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狩猟の祭典(2)
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「――って言われたんですけど。実際のところどうなんですか、カルナス団長?」
古い紙とインクの香りに包まれながら、シルヴァリエはカルナスにそう尋ねた。
「……あ……?」
自分の名前が呼ばれたことはどうにか知覚できたのか、ズボンをブーツの上まで下ろした下半身をシルヴァリエに突き出し、上半身は書架にすがりつくようにしていたカルナスが、顔だけを後ろに向ける。
「カルナス団長は僕に嫉妬してるんですか、って」
「ひ、あああっ……」
カルナスが答えたのはシルヴァリエの質問に対するそれではなく、カルナスに聞こえるようにと前傾姿勢になったシルヴァリエのものが自分にどれほどの快楽を与えたか、という情報だけだった。
「喘いでばっかりいないで答えてくださいよ。こうしてふたりきりで話す機会なんて限られてるんですから」
「あ、あああ、気持ちいい、気持ち……いい……」
「今聞いてるのはそれじゃないです」
そう言いながらシルヴァリエがカルナスの唇の横にキスをすると、カルナスのほうではそれでどうやら会話は終わりと解釈したらしく、前へ向き直り再び腰を動かし始めた。
「……ま、素直なのはいいんですけど」
乱れて揺れるカルナスの黒髪を眺めながら、シルヴァリエもカルナスに応えるように軽く腰を揺らした。
夕食後に資料室へ来てくれ、とカルナスがシルヴァリエに伝えたのは、今日の手合わせの最中だった。淫紋が辛くなったらいつでも呼んでください、とシルヴァリエから言われたものの騎士団のなかでは常に人目に晒されているカルナスがシルヴァリエとふたりきりになるために選んだ手段がそれで、連日シルヴァリエに訓練中の手合わせを命じるのは、つまりはそういうことだった。
毎日大変ですねとモーランは言うが、毎日そうならざるを得ないところにカルナスを追い込んでいるのは他ならぬ自分であることをシルヴァリエは知っている。以前そうしたようにカルナスを自分の快楽に一方的に奉仕させれば淫紋はおさまるだろう。少なくともしばらくの間は。しかしシルヴァリエが今やっているのは逆のことだ。自分のそれよりもカルナスの快楽を優先し、際限なく与えている。その結果どうなったかは、目の前のカルナスを見ての通りだ。ノルダ・ロウの見立て通りカルナスはシルヴァリエに怪我をさせないよう十分注意しているのだが、今日のように夕刻ぐらいから淫紋の影響が出た日には、手元が狂ってしまうのもやむを得ない。もっとも、欲情したカルナスについつい見とれて、シルヴァリエの動きもいつも以上に悪かった、ということも言っておいたほうが平等というものか。
ともあれ、そこまで淫紋が育ってしまうとさすがに限界だ。カルナスを破滅させるつもりはない。淫紋を抑える必要がある今宵は、カルナスにとってひどくつらい夜になるだろう。淫紋の影響で性感が高まっている状態のカルナスにシルヴァリエがありとあらゆる性の快楽を教え込んだものだから、今となってはただセックスをしただけでは淫紋は育つばかりだ。淫紋を抑えるためには、カルナスが限界を迎えてもなおシルヴァリエに奉仕させ続けることが必要だとわかっている。その時のカルナスの断末魔のような悲鳴と媚態とを思うと、シルヴァリエのなかにカルナスを憐れむ感情と暗い愉悦とが同時に沸き起こった。
「カルナス団長、そろそろ終わりにしましょうか」
「え……?」
中のものを急に抜かれたカルナスが、何かを訴えるようにシルヴァリエを見た。
「シルヴァリエ……」
「そんな声で呼んでもダメです。ここじゃ思い切りできないのはわかっているでしょう。続きはカルナス団長の部屋で」
「いかせて……いかせてくれ……」
「そうしてあげたいのはやまやまですけど、今イくと後がつらいですよ。我慢して」
「我慢、できな……」
「できますよ」
シルヴァリエは抵抗するカルナスを強引に自分のほうへ向かせ、キスをした。カルナスがシルヴァリエの首に腕を回し、ねだるようにキスを返す。多少の無理ならきいてあげたくなるような態度だが、カルナスがこういう態度に出るのは淫紋がカルナスの理性の大半を食い荒らしているという証拠だ。安易に聞き入れればカルナスは遠からずセックスしか考えられない廃人と化すだろう。
カルナスにひどいことをしているのはわかっている。淫紋の効果を借りて自分との性行為に縛り付けるようなことは、本来シルヴァリエの流儀ではない。だが、と、心の中の別のシルヴァリエが耳打ちする。カルナス団長だって実のところ楽しんでいるはずだ。もしもいやなら、他の相手なり魔術医なり探すはずなのだから、と。
もしも正気のカルナスがこうやってねだって来たら――そんな仮定がふと思い浮かんで、シルヴァリエは自嘲的に笑うしかなかった。
仮定とは願望だ。そうはならないことを知っているのに、そうなってほしいから思い浮かぶのだ。カルナスが絡むと、自分は時に自分らしくなくなってしまう、と、シルヴァリエは苛立ちを覚える。
そうだというのに、心の中の別のシルヴァリエは勝手にその仮定の続きを語った。もしもカルナスが淫紋の影響もなく正気で自分になにかをねだってくるのなら――なんだってしてやるのに、と。
古い紙とインクの香りに包まれながら、シルヴァリエはカルナスにそう尋ねた。
「……あ……?」
自分の名前が呼ばれたことはどうにか知覚できたのか、ズボンをブーツの上まで下ろした下半身をシルヴァリエに突き出し、上半身は書架にすがりつくようにしていたカルナスが、顔だけを後ろに向ける。
「カルナス団長は僕に嫉妬してるんですか、って」
「ひ、あああっ……」
カルナスが答えたのはシルヴァリエの質問に対するそれではなく、カルナスに聞こえるようにと前傾姿勢になったシルヴァリエのものが自分にどれほどの快楽を与えたか、という情報だけだった。
「喘いでばっかりいないで答えてくださいよ。こうしてふたりきりで話す機会なんて限られてるんですから」
「あ、あああ、気持ちいい、気持ち……いい……」
「今聞いてるのはそれじゃないです」
そう言いながらシルヴァリエがカルナスの唇の横にキスをすると、カルナスのほうではそれでどうやら会話は終わりと解釈したらしく、前へ向き直り再び腰を動かし始めた。
「……ま、素直なのはいいんですけど」
乱れて揺れるカルナスの黒髪を眺めながら、シルヴァリエもカルナスに応えるように軽く腰を揺らした。
夕食後に資料室へ来てくれ、とカルナスがシルヴァリエに伝えたのは、今日の手合わせの最中だった。淫紋が辛くなったらいつでも呼んでください、とシルヴァリエから言われたものの騎士団のなかでは常に人目に晒されているカルナスがシルヴァリエとふたりきりになるために選んだ手段がそれで、連日シルヴァリエに訓練中の手合わせを命じるのは、つまりはそういうことだった。
毎日大変ですねとモーランは言うが、毎日そうならざるを得ないところにカルナスを追い込んでいるのは他ならぬ自分であることをシルヴァリエは知っている。以前そうしたようにカルナスを自分の快楽に一方的に奉仕させれば淫紋はおさまるだろう。少なくともしばらくの間は。しかしシルヴァリエが今やっているのは逆のことだ。自分のそれよりもカルナスの快楽を優先し、際限なく与えている。その結果どうなったかは、目の前のカルナスを見ての通りだ。ノルダ・ロウの見立て通りカルナスはシルヴァリエに怪我をさせないよう十分注意しているのだが、今日のように夕刻ぐらいから淫紋の影響が出た日には、手元が狂ってしまうのもやむを得ない。もっとも、欲情したカルナスについつい見とれて、シルヴァリエの動きもいつも以上に悪かった、ということも言っておいたほうが平等というものか。
ともあれ、そこまで淫紋が育ってしまうとさすがに限界だ。カルナスを破滅させるつもりはない。淫紋を抑える必要がある今宵は、カルナスにとってひどくつらい夜になるだろう。淫紋の影響で性感が高まっている状態のカルナスにシルヴァリエがありとあらゆる性の快楽を教え込んだものだから、今となってはただセックスをしただけでは淫紋は育つばかりだ。淫紋を抑えるためには、カルナスが限界を迎えてもなおシルヴァリエに奉仕させ続けることが必要だとわかっている。その時のカルナスの断末魔のような悲鳴と媚態とを思うと、シルヴァリエのなかにカルナスを憐れむ感情と暗い愉悦とが同時に沸き起こった。
「カルナス団長、そろそろ終わりにしましょうか」
「え……?」
中のものを急に抜かれたカルナスが、何かを訴えるようにシルヴァリエを見た。
「シルヴァリエ……」
「そんな声で呼んでもダメです。ここじゃ思い切りできないのはわかっているでしょう。続きはカルナス団長の部屋で」
「いかせて……いかせてくれ……」
「そうしてあげたいのはやまやまですけど、今イくと後がつらいですよ。我慢して」
「我慢、できな……」
「できますよ」
シルヴァリエは抵抗するカルナスを強引に自分のほうへ向かせ、キスをした。カルナスがシルヴァリエの首に腕を回し、ねだるようにキスを返す。多少の無理ならきいてあげたくなるような態度だが、カルナスがこういう態度に出るのは淫紋がカルナスの理性の大半を食い荒らしているという証拠だ。安易に聞き入れればカルナスは遠からずセックスしか考えられない廃人と化すだろう。
カルナスにひどいことをしているのはわかっている。淫紋の効果を借りて自分との性行為に縛り付けるようなことは、本来シルヴァリエの流儀ではない。だが、と、心の中の別のシルヴァリエが耳打ちする。カルナス団長だって実のところ楽しんでいるはずだ。もしもいやなら、他の相手なり魔術医なり探すはずなのだから、と。
もしも正気のカルナスがこうやってねだって来たら――そんな仮定がふと思い浮かんで、シルヴァリエは自嘲的に笑うしかなかった。
仮定とは願望だ。そうはならないことを知っているのに、そうなってほしいから思い浮かぶのだ。カルナスが絡むと、自分は時に自分らしくなくなってしまう、と、シルヴァリエは苛立ちを覚える。
そうだというのに、心の中の別のシルヴァリエは勝手にその仮定の続きを語った。もしもカルナスが淫紋の影響もなく正気で自分になにかをねだってくるのなら――なんだってしてやるのに、と。
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