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今際の光景(4)
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「――ペンダントの中を見ましたのね」
ルイーズが言った。
シルヴァリエの提案通り、儀式の間からはルイーズとシルヴァリエにカルナス、そしてヴォルネシアの鎧姿の兵士ひとりだけが残った。
「見ていないと言ったのに……」
「そりゃあ、見ましたとは言わないですよ。今をときめくヴォルネシアの戦王ことリカルド国王の顔を知っているとばれたら誰に狙われるかわからないですから。でも、僕は実のところ好奇心旺盛なもので」
そう語るシルヴァリエの横で、ヴォルネシアの全身鎧をまとっていた兵士が、頭から顔のすべてを覆い隠していた兜をすっぽりと抜き取った。
中から現れたのは、髪と目の色が少し薄い以外はシルヴァリエにうり二つの顔だった。
「……本当にそっくりだな」
カルナスが感心したように呟く。
「それでわたくしの計画に気づいたの?」
カルナスを見て少し口を尖らせていたシルヴァリエは、あわててルイーズに向き直った。
「あ、ああ、いや。それは、昨日言われたんですよ。カルナス団長に」
「昨日?」
「とはいえルイーズ、君が僕を好きでもなんでもないことにははじめから気づいてたよ。僕はこう見えて、可愛い子に恋愛感情を向けられてるのはまあまあ慣れてるんでね」
「そうでしょうね」
「だから、そうじゃないときの区別もまあまあつくつもりだよ。君はたしかに僕になにかの感情を持って、僕に近づこうとしていた。けれどそれは明らかに恋みたいなものじゃなかった。それに、初めて会った時の君は、僕を、『知っている人を見る』表情で見た。だから、僕が君の知る誰かに……おそらくは君にとって少し特別な誰かに似ているのだろうとは、はじめから気づいてた……」
「それで本当に気づいたのが、昨日?」
「つまりは実らぬ恋の相手の代わりに僕と結婚しようと思っているのだろうと思ってたんだよ。相手は実の兄で、男同士で、相手は国王ともなれば――」
「ちょ、ちょっと待って」
「ん?」
「あなた――シルヴァリエ」
「うん?」
「わたくしが男だと……」
「うん」
「い、いつから気づいてましたの?!」
「だから、初めて会った時からだよ。イボンヌに言われてお姫様だっこしただろ? 抱き上げれば男女の違いくらいわかるよ。それに君の重さときたら、深層の令嬢やら令息なんてものじゃなく、カルナス団長ほどじゃないにせよかなり鍛え上げてるバランスで――」
シルヴァリエが感触を思い出すかのように軽く両手を動かしながらそこまで言ったところで、カルナスはシルヴァリエのむこう脛を思い切り蹴り上げた。
「――いいいいいい痛たあぁっ! カルナス団長、ちょ、骨! 折れたかも!」
「それくらいで折れるか! とにかく――そういう話を総合して、これは単純な結婚話ではなさそうだ、とこちらは警戒を強めたわけだ。リカルド国王は実は臆病な性格で、実権は裏で手を引く切れ者の実弟が握っている、という噂は以前からあったからな。しかし実際に現れたのは、リカルド国王の弟、ではなく妹――に扮した男。疑って当然だろう」
「あ――――――――――…………………………」
ルイーズが深いため息をついた。
「まあ、こんなにそっくりだと、影武者に仕立て上げたく気持もよくわかるが……」
カルナスがフォローにならないフォローを言う。ルイーズがますます深いため息をついた。
「もう……なんなんですの……ここまであれこれ考えて、結局徒労……ていうか女装も女言葉もすっかり板についちゃってるし、もう、わたくしったら……いや、わたくしとかもういいから! ボク、キモいだろ!!」
「あ、あの、でも」
これまで黙っていたリカルドが口を開いた。言葉のはしばしがヴォルガネット風のイントネーションではあるものの、声もまたシルヴァリエにそっくりだ。
「その……今回の結婚話のおかげで、その、私も、ルイスへの思いに気づけたわけで……それに、形だけとはいえルイスが他の誰かと結婚するのは嫌だなと思ってついてきたわけで……シルヴァリエ、君がああしていなかったら、私が結婚式をブチ壊していたかもしれない。感謝するよ」
「ああ、いえ、どうも……なんだか、自分と同じ顔に言われると不思議な気がしますけど」
「不思議ではないよ。私と君は兄弟だから」
「――え?!」
「母は――アディーリアはとうに亡くなったが、幼いころに何度か聞かされていたんだ。遠い国の公爵家に置いてきたという兄のことを」
「え、あ、ああ、あ……」
「会えて嬉しいよ……」
リカルドがシルヴァリエに抱きついた。カルナスとルイーズ――ことルイスは、なんとなく微妙な表情で顔を見合わせ、すぐにお互いそっぽを向いた。
ルイーズが言った。
シルヴァリエの提案通り、儀式の間からはルイーズとシルヴァリエにカルナス、そしてヴォルネシアの鎧姿の兵士ひとりだけが残った。
「見ていないと言ったのに……」
「そりゃあ、見ましたとは言わないですよ。今をときめくヴォルネシアの戦王ことリカルド国王の顔を知っているとばれたら誰に狙われるかわからないですから。でも、僕は実のところ好奇心旺盛なもので」
そう語るシルヴァリエの横で、ヴォルネシアの全身鎧をまとっていた兵士が、頭から顔のすべてを覆い隠していた兜をすっぽりと抜き取った。
中から現れたのは、髪と目の色が少し薄い以外はシルヴァリエにうり二つの顔だった。
「……本当にそっくりだな」
カルナスが感心したように呟く。
「それでわたくしの計画に気づいたの?」
カルナスを見て少し口を尖らせていたシルヴァリエは、あわててルイーズに向き直った。
「あ、ああ、いや。それは、昨日言われたんですよ。カルナス団長に」
「昨日?」
「とはいえルイーズ、君が僕を好きでもなんでもないことにははじめから気づいてたよ。僕はこう見えて、可愛い子に恋愛感情を向けられてるのはまあまあ慣れてるんでね」
「そうでしょうね」
「だから、そうじゃないときの区別もまあまあつくつもりだよ。君はたしかに僕になにかの感情を持って、僕に近づこうとしていた。けれどそれは明らかに恋みたいなものじゃなかった。それに、初めて会った時の君は、僕を、『知っている人を見る』表情で見た。だから、僕が君の知る誰かに……おそらくは君にとって少し特別な誰かに似ているのだろうとは、はじめから気づいてた……」
「それで本当に気づいたのが、昨日?」
「つまりは実らぬ恋の相手の代わりに僕と結婚しようと思っているのだろうと思ってたんだよ。相手は実の兄で、男同士で、相手は国王ともなれば――」
「ちょ、ちょっと待って」
「ん?」
「あなた――シルヴァリエ」
「うん?」
「わたくしが男だと……」
「うん」
「い、いつから気づいてましたの?!」
「だから、初めて会った時からだよ。イボンヌに言われてお姫様だっこしただろ? 抱き上げれば男女の違いくらいわかるよ。それに君の重さときたら、深層の令嬢やら令息なんてものじゃなく、カルナス団長ほどじゃないにせよかなり鍛え上げてるバランスで――」
シルヴァリエが感触を思い出すかのように軽く両手を動かしながらそこまで言ったところで、カルナスはシルヴァリエのむこう脛を思い切り蹴り上げた。
「――いいいいいい痛たあぁっ! カルナス団長、ちょ、骨! 折れたかも!」
「それくらいで折れるか! とにかく――そういう話を総合して、これは単純な結婚話ではなさそうだ、とこちらは警戒を強めたわけだ。リカルド国王は実は臆病な性格で、実権は裏で手を引く切れ者の実弟が握っている、という噂は以前からあったからな。しかし実際に現れたのは、リカルド国王の弟、ではなく妹――に扮した男。疑って当然だろう」
「あ――――――――――…………………………」
ルイーズが深いため息をついた。
「まあ、こんなにそっくりだと、影武者に仕立て上げたく気持もよくわかるが……」
カルナスがフォローにならないフォローを言う。ルイーズがますます深いため息をついた。
「もう……なんなんですの……ここまであれこれ考えて、結局徒労……ていうか女装も女言葉もすっかり板についちゃってるし、もう、わたくしったら……いや、わたくしとかもういいから! ボク、キモいだろ!!」
「あ、あの、でも」
これまで黙っていたリカルドが口を開いた。言葉のはしばしがヴォルガネット風のイントネーションではあるものの、声もまたシルヴァリエにそっくりだ。
「その……今回の結婚話のおかげで、その、私も、ルイスへの思いに気づけたわけで……それに、形だけとはいえルイスが他の誰かと結婚するのは嫌だなと思ってついてきたわけで……シルヴァリエ、君がああしていなかったら、私が結婚式をブチ壊していたかもしれない。感謝するよ」
「ああ、いえ、どうも……なんだか、自分と同じ顔に言われると不思議な気がしますけど」
「不思議ではないよ。私と君は兄弟だから」
「――え?!」
「母は――アディーリアはとうに亡くなったが、幼いころに何度か聞かされていたんだ。遠い国の公爵家に置いてきたという兄のことを」
「え、あ、ああ、あ……」
「会えて嬉しいよ……」
リカルドがシルヴァリエに抱きついた。カルナスとルイーズ――ことルイスは、なんとなく微妙な表情で顔を見合わせ、すぐにお互いそっぽを向いた。
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