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初秋の再会(6)
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今宵空に浮かぶ月には欠けたところがないが、しかし夜中にルイーズが失くしたペンダントを見つけるのは困難を極めた。
シルヴァリエがルイーズから聞き出した周辺を中心にランタンで照らしながら、青草と枯れ草と砂利が混じっている周辺を手でかき混ぜ、手のひらにすっぽり収まってしまうような小さなペンダントを探す。ランタンの灯りにきらりと反射するものがあるので期待して持ち上げるとただの形のいい小石だった、というのを幾度となく繰り返しながら、シルヴァリエとカルナスは根気強く暗い地面を目で追う。
「カルナス団長、寒くありませんか」
シルヴァリエが尋ねる。なるべく目立たないように、と、カルナスは完全に鎧を脱いで、シャツとズボンにそこらへんにあった布靴だけを身につけ馬を走らせてきた状態だ。
「……お前こそ」
カルナスがそう返した。シルヴァリエはと言えば、ルイーズと踊っていた夜会服そのまま出て来た。裾以外にもあちらこちらがひらひらしているその服は、蝋燭と人の体温で熱せられた舞踏会場で踊るには向いているが、肌寒い外で探し物をするには明らかに不適な格好である。
ふたりはどちらからともなく少し笑うと、再び無言で探し始めた。
しばらくして、
「ん……?」
地面に膝をついていたカルナスがなにかに気づいた様子で立ち上がった。そのとき、シルヴァリエが「あっ」と声をあげた。
「あった!!!」
「シルヴァリエ!」
「はい?」
「静かに……」
「え……」
「囲まれているぞ」
カルナスが押し殺した声で言いながら腰に手をやったが、むなしく空を切った。鎧姿ならば剣を下げているあたりだ。カルナスは小さく舌打ちをする。
「油断したな、私としたことが」
「カルナス団長、囲まれているというのは……」
「十人はいるな。少人数で後をつけ、私たちがペンダントを探している間に仲間を集めてきた、というところか」
「もしかして、このペンダントを……?」
「もしかしなくてもそうだろう。おそらく、お前の話を盗み聞きしていたやつがいる。ルイーズと話をしていたときか、私と話をしていた時か……」
カルナスの声に悔恨が滲む。
「馬に――」
「乗って来た馬なら、すでに殺されている」
カルナスの言葉に驚いたシルヴァリエが目をこらすと、たしかに馬を繋いでいたあたりには、退屈そうに足踏みをする二頭の馬ではなく、地面にうずくまる大きな物体があるだけだった。
「ひどいことを……」
「馬の心配をしている場合ではないぞ。私たちもすぐに同じ運命だ」
「え、ど、どうしましょう」
「こちらが向こうに気づいていることを、向こうもすでに気づいている。距離を詰め、一斉に襲ってくるはずだ。そのときに、慌てて逃げようとして川に落ちたふりをしろ」
「川に落ちたふり、ですか? 見つかりませんか」
「ふりというのは語弊があるな。実際に落ちろ」
「え?!」
「この川の流れは速いが、この先で急に流れの方向が変わるところがある。あまり流れに逆らわず身を任せていればそこで一度打ち上げてくれるはずだ……そのまま寝転んでいればまた流されるだけだが、すぐにあがれば命は助かるだろう。おそらく」
「お、おそらく……」
それ以上議論している余裕はなかった。カルナスの言っていた通り、月明かりに一瞬刀身が閃いたかと思うと、無数の足音がカルナスとシルヴァリエのもとに一斉に詰め寄ってきた。
「逃げろ!!!」
カルナスはその足音すら圧倒するような大声で叫ぶと、敵が迫ってくるほうへランタンを放り投げ、シルヴァリエの手を取り川のほうへ走り出した。
「う、あ――――っ!!!」
「ああああああああああああああっ?!」
誤って川へ落ちた、という演技はあまり上手だったとは言えない。カルナスの声は悲鳴というよりただの飛び込むときの気合いの入ったそれだった。しかしカルナスに引っ張られて川に落ちたシルヴァリエのそれは紛れもなく本物の悲鳴で、襲撃者たちは間抜けな獲物が流されていくのを見守りながら舌打ちした後、下流へ回るぞ、とその場から慌ただしく立ち去った。
シルヴァリエがルイーズから聞き出した周辺を中心にランタンで照らしながら、青草と枯れ草と砂利が混じっている周辺を手でかき混ぜ、手のひらにすっぽり収まってしまうような小さなペンダントを探す。ランタンの灯りにきらりと反射するものがあるので期待して持ち上げるとただの形のいい小石だった、というのを幾度となく繰り返しながら、シルヴァリエとカルナスは根気強く暗い地面を目で追う。
「カルナス団長、寒くありませんか」
シルヴァリエが尋ねる。なるべく目立たないように、と、カルナスは完全に鎧を脱いで、シャツとズボンにそこらへんにあった布靴だけを身につけ馬を走らせてきた状態だ。
「……お前こそ」
カルナスがそう返した。シルヴァリエはと言えば、ルイーズと踊っていた夜会服そのまま出て来た。裾以外にもあちらこちらがひらひらしているその服は、蝋燭と人の体温で熱せられた舞踏会場で踊るには向いているが、肌寒い外で探し物をするには明らかに不適な格好である。
ふたりはどちらからともなく少し笑うと、再び無言で探し始めた。
しばらくして、
「ん……?」
地面に膝をついていたカルナスがなにかに気づいた様子で立ち上がった。そのとき、シルヴァリエが「あっ」と声をあげた。
「あった!!!」
「シルヴァリエ!」
「はい?」
「静かに……」
「え……」
「囲まれているぞ」
カルナスが押し殺した声で言いながら腰に手をやったが、むなしく空を切った。鎧姿ならば剣を下げているあたりだ。カルナスは小さく舌打ちをする。
「油断したな、私としたことが」
「カルナス団長、囲まれているというのは……」
「十人はいるな。少人数で後をつけ、私たちがペンダントを探している間に仲間を集めてきた、というところか」
「もしかして、このペンダントを……?」
「もしかしなくてもそうだろう。おそらく、お前の話を盗み聞きしていたやつがいる。ルイーズと話をしていたときか、私と話をしていた時か……」
カルナスの声に悔恨が滲む。
「馬に――」
「乗って来た馬なら、すでに殺されている」
カルナスの言葉に驚いたシルヴァリエが目をこらすと、たしかに馬を繋いでいたあたりには、退屈そうに足踏みをする二頭の馬ではなく、地面にうずくまる大きな物体があるだけだった。
「ひどいことを……」
「馬の心配をしている場合ではないぞ。私たちもすぐに同じ運命だ」
「え、ど、どうしましょう」
「こちらが向こうに気づいていることを、向こうもすでに気づいている。距離を詰め、一斉に襲ってくるはずだ。そのときに、慌てて逃げようとして川に落ちたふりをしろ」
「川に落ちたふり、ですか? 見つかりませんか」
「ふりというのは語弊があるな。実際に落ちろ」
「え?!」
「この川の流れは速いが、この先で急に流れの方向が変わるところがある。あまり流れに逆らわず身を任せていればそこで一度打ち上げてくれるはずだ……そのまま寝転んでいればまた流されるだけだが、すぐにあがれば命は助かるだろう。おそらく」
「お、おそらく……」
それ以上議論している余裕はなかった。カルナスの言っていた通り、月明かりに一瞬刀身が閃いたかと思うと、無数の足音がカルナスとシルヴァリエのもとに一斉に詰め寄ってきた。
「逃げろ!!!」
カルナスはその足音すら圧倒するような大声で叫ぶと、敵が迫ってくるほうへランタンを放り投げ、シルヴァリエの手を取り川のほうへ走り出した。
「う、あ――――っ!!!」
「ああああああああああああああっ?!」
誤って川へ落ちた、という演技はあまり上手だったとは言えない。カルナスの声は悲鳴というよりただの飛び込むときの気合いの入ったそれだった。しかしカルナスに引っ張られて川に落ちたシルヴァリエのそれは紛れもなく本物の悲鳴で、襲撃者たちは間抜けな獲物が流されていくのを見守りながら舌打ちした後、下流へ回るぞ、とその場から慌ただしく立ち去った。
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