86 / 90
本文
今際の光景(3)
しおりを挟む
大司祭の前でルイーズとシルヴァリエは改めて向かい合った。シルヴァリエの横で、大司祭が婚姻の儀に関する呪文だか経文だかを唱えている。
大司祭に言われるまま、ルイーズがヴェールを上げる。ヴォルガネット式の化粧なのか、目の縁をほんのり赤く彩ったルイーズがシルヴァリエを見上げた。
その顔を見て、シルヴァリエは最後の確信を得た。
「それでは、婚姻というものの奇跡について耳を傾けよ。神はこう申された……」
大司祭の語りを完全に無視して、シルヴァリエはルイーズに囁くように話しかけた。
「ルイーズ」
「えっ? は、はい」
「愛する相手に愛されているというのはいいものですよね」
「え、ええ……そうですわね」
「その相手のためならなんでもできる。生きることも、死ぬことも。なんでも。その人と一緒にいられるなら他になにもいらない。いっぽうで、その人のためなら世界のすべてを手に入れることだって厭わない」
「ええ……」
「だから、僕はあなたとは結婚しませんよ、ルイーズ」
「――っ!」
「………であるからして……え? あ? あ? 今、なんと?」
はじめに動揺したのはシルヴァリエの言葉がかろうじて耳に入ってきた大司祭で、その動揺は部屋にいたものたちの間にさざなみのように広がった。
その中で一番早く動いたのはルイーズだった。おそらくは。ルイーズは凄まじい力でシルヴァリエの腕を掴み捻りあげると、その背中に、ひらひらしたドレスのどこかに隠し持っていたらしいナイフを突き立てた。
「痛っ!」
「シルヴァリエ様、残念ですわ。わたくしとおとなしく結婚してくださっていれば、もっと穏便な方法でヴォルネシアにお連れできましたのに」
「あー……やっぱりそうなるか」
「全員動かないで! 動いたらこの男を殺……」
突然のシルヴァリエの危機に、対応するどころかほとんど状況を把握できないでいる者ばかりのラトゥールの騎士たちの中で、ただ一人カルナスだけが、弓を構えヴォルネシア側の兵士のひとりにピタリと狙いを定めていた。
「……弓をおろしなさい」
ルイーズがカルナスを睨みつけた。
「そちらがシルヴァリエを解放したら、そうしましょう」
カルナスがことさらに淡々とした調子で返した。
「そちらの矢がうちの兵士の鎧にかすり傷をつけるよりも前に、このナイフがこの男の内臓を切り裂けるわ。ここは引いたほうがよいのではなくて?」
「シルヴァリエが抵抗する可能性して逆に刺される可能性は? それに、私は多少ならず弓の腕には自信があります。この狭い部屋の中でなら、そちらの兵士の鎧を貫通させるくらいはどうにかできそうだ。それに――私が狙っているのは本当にヴォルネシアのただの一兵卒ですか?」
後ろ手に拘束されているシルヴァリエにはその顔は見えないが、狩猟際でのカルナスの腕前を思い出したらしいルイーズが、うめくような声を漏らした。
「イボンヌ! お兄さまを守って退避――あっ!」
ルイーズがすべて言い切るよりも先に、カルナスの手元から放たれた矢が澱んだ空気を引き裂き、ある兵士のすぐ横の壁に突き刺さった。兵士は、ひい、と情けない声をあげて、地べたに尻もちをついた。
ルイーズがそれを確認したときには、すでにカルナスが次の矢をつがえている。
「今のは、わざとはずしました」
「…………」
「次は当てます。私も、あまりの大物相手で手が震えている。ぎりぎりではずすよりもいっそ早く命中させてしまったほうが楽かもしれない……」
「――やめて!」
「え、え、と……」
状況についていけない大司祭が、ルイーズとシルヴァリエ、それにカルナスと尻餅をついた兵士の間でぐるぐると視線をさまよわせる。
「ルイーズ、少し話しましょうか。人払いでもして」
シルヴァリエがそう提案した。
大司祭に言われるまま、ルイーズがヴェールを上げる。ヴォルガネット式の化粧なのか、目の縁をほんのり赤く彩ったルイーズがシルヴァリエを見上げた。
その顔を見て、シルヴァリエは最後の確信を得た。
「それでは、婚姻というものの奇跡について耳を傾けよ。神はこう申された……」
大司祭の語りを完全に無視して、シルヴァリエはルイーズに囁くように話しかけた。
「ルイーズ」
「えっ? は、はい」
「愛する相手に愛されているというのはいいものですよね」
「え、ええ……そうですわね」
「その相手のためならなんでもできる。生きることも、死ぬことも。なんでも。その人と一緒にいられるなら他になにもいらない。いっぽうで、その人のためなら世界のすべてを手に入れることだって厭わない」
「ええ……」
「だから、僕はあなたとは結婚しませんよ、ルイーズ」
「――っ!」
「………であるからして……え? あ? あ? 今、なんと?」
はじめに動揺したのはシルヴァリエの言葉がかろうじて耳に入ってきた大司祭で、その動揺は部屋にいたものたちの間にさざなみのように広がった。
その中で一番早く動いたのはルイーズだった。おそらくは。ルイーズは凄まじい力でシルヴァリエの腕を掴み捻りあげると、その背中に、ひらひらしたドレスのどこかに隠し持っていたらしいナイフを突き立てた。
「痛っ!」
「シルヴァリエ様、残念ですわ。わたくしとおとなしく結婚してくださっていれば、もっと穏便な方法でヴォルネシアにお連れできましたのに」
「あー……やっぱりそうなるか」
「全員動かないで! 動いたらこの男を殺……」
突然のシルヴァリエの危機に、対応するどころかほとんど状況を把握できないでいる者ばかりのラトゥールの騎士たちの中で、ただ一人カルナスだけが、弓を構えヴォルネシア側の兵士のひとりにピタリと狙いを定めていた。
「……弓をおろしなさい」
ルイーズがカルナスを睨みつけた。
「そちらがシルヴァリエを解放したら、そうしましょう」
カルナスがことさらに淡々とした調子で返した。
「そちらの矢がうちの兵士の鎧にかすり傷をつけるよりも前に、このナイフがこの男の内臓を切り裂けるわ。ここは引いたほうがよいのではなくて?」
「シルヴァリエが抵抗する可能性して逆に刺される可能性は? それに、私は多少ならず弓の腕には自信があります。この狭い部屋の中でなら、そちらの兵士の鎧を貫通させるくらいはどうにかできそうだ。それに――私が狙っているのは本当にヴォルネシアのただの一兵卒ですか?」
後ろ手に拘束されているシルヴァリエにはその顔は見えないが、狩猟際でのカルナスの腕前を思い出したらしいルイーズが、うめくような声を漏らした。
「イボンヌ! お兄さまを守って退避――あっ!」
ルイーズがすべて言い切るよりも先に、カルナスの手元から放たれた矢が澱んだ空気を引き裂き、ある兵士のすぐ横の壁に突き刺さった。兵士は、ひい、と情けない声をあげて、地べたに尻もちをついた。
ルイーズがそれを確認したときには、すでにカルナスが次の矢をつがえている。
「今のは、わざとはずしました」
「…………」
「次は当てます。私も、あまりの大物相手で手が震えている。ぎりぎりではずすよりもいっそ早く命中させてしまったほうが楽かもしれない……」
「――やめて!」
「え、え、と……」
状況についていけない大司祭が、ルイーズとシルヴァリエ、それにカルナスと尻餅をついた兵士の間でぐるぐると視線をさまよわせる。
「ルイーズ、少し話しましょうか。人払いでもして」
シルヴァリエがそう提案した。
0
お気に入りに追加
422
あなたにおすすめの小説
浮気をしたら、わんこ系彼氏に腹の中を散々洗われた話。
丹砂 (あかさ)
BL
ストーリーなしです!
エロ特化の短編としてお読み下さい…。
大切な事なのでもう一度。
エロ特化です!
****************************************
『腸内洗浄』『玩具責め』『お仕置き』
性欲に忠実でモラルが低い恋人に、浮気のお仕置きをするお話しです。
キャプションで危ないな、と思った方はそっと見なかった事にして下さい…。
開発されに通院中
浅上秀
BL
医者×サラリーマン
体の不調を訴えて病院を訪れたサラリーマンの近藤猛。
そこで医者の真壁健太に患部を触られ感じてしまう。
さらなる快楽を求めて通院する近藤は日に日に真壁に調教されていく…。
開発し開発される二人の変化する関係の行く末はいかに?
本編完結
番外編あり
…
連載 BL
なお作者には専門知識等はございません。全てフィクションです。
※入院編に関して。
大腸検査は消化器科ですがフィクション上のご都合主義ということで大目に見ながらご覧ください。
…………
騎士達は不思議なドームでメスイキを強制させられる
haaaaaaaaa
BL
アーロンたちは戦の途中で気を失い。気づけば不思議なドームに捕らえられていた。敵国のホロス王国の捕虜になったと思っていたが、ある日ホロス王国の男と知り合う。カリムと名乗った男は、逆に我国の捕虜になったと思っていたようだ。この場所は一体何なのか。豪華な食事に自由な時間。そして、おかしな調教はいったい何の意味があるのか。アーロンは戸惑いながらも故郷に帰ることを夢見る。
美しき側近、羞辱の公開懲罰
彩月野生
BL
美しき側近アリョーシャは王の怒りを買い、淫紋を施され、オークや兵士達に観衆の前で犯されて、見世物にされてしまう。さらには触手になぶられながら放置されてしまい……。
(誤字脱字報告はご遠慮下さい)
【R18】奴隷に堕ちた騎士
蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。
※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。
誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。
※無事に完結しました!
いつもは我慢してるのにきもちよすぎて♡喘ぎしちゃう話
Laxia
BL
いつもはセックスの時声を我慢してる受けが、気持ち良すぎて♡喘ぎしちゃう話。こんな声だしたことなくて嫌われないかなって思いながらもめちゃくちゃ喘ぎます。
1話完結です。
よかったら、R-18のBL連載してますのでそちらも見てくださるととっても嬉しいです!
【BL-R18】魔王の性奴隷になった勇者
ぬお
BL
※ほぼ性的描写です。
魔王に敗北し、勇者の力を封印されて性奴隷にされてしまった勇者。しかし、勇者は魔王の討伐を諦めていなかった。そんな勇者の心を見透かしていた魔王は逆にそれを利用して、勇者を淫乱に調教する策を思いついたのだった。
※【BL-R18】敗北勇者への快楽調教 の続編という設定です。読まなくても問題ありませんが、読んでください。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/17913308/134446860/
※この話の続編はこちらです。
↓ ↓ ↓
https://www.alphapolis.co.jp/novel/17913308/974452211
【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】
NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生
SNSを開設すれば即10万人フォロワー。
町を歩けばスカウトの嵐。
超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。
そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。
愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる