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狩猟の祭典(6)

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「……私は本当に大丈夫です」

 王宮内の一室――女王からデュロワ伯爵夫人の「サロン」として与えられている部屋で、長椅子に横たわったままのカルナスがデュロワ伯爵夫人に訴える。

 倒れはしたもののすぐに意識を取り戻したカルナスを、もう少し休ませたほうがいいというデュロワ伯爵夫人に従い、モランビーズとシルヴァリエで左右を支えるようにしてこの部屋まで運んできた。今のカルナスは、重くて硬い金属の鎧を脱がされ、シャツとズボンだけの状態だ。

 先ほどから恐縮して帰りたがるカルナスを、

「ダメよ。まだ顔色が悪いわ。病人は大人しく寝ていらっしゃい」
「病人というほどでは……少しめまいがしただけです」
「過労も病気よ」

 と、デュロワ伯爵夫人が引き止めている。

 カルナスは不満顔だが、宮廷の権力者であるデュロワ伯爵夫人を相手に、さすがに強く出られないようだ。

 もっとも、当の本人であるカルナス以外、この部屋にいるものは皆デュロワ伯爵夫人と同じ気持ちである。カルナスのいる長椅子にしがみつくようにして離れないグランビーズも、サロンの隅の目立たないところにある小さな椅子に腰掛けたままのシルヴァリエも。

「そうっすよ団長。まだ顔色悪いっス」
「寝ているヒマはない」
「そんな状況で無理したってろくなことにならねェっス。カルナス団長は最近ますます頑張りすぎっス。目の下にずっと隈ができてたっスよ」
「…………」

 グランビーズに言われてカルナスは返す言葉もなく沈黙した。

 カルナス以上に何も言えないのは、シルヴァリエである。グランビーズは知らないだろうが、カルナスの過労は間違いなくシルヴァリエとの毎晩の荒淫が原因だろう。しかも、カルナスが毎晩自分を求めるようにと淫紋の活性状況をシルヴァリエが勝手に制御している。つまりカルナスが倒れたのは、8割方、いや、10割10分シルヴァリエが原因だ。

「そうよねえ。戦うのが仕事の殿方とはいえ、その隈はひどいわよねえ」
「そうっスよ、そうっス」

 その何気無い会話も、シルヴァリエをますます落ち込ませる。毎晩間近で顔を見ているというのに、カルナスの目の下の隈など全然気がつかなかった。

「せっかくかわいい顔しているのにもったいないわ」
「そうっスよ、そう……え?」

 この鬼が? という顔で、グランビーズがデュロワ伯爵夫人を見た。しかしデュロワ伯爵夫人はかまわず話を続ける。

「これも何かの縁、ついでにこのサロンでデュロワ式美顔術を受けていくといいわ」
「え? え? まじっスか? 王族御用達と噂のアレっスか? すごい、ラッキーっスね、カルナス団長」
「いや……そういうものは結構です」
「ああ、代金のことなら心配しなくて大丈夫。あそこにいる副団長に体で支払ってもらうから。フフフフフ」

 デュロワ伯爵夫人の思わせぶりな笑いに、グランビーズが小さく口笛を吹いた。自分の名前が呼ばれたことに気づいたシルヴァリエが、小さく頷く。体で返す、というのが先ほどの狩猟祭のことなのか、それともベッドの中でのことなのかはわからないが、とにかく今はカルナスのためになることならなんでもいい、という気分だった。

 しかしカルナスは一瞬沈黙して、いきなり体を起こした。

「えっ、ちょ、カルナス団長、ダメっスってば、また寝てないと」
「本当に大丈夫だ。行くぞ、グランビー……」

 カルナスの言葉が途切れた。デュロワ伯爵夫人がカルナスの口をキスで塞いでいた。

「な、なにを……し……」
「なにをやってるんですか、ジュスティーヌ」

 カルナスの狼狽した声を、部屋の隅から飛んできたシルヴァリエの声が覆い隠す。

 自分の声の鋭さに驚いたシルヴァリエが、取り繕うように続けた。

「……ひどいですよ、僕の前で他の男に」
「あら、そんなことを気にする貞操観念をあなたが持ち合わせているとは知らなかったわ、シルヴァリエ」
「騎士団では僕は真面目で通しているので」
「本当、そうみたい。そういうあなたも悪くないけど。それにしても、思っていたより隙だらけなのね、カルナス団長さん」
「……恐縮です。修練不足で」
「いやいや、仕方ないっスよ! 今は、ほら、体調が悪いんスから!」

 カルナスの答えを聞いたグランビーズが慌ててフォローする。カルナスの修練が増えることは、すなわち騎士団全体の訓練ノルマが引き上げられることであることを、もちろんグランビーズは心得ている。

「そうよねえ、以前騎士団の演武を見た時には、一分の隙もないちょっと怖い顔をした子って感じだったのに。近くで見ると思っていたより可愛くて驚いちゃったわ。それでついついキスしたくなっちゃったの。いやだった?」
「いや……その……」
「ああ、少し顔色に赤みが戻ってきたわね。肌は荒れていないみたいだったし、疲れだけが問題かしら。体の中と外から疲れが取れるようなハーブを調合してきましょう。シルヴァリエ、薬草園に行くから付き合ってちょうだい」
「えっ? え、あ、ええ、もちろんです」

 シルヴァリエは立ち上がろうとしたが、どうにも腰が重かった。このままこの部屋でカルナスの様子を見ていたかったし、この部屋でカルナスとグランビーズを二人きりにするのはましていやだった。しかし、どう考えてもデュロワ伯爵夫人のお供をするのは旧知のシルヴァリエ以外になく、カルナスの様子を見守るのはグランビーズのほうが適任だ。それを断る理由は見つからない。シルヴァリエがカルナスの方を見ると、カルナスは再び横になったまま、シルヴァリエから顔を背けていた。

「薬草園なんてものがあるんスか、すごいっスね」

 グランビーズが言った。目が、子犬のように輝いている。尻尾があったら振っていただろうという顔だ。

「そうね、世界各地から集めた珍しい植物がたくさんあるわ。薬効があったり、いい匂いがしたり……中には毒草も」
「この部屋がいい匂いなのはそれなんスね!」
「そうね、わたくし独自に調合したアロマを使っているから」
「すげーっス! かっけーっス!!」
「フフ、面白い子ね。興味があるなら連れて行ってあげましょうか?」
「えっ! いいんスか?!」
「その代わりシルヴァリエはお留守番よ。病人をひとりにしておくわけにはいかないもの。ひとりで大丈夫かしら?」

 デュロワ伯爵夫人の心変わりにシルヴァリエは小躍りしたい気持ちだったが、グランビーズは心配そうな表情でシルヴァリエとカルナスを見比べている。

 騎士団のなかでは、相変わらずカルナスとシルヴァリエは、必要最低限のこと以外は口もきかない仲、ということになっている。

「僕は……」
「私ならひとりで大丈夫だ。グランビーズ、いい機会だから見せてもらって来い。シルヴァリエと一緒に」

 シルヴァリエが答えるよりも早く、カルナスが言う。

 シルヴァリエは思わずむきになって、

「カルナス団長のことはちゃんと僕が面倒見ますよ」

 そう言ってから

「グランビーズ、薬草園に行くのはいいけどデュロワ伯爵夫人に君まで摘まれないよう気をつけて」

 と続けた。

「えっ、えっ、摘まれる? どういうことっスか、どういうことっスか!」
「腕づくじゃ僕に勝ち目はないからな。ジュスティーヌを君と奪い合うことにならないよう祈っているよ」
「ま、マジっスか! 大胆! 乱れてるっス!」
「いやあねシルヴァリエったら。わたくしをなんだと思っているのかしら」

 デュロワ伯爵夫人が楽しそうに笑った。
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