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狩猟の祭典(7)
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デュロワ伯爵夫人とグランビーズが出て行って急に静かになったサロンの中で、シルヴァリエは部屋の隅の椅子から動けないでいた。
「……そっち、行ってもいいですか」
意を決して尋ねると、しばらくの沈黙のあと、
「好きにしろ」
という返事が返ってくる。
それでシルヴァリエはようやく立ち上がりカルナスの方へ近づいた。
カルナスも緊張していることが、空気を通して伝わってくる。
シルヴァリエはカルナスが横になっているのと向かい合ったところにおかれている長椅子の、隅に座った。
「あの……」
「なんだ」
「すみません」
「……何を謝る」
「僕のせい……ですよね?」
「なにが」
「倒れたの……」
「私のせいだ」
ためらいがちに尋ねたシルヴァリエに、カルナスは間髪入れずにそう答えた。
「でも、毎晩」
「私の……印のせいだ。お前はそれを抑えるのに協力してくれている、それだけだ。感謝している」
「いや、でも、その……」
「なかなか消えないものだな……」
カルナスのその呟きに、シルヴァリエは痛みで胸が潰れるかと思った。
自分がカルナスの淫紋をギリギリのところまで育ててはひどいセックスで抑え込んでいる、ということを、カルナスはわかっているのだろう、とシルヴァリエなんとなく思い込んでいた。
カルナスもそれがわかっていて楽しんでいるのだろう、と。
しかし、どうやらそれはシルヴァリエの独りよがりに過ぎなかったようだ。カルナスはシルヴァリエを信頼して、淫紋を抑え、消すのに必要だからと、毎晩関係を続けていたのだろう。
「すみません……」
「シルヴァリエ?」
声から異変を察したらしいカルナスが、顔を上げてシルヴァリエの方を見る。シルヴァリエは泣きそうになった顔を見られたくなくて、立ち上がった。
「何か飲みますか。気つけのブランデーか、レモネードか。紅茶でも、ワインでも」
「勝手知ったる、という感じだな」
「ここにはよく出入りしてましたから。ジュスティーヌからも好きにしていいと言われてます。何か食べますか。チーズとビスケットくらいならありますよ。キャンディとチョコレートも」
「ジュスティーヌ、か」
「……なんですか?」
「いや。あのデュロワ伯爵夫人と名前で呼び合う仲とは、宮廷でのお前は本当に……遠い存在なんだなと思っただけだ」
「このサロンに出入りする者の大半はそう呼んでいるってだけですよ。女王陛下だってそうだったじゃないですか」
「そうだったな」
「カルナス団長だって……さっき彼女とキスしてたでしょう」
「……した、というより、された、と言った状況だったが。ふいをつかれた。からかわれただけだ。お前とは違う。からかってもいいような相手だと思われたというだろう。お前が勘違いする必要はない」
「カルナス団長こそ勘違いしないでください。あれくらいの……待合室でしていたキスは、ジュスティーヌと僕にとってはただの挨拶みたいなものです」
「典型的な宮廷的倫理観だな。私の感覚では違う」
「じゃあさっきのジュスティーヌとのキスは団長にとっては?」
「……事故」
「赤くなってたくせに」
「急にされたせいだ」
「ふぅん」
シルヴァリエは軽食とブランデー入りのレモネードを載せたトレイをカルナスが寝そべる長椅子のすぐ横のサイドテーブルに置くと、シルヴァリエの動きをずっと目で追っていたカルナスの前に膝をつき、キスをした。カルナスは待ち焦がれたように、軽く顔を前に出しそれを受け入れた。
「……赤くならないじゃないですか」
「今のは急じゃない」
「ジュスティーヌの口紅がついちゃってますね」
シルヴァリエはカルナスの口もとを指の腹で強めに拭った。
「お堅いカルナス団長がこのまま騎士団に戻ったら、ちょっとした騒ぎになっちゃいますね」
「……そうだな」
「とってあげますね……」
そう言ってシルヴァリエは再びカルナスにキスをする。
デュロワ伯爵夫人がカルナスの唇に残した口紅は、いつまで経ってもとれなかった。
「……そっち、行ってもいいですか」
意を決して尋ねると、しばらくの沈黙のあと、
「好きにしろ」
という返事が返ってくる。
それでシルヴァリエはようやく立ち上がりカルナスの方へ近づいた。
カルナスも緊張していることが、空気を通して伝わってくる。
シルヴァリエはカルナスが横になっているのと向かい合ったところにおかれている長椅子の、隅に座った。
「あの……」
「なんだ」
「すみません」
「……何を謝る」
「僕のせい……ですよね?」
「なにが」
「倒れたの……」
「私のせいだ」
ためらいがちに尋ねたシルヴァリエに、カルナスは間髪入れずにそう答えた。
「でも、毎晩」
「私の……印のせいだ。お前はそれを抑えるのに協力してくれている、それだけだ。感謝している」
「いや、でも、その……」
「なかなか消えないものだな……」
カルナスのその呟きに、シルヴァリエは痛みで胸が潰れるかと思った。
自分がカルナスの淫紋をギリギリのところまで育ててはひどいセックスで抑え込んでいる、ということを、カルナスはわかっているのだろう、とシルヴァリエなんとなく思い込んでいた。
カルナスもそれがわかっていて楽しんでいるのだろう、と。
しかし、どうやらそれはシルヴァリエの独りよがりに過ぎなかったようだ。カルナスはシルヴァリエを信頼して、淫紋を抑え、消すのに必要だからと、毎晩関係を続けていたのだろう。
「すみません……」
「シルヴァリエ?」
声から異変を察したらしいカルナスが、顔を上げてシルヴァリエの方を見る。シルヴァリエは泣きそうになった顔を見られたくなくて、立ち上がった。
「何か飲みますか。気つけのブランデーか、レモネードか。紅茶でも、ワインでも」
「勝手知ったる、という感じだな」
「ここにはよく出入りしてましたから。ジュスティーヌからも好きにしていいと言われてます。何か食べますか。チーズとビスケットくらいならありますよ。キャンディとチョコレートも」
「ジュスティーヌ、か」
「……なんですか?」
「いや。あのデュロワ伯爵夫人と名前で呼び合う仲とは、宮廷でのお前は本当に……遠い存在なんだなと思っただけだ」
「このサロンに出入りする者の大半はそう呼んでいるってだけですよ。女王陛下だってそうだったじゃないですか」
「そうだったな」
「カルナス団長だって……さっき彼女とキスしてたでしょう」
「……した、というより、された、と言った状況だったが。ふいをつかれた。からかわれただけだ。お前とは違う。からかってもいいような相手だと思われたというだろう。お前が勘違いする必要はない」
「カルナス団長こそ勘違いしないでください。あれくらいの……待合室でしていたキスは、ジュスティーヌと僕にとってはただの挨拶みたいなものです」
「典型的な宮廷的倫理観だな。私の感覚では違う」
「じゃあさっきのジュスティーヌとのキスは団長にとっては?」
「……事故」
「赤くなってたくせに」
「急にされたせいだ」
「ふぅん」
シルヴァリエは軽食とブランデー入りのレモネードを載せたトレイをカルナスが寝そべる長椅子のすぐ横のサイドテーブルに置くと、シルヴァリエの動きをずっと目で追っていたカルナスの前に膝をつき、キスをした。カルナスは待ち焦がれたように、軽く顔を前に出しそれを受け入れた。
「……赤くならないじゃないですか」
「今のは急じゃない」
「ジュスティーヌの口紅がついちゃってますね」
シルヴァリエはカルナスの口もとを指の腹で強めに拭った。
「お堅いカルナス団長がこのまま騎士団に戻ったら、ちょっとした騒ぎになっちゃいますね」
「……そうだな」
「とってあげますね……」
そう言ってシルヴァリエは再びカルナスにキスをする。
デュロワ伯爵夫人がカルナスの唇に残した口紅は、いつまで経ってもとれなかった。
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