一睡の夢あるいは大正浪漫パンクなオメガバースでΩ化させられたαの話

狩野

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冬山

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 岡田の死体がある部屋は、機嫌が悪い宗太郎がそこにいるから、という理由につけて、当分近寄らぬよう家人に厳命した。

 その晩、篤が来客の相手をしている間に、宗太郎が岡田の死体をいったん外に運び出し、庭に積もった雪の下に隠した。さらに翌日、葬儀が終わり親族が帰宅した後で、宗太郎と篤で協力して岡田の死体を雪から掘り出し、家の車の一台に積み込んだ。
 その合間に血がついたソファカバーと毛足の長いラグとを引き剥がし、宗太郎が癇癪を起こしてやったというようにその部屋のなかをとことん荒らすと、ソファカバーとラグ、それにいくつかの調度品を車に積み込んだ。ソファカバーとラグがなくなっていることについて、宗太郎が金目のものを持ち出してよそで売ってしまった、といえば、今さら疑う者はいない。そうして隠すべきものをすべて積み込むと、篤の運転で隣の県の山へと向かった。

 合間にぽつぽつと篤が語ったところによれば、その後αのΩ化するという研究は順調に進んだが、こともあろうに岡田はΩ化した検体に片端から手を出し、研究という枠を超えた肉体関係を強要したばかりか、無理やりつがいにしようとすらしたのだという。
 検体は、宗太郎のように親族が無理やり連れて来たものもあれば、本人が希望してやってきた場合もあるが、どのみち岡田のつがいとしてよい相手ではない。さらに、そのような状況では、本来やるべき研究の推進にも支障が出ていた。相次ぐ検体関係者からの被害報告と出資者からの苦情、さらにそれらを裏付ける内部告発により岡田は一週間ほど前にあの研究所を追われていた。実のところ最近では大河内からの研究所の出資割合はそれほどでもなく、篤も他の大口出資者の口からそれを聞いただけで岡田の追放劇に関与していたわけではないのだが、そのあたりの事情をあまり知らず逆恨みした岡田が復讐を企み、龍之介の葬儀の混乱に乗じて大河内の屋敷内に潜り込んだところで、たまたまひとりでやすんでいた宗太郎を見つけたのであろう、ということだった。

「幸いに、あの研究を始める時点で、彼には一度海外で行方不明ということになってもらっています。残された肉親が今さら捜索願を出すこともないでしょう」

 ハンドルを握りながら無表情でそう語る篤に、宗太郎は黙って頷いた。

 篤が車を止めたところで岡田の死体を下ろし、ふたりで穴を掘りそこに埋めた。山の上はいてつくほどの寒さだったが、宗太郎と篤の額にはうっすらと汗が滲んでいる。あとはソファカバーとラグ、それに調度品を、少し離れたところで燃やしてから埋めましょう、と篤が言った。

「慣れてるな」

 宗太郎は思わずそう漏らした。

「前にも誰か殺したことがあるのか?」

 宗太郎は冗談のつもりだったが、篤は表情をこわばらせ、ひどく恐ろしい目で宗太郎を見た。宗太郎は、冗談だ、と誤魔化そうとしたが、篤のその目がそうさせることを許さなかった。
 ふたりしかいない夜の山。風がひゅうひゅうと吹いている。しばらく経ってから、囁くような声で、しかしはっきりと、篤が言った。

「妹が、この山に眠っています」
「妹……? 篤、お前に妹がいたとは初耳だが」
「騙されて龍之介様のつがいにされ、自死しました。また14になったばかりの頃のことです」

 篤とその母が屋敷にやってきた頃の宗太郎は、悪い仲間と外を遊び歩き、たまに屋敷に戻れば自室にこもりきりだった。その上新しくやってきた篤たち親子のことは意図的に避けていたが、しかし義理の母となった女Ωと、その連れ子である篤のこと以外聞いたことがない。妹などいれば、さすがに耳に入るはずなのだが。

 それに、14とは。さすがの宗太郎も手を出すのを控える年齢である。そんな子供に、龍之介のような立場のものが手を出したとなれば、残念なのは後継者のみと言われていた龍之介の評判は地に落ちるであろう。

「僕ら家族は、あの屋敷に住むようになるずっと前から、龍之介様に養われていたのです。宗太郎さん、あなたがずっと住んでいた、あの家にいたのですよ」
「え……」
「母は、僕と妹より前に父親違いの男αを6人産んでいます。あの男はそこに目をつけ、僕たちの父を殺して、つがいを失くした母を改めて自分のつがいにしました」
「こ、ころ……し……?」
「僕らの父は龍之介様が経営する工場で働いていました。危険な作業を補助もなしにやらせ、表向きは事故ということにしてあるがほとんど殺されたようなものだと、かつての父の仕事仲間から証言を得ています。そうしてあの男――龍之介様は母を手に入れ、僕ら家族をあの家に住まわせました。宗太郎さん、おそらくあなたがまだα化するよりずっと前のことです。僕らはその頃にも何度か顔を合わせているのですよ」

 宗太郎は必死に記憶を辿ったが、病床の母の横にいる自分と、新しく連れて来たΩを寝室に招き入れる龍之介の浮かれた声とが浮かんでくるばかりで、篤の言うところの話は思い出せなかった。
 そんな宗太郎の頭を察したらしい篤は、薄く笑って続けた。

「いいのです。あの頃の龍之介様は本当にΩを取っ替え引っ替えという状況でしたからね。表沙汰にならず、当主の責任という美辞麗句に隠されていただけで、やっていることは宗太郎さんと同じか、もっとひどいくらいでした。そのなかでも母は比較的愛されて……というより期待されていたのか丁重に扱われていたようですが、何年経っても自分の子を懐妊しない母に見切りをつけた龍之介様が、次に目をつけたのが、男α腹の母の血筋であり、母よりずっと若い、妹というわけです」

 篤が、持っていたシャベルの先で、地面を、ガン! と叩いた。その目には、消えることのない怒りが宿っていた。

「龍之介様の意図を察した母はもちろん抗議しました。妹も当然いやがりました。そこで龍之介様が言ったのです。自分ではなく、息子の宗太郎のつがいにしたいのだ、と」
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