26 / 90
本文
高原の狩猟(4)
しおりを挟む
カァン! カァン! という激しい金属音とともに、森の木が揺れる。鳥たちが周辺の木々から一斉に舞い上がるのに切っ先を向け、シルヴァリエは限界まで引いていた弦を手放した。ひゅうっ、と空気を切り裂く音の直後、空に向かっていた鳥が一羽、錐揉み状に落下する。
すべて鳥が去ったあとの空間をさらに何本かの矢が通り過ぎたが、それらはすべて弧を描いて地に落ちて行った。
「お見事ですね、副団長」
ノルダ・ロウが言った。あいかわらずの無表情だが、口調を聞く限りは心底感心しているようだ。
騎士団にはシルヴァリエ以外にも何人か弓を備えているものがいたが、途中で見かねたように自ら弓を手にしたカルナスが一羽仕留めたのを除いては、飛ぶ鳥を射抜いているのはシルヴァリエひとりだった。もともとは鹿や猪などの大物狙いが騎士団の流儀なようで、木陰に隠れているような小さな鳥は範疇外。弓もまたそれにあわせて騎士たちは、みな大型の、威力はあるが扱う速度は劣るものを構えている。中程度の鳥を仕留めるのに適した軽弓を使っているのはシルヴァリエひとりだ。それでもカルナスは明らかに機嫌が悪かった。
「もう少し増やしたほうがいいか……」
カルナスがぼそりと呟いた言葉で、周囲の騎士たちに戦慄が走る。カルナスがよくいえばストイック、悪くいえば無類の訓練好きなのは知られた話である。自身がそもそも時間さえあればなにかの訓練をしているが、カルナスが団長になってからというもの、訓練時間が増え騎士団内に休日というものが実質消失した、というのはシルヴァリエもモーラスから何度も聞いていた。
いっぽうで、カルナスが団長になってからというもの休日に街で素人娘相手に管を巻くような一部の悪徳騎士もまた消滅した。そういう性格の人間がいなくなったというわけではなく皆そんなことをするほどの体力も時間もなくなったためだが、そんなわけで騎士団外からのカルナスの評判はめっぽう良かった。さらにはカルナスが団長になってからというもの討伐任務中の死者重傷者も減り、ここ数ヶ月はゼロ。カルナス以前は、騎士団に依頼が来るような討伐任務といえばただの辺境警備隊には手のあまるような、すでに屈強の護衛軍や村や街が独自に雇っている傭兵隊にも犠牲者が出ているような内容がほとんどで、つまりは騎士団も出陣時点で何名かの犠牲は覚悟しなければならなかった。その状況がカルナスの訓練好きによりかなり改善されたということだ。日々の訓練が過酷な代わりに死亡率は下がり、つまりは手柄を立てる機会が増える。そういう理由で、騎士団内にもカルナスの訓練好きを一概に批判する声はまあまあ少なかった。
とはいえ、そんなカルナスが、この状況で「増やす」といえば訓練時間をおいて他にはない。ただでさえ過酷な騎士団内の訓練がさらに悲惨なものになる予感に、騎士たちが震え上がるのもまた無理のない話であった。
「もう少し奥まで行けば大物もいるんでしょうけどね」
ノルダ・ロウがいまだ猟果のない騎士たちをフォローするに言う。狩りのためにやってきたのは高原のはずれにあたるルルドの森の周辺沿い。ルルドの森はモディラティオ山脈の裾野に広がる広大な森林で、夜になれば魔物も出る。夕暮れも迫ろうという時刻、へたに奥まで足を踏み入れると危険だということで、今日はあまり深くは入らず小動物を狩るだけで済ます、とは、カルナスが決めたことだ。
「今日は下見が主な目的です。暗くなってきたことですし、このあたりでよいのではないですか、カルナス団長」
「……そうだな」
ノルダ・ロウの言葉にカルナスは首肯したが、その直後、馬の鞍に何本かぶら下げた投擲用の小槍を手に取り、少し遠くの茂みに向かって勢いよく投げた。
自らが陣頭に立って鍛え上げた騎士たちが名ばかり副団長のシルヴァリエに遅れをとったことの怒りの発露か、とみな身をすくめる。しかしカルナスは、小槍が突き刺さった茂みがガサガサと揺れるのを見て、軽く何度か手を払っただけだった。
「半矢か。今日は私も調子が悪い」
「何かいましたか」
「たいしたサイズではないな。兎かなにかだろう。ノルダ、先に帰還してくれ。私は仕留めてから戻る」
「おひとりで?」
「人数を必要とする獲物でもなさそうだからな」
「追うほどのこともないのでは? 食料は足りております」
「半矢の獣を放っておくのは哀れだろう」
「ですが……危険です」
「私がか?」
「…………」
「私ひとりのほうがいい。先に戻れ」
「しかしルルドの森は……せめて誰かお連れいただけませんか」
「急な狩猟で予定がずれた。野営地に戻ってからもやることが山積みで、明日からも忙しい。なによりみな疲れているだろう。私ひとりでいい、戻れ」
「ですが……」
「次は言わんぞ」
「……………………」
「僕、行きましょうか」
カルナスとノルダ・ロウの間に横たわる緊張感に気づいていないかのように、シルヴァリエはふたりの間に割って入った。
「僕は別に予定もないはずですし。半矢の兎の痕跡を追うのも得意ですよ」
「ああ……」
ノルダ・ロウが、ほっとしたようにシルヴァリエを見た。
「そうですね。シルヴァリエ副団長も弓の腕は確かなようですし、野営地でこれというご予定もありません。適任ではないですか、カルナス団長」
「…………っ」
カルナスは横目でシルヴァリエの顔を一瞥したあと、ノルダ・ロウを睨みつけながら、声を出さずに小さく口を動かした。
それに対しノルダ・ロウも声を出さずに口を動かして返事をする。
シルヴァリエが見たところ、どうやらカルナスが「足手まといだ」と言ったのに対し、ノルダ・ロウは「あなたが守ってさしあげればよいでしょう」と答えたようだ。
「これ以上議論していても太陽は沈み獲物は遠ざかるばかりです。我々は一足先に戻り、団長と副団長は兎の後を追う。それでよろしいですか」
ノルダ・ロウが、今度は声に出して言った。
「いいだろう」
カルナスは感情のない声で答えた。
すべて鳥が去ったあとの空間をさらに何本かの矢が通り過ぎたが、それらはすべて弧を描いて地に落ちて行った。
「お見事ですね、副団長」
ノルダ・ロウが言った。あいかわらずの無表情だが、口調を聞く限りは心底感心しているようだ。
騎士団にはシルヴァリエ以外にも何人か弓を備えているものがいたが、途中で見かねたように自ら弓を手にしたカルナスが一羽仕留めたのを除いては、飛ぶ鳥を射抜いているのはシルヴァリエひとりだった。もともとは鹿や猪などの大物狙いが騎士団の流儀なようで、木陰に隠れているような小さな鳥は範疇外。弓もまたそれにあわせて騎士たちは、みな大型の、威力はあるが扱う速度は劣るものを構えている。中程度の鳥を仕留めるのに適した軽弓を使っているのはシルヴァリエひとりだ。それでもカルナスは明らかに機嫌が悪かった。
「もう少し増やしたほうがいいか……」
カルナスがぼそりと呟いた言葉で、周囲の騎士たちに戦慄が走る。カルナスがよくいえばストイック、悪くいえば無類の訓練好きなのは知られた話である。自身がそもそも時間さえあればなにかの訓練をしているが、カルナスが団長になってからというもの、訓練時間が増え騎士団内に休日というものが実質消失した、というのはシルヴァリエもモーラスから何度も聞いていた。
いっぽうで、カルナスが団長になってからというもの休日に街で素人娘相手に管を巻くような一部の悪徳騎士もまた消滅した。そういう性格の人間がいなくなったというわけではなく皆そんなことをするほどの体力も時間もなくなったためだが、そんなわけで騎士団外からのカルナスの評判はめっぽう良かった。さらにはカルナスが団長になってからというもの討伐任務中の死者重傷者も減り、ここ数ヶ月はゼロ。カルナス以前は、騎士団に依頼が来るような討伐任務といえばただの辺境警備隊には手のあまるような、すでに屈強の護衛軍や村や街が独自に雇っている傭兵隊にも犠牲者が出ているような内容がほとんどで、つまりは騎士団も出陣時点で何名かの犠牲は覚悟しなければならなかった。その状況がカルナスの訓練好きによりかなり改善されたということだ。日々の訓練が過酷な代わりに死亡率は下がり、つまりは手柄を立てる機会が増える。そういう理由で、騎士団内にもカルナスの訓練好きを一概に批判する声はまあまあ少なかった。
とはいえ、そんなカルナスが、この状況で「増やす」といえば訓練時間をおいて他にはない。ただでさえ過酷な騎士団内の訓練がさらに悲惨なものになる予感に、騎士たちが震え上がるのもまた無理のない話であった。
「もう少し奥まで行けば大物もいるんでしょうけどね」
ノルダ・ロウがいまだ猟果のない騎士たちをフォローするに言う。狩りのためにやってきたのは高原のはずれにあたるルルドの森の周辺沿い。ルルドの森はモディラティオ山脈の裾野に広がる広大な森林で、夜になれば魔物も出る。夕暮れも迫ろうという時刻、へたに奥まで足を踏み入れると危険だということで、今日はあまり深くは入らず小動物を狩るだけで済ます、とは、カルナスが決めたことだ。
「今日は下見が主な目的です。暗くなってきたことですし、このあたりでよいのではないですか、カルナス団長」
「……そうだな」
ノルダ・ロウの言葉にカルナスは首肯したが、その直後、馬の鞍に何本かぶら下げた投擲用の小槍を手に取り、少し遠くの茂みに向かって勢いよく投げた。
自らが陣頭に立って鍛え上げた騎士たちが名ばかり副団長のシルヴァリエに遅れをとったことの怒りの発露か、とみな身をすくめる。しかしカルナスは、小槍が突き刺さった茂みがガサガサと揺れるのを見て、軽く何度か手を払っただけだった。
「半矢か。今日は私も調子が悪い」
「何かいましたか」
「たいしたサイズではないな。兎かなにかだろう。ノルダ、先に帰還してくれ。私は仕留めてから戻る」
「おひとりで?」
「人数を必要とする獲物でもなさそうだからな」
「追うほどのこともないのでは? 食料は足りております」
「半矢の獣を放っておくのは哀れだろう」
「ですが……危険です」
「私がか?」
「…………」
「私ひとりのほうがいい。先に戻れ」
「しかしルルドの森は……せめて誰かお連れいただけませんか」
「急な狩猟で予定がずれた。野営地に戻ってからもやることが山積みで、明日からも忙しい。なによりみな疲れているだろう。私ひとりでいい、戻れ」
「ですが……」
「次は言わんぞ」
「……………………」
「僕、行きましょうか」
カルナスとノルダ・ロウの間に横たわる緊張感に気づいていないかのように、シルヴァリエはふたりの間に割って入った。
「僕は別に予定もないはずですし。半矢の兎の痕跡を追うのも得意ですよ」
「ああ……」
ノルダ・ロウが、ほっとしたようにシルヴァリエを見た。
「そうですね。シルヴァリエ副団長も弓の腕は確かなようですし、野営地でこれというご予定もありません。適任ではないですか、カルナス団長」
「…………っ」
カルナスは横目でシルヴァリエの顔を一瞥したあと、ノルダ・ロウを睨みつけながら、声を出さずに小さく口を動かした。
それに対しノルダ・ロウも声を出さずに口を動かして返事をする。
シルヴァリエが見たところ、どうやらカルナスが「足手まといだ」と言ったのに対し、ノルダ・ロウは「あなたが守ってさしあげればよいでしょう」と答えたようだ。
「これ以上議論していても太陽は沈み獲物は遠ざかるばかりです。我々は一足先に戻り、団長と副団長は兎の後を追う。それでよろしいですか」
ノルダ・ロウが、今度は声に出して言った。
「いいだろう」
カルナスは感情のない声で答えた。
0
お気に入りに追加
422
あなたにおすすめの小説
【完結】【番外編】ナストくんの淫らな非日常【R18BL】
ちゃっぷす
BL
『清らかになるために司祭様に犯されています』の番外編です。
※きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします※
エロのみで構成されているためストーリー性はありません。
ゆっくり更新となります。
【注意点】
こちらは本編のパラレルワールド短編集となる予定です。
本編と矛盾が生じる場合があります。
※この世界では「ヴァルア以外とセックスしない」という約束が存在していません※
※ナストがヴァルア以外の人と儀式をすることがあります※
番外編は本編がベースになっていますが、本編と番外編は繋がっておりません。
※だからナストが別の人と儀式をしても許してあげてください※
※既出の登場キャラのイメージが壊れる可能性があります※
★ナストが作者のおもちゃにされています★
★きれいに終わらせたい方は本編までで留めておくことを強くオススメいたします★
※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※
※頭おかしいキャラが複数います※
※主人公貞操観念皆無※
【ナストと非日常を過ごすキャラ】(随時更新します)
・リング
・医者
・フラスト、触手系魔物、モブおじ2人(うち一人は比較的若め)
・ヴァルア
【以下登場性癖】(随時更新します)
・【ナストとリング】ショタおに、覗き見オナニー
・【ナストとお医者さん】診察と嘯かれ医者に犯されるナスト
・【ナストとフラスト】触手責め、モブおじと3P、恋人の兄とセックス
・【ナストとフラストとヴァルア】浮気、兄弟×主人公(3P)
・【ナストとヴァルア】公開オナニー
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
召喚された美人サラリーマンは性欲悪魔兄弟達にイカされる
KUMA
BL
朱刃音碧(あかばねあおい)30歳。
ある有名な大人の玩具の開発部門で、働くサラリーマン。
ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。
性欲悪魔(8人攻め)×人間
エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』
浮気をしたら、わんこ系彼氏に腹の中を散々洗われた話。
丹砂 (あかさ)
BL
ストーリーなしです!
エロ特化の短編としてお読み下さい…。
大切な事なのでもう一度。
エロ特化です!
****************************************
『腸内洗浄』『玩具責め』『お仕置き』
性欲に忠実でモラルが低い恋人に、浮気のお仕置きをするお話しです。
キャプションで危ないな、と思った方はそっと見なかった事にして下さい…。
珍しい魔物に孕まされた男の子が培養槽で出産までお世話される話
楢山コウ
BL
目が覚めると、少年ダリオは培養槽の中にいた。研究者達の話によると、魔物の子を孕んだらしい。
立派なママになるまで、培養槽でお世話されることに。
奴隷騎士のセックス修業
彩月野生
BL
魔族と手を組んだ闇の軍団に敗北した大国の騎士団。
その大国の騎士団長であるシュテオは、仲間の命を守る為、性奴隷になる事を受け入れる。
軍団の主力人物カールマーと、オークの戦士ドアルと共になぶられるシュテオ。
セックスが下手くそだと叱責され、仲間である副団長コンラウスにセックス指南を受けるようになるが、快楽に溺れていく。
主人公
シュテオ 大国の騎士団長、仲間と国を守るため性奴隷となる。
銀髪に青目。
敵勢力
カールマー 傭兵上がりの騎士。漆黒の髪に黒目、黒の鎧の男。
電撃系の攻撃魔術が使える。強欲で狡猾。
ドアル 横柄なオークの戦士。
シュテオの仲間
副団長コンラウス 金髪碧眼の騎士。女との噂が絶えない。
シュテオにセックスの指南をする。
(誤字脱字報告不要。時間が取れる際に定期的に見直してます。ご報告頂いても基本的に返答致しませんのでご理解ご了承下さいます様お願い致します。申し訳ありません)
騎士達は不思議なドームでメスイキを強制させられる
haaaaaaaaa
BL
アーロンたちは戦の途中で気を失い。気づけば不思議なドームに捕らえられていた。敵国のホロス王国の捕虜になったと思っていたが、ある日ホロス王国の男と知り合う。カリムと名乗った男は、逆に我国の捕虜になったと思っていたようだ。この場所は一体何なのか。豪華な食事に自由な時間。そして、おかしな調教はいったい何の意味があるのか。アーロンは戸惑いながらも故郷に帰ることを夢見る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる