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沈黙の蜜月(1)
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アンドリアーノ公爵家の広い敷地内には、部屋数が100を超える本邸とは別に、大小の別邸が存在している。
そのうちのひとつ、小さいながらも花に囲まれた品の良いつくりで、敷地のなかでは西翼にあたるエリアにある別邸、通称「水月邸」。母アディーリアのために父ゴルディアスが建てさせたというそこをシルヴァリエは特に気に入ってなにかと入り浸っていたが、ルイーズとの婚約祝いにという名目でゴルディアスから正式にそこを貰い受けた。
西門から入ったアンドリアーノ家の紋章入りの馬車が、その水月邸の前で止まる。馬車の後ろに座っていた馬丁が飛び降り馬車の扉を開くと、すみれ色をした裾の長い上着に腰には飾りのレイピアを刺した正装姿のシルヴァリエが軽やかな足取りで外に出た。長い裾をひらりとひるがえし馬車内に向かって手を差し出すと、家格にあわせ裾は短く色は暗いが同じく正装姿をしたカルナスが、虚ろな表情で姿を現した。
シルヴァリエはカルナスの背中を軽く押して進むよう促し、カルナスがのろのろと歩くその半歩後ろの絨毯の上を、玄関に向かってゆっくりと歩く。
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ、おぼっちゃま」
「お帰りなさいませ、シルヴァリエ様」
「ただいま」
玄関で出迎える使用人たちに声をかけ、一歩前に出たメイド頭に下がるよう手振りで示すと、階段を昇り屋敷の奥の自室へと向かう。
扉の前で振り向いたカルナス越しにシルヴァリエは扉を開き、カルナスをなかに押し込み、背後に誰もついてきていないことを確認してから扉を閉めた。
「お疲れ様でした、カルナス団長」
カルナスはシルヴァリエの方を振り向いたが、無言のまま目を逸らす。シルヴァリエはその背を軽く小突いてさらに進むよう促し、部屋の隅に置いてあった水差しからグラスに水を注ぎ、カルナスへ差し出した。
カルナスは首を横に振る。シルヴァリエはグラスの水を一息で飲み下し、再び水差しから水を満たし、カルナスの胸元へ押し付けた。
カルナスがグラスを受け取り口につけるのを確認し、水差しを元の場所へ戻す。
「カルナス団長に専任で僕の警護についてもらうって話、陛下にあっさり認めてもらえて良かったですね。だから言ったでしょう。心配しなくても、今なら僕の言い分はなんだって通りますよって。これでしばらく騎士団には戻らなくてすみますね」
「…………」
「その服、着心地はどうですか? 特急で仕立てさせた割に見た目は悪くないですが――最も、悪かったらあの仕立て屋がただじゃすみませんけど。着心地が窮屈だとか、なにか気になることがあったら言ってくださいね。その服はもうカルナス団長のものですから。その色も似合ってますけど、仕立て屋が勧めてきた限定物の染地も良かったですね。あの生地で、もう一着普段用に仕立てさせましょうか。きっと似合いますよ。昨日着てたあの服も、カルナス団長は僕にしか似合わないって言ってましたけど、団長にも似合ってましたよ。サイズがあってなかっただけで」
シルヴァリエが一方的に話している間に、わずかずつの水を口に含みながらどうにかグラスの水を飲み干したカルナスは、押し付けられたグラスの処分に困ったようで、伏目がちなままさりげなく周囲を伺っている。シルヴァリエはその手からグラスをひょいと取り上げると、カルナスの顎に軽く手をかけて上に向かせ、唇を寄せた。
しかしカルナスは、それまでの緩慢な動きと打って変わった素早さで顔を逸らし、数歩後ろに下がる。
手と顔の行き場を失くしたシルヴァリエは、その姿勢のままカルナスをしばらく睨みつけていたが、グラスを水差しの横に置き、その反対側においてある鋼鉄製の手錠と首輪を手にとった。
「カルナス団長、手を」
そのうちのひとつ、小さいながらも花に囲まれた品の良いつくりで、敷地のなかでは西翼にあたるエリアにある別邸、通称「水月邸」。母アディーリアのために父ゴルディアスが建てさせたというそこをシルヴァリエは特に気に入ってなにかと入り浸っていたが、ルイーズとの婚約祝いにという名目でゴルディアスから正式にそこを貰い受けた。
西門から入ったアンドリアーノ家の紋章入りの馬車が、その水月邸の前で止まる。馬車の後ろに座っていた馬丁が飛び降り馬車の扉を開くと、すみれ色をした裾の長い上着に腰には飾りのレイピアを刺した正装姿のシルヴァリエが軽やかな足取りで外に出た。長い裾をひらりとひるがえし馬車内に向かって手を差し出すと、家格にあわせ裾は短く色は暗いが同じく正装姿をしたカルナスが、虚ろな表情で姿を現した。
シルヴァリエはカルナスの背中を軽く押して進むよう促し、カルナスがのろのろと歩くその半歩後ろの絨毯の上を、玄関に向かってゆっくりと歩く。
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ、おぼっちゃま」
「お帰りなさいませ、シルヴァリエ様」
「ただいま」
玄関で出迎える使用人たちに声をかけ、一歩前に出たメイド頭に下がるよう手振りで示すと、階段を昇り屋敷の奥の自室へと向かう。
扉の前で振り向いたカルナス越しにシルヴァリエは扉を開き、カルナスをなかに押し込み、背後に誰もついてきていないことを確認してから扉を閉めた。
「お疲れ様でした、カルナス団長」
カルナスはシルヴァリエの方を振り向いたが、無言のまま目を逸らす。シルヴァリエはその背を軽く小突いてさらに進むよう促し、部屋の隅に置いてあった水差しからグラスに水を注ぎ、カルナスへ差し出した。
カルナスは首を横に振る。シルヴァリエはグラスの水を一息で飲み下し、再び水差しから水を満たし、カルナスの胸元へ押し付けた。
カルナスがグラスを受け取り口につけるのを確認し、水差しを元の場所へ戻す。
「カルナス団長に専任で僕の警護についてもらうって話、陛下にあっさり認めてもらえて良かったですね。だから言ったでしょう。心配しなくても、今なら僕の言い分はなんだって通りますよって。これでしばらく騎士団には戻らなくてすみますね」
「…………」
「その服、着心地はどうですか? 特急で仕立てさせた割に見た目は悪くないですが――最も、悪かったらあの仕立て屋がただじゃすみませんけど。着心地が窮屈だとか、なにか気になることがあったら言ってくださいね。その服はもうカルナス団長のものですから。その色も似合ってますけど、仕立て屋が勧めてきた限定物の染地も良かったですね。あの生地で、もう一着普段用に仕立てさせましょうか。きっと似合いますよ。昨日着てたあの服も、カルナス団長は僕にしか似合わないって言ってましたけど、団長にも似合ってましたよ。サイズがあってなかっただけで」
シルヴァリエが一方的に話している間に、わずかずつの水を口に含みながらどうにかグラスの水を飲み干したカルナスは、押し付けられたグラスの処分に困ったようで、伏目がちなままさりげなく周囲を伺っている。シルヴァリエはその手からグラスをひょいと取り上げると、カルナスの顎に軽く手をかけて上に向かせ、唇を寄せた。
しかしカルナスは、それまでの緩慢な動きと打って変わった素早さで顔を逸らし、数歩後ろに下がる。
手と顔の行き場を失くしたシルヴァリエは、その姿勢のままカルナスをしばらく睨みつけていたが、グラスを水差しの横に置き、その反対側においてある鋼鉄製の手錠と首輪を手にとった。
「カルナス団長、手を」
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