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逢瀬の約束(1)
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「シルヴァリエ様、最近はご熱心ですね」
すでに人が閑散としている夕暮れの訓練場。全員参加の合同訓練を終えてもなお稽古用の木偶相手にひとり槍を振り回しているシルヴァリエのもとへ、モーランがさりげなく近づいてきた。
「なにかおありになったのですか?」
「いや、別に」
ここのところシルヴァリエは毎日訓練場へと現れている。カルナスの”寝坊”を起こしに行ってからまもなくして以来のことだ。とはいえ騎士団の厳しい訓練には相変わらず顎が出てしまっていたが、当初はまともに扱えず木偶よりも自分への打撃のほうが多かった長槍も、最近はなかなかさまになってきている。
――と、自分では思っている。
モーランがそんなシルヴァリエのことを気にするのはよくわかる。シルヴァリエとカルナスの軋轢、ひいてはシルヴァリエの騎士団内での難しい扱いというところにうまくすべりこんでシルヴァリエの歓心を得ようとしてたモーランにとって、ふたりの確執が解けてしまうのは好ましいことではない。こうして話しかけてきたのも、シルヴァリエが訓練場へ現れるのが、自分にとって良い兆候なのか悪い兆候なのかを見極めたいからだろう。
「なにもない。部屋にいてもどうせやることがないし、それなら少し体を鍛えるのもいいかと思って」
シルヴァリエはそう答えた。
まるきり嘘というわけではない。
あの日――カルナスの艶かしい姿に正常な判断を失い、強引にことに及んでしまった自分を思い出すたび、シルヴァリエは自分の頭を壁にガンガンと打ち付けたいような気持ちなり、そして実際にかなりの数打ち付けていた。
実際のところ、理由は後悔だけではない。その後カルナスの”淫紋”がどうなったのか――あのカルナスをして人事不省になるまで自慰に耽らせるまで育ってしまった淫紋が、自分との行為一度で消えるはずがない。もちろんシルヴァリエにその後のお誘いがくるわけもなく、相変わらずカルナスはひとりで悶々としているのか、それとも別の相手を探して解消しているのか。その相手は誰なのか。男なのか女なのか。騎士団の外にいるのか、それとも騎士団のなかにいるのか。彼が自分から相手を誘うとき、どういう顔をしてどういう声でどういう言葉で誘うのか。どういう風に服を脱いでどういう風に相手に触れるのか――ふと気がつけばそんなことばかり考えている自分に気づいては、思春期の少年じゃあるまいし、と恥ずかしくなって、正気に戻ろうと壁やら床やらテーブルやらベッドやら、気がつけばそこら中に頭を打ち付けている。
そんな状況では宮廷で暇を持て余している貴婦人たちからの艶書を紐解く気も起きず、ましてや逢引の約束をする気にもなれない。自分の部屋でひとり悶々として頭のたんこぶを増やしているよりは、いっそ本人の顔を見て謝ってしまったほうがスッキリするかもしれない、と、勇んで部屋を出てきたものの――カルナスはシルヴァリエに一瞥もくれず、話しかける隙がなかった。
あんなことをしでかしたのだ。好かれることなど期待していない。
だが、こうなってみて、期待していないと言いつつ実際にはある期待をしていた自分にシルヴァリエはようやく気づいた。嫌悪感いっぱいの表情で睨みつけられ、怒りの表情で罵られる。なんなら唾まで吐きかけられ、その足で蹴られ、踏みにじられる。そんなものでいいから、カルナスが自分に対しなんらかの反応をしてくれることを期待していた。
しかしカルナスがシルヴァリエに与えたのは、もっとも残酷な、無反応、という反応だった。
すでに人が閑散としている夕暮れの訓練場。全員参加の合同訓練を終えてもなお稽古用の木偶相手にひとり槍を振り回しているシルヴァリエのもとへ、モーランがさりげなく近づいてきた。
「なにかおありになったのですか?」
「いや、別に」
ここのところシルヴァリエは毎日訓練場へと現れている。カルナスの”寝坊”を起こしに行ってからまもなくして以来のことだ。とはいえ騎士団の厳しい訓練には相変わらず顎が出てしまっていたが、当初はまともに扱えず木偶よりも自分への打撃のほうが多かった長槍も、最近はなかなかさまになってきている。
――と、自分では思っている。
モーランがそんなシルヴァリエのことを気にするのはよくわかる。シルヴァリエとカルナスの軋轢、ひいてはシルヴァリエの騎士団内での難しい扱いというところにうまくすべりこんでシルヴァリエの歓心を得ようとしてたモーランにとって、ふたりの確執が解けてしまうのは好ましいことではない。こうして話しかけてきたのも、シルヴァリエが訓練場へ現れるのが、自分にとって良い兆候なのか悪い兆候なのかを見極めたいからだろう。
「なにもない。部屋にいてもどうせやることがないし、それなら少し体を鍛えるのもいいかと思って」
シルヴァリエはそう答えた。
まるきり嘘というわけではない。
あの日――カルナスの艶かしい姿に正常な判断を失い、強引にことに及んでしまった自分を思い出すたび、シルヴァリエは自分の頭を壁にガンガンと打ち付けたいような気持ちなり、そして実際にかなりの数打ち付けていた。
実際のところ、理由は後悔だけではない。その後カルナスの”淫紋”がどうなったのか――あのカルナスをして人事不省になるまで自慰に耽らせるまで育ってしまった淫紋が、自分との行為一度で消えるはずがない。もちろんシルヴァリエにその後のお誘いがくるわけもなく、相変わらずカルナスはひとりで悶々としているのか、それとも別の相手を探して解消しているのか。その相手は誰なのか。男なのか女なのか。騎士団の外にいるのか、それとも騎士団のなかにいるのか。彼が自分から相手を誘うとき、どういう顔をしてどういう声でどういう言葉で誘うのか。どういう風に服を脱いでどういう風に相手に触れるのか――ふと気がつけばそんなことばかり考えている自分に気づいては、思春期の少年じゃあるまいし、と恥ずかしくなって、正気に戻ろうと壁やら床やらテーブルやらベッドやら、気がつけばそこら中に頭を打ち付けている。
そんな状況では宮廷で暇を持て余している貴婦人たちからの艶書を紐解く気も起きず、ましてや逢引の約束をする気にもなれない。自分の部屋でひとり悶々として頭のたんこぶを増やしているよりは、いっそ本人の顔を見て謝ってしまったほうがスッキリするかもしれない、と、勇んで部屋を出てきたものの――カルナスはシルヴァリエに一瞥もくれず、話しかける隙がなかった。
あんなことをしでかしたのだ。好かれることなど期待していない。
だが、こうなってみて、期待していないと言いつつ実際にはある期待をしていた自分にシルヴァリエはようやく気づいた。嫌悪感いっぱいの表情で睨みつけられ、怒りの表情で罵られる。なんなら唾まで吐きかけられ、その足で蹴られ、踏みにじられる。そんなものでいいから、カルナスが自分に対しなんらかの反応をしてくれることを期待していた。
しかしカルナスがシルヴァリエに与えたのは、もっとも残酷な、無反応、という反応だった。
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