映画館で後輩に痴漢された話

狩野

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「そうですよ。なんだ、気づいてなかったんですか?」
「なんで……」
「会社の後輩に見られて慌てているのかと思ったのに。そういうほうが好きなんですか? 嫌がるところを無理やりに、っていう」
「アッ?! アッ、アッ、あ、あアッ、あ……」

 斎藤が二本の指で再び俺のなかをかき混ぜ出した。オナホの動きも最強設定にされ、乳首のあたりを周囲の胸肉ごと捻りあげる。

「あ、やべて、やめ、ああ、あああああああああああああっ!」

 それまでの行為で散々に高ぶっていた俺は、それでアッサリと達した。声を抑える暇もなかった。

「やっぱりこういうのが好きなんですね」

 脱力した体を無理やり起こされると、斎藤の舌が口のなかに侵入してきた。行為はまだこれからが本番、と言わんばかりのキスだった。

「ホテルに移動しません? 一晩中いっぱいいじめてあげますよ。それとも、不特定多数にやられまくるほうが好みですか?」

 そう問いかける斎藤の目が、一瞬俺を離れ周囲を威嚇するように動いた。周囲を見回すと、何人かの男がこちらへ向かって歩いてくるところだった。そのなかにはロビーで見かけた男もいたし、入ったときには他の席に座っていた、友人連れだと思っていた男もいた。

 そこで俺はようやく気づいた。ここはそもそもみなそういう目的で集まるところだったのだ。ハッテン場とかいうやつ。誤解だ、自分は違う、そんなつもりじゃなかった、と言って、見逃してもらえるだろうか? 斎藤に後ろをいじられ大声をあげてイってしまったあとだというのに。不特定多数にやられまくるか、斎藤とホテルに行くか――俺が選べる選択肢など、ひとつしかなかった。

「ホテル……」

 俺が情けない声で答えると、斎藤は嬉しそうに

「いいですよ」

 と答えた。

 ハッテン場というやつにもマナーがあるようだ。半脱ぎ状態になっていた服を整え始めた俺と斎藤の雰囲気でなにかを察したのか、近づいてきていた男たちは、何気ない様子で少し離れた席に座ると、それ以上は近づいてこなかった。帰り際その近くを歩いたら尻を下から上に向かって撫でられたが、被害としては小さなものだろう。

 斎藤はなにかと俺に気を使い、劇場の階段を登るのにすら手をかしてくれようとしたが、俺はそれを無視して大股でその映画館を出た。

 そして俺は映画館から出て数歩歩いたところで――走って逃げた。


 その映画館がその筋ではそこそこ知られたハッテン場というやつで、しかもオナホを膝に乗せて座っているのは「(自分を)オナホ扱い希望」ということを意味する符丁だということを知ったのは、随分後になってからのことだった。



 翌日会社で顔を合わせた斎藤は相変わらずの爽やかなイケメンぶりで、その晩のことについて言及したり匂わせたりしてくるようなことはまったくなかった。

 ただ、俺が居酒屋を出たあとまもなく斎藤も帰宅したと、女子社員たちから文句を言われ、あの映画館で遭った痴漢がただの夢、あるいは斎藤によく似た別人だった、と思いこもうとしていた俺を、鉛を飲んだような気持ちにさせた。
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