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葬式
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龍之介の葬式の日には、その冬はじめの雪が降った。
本宅の廊下で倒れ、病院に運び込まれてから小一時間も経たずに、龍之介は逝ったらしい。龍之介の葬儀は大河内の当主にふさわしく、盛大に、厳かに執り行われ、その一切は篤が取り仕切る。
宗太郎も立派な和装の喪服を着せられ、お飾りの喪主として座せられた。首筋に残るうっすらとした噛み跡を見られないようにと首もとは防寒に見せた襟巻きがさりげなく巻かれている。生前の父には世話になったという年配のαたちが入れ替わり立ち替わり弔辞を述べていったが、宗太郎はほとんど聞いていない。なかには、遊郭に宗太郎がいると聞いて自分を買いに来たものまでが、神妙な顔つきで線香を立てていた。
「あの遊郭には、宗太郎さんに背格好のよく似た別人をやりました。あなたがあそこで客を取っていたことは、疑われてもしらばっくれればそれで通ります。この世界は、そういうものですよ」
篤からはそう聞いている。実際、遊郭では、勃たなくなった己の肉茎を宗太郎の頰に押し付け、色狂いの不出来な後継者め、わしのマラのカスでも舐めておれ、と強要してきたヒヒじじいが、生前の龍之介の業績を語り今後の大河内の発展を祈念するなどという話を目の端に涙など浮かべながらするものだから、真面目に話を聞いていては気が狂ってしまうかもしれなかった。
喪主の席にはいるものの、大河内の実権がすでに篤の手にあることは周知の事実のようで、宗太郎に通り一遍の挨拶をした後は、みな篤の周囲に群がっている。宗太郎は近くにいた家人に気分が悪いので奥で休むと告げ、屋敷の奥の、弔問客には案内していない部屋へ入ると、そこにあったソファに体をあずけた。
宗太郎が家に寄り付かなくなってから、もう何年も経っている。その間にだいぶ家人も入れ替わっているようだ。宗太郎のことを話でしか知らない者も多いし、篤が大河内の次の当主であることは、誰の目にも明らかであるようだった。篤は大河内の血を引く子供を持つことにこだわっているようだが、もしかしたら自分がそっと姿を隠せば、それでことは収まるのではないかという気がしてきた。大河内の血がどうしても必要というのなら、分家から生まれついてのΩでも娶れば良い。へたに当代の龍之介の血を引いたものがいたから面倒なことになるのだ……それはとてもよい案のような気がして、宗太郎は少し浮かれた気持ちで、疲れから来る睡魔に身を任せた。
――誰かが自分に覆いかぶさっていた。
客か。それとも篤か。ああ、もうやめろ。今は客を取る時間ではないし、発情期は終わったばかりだ。そうだ、篤、俺は先ほど少しばかりいいことを考えたのだが聞いてくれるか…………
宗太郎が目を開くと、そこにいたのは岡田だった。
「岡田?! な、なにをしている、どけ、どけ!!」
下半身の袴が剥ぎ取られ、岡田のものが挿入されている。岡田の吐く息は、ひどく酒臭かった。
「宗太郎、お前ときたらあれだけ放蕩と悪逆の限りを尽くしておいて、Ωに生まれ変われば貞淑な妻気取りか」
「気取っているとはなんだ! Ωになど、なりたくてなったわけではない……!」
「聞いてるぞ。遊郭で客を取っていたそうじゃないか。ずいぶんと淫らな姿でな。どおりで、Ω化が早く進んだと思ったのだ。あの若造め、俺には隠していた」
「どけ、抜け、はなせ……どけ!!」
「あげく、俺をクビにするだと? 誰のおかげで研究がここまで進んだと思っている……!」
「い、痛、うぁ、岡田、やめろ、やめろと言っている……!」
「お、おぉ、出る、出るぞ宗太郎」
「やめろ! 岡田、やめろ、やめろ、やめろ……!!」
抵抗虚しく、宗太郎のΩ膣には岡田の精液がどぷどぷと放たれた。ショックで呆然とする宗太郎の頸動脈のあたりに、岡田が歯を立てた。襟巻きはとうに床に落ちている。そのことに気づいた宗太郎は、慌てて首の後ろを両手で隠した。
「ん、なんだ、あの若造、まだお前をつがいにしていないのか?」
宗太郎は激しく首を横に振るが、しかし岡田に腕をつかまれ、無理やり首から引き剥がされて、まだ薄い跡しかない首の後ろを覗かれた。
「ははは! 大河内の当主とはいっても、義理の兄の偽の膣しか知らぬネンネというわけか。かわいいものよ。Ωをつがいにするというのはな、こうやるのだ」
「?! あ、あ、ああ、あああああああああぁぁぁぁぁぁっ?!」
首の後ろに、鋭く、しかし甘い痛みが走る。
宗太郎は眠っていたので記憶にないが、それは破瓜の痛みによく似ていた。
「あぁ……う……ぅ……ぅぅぅ……」
「ははははは! あの悪たれαの宗太郎が、俺のつがいになるとはな! この世の中、なにがどうなるかわからんものだ! ははは!」
宗太郎の首の後ろについた己の歯型を満足そうに眺めながら、岡田は再び宗太郎のそこに侵入してきた。
「そういえば、あの若造が大河内の当主だというのも、お前との間に子を為すという約定があってのことのはず。ならば、お前の本当のつがいになった俺こそが、大河内の新たな当主の資格を持つということではないか。ははは! いいぞ。運が向いて来た。あの若造はさっさと追い出して、俺が……」
岡田の言葉は、一発の銃声に遮られ、中断した。己を犯していた男が己に向かってそのまま倒れこみ、後頭部から吹き出る血で作った血だまりにずるずるとすべり落ちていくのを、宗太郎は悲鳴にならない声とともに見ていた。
倒れた岡田の向こうには、まだ銃口から煙を出す拳銃を片手に構えたままの、喪服姿の篤がいた。
「宗太郎さん」
「あ、篤………」
銃声を聞きつけたらしい家人が、篤さま、なにかありましたか、といいながら、こちらに向かってくる。なんでもない、しばらくひとりにしてくれ、と篤は怒鳴るように言って、部屋の扉を閉める。家人の足音が遠ざかるのを確認し、篤は岡田の死体を跨ぎ宗太郎のもとへ駆け寄った。
「怪我はありませんか、宗太郎さん」
宗太郎は口を開いたまま、首をふるふると横に振る。何か言おうとしたが、息を吐く事すらもままならない。
「宗太郎さん、首から、血が……あぁ、やはり……」
「お、岡田が……無理やり……」
「わかっています、わかっています。彼の姿を見かけた気がして、念のため追って来たのですが、まさかここに宗太郎さんがいらしたとは……」
「首……つがいに……」
「つがいのαが死ねばしばらくすればつがいの証は消えます。大丈夫、心配しないで」
「死……篤……やっぱり、こいつ、死んで……」
「宗太郎さんは何も悪くありません。いやがる宗太郎さんを襲ったのですから、当然の報いです」
そう言って篤が宗太郎を抱きしめたので、宗太郎もまた篤の背に手を回した。
篤もまた小さく震えていたのが、それでようやくわかった。
本宅の廊下で倒れ、病院に運び込まれてから小一時間も経たずに、龍之介は逝ったらしい。龍之介の葬儀は大河内の当主にふさわしく、盛大に、厳かに執り行われ、その一切は篤が取り仕切る。
宗太郎も立派な和装の喪服を着せられ、お飾りの喪主として座せられた。首筋に残るうっすらとした噛み跡を見られないようにと首もとは防寒に見せた襟巻きがさりげなく巻かれている。生前の父には世話になったという年配のαたちが入れ替わり立ち替わり弔辞を述べていったが、宗太郎はほとんど聞いていない。なかには、遊郭に宗太郎がいると聞いて自分を買いに来たものまでが、神妙な顔つきで線香を立てていた。
「あの遊郭には、宗太郎さんに背格好のよく似た別人をやりました。あなたがあそこで客を取っていたことは、疑われてもしらばっくれればそれで通ります。この世界は、そういうものですよ」
篤からはそう聞いている。実際、遊郭では、勃たなくなった己の肉茎を宗太郎の頰に押し付け、色狂いの不出来な後継者め、わしのマラのカスでも舐めておれ、と強要してきたヒヒじじいが、生前の龍之介の業績を語り今後の大河内の発展を祈念するなどという話を目の端に涙など浮かべながらするものだから、真面目に話を聞いていては気が狂ってしまうかもしれなかった。
喪主の席にはいるものの、大河内の実権がすでに篤の手にあることは周知の事実のようで、宗太郎に通り一遍の挨拶をした後は、みな篤の周囲に群がっている。宗太郎は近くにいた家人に気分が悪いので奥で休むと告げ、屋敷の奥の、弔問客には案内していない部屋へ入ると、そこにあったソファに体をあずけた。
宗太郎が家に寄り付かなくなってから、もう何年も経っている。その間にだいぶ家人も入れ替わっているようだ。宗太郎のことを話でしか知らない者も多いし、篤が大河内の次の当主であることは、誰の目にも明らかであるようだった。篤は大河内の血を引く子供を持つことにこだわっているようだが、もしかしたら自分がそっと姿を隠せば、それでことは収まるのではないかという気がしてきた。大河内の血がどうしても必要というのなら、分家から生まれついてのΩでも娶れば良い。へたに当代の龍之介の血を引いたものがいたから面倒なことになるのだ……それはとてもよい案のような気がして、宗太郎は少し浮かれた気持ちで、疲れから来る睡魔に身を任せた。
――誰かが自分に覆いかぶさっていた。
客か。それとも篤か。ああ、もうやめろ。今は客を取る時間ではないし、発情期は終わったばかりだ。そうだ、篤、俺は先ほど少しばかりいいことを考えたのだが聞いてくれるか…………
宗太郎が目を開くと、そこにいたのは岡田だった。
「岡田?! な、なにをしている、どけ、どけ!!」
下半身の袴が剥ぎ取られ、岡田のものが挿入されている。岡田の吐く息は、ひどく酒臭かった。
「宗太郎、お前ときたらあれだけ放蕩と悪逆の限りを尽くしておいて、Ωに生まれ変われば貞淑な妻気取りか」
「気取っているとはなんだ! Ωになど、なりたくてなったわけではない……!」
「聞いてるぞ。遊郭で客を取っていたそうじゃないか。ずいぶんと淫らな姿でな。どおりで、Ω化が早く進んだと思ったのだ。あの若造め、俺には隠していた」
「どけ、抜け、はなせ……どけ!!」
「あげく、俺をクビにするだと? 誰のおかげで研究がここまで進んだと思っている……!」
「い、痛、うぁ、岡田、やめろ、やめろと言っている……!」
「お、おぉ、出る、出るぞ宗太郎」
「やめろ! 岡田、やめろ、やめろ、やめろ……!!」
抵抗虚しく、宗太郎のΩ膣には岡田の精液がどぷどぷと放たれた。ショックで呆然とする宗太郎の頸動脈のあたりに、岡田が歯を立てた。襟巻きはとうに床に落ちている。そのことに気づいた宗太郎は、慌てて首の後ろを両手で隠した。
「ん、なんだ、あの若造、まだお前をつがいにしていないのか?」
宗太郎は激しく首を横に振るが、しかし岡田に腕をつかまれ、無理やり首から引き剥がされて、まだ薄い跡しかない首の後ろを覗かれた。
「ははは! 大河内の当主とはいっても、義理の兄の偽の膣しか知らぬネンネというわけか。かわいいものよ。Ωをつがいにするというのはな、こうやるのだ」
「?! あ、あ、ああ、あああああああああぁぁぁぁぁぁっ?!」
首の後ろに、鋭く、しかし甘い痛みが走る。
宗太郎は眠っていたので記憶にないが、それは破瓜の痛みによく似ていた。
「あぁ……う……ぅ……ぅぅぅ……」
「ははははは! あの悪たれαの宗太郎が、俺のつがいになるとはな! この世の中、なにがどうなるかわからんものだ! ははは!」
宗太郎の首の後ろについた己の歯型を満足そうに眺めながら、岡田は再び宗太郎のそこに侵入してきた。
「そういえば、あの若造が大河内の当主だというのも、お前との間に子を為すという約定があってのことのはず。ならば、お前の本当のつがいになった俺こそが、大河内の新たな当主の資格を持つということではないか。ははは! いいぞ。運が向いて来た。あの若造はさっさと追い出して、俺が……」
岡田の言葉は、一発の銃声に遮られ、中断した。己を犯していた男が己に向かってそのまま倒れこみ、後頭部から吹き出る血で作った血だまりにずるずるとすべり落ちていくのを、宗太郎は悲鳴にならない声とともに見ていた。
倒れた岡田の向こうには、まだ銃口から煙を出す拳銃を片手に構えたままの、喪服姿の篤がいた。
「宗太郎さん」
「あ、篤………」
銃声を聞きつけたらしい家人が、篤さま、なにかありましたか、といいながら、こちらに向かってくる。なんでもない、しばらくひとりにしてくれ、と篤は怒鳴るように言って、部屋の扉を閉める。家人の足音が遠ざかるのを確認し、篤は岡田の死体を跨ぎ宗太郎のもとへ駆け寄った。
「怪我はありませんか、宗太郎さん」
宗太郎は口を開いたまま、首をふるふると横に振る。何か言おうとしたが、息を吐く事すらもままならない。
「宗太郎さん、首から、血が……あぁ、やはり……」
「お、岡田が……無理やり……」
「わかっています、わかっています。彼の姿を見かけた気がして、念のため追って来たのですが、まさかここに宗太郎さんがいらしたとは……」
「首……つがいに……」
「つがいのαが死ねばしばらくすればつがいの証は消えます。大丈夫、心配しないで」
「死……篤……やっぱり、こいつ、死んで……」
「宗太郎さんは何も悪くありません。いやがる宗太郎さんを襲ったのですから、当然の報いです」
そう言って篤が宗太郎を抱きしめたので、宗太郎もまた篤の背に手を回した。
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