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幼年の記憶(2)
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シルヴァリエの目論見通り、狩猟祭の開始早々、騎士たちをまくことには成功した。
唯一計算外だったのはレオの存在だ。
シルヴァリエに比べ大していい馬に乗っているとも思われないのに、木々の合間をぬって好き放題駆け回ろうが、小川や倒木を飛び越えようが、果てはゴルディアスから固く禁じられている危険きわまりない騎馬したままでの崖くだりまで敢行しようが、レオはシルヴァリエの後ろにぴったり貼り付いて離れなかった。
しまいにシルヴァリエのほうが根をあげ、泉のほとりで大の字に倒れ込んだ。
「はー、疲れた」
「大丈夫ですか」
少し離れたところで、馬の横で直立不動したままのレオがそう尋ねる。
「大丈夫じゃない」
「すみません」
「謝らなくていいよ。レオ、君、すごいな」
「私がですか?」
「うん、この僕についてこられるやつなんて初めてだ。ましてや年下なんて」
「……申し訳ありません」
「なんで謝るんだよ。褒めてるのに」
「……いえ、その……シルヴァリエ様は」
「ルー」
「え?」
「ルー、でいいよ」
「そういうわけには……」
「なにが?」
「私のような身分のものが、シルヴァリエ様をそのように呼ぶわけにはいきません」
「僕がいいって言ってるからいいんだよ。ルー、って呼ばないともう返事をしないよ」
シルヴァリエが拗ねたように言う。返事をしない、というのが、当時のシルヴァリエの殺し文句だった。そう言うと、シルヴァリエの歓心を買いたい周囲の大人たちが容易に自分の言うことを聞いてくれた。
「…………」
「ほら、呼んでよ」
「ルー様は」
「ルー」
「……ルーは、恵まれた人ですね」
レオに言われ、シルヴァリエはきょとんとした。恵まれた人、という言葉自体は決して悪い意味ではないのだろうが、それでも、なんとなく、絶賛されているわけではない、ということだけはわかった。
「なんでそういう言いかたするんだよ」
「ただ、そう思ったから言っただけです。他意はありません。羨ましいことです」
「レオだって大したものじゃないか。そうだよ、僕は褒めたのに」
「乗馬のことですか? これができなければのたれ死ぬしかない、と思ってやっていれば、誰でも多少のことはできるようになるものです」
「へえ。それ、騎士団の訓練法?」
「なにがですか」
「できなければ死ぬって自分に言い聞かせながらやるんだろ」
「例え話ではありません。家から追い出され、騎士団でも訓練をこなせず見込みなしとして放り出されたとなれば、あとはのたれ死ぬだけです。あるいは、野盗にでも身を落とすか――」
「……ふうん?」
レオの表情は深刻だったが、シルヴァリエにはいまいちピンとこない話だった。
それこそがレオの言う「恵まれている」ということに他ならなかったのだが、当時のシルヴァリエにそれを言っても、やはりピンとこない顔をしたに違いない。
「さっきも思ったけど、レオ、君って、大人みたいに話すんだね。言うこともなんだか大人みたいだ」
「私はもう大人ですから」
「嘘だね。僕より年下だってスナメリオ叔父さんが言ってたぞ」
「騎士団に入団したあとは、年齢がいくつであれ全員成人の扱いになるのです」
「どうして?」
「たとえ見習いであっても、騎士団の任務において、怪我をするのもどんな目にあうかわかりませんので。ですから、騎士団に入団する際に、たとえ死ぬことがあってもこれは自分が希望したものである、という誓約を行うのです。父母の名ではなく、己の名において」
「ふうん……?」
「そういう意味で、私はもう大人です。シルヴァリエ様……ルーより、生まれたのは後であっても」
「……じゃあさ」
「はい」
「大人のキス、知ってる?」
「えっ?」
レオの顔がみるみる赤くなった。
シルヴァリエは得意顔で続ける。
「キスだよ、キス。大人同士のキス。知ってるの。知らないの」
「そ、それは……知りません」
「僕は知ってるよ。宮廷の人たちはみんな言ってる。大人になるっていうのは、大人のキスができるようになることだって。それを知らないのに自分は大人だなんて言ってるの、おかしいよ。レオは子供だなあ」
レオは押し黙った。そのときのシルヴァリエには、多少なりとも自分が詭弁を弄している自覚があった。大人のキスができなければ大人ではない、というのが、宮廷人たちの艶めいたジョークの一種に過ぎないということも。しかしシルヴァリエは、自分よりも年下のくせに得意の乗馬で自分に負けない腕前を披露し、さらには大人びた口調で自分はすでに大人であり、そしてシルヴァリエはまだ子供だ、と語る目の前の相手を、なんとか打ち負かしたかった。
「……申し訳ありません」
レオが顔を赤くしたまま謝罪する。釈然としないが、反論する方法もわからない、といった表情だ。
「教えてあげようか」
シルヴァリエは体を起こし、レオのほうを見て言った。
「えっ?」
「大人のキス、教えてあげるよ」
「え……その……」
「別に知りたくないならいいけど。君にはまだ少し早いかもしれないね、レオ」
シルヴァリエは、シルヴァリエにその「大人のキス」を教えた、宮廷の自称「悪い大人たち」の口調を真似て言った。
「……お願いします」
「いいよ。じゃあこっちへおいでよ」
シルヴァリエは訳知り顔でレオを手招きし、自分の横に座らせた。
実のところ、シルヴァリエからその「大人のキス」を誰かにしかけるのは初めてだったのだが、もちろんそんなことは悟られないよう、堂々とした態度でレオを抱き寄せる。
キスをしようとすると、怯えたような表情のレオが全身を強張らせたままじっと自分を見つめている。灰色だと思っていたレオの目は、よく見るとわずかに青みがかっていることに気づいた。
「こういうときは目をつぶるんだよ、レオ」
シルヴァリエはこれまた自分が言われたことのある台詞をそのままレオに言った。声が少し震えているのを、レオに気づかれなければいいのに、と思った。
レオが目を閉じたので、固く閉ざした唇におそるおそる口付けると、柔らかくて暖かい。教える、とはいったものの、すっかり頭のなかが真っ白になってしまったシルヴァリエがしばらくそのまま停止していると、レオの唇がわずかにほころぶ。シルヴァリエは慌ててそこに舌を差し入れ、やたらめったら中をかき回した。
さきほど唇が触れたときの感触を思い出し、あっちのほうがよかったかも、大人のキスってあんまり楽しいものじゃないな、と思いながら、シルヴァリエはしばらくレオとキスを続けていた。
唯一計算外だったのはレオの存在だ。
シルヴァリエに比べ大していい馬に乗っているとも思われないのに、木々の合間をぬって好き放題駆け回ろうが、小川や倒木を飛び越えようが、果てはゴルディアスから固く禁じられている危険きわまりない騎馬したままでの崖くだりまで敢行しようが、レオはシルヴァリエの後ろにぴったり貼り付いて離れなかった。
しまいにシルヴァリエのほうが根をあげ、泉のほとりで大の字に倒れ込んだ。
「はー、疲れた」
「大丈夫ですか」
少し離れたところで、馬の横で直立不動したままのレオがそう尋ねる。
「大丈夫じゃない」
「すみません」
「謝らなくていいよ。レオ、君、すごいな」
「私がですか?」
「うん、この僕についてこられるやつなんて初めてだ。ましてや年下なんて」
「……申し訳ありません」
「なんで謝るんだよ。褒めてるのに」
「……いえ、その……シルヴァリエ様は」
「ルー」
「え?」
「ルー、でいいよ」
「そういうわけには……」
「なにが?」
「私のような身分のものが、シルヴァリエ様をそのように呼ぶわけにはいきません」
「僕がいいって言ってるからいいんだよ。ルー、って呼ばないともう返事をしないよ」
シルヴァリエが拗ねたように言う。返事をしない、というのが、当時のシルヴァリエの殺し文句だった。そう言うと、シルヴァリエの歓心を買いたい周囲の大人たちが容易に自分の言うことを聞いてくれた。
「…………」
「ほら、呼んでよ」
「ルー様は」
「ルー」
「……ルーは、恵まれた人ですね」
レオに言われ、シルヴァリエはきょとんとした。恵まれた人、という言葉自体は決して悪い意味ではないのだろうが、それでも、なんとなく、絶賛されているわけではない、ということだけはわかった。
「なんでそういう言いかたするんだよ」
「ただ、そう思ったから言っただけです。他意はありません。羨ましいことです」
「レオだって大したものじゃないか。そうだよ、僕は褒めたのに」
「乗馬のことですか? これができなければのたれ死ぬしかない、と思ってやっていれば、誰でも多少のことはできるようになるものです」
「へえ。それ、騎士団の訓練法?」
「なにがですか」
「できなければ死ぬって自分に言い聞かせながらやるんだろ」
「例え話ではありません。家から追い出され、騎士団でも訓練をこなせず見込みなしとして放り出されたとなれば、あとはのたれ死ぬだけです。あるいは、野盗にでも身を落とすか――」
「……ふうん?」
レオの表情は深刻だったが、シルヴァリエにはいまいちピンとこない話だった。
それこそがレオの言う「恵まれている」ということに他ならなかったのだが、当時のシルヴァリエにそれを言っても、やはりピンとこない顔をしたに違いない。
「さっきも思ったけど、レオ、君って、大人みたいに話すんだね。言うこともなんだか大人みたいだ」
「私はもう大人ですから」
「嘘だね。僕より年下だってスナメリオ叔父さんが言ってたぞ」
「騎士団に入団したあとは、年齢がいくつであれ全員成人の扱いになるのです」
「どうして?」
「たとえ見習いであっても、騎士団の任務において、怪我をするのもどんな目にあうかわかりませんので。ですから、騎士団に入団する際に、たとえ死ぬことがあってもこれは自分が希望したものである、という誓約を行うのです。父母の名ではなく、己の名において」
「ふうん……?」
「そういう意味で、私はもう大人です。シルヴァリエ様……ルーより、生まれたのは後であっても」
「……じゃあさ」
「はい」
「大人のキス、知ってる?」
「えっ?」
レオの顔がみるみる赤くなった。
シルヴァリエは得意顔で続ける。
「キスだよ、キス。大人同士のキス。知ってるの。知らないの」
「そ、それは……知りません」
「僕は知ってるよ。宮廷の人たちはみんな言ってる。大人になるっていうのは、大人のキスができるようになることだって。それを知らないのに自分は大人だなんて言ってるの、おかしいよ。レオは子供だなあ」
レオは押し黙った。そのときのシルヴァリエには、多少なりとも自分が詭弁を弄している自覚があった。大人のキスができなければ大人ではない、というのが、宮廷人たちの艶めいたジョークの一種に過ぎないということも。しかしシルヴァリエは、自分よりも年下のくせに得意の乗馬で自分に負けない腕前を披露し、さらには大人びた口調で自分はすでに大人であり、そしてシルヴァリエはまだ子供だ、と語る目の前の相手を、なんとか打ち負かしたかった。
「……申し訳ありません」
レオが顔を赤くしたまま謝罪する。釈然としないが、反論する方法もわからない、といった表情だ。
「教えてあげようか」
シルヴァリエは体を起こし、レオのほうを見て言った。
「えっ?」
「大人のキス、教えてあげるよ」
「え……その……」
「別に知りたくないならいいけど。君にはまだ少し早いかもしれないね、レオ」
シルヴァリエは、シルヴァリエにその「大人のキス」を教えた、宮廷の自称「悪い大人たち」の口調を真似て言った。
「……お願いします」
「いいよ。じゃあこっちへおいでよ」
シルヴァリエは訳知り顔でレオを手招きし、自分の横に座らせた。
実のところ、シルヴァリエからその「大人のキス」を誰かにしかけるのは初めてだったのだが、もちろんそんなことは悟られないよう、堂々とした態度でレオを抱き寄せる。
キスをしようとすると、怯えたような表情のレオが全身を強張らせたままじっと自分を見つめている。灰色だと思っていたレオの目は、よく見るとわずかに青みがかっていることに気づいた。
「こういうときは目をつぶるんだよ、レオ」
シルヴァリエはこれまた自分が言われたことのある台詞をそのままレオに言った。声が少し震えているのを、レオに気づかれなければいいのに、と思った。
レオが目を閉じたので、固く閉ざした唇におそるおそる口付けると、柔らかくて暖かい。教える、とはいったものの、すっかり頭のなかが真っ白になってしまったシルヴァリエがしばらくそのまま停止していると、レオの唇がわずかにほころぶ。シルヴァリエは慌ててそこに舌を差し入れ、やたらめったら中をかき回した。
さきほど唇が触れたときの感触を思い出し、あっちのほうがよかったかも、大人のキスってあんまり楽しいものじゃないな、と思いながら、シルヴァリエはしばらくレオとキスを続けていた。
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