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高原の狩猟(2)
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野外騎馬訓練というのはてっきり日帰りだと思っていたシルヴァリエだったが、モーラン曰く、日帰りの遠足のような訓練であることもあれば、国境近くまで出て一月以上そこに逗留する訓練というより示威行動に近いような形式の場合もあるらしい。今回の場合は、王都から半日ほど馬を走らせたところにあるテタイン高原の隅に野営地を設営し、テタイン高原で三日ほど模擬戦を中心とした訓練を行う予定だそうだ。
騎士団に特段の任務がない――王族の身辺警護などの通常任務以外の式典への参加や魔物や盗賊団など討伐依頼のない、つまりは少しヒマなタイミングに実施されることが多いそうで、大抵は急に予定が決まる。なかでも特に今回は前例になく急なことで、前日の朝になってカルナスがいきなり実施を言い出したらしい。
「敵襲というのは思わぬときに発生するものとはいえ、さすがに今回はきつい日程でした。通常任務の偶数小隊への引き継ぎにも時間がなく、騎士団全体に大きな負担がかかり……これで万が一でも陛下の身辺警護に不備でも発生したらと思うと気が気ではありません」
と、移動中に休憩をとった水場近くで、モーランが愚痴っぽくシルヴァリエに訴えた。
モーランはまだシリヴァリエがカルナスのことを単純に嫌っていると信じているようだ。だからカルナスの悪口を吹き込むことで自分に取り入っているつもりなのだろう、と、シルヴァリエはモーランの話を、うん、うん、と、いかにも同意している風なそぶりで聞いた。
実際のところ――好意を抱いている、とは今になっても言い難い。上級貴族の社交場において情事は挨拶であり社交術の一種だ。好意を抱いた相手とそれを楽しむのはもちろんだが、互いに腹に一物抱えている相手なればこそあえて閨房に連れ込むこともある。快楽を与えてくれる相手を憎み切ることなどなかなかできるものではなく、まして忘我に追い込み理性の防壁を失ったところで上下の別を無意識下へと刻み込むことができれば、その後の関係は自分にとって有利なものになる。シルヴァリエはそれをそうと自覚する前からそれの名手であったし、カルナスとの関係に執着したのも、自分のほうに多少なりともそういう意図があったことを自覚していた。
では、肉体関係を持ったのは完全に打算的なもので、カルナスのことを嫌っているのか、と尋ねられればそれはそれで完全に肯定はしづらいものだった。その複雑な感情には、カルナスを自分の下で散々に鳴かせはしたものの、男としての勝利に酔うには、その後のカルナスの態度が予想以上に素っ気ないものであったことが関係している。
少なくともシルヴァリエはそう思っていた。
もっと、もっと――あのカルナス団長が、もっと、自分が欲しいと、惨めにすがりついてくればいいのに。
モーランと並んで馬を駆けさせながら、はじめて淫紋に苦しんでいるカルナスに遭遇したときのことを思い出し、シルヴァリエは誰にも見られないよう自分の唇の端を舌で湿らせた。シルヴァリエが少し肌に触れただけで達したあの情けない姿を、今度はあの青い目の奥の奥まで覗き込みながら再現してやりたい――。
そこで、ふとシルヴァリエはふとなにか不思議な感覚に襲われた。
それがなんであるかを考える前に、隣を走っていたモーランが手を伸ばし前方を指差した。
「あそこが今回の野営地のようですね」
モーランの指差す方向では、モーランの言う通り、なだらかな丘陵地の向こうに、ときおり馬や人が行き交う影、それにどうやら煮炊きをしているらしい湯気や煙が空に立ち昇っている。視線をめぐらすと、そこから少し離れた小高い丘の上にラトゥール騎士団の鎧を着た騎士がふたり立っていた。
シルヴァリエはなんとなくその片方がカルナスであるような気がして――そしてカルナスがこちらを見ているような気がして目をこらしたが、ふたりの騎士はすぐに丘の向こうへ消えてしまった。
騎士団に特段の任務がない――王族の身辺警護などの通常任務以外の式典への参加や魔物や盗賊団など討伐依頼のない、つまりは少しヒマなタイミングに実施されることが多いそうで、大抵は急に予定が決まる。なかでも特に今回は前例になく急なことで、前日の朝になってカルナスがいきなり実施を言い出したらしい。
「敵襲というのは思わぬときに発生するものとはいえ、さすがに今回はきつい日程でした。通常任務の偶数小隊への引き継ぎにも時間がなく、騎士団全体に大きな負担がかかり……これで万が一でも陛下の身辺警護に不備でも発生したらと思うと気が気ではありません」
と、移動中に休憩をとった水場近くで、モーランが愚痴っぽくシルヴァリエに訴えた。
モーランはまだシリヴァリエがカルナスのことを単純に嫌っていると信じているようだ。だからカルナスの悪口を吹き込むことで自分に取り入っているつもりなのだろう、と、シルヴァリエはモーランの話を、うん、うん、と、いかにも同意している風なそぶりで聞いた。
実際のところ――好意を抱いている、とは今になっても言い難い。上級貴族の社交場において情事は挨拶であり社交術の一種だ。好意を抱いた相手とそれを楽しむのはもちろんだが、互いに腹に一物抱えている相手なればこそあえて閨房に連れ込むこともある。快楽を与えてくれる相手を憎み切ることなどなかなかできるものではなく、まして忘我に追い込み理性の防壁を失ったところで上下の別を無意識下へと刻み込むことができれば、その後の関係は自分にとって有利なものになる。シルヴァリエはそれをそうと自覚する前からそれの名手であったし、カルナスとの関係に執着したのも、自分のほうに多少なりともそういう意図があったことを自覚していた。
では、肉体関係を持ったのは完全に打算的なもので、カルナスのことを嫌っているのか、と尋ねられればそれはそれで完全に肯定はしづらいものだった。その複雑な感情には、カルナスを自分の下で散々に鳴かせはしたものの、男としての勝利に酔うには、その後のカルナスの態度が予想以上に素っ気ないものであったことが関係している。
少なくともシルヴァリエはそう思っていた。
もっと、もっと――あのカルナス団長が、もっと、自分が欲しいと、惨めにすがりついてくればいいのに。
モーランと並んで馬を駆けさせながら、はじめて淫紋に苦しんでいるカルナスに遭遇したときのことを思い出し、シルヴァリエは誰にも見られないよう自分の唇の端を舌で湿らせた。シルヴァリエが少し肌に触れただけで達したあの情けない姿を、今度はあの青い目の奥の奥まで覗き込みながら再現してやりたい――。
そこで、ふとシルヴァリエはふとなにか不思議な感覚に襲われた。
それがなんであるかを考える前に、隣を走っていたモーランが手を伸ばし前方を指差した。
「あそこが今回の野営地のようですね」
モーランの指差す方向では、モーランの言う通り、なだらかな丘陵地の向こうに、ときおり馬や人が行き交う影、それにどうやら煮炊きをしているらしい湯気や煙が空に立ち昇っている。視線をめぐらすと、そこから少し離れた小高い丘の上にラトゥール騎士団の鎧を着た騎士がふたり立っていた。
シルヴァリエはなんとなくその片方がカルナスであるような気がして――そしてカルナスがこちらを見ているような気がして目をこらしたが、ふたりの騎士はすぐに丘の向こうへ消えてしまった。
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