鬼の騎士団長が淫紋をつけられて発情しまくりで困っているようなので、僕でよければ助けてあげますね?

狩野

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今際の光景(3)

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 大司祭の前でルイーズとシルヴァリエは改めて向かい合った。シルヴァリエの横で、大司祭が婚姻の儀に関する呪文だか経文だかを唱えている。

 大司祭に言われるまま、ルイーズがヴェールを上げる。ヴォルガネット式の化粧なのか、目の縁をほんのり赤く彩ったルイーズがシルヴァリエを見上げた。

 その顔を見て、シルヴァリエは最後の確信を得た。

「それでは、婚姻というものの奇跡について耳を傾けよ。神はこう申された……」

 大司祭の語りを完全に無視して、シルヴァリエはルイーズに囁くように話しかけた。

「ルイーズ」
「えっ? は、はい」
「愛する相手に愛されているというのはいいものですよね」
「え、ええ……そうですわね」
「その相手のためならなんでもできる。生きることも、死ぬことも。なんでも。その人と一緒にいられるなら他になにもいらない。いっぽうで、その人のためなら世界のすべてを手に入れることだって厭わない」
「ええ……」
「だから、僕はあなたとは結婚しませんよ、ルイーズ」
「――っ!」
「………であるからして……え? あ? あ? 今、なんと?」

 はじめに動揺したのはシルヴァリエの言葉がかろうじて耳に入ってきた大司祭で、その動揺は部屋にいたものたちの間にさざなみのように広がった。

 その中で一番早く動いたのはルイーズだった。おそらくは。ルイーズは凄まじい力でシルヴァリエの腕を掴み捻りあげると、その背中に、ひらひらしたドレスのどこかに隠し持っていたらしいナイフを突き立てた。

「痛っ!」
「シルヴァリエ様、残念ですわ。わたくしとおとなしく結婚してくださっていれば、もっと穏便な方法でヴォルネシアにお連れできましたのに」
「あー……やっぱりそうなるか」
「全員動かないで! 動いたらこの男を殺……」

 突然のシルヴァリエの危機に、対応するどころかほとんど状況を把握できないでいる者ばかりのラトゥールの騎士たちの中で、ただ一人カルナスだけが、弓を構えヴォルネシア側の兵士のひとりにピタリと狙いを定めていた。

「……弓をおろしなさい」

 ルイーズがカルナスを睨みつけた。

「そちらがシルヴァリエを解放したら、そうしましょう」

 カルナスがことさらに淡々とした調子で返した。

「そちらの矢がうちの兵士の鎧にかすり傷をつけるよりも前に、このナイフがこの男の内臓を切り裂けるわ。ここは引いたほうがよいのではなくて?」
「シルヴァリエが抵抗する可能性して逆に刺される可能性は? それに、私は多少ならず弓の腕には自信があります。この狭い部屋の中でなら、そちらの兵士の鎧を貫通させるくらいはどうにかできそうだ。それに――私が狙っているのは本当にヴォルネシアのただの一兵卒ですか?」

 後ろ手に拘束されているシルヴァリエにはその顔は見えないが、狩猟際でのカルナスの腕前を思い出したらしいルイーズが、うめくような声を漏らした。

「イボンヌ! お兄さまを守って退避――あっ!」

 ルイーズがすべて言い切るよりも先に、カルナスの手元から放たれた矢が澱んだ空気を引き裂き、ある兵士のすぐ横の壁に突き刺さった。兵士は、ひい、と情けない声をあげて、地べたに尻もちをついた。

 ルイーズがそれを確認したときには、すでにカルナスが次の矢をつがえている。

「今のは、わざとはずしました」
「…………」
「次は当てます。私も、あまりの大物相手で手が震えている。ぎりぎりではずすよりもいっそ早く命中させてしまったほうが楽かもしれない……」
「――やめて!」
「え、え、と……」

 状況についていけない大司祭が、ルイーズとシルヴァリエ、それにカルナスと尻餅をついた兵士の間でぐるぐると視線をさまよわせる。

「ルイーズ、少し話しましょうか。人払いでもして」

 シルヴァリエがそう提案した。
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