30 / 90
本文
悲鳴の行方(2)
しおりを挟む
それぞれの馬に騎乗してカルナスとシルヴァリエは一度森を抜けて、その周辺に沿って走り出した。
5分ほど馬を走らせると、今度はシルヴァリエの耳にもはっきりと女性の悲鳴らしき声が聞こえてきた。
「急ぐぞ」
カルナスが馬の脇腹を足で軽く蹴り、さらに歩を速める。シルヴァリエも続く。ほどなくして遠くでカンテラの光のようなものがチラチラと光っているのが見えた。その光が時折見えなくなるのは、どうやらその光の主とカルナスたちの間に巨大な生き物が立ちはだかっているからだ、というのはほどなくしてわかった。
「熊……?」
「似ているが、少し違うな。なにより、足が八……いや、十か、それ以上ある。魔物だな。襲われているようだ。女がひとり」
「へえ、よく見えますね」
「魔物は私のほうへ引き寄せる。お前はこのまま直進し、女を拾って、離脱しろ」
それだけ言うとカルナスはシルヴァリエの返事も聞かず、口に魔物笛を咥えると手綱を引き、森の中に向かって斜め方向に走り出した。
「直進して拾うって……」
このまま進めば、助けようとしている女性ともどもシルヴァリエもあの魔物の今宵のディナーになるのは間違いない。
そうは思いつつも思いつつもカルナスに言われた通りまっすぐに進んでいたところ、魔物が突然森のほうを向き、そちらに向かって、のそ、のそと歩き始めた。
魔物が向かったほうから蹄の音が聞こえる。カルナスが口にしていた魔物笛は、吹いても人間の耳にはなにも聞こえないが、魔物には聞こえる何種類かの音を出すことができる道具で、魔物が嫌う音を出してその場から追い払ったり、あるいは魔物が好む音を出しておびき出す時などに使う。
体の大きい魔物は、知能も高いことが多い。あの熊のような魔物が自分が騙されたことに気づく前に、と、シルヴァリエは馬の脚を早め、女性のもとへ駆け寄った。
襲われていたのは、女性と呼ぶには少し若すぎるくらいの少女だった。実際の年齢はわからないが、少なくともそう見える。時間をかけてセットしたと思われる栗毛色の髪は乱れ、仕立ても材質も上等な異国風のドレスはところどころ破れ、先端にカンテラのぶら下がる棒を突き出したままの姿勢で、呆然としている。
「大丈夫ですか?」
「え……っ、あ……っ」
少女が、シルヴァリエを見て目を見開いてしばらく惚けたように見つめたかと思うと、急に頬を染め、慌てたように俯いた。
シルヴァリエにしてみたら、見慣れた反応である。
「ラトゥール王立騎士団のシルヴァリエ・アンドリアーノと申します。今日はたまたまこの近くまで来ていたら悲鳴が聞こえたので。魔物がいつ戻ってくるかわかりませんからすぐに逃げましょう。乗っていただけますか」
「で、でも……」
少女がためらうような仕草で上目遣いにシルヴァリエを見る。夜中に魔物の出る森で突然出会う相手を疑わないほうが不用心ではある。しかし今はそんなことを言っている場合ではない。シルヴァリエは、意識的に、自分が持っているなかでもっとも甘い声色を使って、少女を誘いかけた。
「怪しいものではありませんよ。大丈夫です、さあ」
シルヴァリエの声に、少女は再び頬を染めた。
5分ほど馬を走らせると、今度はシルヴァリエの耳にもはっきりと女性の悲鳴らしき声が聞こえてきた。
「急ぐぞ」
カルナスが馬の脇腹を足で軽く蹴り、さらに歩を速める。シルヴァリエも続く。ほどなくして遠くでカンテラの光のようなものがチラチラと光っているのが見えた。その光が時折見えなくなるのは、どうやらその光の主とカルナスたちの間に巨大な生き物が立ちはだかっているからだ、というのはほどなくしてわかった。
「熊……?」
「似ているが、少し違うな。なにより、足が八……いや、十か、それ以上ある。魔物だな。襲われているようだ。女がひとり」
「へえ、よく見えますね」
「魔物は私のほうへ引き寄せる。お前はこのまま直進し、女を拾って、離脱しろ」
それだけ言うとカルナスはシルヴァリエの返事も聞かず、口に魔物笛を咥えると手綱を引き、森の中に向かって斜め方向に走り出した。
「直進して拾うって……」
このまま進めば、助けようとしている女性ともどもシルヴァリエもあの魔物の今宵のディナーになるのは間違いない。
そうは思いつつも思いつつもカルナスに言われた通りまっすぐに進んでいたところ、魔物が突然森のほうを向き、そちらに向かって、のそ、のそと歩き始めた。
魔物が向かったほうから蹄の音が聞こえる。カルナスが口にしていた魔物笛は、吹いても人間の耳にはなにも聞こえないが、魔物には聞こえる何種類かの音を出すことができる道具で、魔物が嫌う音を出してその場から追い払ったり、あるいは魔物が好む音を出しておびき出す時などに使う。
体の大きい魔物は、知能も高いことが多い。あの熊のような魔物が自分が騙されたことに気づく前に、と、シルヴァリエは馬の脚を早め、女性のもとへ駆け寄った。
襲われていたのは、女性と呼ぶには少し若すぎるくらいの少女だった。実際の年齢はわからないが、少なくともそう見える。時間をかけてセットしたと思われる栗毛色の髪は乱れ、仕立ても材質も上等な異国風のドレスはところどころ破れ、先端にカンテラのぶら下がる棒を突き出したままの姿勢で、呆然としている。
「大丈夫ですか?」
「え……っ、あ……っ」
少女が、シルヴァリエを見て目を見開いてしばらく惚けたように見つめたかと思うと、急に頬を染め、慌てたように俯いた。
シルヴァリエにしてみたら、見慣れた反応である。
「ラトゥール王立騎士団のシルヴァリエ・アンドリアーノと申します。今日はたまたまこの近くまで来ていたら悲鳴が聞こえたので。魔物がいつ戻ってくるかわかりませんからすぐに逃げましょう。乗っていただけますか」
「で、でも……」
少女がためらうような仕草で上目遣いにシルヴァリエを見る。夜中に魔物の出る森で突然出会う相手を疑わないほうが不用心ではある。しかし今はそんなことを言っている場合ではない。シルヴァリエは、意識的に、自分が持っているなかでもっとも甘い声色を使って、少女を誘いかけた。
「怪しいものではありませんよ。大丈夫です、さあ」
シルヴァリエの声に、少女は再び頬を染めた。
0
お気に入りに追加
432
あなたにおすすめの小説


【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる