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映画館
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駅に向かっているつもりだったが、歩きなれない土地だったからだろう、いつの間にか道の左右にキャバクラや風俗が並ぶ少しばかりいかがわしいエリアに迷い込んでいた。
店を出る時までは気づかなかったのだが、その時の俺はけっこう酔っていた。
別になにがあったというわけではないが密かに憎からず思っていた白川と、斎藤のことがなかなかショックで。それでいて白川の白い太ももやら、戻って来たときの乱れた髪やらが、目の奥に焼き付いて離れなくて。
こんな気持ちのまま、暗くて冷え切ったひとり暮らしの部屋に帰るのはいやだった。
風俗に飛び込むことも考えたのだが、たまたま嬢あたりが悪くて「どうせ金づる」とでも書いているような顔で接客されたら当分立ち直れない。大胆と臆病の狭間で揺れ動きながら歩き続ける俺の目に、歓楽街から少しはずれたところにある映画館の看板が飛び込んで来た。
足を向ける。上映作品はあまり聞いたことのないタイトルだった。入り口の雰囲気からして、座席数も少なそうな、いわゆるミニシアター系の映画館というやつだろう。酔っ払っていたのであまりちゃんと字が読めていなかったが、タイトルがカタカナだったのはたしかで、ならば外国の映画なのだろうと思った。カウボーイ男たちが銃らしきものを構えなにやら難しい顔をしていたので、ハードボイルド系のアクションものに違いない。
これを観ていこう、と思ったのは自然な流れだった。そうだ、好きだの嫌いだの愛の恋だの、そんなものは男にはいらねえ。男は黙ってハードボイルド。そんな気分で映画館に足を踏み入れると、チケット売り場のようなものはなく小さなカウンターが置かれた受付らしきところで係員の男から三千円の支払いを要求されただけだった。高い、と思ったが、チケットがないということは座席指定や客入れ替えのない、いわゆる見放題の映画館というやつなのかもしれない。ひとつしかない様子のスクリーンルームの入り口に上映中の札がかかっているのに、ロビーに置かれたベンチに腰掛けたり壁に寄りかかったりしている手持ち無沙汰の様子なやつらはなにをしているのだろうか。そう思いつつも受付の奥にあった自販機で見慣れない銘柄のやたらと高額な缶ビールを1本買い、シアターに続くドアを開けると、スクリーンいっぱいの髭面のカウボーイが目に飛び込んで来た。
中は思っていたよりも天井が高かった。客は少なく閑散としている。友人同士で来ているらしいグループが三つ四つ、劇場のあちこちに散らばって座っていた。軽く見渡した限りでは、全員が男のようだ。そうだ、こういう男くさい映画を見るのに女なんかいらねえ。女にはわからない世界ってやつだ。しかし、ロビーにいたやつらがやはり不可解だった。別に座る場所がなくてうろついていたというわけではないようだ。次の上映作でも待っていたのだろうか。
客はみな壁際の席に座っていて、座席の中央あたりはドーナツの穴のようにぽっかりと空いていた。俺はそのなかでもちょうど真ん中あたりの椅子に、普段はやらないような大股開きでどっかと腰掛けた。男らしく。スクリーンでは無精髭を生やした外人の俳優がなにやら難しい顔で外国語を喋っている。字幕はいちおうあるが、途中から観ているので何の話をしているのか全然わからない。画面が少し色あせて見えるのは、古い映画なのか、そういう効果なのか、それともこの映画館の設備がイマイチなのか。買った時から薄々気づいていたのだがビールは全然冷えていないかった。入れた直後だったのかもしれない。生ぬるいビールを酒に焼けた喉に流し込むのは想像するだに憂鬱で、しかもこの劇場の椅子には飲みかけの缶を置いておける場所がない。大抵は手すりの一部が特殊な形状をしてそこがドリンクホルダーになっているものだが、この劇場の椅子にはそもそも手すりがなかった。俺は足元にかばんを、ビールを膝の上に置き、背もたれに体を預けた。なんだか盛り上がる音楽がかかっている。
どうやらその直後に、俺は寝落ちしてしまったようだ。
店を出る時までは気づかなかったのだが、その時の俺はけっこう酔っていた。
別になにがあったというわけではないが密かに憎からず思っていた白川と、斎藤のことがなかなかショックで。それでいて白川の白い太ももやら、戻って来たときの乱れた髪やらが、目の奥に焼き付いて離れなくて。
こんな気持ちのまま、暗くて冷え切ったひとり暮らしの部屋に帰るのはいやだった。
風俗に飛び込むことも考えたのだが、たまたま嬢あたりが悪くて「どうせ金づる」とでも書いているような顔で接客されたら当分立ち直れない。大胆と臆病の狭間で揺れ動きながら歩き続ける俺の目に、歓楽街から少しはずれたところにある映画館の看板が飛び込んで来た。
足を向ける。上映作品はあまり聞いたことのないタイトルだった。入り口の雰囲気からして、座席数も少なそうな、いわゆるミニシアター系の映画館というやつだろう。酔っ払っていたのであまりちゃんと字が読めていなかったが、タイトルがカタカナだったのはたしかで、ならば外国の映画なのだろうと思った。カウボーイ男たちが銃らしきものを構えなにやら難しい顔をしていたので、ハードボイルド系のアクションものに違いない。
これを観ていこう、と思ったのは自然な流れだった。そうだ、好きだの嫌いだの愛の恋だの、そんなものは男にはいらねえ。男は黙ってハードボイルド。そんな気分で映画館に足を踏み入れると、チケット売り場のようなものはなく小さなカウンターが置かれた受付らしきところで係員の男から三千円の支払いを要求されただけだった。高い、と思ったが、チケットがないということは座席指定や客入れ替えのない、いわゆる見放題の映画館というやつなのかもしれない。ひとつしかない様子のスクリーンルームの入り口に上映中の札がかかっているのに、ロビーに置かれたベンチに腰掛けたり壁に寄りかかったりしている手持ち無沙汰の様子なやつらはなにをしているのだろうか。そう思いつつも受付の奥にあった自販機で見慣れない銘柄のやたらと高額な缶ビールを1本買い、シアターに続くドアを開けると、スクリーンいっぱいの髭面のカウボーイが目に飛び込んで来た。
中は思っていたよりも天井が高かった。客は少なく閑散としている。友人同士で来ているらしいグループが三つ四つ、劇場のあちこちに散らばって座っていた。軽く見渡した限りでは、全員が男のようだ。そうだ、こういう男くさい映画を見るのに女なんかいらねえ。女にはわからない世界ってやつだ。しかし、ロビーにいたやつらがやはり不可解だった。別に座る場所がなくてうろついていたというわけではないようだ。次の上映作でも待っていたのだろうか。
客はみな壁際の席に座っていて、座席の中央あたりはドーナツの穴のようにぽっかりと空いていた。俺はそのなかでもちょうど真ん中あたりの椅子に、普段はやらないような大股開きでどっかと腰掛けた。男らしく。スクリーンでは無精髭を生やした外人の俳優がなにやら難しい顔で外国語を喋っている。字幕はいちおうあるが、途中から観ているので何の話をしているのか全然わからない。画面が少し色あせて見えるのは、古い映画なのか、そういう効果なのか、それともこの映画館の設備がイマイチなのか。買った時から薄々気づいていたのだがビールは全然冷えていないかった。入れた直後だったのかもしれない。生ぬるいビールを酒に焼けた喉に流し込むのは想像するだに憂鬱で、しかもこの劇場の椅子には飲みかけの缶を置いておける場所がない。大抵は手すりの一部が特殊な形状をしてそこがドリンクホルダーになっているものだが、この劇場の椅子にはそもそも手すりがなかった。俺は足元にかばんを、ビールを膝の上に置き、背もたれに体を預けた。なんだか盛り上がる音楽がかかっている。
どうやらその直後に、俺は寝落ちしてしまったようだ。
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