランビーズをそそのかした真犯人が、事件後美容用のハーブ調達のためしばらく旅行に出ると言ったきり王宮から行方をくらましたデュロワ伯爵夫人であろうことを、王宮においても誰もが察していた。シルヴァリエの存在が縁でいつの間にやらデュロワ伯爵夫人の愛人のひとりとして数えられるようになっていたグランビーズは、デュロワ伯爵夫人の甘言に乗せられるがまま、シルヴァリエの命を狙うことになったらしい。道中もシルヴァリエ周辺の警備が甘くなるようあれこれ細工をしていたことが後に判明したが、二番隊隊長というグランビーズの立場から、多少奇妙な言動があっても誰も表立って異を唱えられなかったようだ。

 性格は軽いが武芸においては実力者であったグランビーズにとって、シルヴァリエの命を奪うことは造作もなかった。しかしデュロワ伯爵夫人とグランビーズにとって計算外だったのが、シルヴァリエの婚姻が本決まりになって以降、シルヴァリエがカルナスを手元決してはなさなかったことだろう。結局、これというチャンスを得られなかったグランビーズはわずかな隙を狙って凶行に及ぶも、カルナスに阻止される格好となった。

 王立騎士団の、しかも隊長が、愛人の言葉に乗せられて任務にかこつけ公爵家の跡取りの命を狙ったとなれば、騎士団の存続そのものが危ぶまれる。カルナスが身を呈して守ったおかげでシルヴァリエは無傷だった、という事情も勘案し、表向きは、騎士団内のちょっとした諍いが元でカルナスに個人的な恨みを抱いていたグランビーズが行った、あくまで騎士団内の問題、ということでかたがついた。

 そうなるようにと誰よりも奔走したのはシルヴァリエである。


 そして、今日。


 謹慎処分を終え、隊長ではなく見習い騎士として騎士団に戻って来るというグランビーズの様子を見に、シルヴァリエは騎士団の訓練場へやってきた。

 命を狙われたとはいえグランビーズの人柄の良さは知るところではあるし、真犯人であるデュロワ伯爵夫人との関係はシルヴァリエがきっかけとなったはじまったものであるという負い目もある。

 騎士団の事件について便宜を図る代わりに、父やらなにやらあちこちから押し付けられた役務のためすっかり多忙になったシルヴァリエは、王立騎士団副団長という肩書きをすでに返上していた。

 その代わりに、新たに新設された”騎士団管理官”という宮廷内の役職を、こちらはあらゆる政治力を駆使して奪取した。

 グランビーズのような事件が二度と起こらないために騎士団と繋がりを持つ正式な文官を置く、というのが管理官という役職の主な目的だったそうだが、シルヴァリエはもっぱら騎士団内に自由に出入りする目的で、この肩書きを使っている。

「ああ、シルヴァリエ管理官。いらしてたんですね。ご苦労様です」

 訓練場へ入るなり、シルヴァリエに気づいたノルダ・ロウが声をかけてきた。相変わらずの無表情だ。

「やあ。元気そうでなにより」
「グランビーズが今日から復帰していますよ」
「だから見にきたんだ」
「それはそれは」

 二人が視線を送る先は、訓練場の中央。周囲の騎士たちが気の毒そうな視線を送る先で、グランビーズが打ちのめされて這いつくばっている。

「も、もう、ギブアップっスぅ! 勘弁してくださいよぉ~」
「どうしたグランビーズ。まったくなっていないぞ。謹慎中どれだけ訓練をサボっていたんだ」
「練習メニューは倍に増やしてたっスよぉ! 自分が鈍ってるんじゃなくて、団長が強くなりすぎなんス」
「ふざけた口をきいてる暇があるなら打ち込んでこい。ほら、右、左、足、手、手、手、足、足、手、手! 隙だらけだ、話にならんな。私の攻撃を避けながら木偶人形に打ち込み1000回! はずしたら1からやり直し! さっそくやり直しだ、数えなおせ!」
「ひいいいいいいいいい~~~~~っ!!」

 グランビーズの悲鳴がどうにも他人事に思えない。シルヴァリエは副団長をやっていた当時の古傷があちこち痛むような感覚すら覚えた。現在はすでにそのアザすら消えていたけれど。

「……今日は一段と厳しいね」
「そうですか?」
「うん。自分のことで精一杯になっていたせいでグランビーズの異変に気づいてやれなかった、って言ってたけど――やっぱり刺されたのは素直に恨んでたりして」

 シルヴァリエが冗談めかしてそう言うと、

「カルナス団長はいつもあんなものですよ」

 と、ノルダ・ロウは淡々と答えた。

「そうかな」
「そうですとも。シルヴァリエ管理官がご存じなくても無理はない。シルヴァリエ管理官が――副団長にはずっと優しかったですからね、あの人は。甘すぎるほどに」
「え? そう?」
「そうですとも。そもそもあなたが騎士団に来るとわかった日から――ウキウキソワソワ。あの鬼が浮足だって、見られたものじゃなかったです。そのくせ自分からは話しかけられないなんて、思春期を引きずるのも大概にしてほしいものですね」
「え、あ」
「まあ、本人はずっと普段通りでなにもバレていないと思っているみたいですけど。そういうところは可愛いと思いますが」
「あ……ノルダ・ロウ……」
「心配なさらなくて結構ですよ。多分気づいているのは私くらいのものです」
「…………」
「――ずっと見てましたから」

 ノルダ・ロウは筋肉をほぐすように軽く伸びをすると、相変わらずの無表情でシルヴァリエに言った。

「シルヴァリエ管理官、そろそろカルナス団長に声をかけてもらっていいですか。どうせ本命の用事はそれでしょう? グランビーズが倒れたら私が世話をすることになる。グランビーズもあれで負けず嫌いですし、限界まで追い詰められると後が面倒だ」

 言われるまでもない――シルヴァリエが軽く手を挙げると、すでに存在に気づいていたらしいカルナスがシルヴァリエの方を見て露骨に顔をしかめた。

 シルヴァリエが、先日書類を提出した人員計画についての話を聞きたい、と声をかけると、それが実のところ特に急ぎでもないことを知っているカルナスは、苦虫を噛み潰したような表情でシルヴァリエのほうへやってくる。

 しかし、なるほど。よく見ればその足取りは、春の花びらの上でステップを踏むかのように軽やかだった。
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