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狩猟の祭典(3)

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 デュロワ伯爵夫人ことジュスティーヌ・デュロワは、ラトゥールの宮廷において最も権力をもった女性である。

 彼女が権勢を保っている理由は、その美容術にある。香草入りの風呂やマッサージ、それに彼女独自の美容魔術を駆使したそれは大陸広しといえども唯一無二で、ラトゥールの貴族はもちろん、ラトゥールの女王、果ては隣国一帯の王族すらも密かに彼女のもとへ通ってきているともっぱらの噂だった。

 そのデュロワ伯爵夫人の数いる愛人のなかで現在最もお気に入りなのが大アンドリアーノの後継であるシルヴァリエ・アンドリアーノだというのは有名な話である。年齢不詳の美貌を保つデュロワ伯爵夫人と、大貴族の継嗣であり幼い頃には人形のような愛らしさで長じてはその絢爛たる美貌で宮廷人たちの寵愛を集めていたシルヴァリエという、黙っていても人々の耳目を集めるふたりがそういう関係にあるとなれば、自然と人の口にも昇ろうというものだ。なにより、デュロワ伯爵夫人もシルヴァリエもともに高い地位にある貴族の常として己の奔放な恋愛関係を隠そうともしなかった。

 有名無名を問わなければ、デュロワ伯爵夫人のベッドに呼ばれる男女は常に両の手では数えきれない。とはいえ自分が一番がその筆頭にいる、ということをシルヴァリエは知っていた。そして、シルヴァリエにとってもデュロワ伯爵夫人というのはなかなか特別な相手だった。彼女の持つ宮廷の中での権力もさることながら、ベッドの内外でのマナーをまだ少年を過ぎたばかりのシルヴァリエに叩き込んだのは第一にデュロワ伯爵夫人だ。

 己がまだ物心つく前から宮廷という伏魔殿で権勢を振るっていたデュロワ伯爵夫人なのであるから、その服飾的なセンスについても、シルヴァリエは彼女に絶対的な信頼を置いている。しかし、そのデュロワ伯爵夫人がお気に入りの仕立て屋に特注したという礼服に袖を通しても、シルヴァリエの気分は晴れないままだった。

「なんだか窮屈そうねえ」
「えっ?」

 宮廷の待合室でワインを傾けていたところ長椅子に並んで腰掛けるデュロワ伯爵夫人にそう言われ、シルヴァリエは慌てて居住まいを正した。女性の前で退屈しているそぶりなど見せてはいけない、と、シルヴァリエはこのデュロワ伯爵夫人からうるさいくらいに言われていた。

「そう見えますか? 少し緊張してしまったかな。今日のジュスティーヌが美しすぎて」
「まあ、嬉しいわ、シルヴァリエ」

 デュロワ伯爵夫人が、扇子で口元を隠しながら思わせぶりに笑った。

「でも心配しないで。あなたの振る舞いはいつだって完璧よ。窮屈そう、と言ったのは、服のこと。騎士団で鍛えられて少し筋肉がついたようだから以前よりも胸や腿の周りを大きめに仕立てさせたのだけど、それでも少し小さかったみたい」
「服? それならなんの問題もありません。体のラインが美しく出ていてちょうどいいと思っていたところですよ」
「それならよかったわ。でも、あの大げさに言い訳はあなたらしくないわね。久しぶりに会えたというのに、いったい何に気をとられていたのかしら、わたくしのルーは」
「……ルー、と呼ばれるのは随分久しぶりですね」
「いやだわシルヴァリエ、怒ったの?」
「いえ。ただ、そう呼ばれるのは、いつまでも子供扱いされているみたいな気がするだけで」
「わたくしと再会してすでに数時間が経過しているというのに、キスのひとつもしないで考え事をしているのは、まだお子様の証ではなくて?」
「なるほど、これは反論の余地がない」

 シルヴァリエはそう言って、デュロワ伯爵夫人の腰を抱き寄せ、その口元に唇を寄せた。

 一瞬ためらって頰にキスをして、次に唇に移動しようとした矢先、

「あれぇーっ? 副団長じゃないッスか」

 と、宮廷の中にしては少々やぼったい発音がシルヴァリエの耳をついた。

「グ、グランビーズ」

 シルヴァリエを呼んだのは、王立騎士団の第二小隊隊長グランビーズ・アウレラだった。儀礼鎧の簡易装姿で、兜は被らず小脇に抱え、腰に差した剣は抜くことができないよう柄と鞘を鎖でつないでいる。

 しかし、シルヴァリエを動揺させたのは

 そして、グランビーズがそんな格好で宮廷のなかにいるということは――

「今日の会議に副団長は来ないんじゃなかったっスけ、カルナス団長」

 自分の半歩前に立つ、同じ儀礼鎧を着た相手に、グランビーズはのんきにそう尋ねた。

「騎士団としてはそうだが、シルヴァリエ副団長は色々と忙しい身のようだ。外出の届け出は受理して入る。手続き上の問題はない」

 そう答えたのは確認するまでもなくカルナスで――そのカルナスがシルヴァリエに送ってきた視線とシルヴァリエのそれが交差する直前、デュロワ伯爵夫人がシルヴァリエの頰に手を添え自分の唇をシルヴァリエのそれに押し当てた。

 シルヴァリエの視界の端に、興味津々顔のグランビーズを促し去っていくカルナスの後ろ姿が映っていた。
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