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晴天の霹靂(2)
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「待ってください父上。僕はルイーズと婚約なんかする気はありませんよ」
「ん? 急にどうした」
「急にって、僕こそ急に……」
「お前も随分その気だと、レオンダルからは聞いているぞ」
ゴルディアスが背後のカルナスを顎でしゃくりながら言った。
「カルナス団長から?」
「そうだ。ユニレイ湖畔の屋敷でも、随分いい雰囲気だったそうじゃないか。テラスでの合奏はすでに恋人同士のようだったと――」
「それもカルナス団長から聞いたんですか?」
「それ以外に誰がいる。なんだ、シルヴァリエには本当にまったく何も言っていないのか」
ゴルディアスはカルナスのほうを振り返りながら言った。
「黙っているように、と言われましたので……」
カルナスが表情のない顔で答えた。
「律儀なことだ。ふむ、まあ、いいことか。結果的にはなおのことだ」
「父上、どういうことですか? カルナス団長も――」
「そうだな、もう話してもいいだろう。最近、ヴォルガネットが勢いを増しているのは知っているな」
「もちろん」
「その勢いの源である戦王リカルドの唯一の弱点、掌中の珠とばかり愛でているのが、妹のルイーズだ」
「それも知ってます」
「腹違いの妹はルイーズだけではないが、リカルドにとってはルイーズだけが特別らしくてな。そのせいかルイーズのほうも随分なブラコンに育って、結婚適齢期を迎えても兄にべったり。いっぽうでリカルドのほうもルイーズがいると他の女に目を向ける様子もなく、このままでは王妃を迎え入れるのもままならん。このままリカルドが独身で後継者もできないとなると国家の危機、と案じた家臣団が、まずはルイーズを片付けようと、近隣の有力な貴族王族の子弟の情報をずらりと取り揃えてさりげなくルイーズの意向を探ったところ――ルイーズが唯一興味を持ったのが、シルヴァリエ、お前だったというわけだ」
「…………」
「リカルドを見て育って来た娘だ。見目は良くても弱い男は嫌いという話になるかもしれんと念のため騎士団で鍛えてもらい、騎士団の中でも腕の立つ騎士として引き合わせるという手段を使ったが――そんなことは杞憂だったかもしれんな、シルヴァリエお前なら。はっはっはっは!」
ゴルディアスがシルヴァリエの背中をバンバンと叩きながら大笑いした。昔からシルヴァリエには甘いゴルディアスだが、そのシルヴァリエにしても、こんなに上機嫌なゴルディアスを見るのは珍しい。よほど嬉しいのだろう。
しかし――。
「僕は……何も聞いてませんよ」
「すまんなシルヴァリエ。お前もまだ遊びたい盛りだろうからへたに話すとわざとルイーズに嫌われるような言動をとるかもしれんので黙っていたほうがいいと――」
「なんですかその言い草」
「いや、ワシもそれはどうかと思ったんだが。しかしデュロワ伯爵夫人がそう言ったものだから……」
ゴルディアスが取り繕うように言った。
「デュロワ伯爵夫人? 彼女も……ジュスティーヌも知ってたってことですか、ルイーズと僕のことを」
「もちろん、女王陛下もご存知だ。ルイーズをお前の妻として迎え入れるというのはお前が宮廷で花から花へ遊び呆けている頃から背後で動いていた、国家的戦略事項なのだぞ、シルヴァリエ」
「では……カルナス団長も、はじめから?」
シルヴァリエがカルナスを見ると、カルナスは気まずそうに目をそらした。
「――――っ!」
シルヴァリエは、目の前が赤くなるのを感じた。
「いや、その、な、シルヴァリエ。ワシもな、戦王の妹というだけに、ルイーズが乱暴者のあばずれ女などであったらさすがに断ったが――今どき珍しい、可憐で控えめな良いお嬢さんじゃないか。お前は目の色が薄めの気の強い女が好みのようだが、容姿など見慣れればそれはそれで愛らしく見えるものだし、まして妻にするならおとなしい女に越したことはない。どうしても気に入らないというのなら、向こうにはお前の前評判も伝わっていることだし、結婚しても愛人のひとりやふたりや十人や百人持とうとも気にせんだろう。なんならそういうところが気に入られたのかもしれん。世の中、英雄色を好むという言葉もあることだし――」
「わかりました!」
「お、おお。わかってくれたか」
「わかりましたから父上は出て行ってください」
「ん? ん、うむ」
「カルナス団長。話があります」
「……ああ」
「シルヴァリエ、これは国家的……」
「わかってますから、父上は出て行ってください!!」
シルヴァリエの剣幕に、ゴルディアスは尻尾を巻いて応接室から出て行った。
「ん? 急にどうした」
「急にって、僕こそ急に……」
「お前も随分その気だと、レオンダルからは聞いているぞ」
ゴルディアスが背後のカルナスを顎でしゃくりながら言った。
「カルナス団長から?」
「そうだ。ユニレイ湖畔の屋敷でも、随分いい雰囲気だったそうじゃないか。テラスでの合奏はすでに恋人同士のようだったと――」
「それもカルナス団長から聞いたんですか?」
「それ以外に誰がいる。なんだ、シルヴァリエには本当にまったく何も言っていないのか」
ゴルディアスはカルナスのほうを振り返りながら言った。
「黙っているように、と言われましたので……」
カルナスが表情のない顔で答えた。
「律儀なことだ。ふむ、まあ、いいことか。結果的にはなおのことだ」
「父上、どういうことですか? カルナス団長も――」
「そうだな、もう話してもいいだろう。最近、ヴォルガネットが勢いを増しているのは知っているな」
「もちろん」
「その勢いの源である戦王リカルドの唯一の弱点、掌中の珠とばかり愛でているのが、妹のルイーズだ」
「それも知ってます」
「腹違いの妹はルイーズだけではないが、リカルドにとってはルイーズだけが特別らしくてな。そのせいかルイーズのほうも随分なブラコンに育って、結婚適齢期を迎えても兄にべったり。いっぽうでリカルドのほうもルイーズがいると他の女に目を向ける様子もなく、このままでは王妃を迎え入れるのもままならん。このままリカルドが独身で後継者もできないとなると国家の危機、と案じた家臣団が、まずはルイーズを片付けようと、近隣の有力な貴族王族の子弟の情報をずらりと取り揃えてさりげなくルイーズの意向を探ったところ――ルイーズが唯一興味を持ったのが、シルヴァリエ、お前だったというわけだ」
「…………」
「リカルドを見て育って来た娘だ。見目は良くても弱い男は嫌いという話になるかもしれんと念のため騎士団で鍛えてもらい、騎士団の中でも腕の立つ騎士として引き合わせるという手段を使ったが――そんなことは杞憂だったかもしれんな、シルヴァリエお前なら。はっはっはっは!」
ゴルディアスがシルヴァリエの背中をバンバンと叩きながら大笑いした。昔からシルヴァリエには甘いゴルディアスだが、そのシルヴァリエにしても、こんなに上機嫌なゴルディアスを見るのは珍しい。よほど嬉しいのだろう。
しかし――。
「僕は……何も聞いてませんよ」
「すまんなシルヴァリエ。お前もまだ遊びたい盛りだろうからへたに話すとわざとルイーズに嫌われるような言動をとるかもしれんので黙っていたほうがいいと――」
「なんですかその言い草」
「いや、ワシもそれはどうかと思ったんだが。しかしデュロワ伯爵夫人がそう言ったものだから……」
ゴルディアスが取り繕うように言った。
「デュロワ伯爵夫人? 彼女も……ジュスティーヌも知ってたってことですか、ルイーズと僕のことを」
「もちろん、女王陛下もご存知だ。ルイーズをお前の妻として迎え入れるというのはお前が宮廷で花から花へ遊び呆けている頃から背後で動いていた、国家的戦略事項なのだぞ、シルヴァリエ」
「では……カルナス団長も、はじめから?」
シルヴァリエがカルナスを見ると、カルナスは気まずそうに目をそらした。
「――――っ!」
シルヴァリエは、目の前が赤くなるのを感じた。
「いや、その、な、シルヴァリエ。ワシもな、戦王の妹というだけに、ルイーズが乱暴者のあばずれ女などであったらさすがに断ったが――今どき珍しい、可憐で控えめな良いお嬢さんじゃないか。お前は目の色が薄めの気の強い女が好みのようだが、容姿など見慣れればそれはそれで愛らしく見えるものだし、まして妻にするならおとなしい女に越したことはない。どうしても気に入らないというのなら、向こうにはお前の前評判も伝わっていることだし、結婚しても愛人のひとりやふたりや十人や百人持とうとも気にせんだろう。なんならそういうところが気に入られたのかもしれん。世の中、英雄色を好むという言葉もあることだし――」
「わかりました!」
「お、おお。わかってくれたか」
「わかりましたから父上は出て行ってください」
「ん? ん、うむ」
「カルナス団長。話があります」
「……ああ」
「シルヴァリエ、これは国家的……」
「わかってますから、父上は出て行ってください!!」
シルヴァリエの剣幕に、ゴルディアスは尻尾を巻いて応接室から出て行った。
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