鬼の騎士団長が淫紋をつけられて発情しまくりで困っているようなので、僕でよければ助けてあげますね?

狩野

文字の大きさ
上 下
66 / 90
本文

突然の失踪(2)

しおりを挟む
「それでわたくしのところへ来たの、ルー」

 コルセット姿で三人の召使いに髪をすかせながら、デュロワ伯爵夫人ことジュスティーヌ・デュロワは鏡越しにシルヴァリエに尋ねた。

「あなたが貴婦人の着替え中に押しかけるなんて礼を逸した行動に出た理由はわかったけれど、どうしてわたくしのところへ?」
「これですよ」

 シルヴァリエは腕組みをしたまま、女王からの親書が入った封筒をデュロワ伯爵夫人に見せつけるように動かす。

「女王陛下を即日動かせる相手なんて、あなたくらいしかいないでしょう、ジュスティーヌ」
「あら買いかぶりね。親書には特別任務、とあったのでしょう? そんなもの、わたくしは知らないわ」
「理由なんてどうとでもつけられる。僕は今、あなたとの探り合いの会話を楽しんでいる余裕はないんです。知っていることを教えてもらえませんか。全て」
「三日前ねえ……カルナス・レオンダルなら確かにわたくしのところへ来たわ」
「……やっぱり」
「陛下へ口利きしたのもわたくし。わたくしには、自分は女王陛下の騎士として不適格だから団長の肩書きも騎士の位も返上したい、というようなことを言っていたけれど……」
「え?!」
「親書ではそうなっていないということは陛下が慰留されたのじゃないかしら。それ以上のことは知らないわ」
「そう……ですか」

 胸をなでおろすシルヴァリエを鏡の中のデュロワ伯爵夫人は上目遣いににらみつけたあと、うんざりしたように言った。

「もういいかしら? コルセットを締め直したいの。脱がすつもりがないのなら出て行ってちょうだい、ルー」
「いいえ、まだです。まだ話していないことがありますよね、ジュスティーヌ」
「そんなものはなくてよ」
「カルナス団長はあなたに何を頼みに来たんですか」
「女王陛下に取り次いだ、と言ったでしょう」
「女王陛下への取り次ぎだけなら直接陛下のところへ向かうことだってできる。それなのにカルナス団長はまずあなたのところへ来たようだ。女王陛下ではなくあなたに頼みたい、なにかがあったということでしょう」
「…………」
「どうです?」
「……なかったとは言わないわ」

 デュロワ伯爵夫人は髪をすく召使いの手を煩わしげに振り払い、椅子から立ち上がりシルヴァリエのほうを向いた。

「でも、あなたには教えられないわ、ルー。言わないでほしいと頼まれているの」
「カルナス団長から?」
「そうよ。自分がここへ来たことも、わたくしへのたのみごとも、すべて秘密にしておいてほしいとね。特にシルヴァリエ、あなたには」
「とはいえ僕とあなたの仲だ。僕には教えてくれるんでしょう、ジュスティーヌ?」
「大した自信ねえ。残念だけど、わたくし人との約束は守るほうなのよ。気まぐれにすっぽかすのは逢引くらい。そうでなければ信頼など得られないもの」
「なるほど。口の軽い僕とは違うということですか」
「そういうことね」
「たしかに、僕ならスナメリオ叔父のこともぺらぺら吹聴してしまいそうだ」
「……スナメリオ?」
「ええ。ジュスティーヌ、あなたもよくご存知の名前です」
「知ってはいるけどすっかり忘れていたわね。古い名前だこと」
「僕も最近になってようやく思い出したんです。ふたりきりで思い出話に花を咲かせたいとは思いませんか」
「……いいわ」

 召使いを部屋から下がらせると、デュロワ伯爵夫人はシルヴァリエの前で腕を組み仁王立ちで睨みつけた。

 美しく手入れされた眉間に幾重ものシワが寄っている。

「スナメリオなんて不吉な名前まで出してどういうつもり?」
「不吉だとは知らなかった」
「アンドリアーノ公に対する反逆者よ。わたくしとなにか関係があるかのような言い方はしないでちょうだい」
「ジュスティーヌ、あなたでも父が怖いのですか」
「すでに死んだ人間の話をしてわざわざ敵を作りたいわけがないでしょう。強い相手となればなおさらよ」
「それなのになぜ、叔父に手を貸したんですか?」
「何を言っているのかわからないわね」

 素っ気なく返すデュロワ伯爵夫人の両の目の虹彩にはシルヴァリエの姿がくっきりと映っている。嘘をつくときに視線をそらすのは未熟な証拠、たとえ見え見えの嘘でも、相手の目を覗き込んで堂々と言えば相手は騙される、ということを、他ならぬデュロワ伯爵夫人から学んだことを、シルヴァリエは思い出していた。

「おかしな言いがかりをつけようとするのは、ルー、あなたでも許さなくてよ」
「この三日というもの、時間を持て余して騎士団の昔の記録を調べていたんです。スナメリオ叔父は確かに独自に魔術の修練を積んでいたようでしたが、それは身体強化といったところがせいぜい。アンドリアーノはそもそも魔術師の素養のある家系ではありません。叔父が所属していた騎士団も、魔術は忌避される傾向が強い。魔物を使ったり結界を張ったりするような、本格的な魔術を、叔父が独力で習得できたはずがない。僕は叔父に誰か協力者がいたはずだと確信しています」
「その協力者がわたくし、というわけ?」
「ラトゥールの王宮に仕える者で魔術に詳しい人間は少ない。その昔あなたがふざけて僕に淫紋をつけたこと、忘れてませんよ」
「別に王宮関係者でなくてもいいでしょう。どこかに行きつけの魔術店なり、出入りの魔術師なり、居たのじゃないの。それに、ふざけて淫紋をつけたからといって、淫魔を提供したのまでわたくしだと思われるのは心外だわ」
「そうかもしれませね。ですが――叔父が魔物を使ったことを知っている者は限られているのに、それには驚かないんですねジュスティーヌ。しかも、使ったのが淫魔であることまで知っているとは」
「…………あら」

 デュロワ伯爵夫人の瞳の奥の光が、わずかに揺れた。

「なにより、スナメリオ叔父は、公的にはまだ行方不明の扱いなんですよ、ジュスティーヌ。人払いの結界が消えると同時に、叔父の死体は煙のように消えてしまったんです」
「何の話かしら? わたくしが彼を死んだ、と言ったのは言葉のアヤよ。アンドリアーノ公に逆らった上、こんなに長い間姿をくらましているのですもの。ラトゥールの人間としては死んだも同然でしょう? 淫魔のことだって、以前あなたから聞いたのじゃなかったかしら」
「僕はつい先日まですっかり忘れていたのに?」
「記憶の底には残っていた、ということじゃないの。わたくしは確かにあなたから聞いたわ、シルヴァリエ」
「あなたがそう仰るのでしたら仰ってくださってもかまいませんよ。問題は、僕がこの話をしたときに、聞いた相手がどう思うか、ということですから」
「……誰に話すつもり?」
「誰にというなら誰にでも。誰にでも話したい気分ですね、僕は。なにか問題でも?」
「…………」
「とはいえもう過ぎたことです。あなたが昔話より今の話をしたい、というのなら、僕はそれに喜んでお付き合いしますよ、ジュスティーヌ」
「……嫌な子ね、シルヴァリエ」

 デュロワ伯爵夫人はため息をついた。
 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...