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最悪の飲み会
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初夏のことだった。
その日の飲み会は最悪だった。
後輩の斉藤がイケメンなのは今に始まったことではないしそんな斉藤に女子社員どもが年齢の上下を問わずこぞって秋波を送りまくるのはもはや日常の風景だったが、問題は、女子軍団の質問攻めに遭った斉藤が、あることをポロリと漏らしたことだ。
――社内に気になる人がいる
少し言い回しは違ったかもしれないが、言っていることはつまりはそういうことだった。そして、それを耳にした女子軍団は直後から野獣の群れと化した。斎藤の肩やら胸やら太ももやらにさりげなさを装って伸ばされた手つきはボディタッチなどという可愛らしいものではなく痴女とはかくやというものだったし(別に羨ましくはない)、ちょっと酔っちゃっただの酔うとぼーっとしちゃうだのキス魔になっちゃうだの彼氏と別れて三ヶ月でそろそろ次の恋を探したいだの彼氏が浮気してて別れようかと思ってる私一途なタイプなのだの私も気になる人がいるから相談にのってほしいだの、およそ女のモテテクというやつはそこで一通りお目にかかれたのじゃないだろうか?(なお、自分に向けられたものではないことが別に妬ましいわけではない)
そんなわけで特に羨ましくも嫉ましくもない目に遭っていた斎藤だったが、そんな野獣の群れのなかでただひとり人間であることを保っていた可憐で素朴で清純な女子社員、我が社のエーデルワイスこと入社二年目の白川えりなと、その斎藤が、トイレの前で抱き合っているのを発見してしまうに及び俺の我慢は限界に達した。白川にしては珍しいミニスカートは少しめくれて、ぎりぎりまであらわになった白い太ももが、スーツの上からでも形の良さがみてとれる筋肉質な斎藤の足に押し付けられていた。堪忍袋の尾は切れて、犬も歩けば棒に当たり、覆水は盆に返らない。なんだっけこの話。そうそうそんなわけで俺はひとりでさっさと先に帰ることにした――と思ったが、宴会場に戻ってみれば、ひとりもなにも野郎どもは俺を残しとっくの昔にいなくなっていたのだった。
どうして俺がひとり取り残されていたのかと言えば、その飲み会の幹事だからだろう。財布だけはおいていくからあとは好きにやってくれ、というわけだ。薄情なやつらだと一概に責める気には、しかしなれなかった。あいつらの気持ちもよくわかる。そもそもこの飲み会自体が、斎藤を狙う女子社員たちによって乗せられ、企画させられたものだとは薄々気づいていた。斎藤と同じ部署で先輩後輩の関係にあり、出世にも縁がなく今後もさえない人生を送りそうな俺は、斎藤用の釣り餌にピッタリだったというわけだ。俺は最後の力を振り絞り、白川とともにトイレから戻って来た斎藤に、徴収した会費と会社からもらっていた宴会補助費の入った封筒を押し付けた。
「領収書の宛名は社名でもらっておいてくれ」
「え、はい、わかりました。もう時間ですか?」
「いや、あと1時間は大丈夫」
「まさか先輩、帰るんですか」
「まあな」
「どうして」
斎藤の顔が曇った。イケメンは眉をひそめてもイケメンだ。俺がこんな顔をしようものなら女どもから怖いだのキモいだのイキってるだのひどい言われようだろうが、斎藤の不機嫌顔に対しては、背後で黄色い歓声があがる。どうしてもうこうも違うんだ。イケメンだからか。しかも仕事ができて性格もいいナイスガイだからか。納得しかない。くそが。
「どうしてって……あー……」
とはいえ理由など説明できるわけがない。お前ばかりがちやほやされて、俺らはお前を呼ぶためのただの口実。そんなのバカらしくてやってらんねえからだよ、という本当の理由を言ったとして、斎藤はそんなことで怒りだしたり嘲ったり見下してきたりするようなやつではない。しかしだ。怖いのは、斎藤くんに余計なこと言うんじゃないわよさっさと穏便な理由をつけて帰りなさい、という目をしている、周囲の女どもなのである。
「ちょっと用事を思い出して」
「用事ってなんですか」
「プライベート」
意外にもしつこく食い下がる斎藤にそれだけ言い残し、俺はそそくさと店を後にした。
その日の飲み会は最悪だった。
後輩の斉藤がイケメンなのは今に始まったことではないしそんな斉藤に女子社員どもが年齢の上下を問わずこぞって秋波を送りまくるのはもはや日常の風景だったが、問題は、女子軍団の質問攻めに遭った斉藤が、あることをポロリと漏らしたことだ。
――社内に気になる人がいる
少し言い回しは違ったかもしれないが、言っていることはつまりはそういうことだった。そして、それを耳にした女子軍団は直後から野獣の群れと化した。斎藤の肩やら胸やら太ももやらにさりげなさを装って伸ばされた手つきはボディタッチなどという可愛らしいものではなく痴女とはかくやというものだったし(別に羨ましくはない)、ちょっと酔っちゃっただの酔うとぼーっとしちゃうだのキス魔になっちゃうだの彼氏と別れて三ヶ月でそろそろ次の恋を探したいだの彼氏が浮気してて別れようかと思ってる私一途なタイプなのだの私も気になる人がいるから相談にのってほしいだの、およそ女のモテテクというやつはそこで一通りお目にかかれたのじゃないだろうか?(なお、自分に向けられたものではないことが別に妬ましいわけではない)
そんなわけで特に羨ましくも嫉ましくもない目に遭っていた斎藤だったが、そんな野獣の群れのなかでただひとり人間であることを保っていた可憐で素朴で清純な女子社員、我が社のエーデルワイスこと入社二年目の白川えりなと、その斎藤が、トイレの前で抱き合っているのを発見してしまうに及び俺の我慢は限界に達した。白川にしては珍しいミニスカートは少しめくれて、ぎりぎりまであらわになった白い太ももが、スーツの上からでも形の良さがみてとれる筋肉質な斎藤の足に押し付けられていた。堪忍袋の尾は切れて、犬も歩けば棒に当たり、覆水は盆に返らない。なんだっけこの話。そうそうそんなわけで俺はひとりでさっさと先に帰ることにした――と思ったが、宴会場に戻ってみれば、ひとりもなにも野郎どもは俺を残しとっくの昔にいなくなっていたのだった。
どうして俺がひとり取り残されていたのかと言えば、その飲み会の幹事だからだろう。財布だけはおいていくからあとは好きにやってくれ、というわけだ。薄情なやつらだと一概に責める気には、しかしなれなかった。あいつらの気持ちもよくわかる。そもそもこの飲み会自体が、斎藤を狙う女子社員たちによって乗せられ、企画させられたものだとは薄々気づいていた。斎藤と同じ部署で先輩後輩の関係にあり、出世にも縁がなく今後もさえない人生を送りそうな俺は、斎藤用の釣り餌にピッタリだったというわけだ。俺は最後の力を振り絞り、白川とともにトイレから戻って来た斎藤に、徴収した会費と会社からもらっていた宴会補助費の入った封筒を押し付けた。
「領収書の宛名は社名でもらっておいてくれ」
「え、はい、わかりました。もう時間ですか?」
「いや、あと1時間は大丈夫」
「まさか先輩、帰るんですか」
「まあな」
「どうして」
斎藤の顔が曇った。イケメンは眉をひそめてもイケメンだ。俺がこんな顔をしようものなら女どもから怖いだのキモいだのイキってるだのひどい言われようだろうが、斎藤の不機嫌顔に対しては、背後で黄色い歓声があがる。どうしてもうこうも違うんだ。イケメンだからか。しかも仕事ができて性格もいいナイスガイだからか。納得しかない。くそが。
「どうしてって……あー……」
とはいえ理由など説明できるわけがない。お前ばかりがちやほやされて、俺らはお前を呼ぶためのただの口実。そんなのバカらしくてやってらんねえからだよ、という本当の理由を言ったとして、斎藤はそんなことで怒りだしたり嘲ったり見下してきたりするようなやつではない。しかしだ。怖いのは、斎藤くんに余計なこと言うんじゃないわよさっさと穏便な理由をつけて帰りなさい、という目をしている、周囲の女どもなのである。
「ちょっと用事を思い出して」
「用事ってなんですか」
「プライベート」
意外にもしつこく食い下がる斎藤にそれだけ言い残し、俺はそそくさと店を後にした。
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