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湖畔の歓待(4)
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シルヴァリエの手がカルナスのベルトにかかったところで、部屋の外からルイーズの声がした。
「シルヴァリエ様、カルナス様、失礼しま……あら?」
扉を開けようとしたが、開かないので戸惑っているようだ。シルヴァリエがカルナスを扉に押し付けるようにして抱きしめているものだから、男二人分ほどの体重がかかっている。ルイーズの細腕では、開けられなくても無理はない。
カルナスが慌てて肌を隠すのに背を向け、シルヴァリエは扉を細く開ける。
外には、ルイーズがひとりで立っている。身につけているドレスは出会った時のあちらこちら破れたそれではなく、粒は小さいが見事なカットの宝石をあしらった、豪奢と可憐を同居させた見事なドレス。髪には一糸の乱れもなく、こちらは大粒の宝石をあしらった髪飾りが、ルイーズの栗毛と薔薇色の頰を引き立てている。
開かないと思っていたら急に開いた扉に驚くルイーズに、シルヴァリエは自分の体で部屋の内情を隠しながら、にっこりと微笑んだ。
「やあルイーズ、何か?」
「すみません、今、扉が……」
「失礼、僕が寄りかかって居眠りをしていたのです。なにか御用でしたか」
「晩餐の用意ができましたので……よろしければご一緒に、と、イボンヌが……」
シルヴァリエが廊下を見まわすと、少し離れたところに置かれた胸像の影に隠れるようにして、イボンヌが満面の笑みでこちらを見ている。シルヴァリエに気づかれたとみるやさっと隠れるが、その巨体はどうにも隠しきれていない。
「カルナス団長、どうしましょうか」
シルヴァリエは顔だけを後ろを向いて尋ねた。カルナスはすでにシャツの裾をズボンの中に入れ、シャツの上に着ている狩猟用のベストの皺をなでつけているところだった。
「申し出はありがたいが、私は服に魔物の返り血がついている。そんな格好の人間が同席していると、晩餐の味を損なってしまうだろう」
「そうですか、ルイーズ、お聞きの通り……」
「お前は行ってこい、シルヴァリエ」
「え?」
「招待されたものを無下に断るのも騎士の礼に反する。お前だけなら大丈夫だろう」
「でも、僕の服にも返り血がついているかもしれませんよ」
「そんなはずは……」
返り血を浴びるほどの距離で魔物と対峙したのはカルナスだけだ。シルヴァリエの言い分を何かの怠慢と受け取った様子のカルナスが表情を曇らせるが、その直後、つい先ほどまで互いの衣服が擦れ合うほど自分とシルヴァリエが密着していたことを思い出したようで、顔を真っ赤にして絶句した。
カルナスはルイーズのほうに向き直り、いかにも儀礼的に、
「すみませんそういうわけで、せっかくですが……」
と断りの返事をする。
「あら……そうなんですの……」
頬の薔薇色を翳らせるルイーズのもとへ、イボンヌが猛然と駆け寄って来た。
「シルヴァリエ様っ! おそれながら! お召し物でしたら、お貸しいたしますので!」
「え? いや、そこまでしてもらうわけには……」
「いえいえ、シルヴァリエ様はルイーズ様のお命を! 救われたの! ですから! お召し物の一枚や二枚、十枚や百枚、なんということもございませんとも!」
「そ、そうですか。カルナス団長、どうします?」
「……お言葉に甘えるとしよう」
頬の端を少し赤くしたままのカルナスが、赤みをこそげ取ろうとでもいうように、手の甲で何度もそこをこすりながら答えた。
「シルヴァリエ様、カルナス様、失礼しま……あら?」
扉を開けようとしたが、開かないので戸惑っているようだ。シルヴァリエがカルナスを扉に押し付けるようにして抱きしめているものだから、男二人分ほどの体重がかかっている。ルイーズの細腕では、開けられなくても無理はない。
カルナスが慌てて肌を隠すのに背を向け、シルヴァリエは扉を細く開ける。
外には、ルイーズがひとりで立っている。身につけているドレスは出会った時のあちらこちら破れたそれではなく、粒は小さいが見事なカットの宝石をあしらった、豪奢と可憐を同居させた見事なドレス。髪には一糸の乱れもなく、こちらは大粒の宝石をあしらった髪飾りが、ルイーズの栗毛と薔薇色の頰を引き立てている。
開かないと思っていたら急に開いた扉に驚くルイーズに、シルヴァリエは自分の体で部屋の内情を隠しながら、にっこりと微笑んだ。
「やあルイーズ、何か?」
「すみません、今、扉が……」
「失礼、僕が寄りかかって居眠りをしていたのです。なにか御用でしたか」
「晩餐の用意ができましたので……よろしければご一緒に、と、イボンヌが……」
シルヴァリエが廊下を見まわすと、少し離れたところに置かれた胸像の影に隠れるようにして、イボンヌが満面の笑みでこちらを見ている。シルヴァリエに気づかれたとみるやさっと隠れるが、その巨体はどうにも隠しきれていない。
「カルナス団長、どうしましょうか」
シルヴァリエは顔だけを後ろを向いて尋ねた。カルナスはすでにシャツの裾をズボンの中に入れ、シャツの上に着ている狩猟用のベストの皺をなでつけているところだった。
「申し出はありがたいが、私は服に魔物の返り血がついている。そんな格好の人間が同席していると、晩餐の味を損なってしまうだろう」
「そうですか、ルイーズ、お聞きの通り……」
「お前は行ってこい、シルヴァリエ」
「え?」
「招待されたものを無下に断るのも騎士の礼に反する。お前だけなら大丈夫だろう」
「でも、僕の服にも返り血がついているかもしれませんよ」
「そんなはずは……」
返り血を浴びるほどの距離で魔物と対峙したのはカルナスだけだ。シルヴァリエの言い分を何かの怠慢と受け取った様子のカルナスが表情を曇らせるが、その直後、つい先ほどまで互いの衣服が擦れ合うほど自分とシルヴァリエが密着していたことを思い出したようで、顔を真っ赤にして絶句した。
カルナスはルイーズのほうに向き直り、いかにも儀礼的に、
「すみませんそういうわけで、せっかくですが……」
と断りの返事をする。
「あら……そうなんですの……」
頬の薔薇色を翳らせるルイーズのもとへ、イボンヌが猛然と駆け寄って来た。
「シルヴァリエ様っ! おそれながら! お召し物でしたら、お貸しいたしますので!」
「え? いや、そこまでしてもらうわけには……」
「いえいえ、シルヴァリエ様はルイーズ様のお命を! 救われたの! ですから! お召し物の一枚や二枚、十枚や百枚、なんということもございませんとも!」
「そ、そうですか。カルナス団長、どうします?」
「……お言葉に甘えるとしよう」
頬の端を少し赤くしたままのカルナスが、赤みをこそげ取ろうとでもいうように、手の甲で何度もそこをこすりながら答えた。
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