上 下
25 / 28

25.回復の証

しおりを挟む
 太陽が真上にさしかかる少し前。

「よかったぁ! アンリちゃん元気になったのねええ!」
「あ、おはようござぶッ」

 食材の買い出しに行った先で、同じく買い物に来ていたジャンの母にいきなり熱い抱擁を受けた。彼女の大きな身体に埋もれた俺は息ができない。

「心配してたのよ! まさかケンカしてるわけじゃあないだろうとは思ってたけど、これで安心したわあ!」
「け、ケンカ?」

 誰と? 誰が?
 そして、俺は見た目にはとっくに回復して元気でいたはずなのだが。

 疑問でいっぱいの顔でどうにか見上げると、ジャンの母は笑顔のままに声をひそめた。

「いいのよわかってるのよ。村に来てからずっとヴィルトさんとしてなかったでしょ。もうあたしたち心配で心配でねえ。実はまだ身体が悪いんじゃないかとか……でも良かった!」
「えっ」

 ジャンの母は満面の笑みだが、俺の顔面からは血の気が引いている。

「……し、してない、って……?」
「アンリちゃんの魔力、だいぶ落ち着いたじゃない? それなのにヴィルトさんと魔力を通したような気配がぜんぜんなくて」
「魔力を、通す……」

 つまり。

「そうよ、もちろん夜のことよ。せっかく愛し合う者同士でいるのにどうしてしないんだろうって、このままじゃアンリちゃんまた魔力バランス崩して寝込んじゃうんじゃないかってハラハラしてたのよ。そしたらついに今朝、司祭さんが、あのふたりもう大丈夫みたいだよ、って」

 よかったああああ、とたくましい腕にぎゅうぎゅうに抱きしめられる。
 確かに、今朝も庭先で、散歩中らしき司祭に会った。彼は挨拶をするとにこにこして通り過ぎていったが……。

 まさか、確認されていた……?

「ご、ご心配をおかけしまして……」

 誰にも悪気はないのだろう。狭い村の中、全員がお互いをよく知っている小さなコミュニティにおいては、これが普通なのかもしれない。

 ただ、プライバシーのかけらもない。こわい。

「あ、あの、その……交じったらみなさんわかるんですか……?」

 せめて、司祭だけだと言ってくれ。

「あたしらには司祭さんみたいに細かいとこまで読めやしないけど、魔力の雰囲気でわかることはわかるわよぉ!」

 俺の祈りはあっさり砕かれた。
 ジオール国民の基本魔力値の高さ、こわい。

 呆然とする俺に、ジャンの母の声を聞きつけた村人がちらほらと集まってくる。みんな口々に良かった良かったと大喜びだが、俺はもう羞恥で顔が真っ赤だ。

「えっアンリくんの魔力量すごくない?」
「すごくいい香りだね~! 美味しそう~」
「昨夜はヴィルトさんとどんなことしたの?」
「ねえ、本当に今まで喧嘩してたとかじゃないんだよね?」

 村人たちの質問攻めは、いつにも増して勢いがすごい。

 というかこれ、もしかして俺の風船割れてる……?

 小さな商店のテント前はにわかに人だかりができ、これはまずいのではと思い始めたが、いかんせん俺はジャンの母の腕にしっかりと捕らわれているのだった。

「まあ! そんなにじろじろ見られたらアンリちゃんが減っちゃうわぁ!」

 ジャンの母はおどけて、俺をみんなから隠すようにテント横の建物の壁に押し付けた。多少苦しいが、正直助かる。できればこのまま逃げてしまいたいが、俺は村人に周りをすっかり囲まれてしまっていた。

「いやァ、この魔力には惹かれちまうよォ。どうだいアンリくん、俺と一晩!」
「んまぁなんだい! 鏡見て出直してきな!」

 とんでもない軽口に、ジャンの母の眉が上がる。そうよそうよ、と、女性たちの声も続いた。

「アンリくんの魔力が汚れるじゃない! おっさんはあっち行ってなさいよ! ああ~でもいい匂い……」
「わかる……」

 女性陣の反応もなんだか怪しくなってきた。《箒星の旅人》の魔力、どんだけだよ。
 これは本気で逃げ出したほうが良さそうだ、と壁に背をつけてタイミングを測ろうとした、そのとき。

「ほう。白昼堂々、愉快な話をしているようだ」

 その場に、風が吹いた。

 硬いブーツの靴底を鳴らして、見惚れるような美青年がこちらに歩いてくる。

「ヴィル……」

 安堵の息とともに、その名前が口をついて出る。

 ジャンの母は振り返り、笑ったようだった。

「もおぉヴィルトさん。こんなに可愛い子はちゃんと閉じ込めておいたほうが良いわよぉ」

 ヴィルヘルムは人だかりを割ってつかつかと歩く。そうしてすごい音を立てて、俺の顔の横、背後の壁に手をついた。村人が静まり返る。
 そのしなやかな長身を屈め、俺に微笑む美形の騎士。

「昨夜のアレでは足りなかったか。私の伴侶は欲深く、とても愛らしい」

 きゃーッ! と、どこかで黄色い声が上がったが、俺はそちらを見ることが出来ない。
 眼前のヴィルヘルムの目が、笑っていないのだ。

 震え上がる俺に、騎士はその温度の感じられない瞳をゆっくりと細めた。

「親しい者を作るのは反対しないが、身体を繋げるとなると話は別だな、アンリ」
「し、しないしない!」

 なんで俺が詰められてるんだ……!?

 小さく震える護衛対象に、騎士は含めるように一言一言、強く発音する。

「この国では、婚外の性交渉には、伴侶の許可が要る。そして私は、許可を、出さない」

 なにこれ。なにこれ。こわいんですけど。

 俺はとにかく首を縦に振り続けた。

「へぇえ。ヴィルトさん狭量だなァ」
「ああ。悪いな」

 背後からの声に、ヴィルヘルムは振り返りもしない。

「まあ、駆け落ちしてそう時間も経ってねェか……申し訳ねェ!」

 あと半年くらいしたらまた声をかけるわ、と続いた言葉に俺は絶句した。からかわれたわけではなく、まさか本気なのか。

 そのあたりが緩いのは塔の魔法使いだけだと思っていたので衝撃だ。これもジオール国民の魔力の高さと、あくまで魔力を高めるとかいう手段である認識のせいだろうか。

 ……いや、倫理的に俺は受け入れにくいんだけど。

 とはいえこちらも大賢者に食われている身なので、何も言えることはなく。
 ヴィルヘルムは怯える俺をひょいと抱えると、騒がせてすまないな、と村人たちに侘び、モーセのように人波を割って帰宅した。



「すまない。君の魔力に処置を施していなかった」

 椅子に降ろされた俺は、ヴィルヘルムに手首を取られた。肌に覚えのある感触に、あ、と声が出る。
 碧の石がついた革紐。

「これで応急処置としよう。……悪かったな、怖かったか」

 大きな手のひらに髪をかき混ぜられて、俺は情けなくも涙目になりかけた。

「ヴィルが本当に怒ってるのかと思った……良かった」

 大きく息をついて、肩を落とす。

「まさか。君は何も悪くないだろう」

 俺の頭をぽんぽんと叩く護衛騎士は、先程までの空気がまるで嘘のように、いつものヴィルヘルムだった。
 穏やかで、優しく、俺に微笑みかけてくれる、いつも通りの俺の騎士。
 その笑みで心が暖かくなって、つられて笑った。

 しかし。

「昨夜のアレで俺の魔力が漏れてるのか……あんなふうになるんだな、怖かった」

 正直、ヴィルヘルムのほうが怖かったのだが。彼はあの場から速やかに退散するためにあんな芝居を打ってくれたのだ。とにかく感謝しておこう。

「……最後までしてなくても、風船に穴が空くのか。知らなかった」

 俺、射精しただけだよな……?
 少なくとも、ヴィルヘルムと夢の中のようなことをした覚えはない。

「君の魔力が正常に流れるようになった証拠だな。それ事態は喜ぶべきことだが」

 苦笑するヴィルヘルム。

「……そっか。俺、完全回復した?」

 見上げると、ヴィルヘルムはなにかを思案してから、姿勢を正した。

「ああ、頃合いだ」

 その目は、遠く南を見ているようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【騎士とスイーツ】異世界で菓子作りに励んだらイケメン騎士と仲良くなりました

尾高志咲/しさ
BL
 部活に出かけてケーキを作る予定が、高校に着いた途端に大地震?揺れと共に気がついたら異世界で、いきなり巨大な魔獣に襲われた。助けてくれたのは金髪に碧の瞳のイケメン騎士。王宮に保護された後、騎士が昼食のたびに俺のところにやってくる!  砂糖のない異世界で、得意なスイーツを作ってなんとか自立しようと頑張る高校生、ユウの物語。魔獣退治専門の騎士団に所属するジードとのじれじれ溺愛です。 🌟第10回BL小説大賞、応援していただきありがとうございました。 ◇他サイト掲載中、アルファ版は一部設定変更あり。R18は※回。 🌟素敵な表紙はimoooさんが描いてくださいました。ありがとうございました!

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

ゲイなのに異世界に召喚されちまったんだけど、ぶっちゃけナニすりゃいいんだよ♂

うなぎ
BL
異世界に勇者として召喚されたゲイが、現地の男とイチャイチャする話です。 (メインの息抜き、更新頻度は遅めです。20話以降も続く予定。)

おだやかDomは一途なSubの腕の中

phyr
BL
リユネルヴェニア王国北の砦で働く魔術師レーネは、ぽやぽやした性格で魔術以外は今ひとつ頼りない。世話をするよりもされるほうが得意なのだが、ある日所属する小隊に新人が配属され、そのうち一人を受け持つことになった。 担当することになった新人騎士ティノールトは、書類上のダイナミクスはNormalだがどうやらSubらしい。Domに頼れず倒れかけたティノールトのためのPlay をきっかけに、レーネも徐々にDomとしての性質を目覚めさせ、二人は惹かれ合っていく。 しかしティノールトの異動によって離れ離れになってしまい、またぼんやりと日々を過ごしていたレーネのもとに、一通の書類が届く。 『貴殿を、西方将軍補佐官に任命する』 ------------------------ ※10/5-10/27, 11/1-11/23の間、毎日更新です。 ※この作品はDom/Subユニバースの設定に基づいて創作しています。一部独自の解釈、設定があります。 表紙は祭崎飯代様に描いていただきました。ありがとうございました。 第11回BL小説大賞にエントリーしております。

偽物の僕。

れん
BL
偽物の僕。  この物語には性虐待などの虐待表現が多く使われております。 ご注意下さい。 優希(ゆうき) ある事きっかけで他人から嫌われるのが怖い 高校2年生 恋愛対象的に奏多が好き。 高校2年生 奏多(かなた) 優希の親友 いつも優希を心配している 高校2年生 柊叶(ひいらぎ かなえ) 優希の父親が登録している売春斡旋会社の社長 リアコ太客 ストーカー 登場人物は増えていく予定です。 増えたらまた紹介します。 かなり雑な書き方なので読みにくいと思います。

囚われのモブだった一人

ソフトクリーム
BL
モブでしかなかったシュリ・ヒューイット。ある日、彼は姿を消した。誰にも気にされないし探されない。そんなモブだった一人。彼は今、生徒会副会長のヴォーグ・シフィールに囚われていた。

ポメガバって異世界転移したら、冷酷王子に飼われて溺愛されました

夏芽玉
BL
ずっと好きだった相手に、告白することもなく失恋した。心の傷が癒えないまま出勤すれば、ミスの連発。ストレスのあまりポメラニアンになってしまったけれど、それと同時に、オレは異世界転移までしてしまったようだ。 傷心旅行ついでにたっぷり可愛がってもらえれば、すぐに元の姿に戻れるだろうと思っていたのに、どうやらこの世界にポメラニアンは居ないらしい。魔物と間違えられながらも、なんとか冷徹王子のペットになったんだけど、王子の周りでは不審な出来事が多発して…… ※ポメガバースの設定をお借りしています 第11回BL小説大賞に参加します。よろしくお願いします!

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

処理中です...