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初秋の再会(4)
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夕刻にシーロム宮へ戻った後は晩餐の席が設けられ、そのあとは舞踏会だ。戦王リカルド率いる現在のヴォルガネットに注目しているのはもちろんラトゥールだけではない。その唯一の使者たるルイーズとお近づきになろうとみな虎視眈々としていたが、みな指を咥えてシルヴァリエとルイーズが踊るのを眺めているしかなかった。
本来、国を代表している身で他国の王族のダンスの申し出を断るのは失礼にあたる。
とはいえ、若い同士がふたり世界を作っていれば、そこにあえて割り込むような野暮もまた失礼だ。「ルイーズ様は人見知りですから、シルヴァリエ様、舞踏会の間はルイーズ様の側から離れぬようお願いいたしますね!」と事前にイボンヌから額が張り付かんばかりに念をおされていたものだから、シルヴァリエはルイーズにもその旨言い含め、舞踏会の間はまるで恋人同士のように振る舞った。
「……ご迷惑ではなかったでしょうか」
「さっきから僕の足を踏んだりすねを蹴り上げたりしていることなら、お気になさらず」
シルヴァリエは少しひきつった笑顔で答えた。ダンスの得手不得手は仕方がなく、特にラトゥールの宮廷作法では女性がうまく踊れないのはリードする男性側の技量にも問題があるとみなされる。そのため、お気になさらず、と言っていることに嘘はないのだが、可憐な見た目の割にルイーズは存外力が強く、踏まれるのはともかく同じようなところを蹴られ続けるのはなかなかきついものがあった。
まあ、それでも騎士団のカルナスのしごきに比べれば軽いものか、と、シルヴァリエは口元に小さく笑みを浮かべる。
「むしろ光栄ですよ」
「それもですが……舞踏会の間だけ、恋人のふりをしていただくなど」
「そう宣言するわけではなく、匂わせるだけですから」
「本当の恋人のかたに、誤解されませんこと?」
シルヴァリエの脳裏に一瞬カルナスの姿が思い浮かんだが、シルヴァリエはゆっくり瞬きしてそれを打ち消した。
「恋人なんて、いませんよ」
「そんな風には……」
「もし以前から僕のことをご存じだったなら、もしかしたらラトゥールの宮廷での悪い噂は色々お耳に入っているかもしれませんが」
「ええ……その、すみません」
「謝らなくて大丈夫ですよ。宮廷で恋人のように振る舞う相手はたしかに片手では数え切れませんが……遊び相手ですよ。みな、僕が誰と踊ろうと誰の耳に愛を囁こうとまるで気にしないでしょうし、それは僕も同じです。一緒にいたいと抱きしめるのも、嫉妬するのも遊びのうち。相手が別の男の名前を呼んだだけで落ち着かない気持ちになるような本気の相手には……」
「ええ」
「出会えていない、かな」
「まあ、そうなんですのね」
「いや、どうかな。出会えても、相手にされないかも」
「シルヴァリエ様は素敵な方ですから、本気になればどんな方でも振り向かせられますわ……」
「光栄ですね。でも心は……」
「え?」
「いえ、なんでも」
シルヴァリエは――体を堕とすことは簡単なのに、心はそうではなかった、と言おうとしたのが、純真無垢な表情で見上げてくるルイーズを相手にそれを言うのはさすがに憚られた。
シルヴァリエとルイーズはそれから丸々一曲、無言のまま踊り続けた。ルイーズは時折シルヴァリエの顔を見上げていたが、シルヴァリエは心ここに在らずでそれには気づかなかった。
ようやく意識が現実に引き戻されたのは、ルイーズが急に自分の手を振り払ったからだ。
「ルイーズ殿下?」
まだ曲の途中だというのにルイーズは片手を胸に当て、その場に凍りついたように動かない。
密かな注目の的だったルイーズの異変に、会場内にざわめきが広がっている。
「ルイーズ殿下、どうかしましたか? 僕がなにか失礼でも……」
「だ、大丈夫、大丈夫です……でも、ああ、どうしましょう、シルヴァリエ様」
「なにが……」
「あ、あの……ここでは……」
ルイーズが目を左右にせわしなく動かしながら答える。
シルヴァリエも同じように周囲へ視線を走らせると、ルイーズの肩を抱いて、
「さすがに疲れましたね。とりあえず、少し休みましょうか。」
と、ルイーズを舞踏場から連れ出し、ちょっとした休憩のためにと用意されている個室へ連れていった。
本来、国を代表している身で他国の王族のダンスの申し出を断るのは失礼にあたる。
とはいえ、若い同士がふたり世界を作っていれば、そこにあえて割り込むような野暮もまた失礼だ。「ルイーズ様は人見知りですから、シルヴァリエ様、舞踏会の間はルイーズ様の側から離れぬようお願いいたしますね!」と事前にイボンヌから額が張り付かんばかりに念をおされていたものだから、シルヴァリエはルイーズにもその旨言い含め、舞踏会の間はまるで恋人同士のように振る舞った。
「……ご迷惑ではなかったでしょうか」
「さっきから僕の足を踏んだりすねを蹴り上げたりしていることなら、お気になさらず」
シルヴァリエは少しひきつった笑顔で答えた。ダンスの得手不得手は仕方がなく、特にラトゥールの宮廷作法では女性がうまく踊れないのはリードする男性側の技量にも問題があるとみなされる。そのため、お気になさらず、と言っていることに嘘はないのだが、可憐な見た目の割にルイーズは存外力が強く、踏まれるのはともかく同じようなところを蹴られ続けるのはなかなかきついものがあった。
まあ、それでも騎士団のカルナスのしごきに比べれば軽いものか、と、シルヴァリエは口元に小さく笑みを浮かべる。
「むしろ光栄ですよ」
「それもですが……舞踏会の間だけ、恋人のふりをしていただくなど」
「そう宣言するわけではなく、匂わせるだけですから」
「本当の恋人のかたに、誤解されませんこと?」
シルヴァリエの脳裏に一瞬カルナスの姿が思い浮かんだが、シルヴァリエはゆっくり瞬きしてそれを打ち消した。
「恋人なんて、いませんよ」
「そんな風には……」
「もし以前から僕のことをご存じだったなら、もしかしたらラトゥールの宮廷での悪い噂は色々お耳に入っているかもしれませんが」
「ええ……その、すみません」
「謝らなくて大丈夫ですよ。宮廷で恋人のように振る舞う相手はたしかに片手では数え切れませんが……遊び相手ですよ。みな、僕が誰と踊ろうと誰の耳に愛を囁こうとまるで気にしないでしょうし、それは僕も同じです。一緒にいたいと抱きしめるのも、嫉妬するのも遊びのうち。相手が別の男の名前を呼んだだけで落ち着かない気持ちになるような本気の相手には……」
「ええ」
「出会えていない、かな」
「まあ、そうなんですのね」
「いや、どうかな。出会えても、相手にされないかも」
「シルヴァリエ様は素敵な方ですから、本気になればどんな方でも振り向かせられますわ……」
「光栄ですね。でも心は……」
「え?」
「いえ、なんでも」
シルヴァリエは――体を堕とすことは簡単なのに、心はそうではなかった、と言おうとしたのが、純真無垢な表情で見上げてくるルイーズを相手にそれを言うのはさすがに憚られた。
シルヴァリエとルイーズはそれから丸々一曲、無言のまま踊り続けた。ルイーズは時折シルヴァリエの顔を見上げていたが、シルヴァリエは心ここに在らずでそれには気づかなかった。
ようやく意識が現実に引き戻されたのは、ルイーズが急に自分の手を振り払ったからだ。
「ルイーズ殿下?」
まだ曲の途中だというのにルイーズは片手を胸に当て、その場に凍りついたように動かない。
密かな注目の的だったルイーズの異変に、会場内にざわめきが広がっている。
「ルイーズ殿下、どうかしましたか? 僕がなにか失礼でも……」
「だ、大丈夫、大丈夫です……でも、ああ、どうしましょう、シルヴァリエ様」
「なにが……」
「あ、あの……ここでは……」
ルイーズが目を左右にせわしなく動かしながら答える。
シルヴァリエも同じように周囲へ視線を走らせると、ルイーズの肩を抱いて、
「さすがに疲れましたね。とりあえず、少し休みましょうか。」
と、ルイーズを舞踏場から連れ出し、ちょっとした休憩のためにと用意されている個室へ連れていった。
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