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幼年の記憶(4)
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「よくやったな、”レオ”」
シルヴァリエが朦朧とした意識のなかで捉えたその声は、叔父、スナメリオのものだった。
そのままシルヴァリエは縛り上げられ、スナメリオのものと思しき馬に乗せられてどこかへ運ばれた。
その間も、レオとスナメリオはなにごとかを話していたようだったが、聞こえてはくるものの内容は理解できない。
馬から降ろされた、と思ったら今度はスナメリオに担ぎ上げられ、どこか屋内へ運ばれた。
シルヴァリエの首筋に再び痛みが走る。その痛みに喚起されたかのように、シルヴァリエの意識は徐々に輪郭を取り戻し始めた。
「……レオ?」
靄が晴れつつあるシルヴァリエの視界のなかへ、一番はじめに目に飛び込んできたのは泣きそうな顔で自分を見おろしているレオの顔だった。
「ルー、ルー、大丈夫ですか」
レオが両手で自分の顔を挟んだ。片手になにか布のようなものを持っているのに気づいて、ああ、額あたりを流れていた不快な汗をぬぐってくれていたのはレオだったのか、とシルヴァリエは思った。
周囲を見回すと、シルヴァリエが連れ込まれたのは、狭いながらも調度品の揃った部屋だった。スナメリオはいない。ドアの外はどうやら直接外に通じているようだ。スナメリオ叔父の隠れ家かなにかだろうか、とシルヴァリエは思った。
「ごめん、ごめんなさい、ルー。こんなことになるなんて……」
「レオ、君は、スナメリオ叔父と手を組んで……」
「違う。違うんです。スナメリオ隊長が――ルーを殺すというのは、狩猟祭ついでにルーの成人のパーティをやって驚かせよう、という話の符牒にすぎなかったのに、私が馬鹿正直に言葉通りにとらえ他の隊長に話したせいで、おおごとになってしまったと言うから……」
「おおごともなにも、実際こういう目にあっているじゃないか。それに、レオの証言だけじゃなく父上も裏をとった上で、スナメリオ叔父は捕まることになったんだぞ。符牒なんかであるものか」
「スナメリオ隊長が……アンドリアーノ公は以前からスナメリオ隊長を邪魔者扱いしていて、これを機に自分を処刑したいのだろうと……こうなれば自分もこの国にとどまるつもりはないが、ルー本人の誤解だけは解いておきたいから、ひとけのないところにルーを連れ出してほしいと……直接会って話をしたいからと……」
「なるほどね……」
腹立たしいが、レオが騙されるのも無理はない、とシルヴァリエは思った。宮廷での権力者というのは大なり小なりそういった黒い噂があるものだし、実際のところゴルディアスはそのような奸計を用いて政敵を引き摺り下ろしたことがあるのをシルヴァリエは知っている。こういう目に遭った後でなければ、シルヴァリエだって信じていたかもしれない。
これが因果応報というやつかもしれないが、問題がその報いがゴルディアスではなくシルヴァリエに来ていることだ。
「ルーにこんなことをするなんて聞いてなかったんです。話をするだけだからと聞いたのに……でも、もう、こうなれば私も共犯だからと……」
涙と汗で顔をぐしゃぐしゃにしているレオを見上げ、シルヴァリエはこんな時なのに妙な興奮を覚えている自分を感じた。初めてベッドに誘われた時の高揚よりも、それはなお強かった。
「レオ、こっちへ来て」
「え? ここいますが……」
「違うよ、顔だよ。君の顔を、僕の顔に近づけて」
「……? こうですか?」
「もっと。もっとだよ」
「は、はい」
無防備に自分に顔を近づけてきたレオの唇に、シルヴァリエは軽くキスをした。
レオが驚いて顔をはなす。
「る、ルー?! 今のは……」
「泣いてるレオを見てたらしたくなっちゃって。キスは久しぶりだね」
シルヴァリエに言われて、レオは瞬間的に顔を真っ赤にした。
「ルー、今はそんなことを言っているときでは……」
「もちろん。とにかくここから逃げよう。共犯云々のことなら、僕がレオの無実を証言してあげるから大丈夫。スナメリオ叔父は?」
「外に出ています。周囲に人払いの結界をはってくると……」
「結界? 叔父は魔術を使えるのか?」
「勉強熱心なかたですから、以前から多少心得があるという話は……でもここまでできるとは騎士団の中では知られていませんでした。ルーを気絶させたのも、魔物を使ったようです」
「――その通り」
ドアの方から男の声がした。
シルヴァリエが朦朧とした意識のなかで捉えたその声は、叔父、スナメリオのものだった。
そのままシルヴァリエは縛り上げられ、スナメリオのものと思しき馬に乗せられてどこかへ運ばれた。
その間も、レオとスナメリオはなにごとかを話していたようだったが、聞こえてはくるものの内容は理解できない。
馬から降ろされた、と思ったら今度はスナメリオに担ぎ上げられ、どこか屋内へ運ばれた。
シルヴァリエの首筋に再び痛みが走る。その痛みに喚起されたかのように、シルヴァリエの意識は徐々に輪郭を取り戻し始めた。
「……レオ?」
靄が晴れつつあるシルヴァリエの視界のなかへ、一番はじめに目に飛び込んできたのは泣きそうな顔で自分を見おろしているレオの顔だった。
「ルー、ルー、大丈夫ですか」
レオが両手で自分の顔を挟んだ。片手になにか布のようなものを持っているのに気づいて、ああ、額あたりを流れていた不快な汗をぬぐってくれていたのはレオだったのか、とシルヴァリエは思った。
周囲を見回すと、シルヴァリエが連れ込まれたのは、狭いながらも調度品の揃った部屋だった。スナメリオはいない。ドアの外はどうやら直接外に通じているようだ。スナメリオ叔父の隠れ家かなにかだろうか、とシルヴァリエは思った。
「ごめん、ごめんなさい、ルー。こんなことになるなんて……」
「レオ、君は、スナメリオ叔父と手を組んで……」
「違う。違うんです。スナメリオ隊長が――ルーを殺すというのは、狩猟祭ついでにルーの成人のパーティをやって驚かせよう、という話の符牒にすぎなかったのに、私が馬鹿正直に言葉通りにとらえ他の隊長に話したせいで、おおごとになってしまったと言うから……」
「おおごともなにも、実際こういう目にあっているじゃないか。それに、レオの証言だけじゃなく父上も裏をとった上で、スナメリオ叔父は捕まることになったんだぞ。符牒なんかであるものか」
「スナメリオ隊長が……アンドリアーノ公は以前からスナメリオ隊長を邪魔者扱いしていて、これを機に自分を処刑したいのだろうと……こうなれば自分もこの国にとどまるつもりはないが、ルー本人の誤解だけは解いておきたいから、ひとけのないところにルーを連れ出してほしいと……直接会って話をしたいからと……」
「なるほどね……」
腹立たしいが、レオが騙されるのも無理はない、とシルヴァリエは思った。宮廷での権力者というのは大なり小なりそういった黒い噂があるものだし、実際のところゴルディアスはそのような奸計を用いて政敵を引き摺り下ろしたことがあるのをシルヴァリエは知っている。こういう目に遭った後でなければ、シルヴァリエだって信じていたかもしれない。
これが因果応報というやつかもしれないが、問題がその報いがゴルディアスではなくシルヴァリエに来ていることだ。
「ルーにこんなことをするなんて聞いてなかったんです。話をするだけだからと聞いたのに……でも、もう、こうなれば私も共犯だからと……」
涙と汗で顔をぐしゃぐしゃにしているレオを見上げ、シルヴァリエはこんな時なのに妙な興奮を覚えている自分を感じた。初めてベッドに誘われた時の高揚よりも、それはなお強かった。
「レオ、こっちへ来て」
「え? ここいますが……」
「違うよ、顔だよ。君の顔を、僕の顔に近づけて」
「……? こうですか?」
「もっと。もっとだよ」
「は、はい」
無防備に自分に顔を近づけてきたレオの唇に、シルヴァリエは軽くキスをした。
レオが驚いて顔をはなす。
「る、ルー?! 今のは……」
「泣いてるレオを見てたらしたくなっちゃって。キスは久しぶりだね」
シルヴァリエに言われて、レオは瞬間的に顔を真っ赤にした。
「ルー、今はそんなことを言っているときでは……」
「もちろん。とにかくここから逃げよう。共犯云々のことなら、僕がレオの無実を証言してあげるから大丈夫。スナメリオ叔父は?」
「外に出ています。周囲に人払いの結界をはってくると……」
「結界? 叔父は魔術を使えるのか?」
「勉強熱心なかたですから、以前から多少心得があるという話は……でもここまでできるとは騎士団の中では知られていませんでした。ルーを気絶させたのも、魔物を使ったようです」
「――その通り」
ドアの方から男の声がした。
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