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遭遇の経緯(3)
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朝というには少し遅い時間に、シルヴァリエは宿舎の部屋扉をノックする音で起こされた。
眠い目をこすって出てみれば、外にいたのはモーランだ。
「なんだ?」
「もう訓練の時間だというのに、カルナス団長が来ないんです」
「来ない? 寝坊でもしてるんじゃないか?」
あくびをこらえながらそう答え終わる直前に、シルヴァリエはモーランの意図に気づいて、口元に笑みを浮かべた。
「……なるほど?」
「ええ、団長の様子を見てくるよう私が仰せつかったのですが、団長不在のいま、ここは副団長であるシルヴァリエ様の指示を仰ぐのが筋というものかと」
シルヴァリエとモーランは意味ありげに目を見交わしあった。互いの目の奥に意地の悪い光を認め、共犯者同士であることを確認する目配せを無言のまま交わす。
いかに謹厳実直でクソがつくほど真面目な性格とはいえカルナスとはいえ、平時ならば時にミスもするだろう。そう、寝坊くらいは。しかし、それを、嫌っているシルヴァリエにフォローされたとなるとどう思うだろうか? たとえ表面は平静を装っても、その心中はさぞ穏やかでないに違いない。
「いい判断だな、モーラン」
「ありがとうございます」
「団長はまだ自分の部屋にいるってことだな?」
「おそらくは。そうそう、カルナス団長は魔物討伐以来、どうも少し疲れが溜まっているようで。最近は訓練中にもよくぼんやりしているようでしたので、おそらくは寝坊で間違いないかと。責任感が強すぎる上になんといってもお若い方ですし、騎士団長の職が重すぎるのかもしれず、しばらく休ませてあげたほうが……」
「ふふふ、わかった、それも考えておくよ。お前はよく気の回るやつだね、モーラン」
「ありがとうございます」
「それでは僕が行こう。お前は先に訓練場に戻っておくといい。あとは僕に任せて」
シルヴァリエはモーランを帰すと、騎士団員の普段用の簡易鎧を手早く身につけ、宿舎内の別階にあるカルナスの部屋へ向かった。
自分の部屋の扉をノックされた寝ぼけ顔のカルナスがどういう表情をするかを想像しながら歩くシルヴァリエの足取りは軽かった。ようやく射止めた美女との逢瀬の約束にむかう時のような気分だった。アンドリアーノ公爵家と異なり、上り下りできるという以外にはさしたる特徴もない階段も、装飾の足りない壁も、一色だけで構成された床の絨毯も、美男美女の絵画も彫刻の置かれていない味気ない廊下も、季節ごとに変化のない室内の装飾も、すべてにうんざりしていたが、その時ばかりは気にならなかった。
しかし、カルナスの部屋の前まで行って、
コンコン。
と、ドアをノックするが、返事がない。
「カルナス団長?」
呼びかける。が、やはり返事がない。
何度やっても返事はなく、これはいよいよ深々と寝くたれているのに違いない、とシルヴァリエは扉を開け、中を伺った。
部屋のなかには、床に脱ぎ散らかした鎧や衣服が散乱している。
こういうところは口うるさそうなのに、と意外な思いを抱きつつカルナスがベッドを探すと、その横で人がうずくまっている。
入り口のほうに背を向け――しかも裸だ。
頭だけをベッドに預けているようでその背中は艶かしい曲線を描いている。シルヴァリエの心臓は一瞬早鐘を打った。
あの堅物が女でも連れ込んだのか、いや、それとも騎士団だの軍隊だのにはよくある小姓というやつか、と、これまた意外な気持ちで目を凝らすと――どうもうずくまっているのはカルナス本人のように見える。
例えば、酔っ払ってベッドに辿り着かず、服を脱ぐまでしたはいいが裸で寝こけてしまった――その可能性もなくはない。しかし、シルヴァリエがモーランから聞いた限りでは、カルナスは酒もやらなければ大した夜更かしもせず、毎晩決まった時間に食事をとり、決まった時間にベッドに入るのだという。
――まさか、死んでいるのでは。
最近カルナスは様子がおかしかった、というモーランの話を思い出し、シルヴァリエは胸騒ぎに襲われた。
眠い目をこすって出てみれば、外にいたのはモーランだ。
「なんだ?」
「もう訓練の時間だというのに、カルナス団長が来ないんです」
「来ない? 寝坊でもしてるんじゃないか?」
あくびをこらえながらそう答え終わる直前に、シルヴァリエはモーランの意図に気づいて、口元に笑みを浮かべた。
「……なるほど?」
「ええ、団長の様子を見てくるよう私が仰せつかったのですが、団長不在のいま、ここは副団長であるシルヴァリエ様の指示を仰ぐのが筋というものかと」
シルヴァリエとモーランは意味ありげに目を見交わしあった。互いの目の奥に意地の悪い光を認め、共犯者同士であることを確認する目配せを無言のまま交わす。
いかに謹厳実直でクソがつくほど真面目な性格とはいえカルナスとはいえ、平時ならば時にミスもするだろう。そう、寝坊くらいは。しかし、それを、嫌っているシルヴァリエにフォローされたとなるとどう思うだろうか? たとえ表面は平静を装っても、その心中はさぞ穏やかでないに違いない。
「いい判断だな、モーラン」
「ありがとうございます」
「団長はまだ自分の部屋にいるってことだな?」
「おそらくは。そうそう、カルナス団長は魔物討伐以来、どうも少し疲れが溜まっているようで。最近は訓練中にもよくぼんやりしているようでしたので、おそらくは寝坊で間違いないかと。責任感が強すぎる上になんといってもお若い方ですし、騎士団長の職が重すぎるのかもしれず、しばらく休ませてあげたほうが……」
「ふふふ、わかった、それも考えておくよ。お前はよく気の回るやつだね、モーラン」
「ありがとうございます」
「それでは僕が行こう。お前は先に訓練場に戻っておくといい。あとは僕に任せて」
シルヴァリエはモーランを帰すと、騎士団員の普段用の簡易鎧を手早く身につけ、宿舎内の別階にあるカルナスの部屋へ向かった。
自分の部屋の扉をノックされた寝ぼけ顔のカルナスがどういう表情をするかを想像しながら歩くシルヴァリエの足取りは軽かった。ようやく射止めた美女との逢瀬の約束にむかう時のような気分だった。アンドリアーノ公爵家と異なり、上り下りできるという以外にはさしたる特徴もない階段も、装飾の足りない壁も、一色だけで構成された床の絨毯も、美男美女の絵画も彫刻の置かれていない味気ない廊下も、季節ごとに変化のない室内の装飾も、すべてにうんざりしていたが、その時ばかりは気にならなかった。
しかし、カルナスの部屋の前まで行って、
コンコン。
と、ドアをノックするが、返事がない。
「カルナス団長?」
呼びかける。が、やはり返事がない。
何度やっても返事はなく、これはいよいよ深々と寝くたれているのに違いない、とシルヴァリエは扉を開け、中を伺った。
部屋のなかには、床に脱ぎ散らかした鎧や衣服が散乱している。
こういうところは口うるさそうなのに、と意外な思いを抱きつつカルナスがベッドを探すと、その横で人がうずくまっている。
入り口のほうに背を向け――しかも裸だ。
頭だけをベッドに預けているようでその背中は艶かしい曲線を描いている。シルヴァリエの心臓は一瞬早鐘を打った。
あの堅物が女でも連れ込んだのか、いや、それとも騎士団だの軍隊だのにはよくある小姓というやつか、と、これまた意外な気持ちで目を凝らすと――どうもうずくまっているのはカルナス本人のように見える。
例えば、酔っ払ってベッドに辿り着かず、服を脱ぐまでしたはいいが裸で寝こけてしまった――その可能性もなくはない。しかし、シルヴァリエがモーランから聞いた限りでは、カルナスは酒もやらなければ大した夜更かしもせず、毎晩決まった時間に食事をとり、決まった時間にベッドに入るのだという。
――まさか、死んでいるのでは。
最近カルナスは様子がおかしかった、というモーランの話を思い出し、シルヴァリエは胸騒ぎに襲われた。
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