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16.騎士の想い
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塔へと戻る前に外の空気が吸いたい――そう言ったヴィルヘルムとふたりで向かったのは、外壁近くの草原だった。
麦畑を見下ろす小高い丘で、俺たちは足を止める。
ここでリコに青空教室をしてもらっていたときは、まだ何も知らなかった。
この世界は、決して甘くないのだと。
「いつまで、俺に黙っているつもりだった?」
「最後まで、だな」
遠く黄金の波を見つめるヴィルヘルム。
「君が故郷へと帰るのを見届けるその時まで、何も言わないつもりでいた。……だが」
ヴィルヘルムは、たっぷり逡巡した顔をして、俺の前に膝を折った。
「君の意思を軽んじていた。すまなかった」
《箒星の旅人》の精神はこの世界の住人と比べてそう強くない、それが共通認識だったのならば、ヴィルヘルムの選択は間違ってない。それでも、この騎士は俺に謝罪するのだ。
ひざまずくヴィルヘルムの前で、俺も腰を下とす。膝立ちで目線を合わせ、護ってくれてありがとう、と笑う俺に、碧い瞳は戸惑うように揺れた。
「君が大賢者にそれほど心を傾けるとは思わなかった。顔も見せない、声も聞かせない、ただ君の魔力を貪って生きながらえているだけの――」
「同じカラハンの領民なんだろう?」
遮った俺の言葉に、ヴィルヘルムは声を失った。
「喚ばれたての俺を助けてくれたことや、負担をかけまいとしてくれてる恩ももちろん感じているけど。なにより大賢者はヴィルと同じカラハンの民で、しかも、ずっと体を張って仲間を護ってくれてる英雄じゃないか」
大賢者が何を思っているのかなんて、俺にはわからない。でも、近くで彼の声を聞いているヴィルヘルムは知っているのではないだろうか。彼の苦悩も、痛みも。
「ヴィルだって、騎士として、仲間として、本当は大賢者を助けたいはずだろ。なのに不自然なくらい冷たい物言いをして。そうやって無理やり自分に言い聞かせてるんじゃないか、って――……ヴィル?」
ヴィルヘルムは、呆気にとられたような顔をしていた。
「……君は、そんなことを、考えていたのか」
「あ、いや……勝手なこと言ったな。ごめん」
知ったようなことをつらつらと。恥ずかしい。立ち上がろうとした俺の手が、取られた。
そのまま、大きな手のひらに、ぎゅう、と握られる。
「私は」
ヴィルヘルムの額が、俺の手の甲に押し当てられた。
「私は君の騎士だ。君を無事に故郷に帰すことが最優先事項だ」
強い口調の中に、にじむ苦いものがある。
付き合いはそう長くない俺にも、はっきりと感じとれるくらいに。
だから、俺は笑った。
「ありがとう。けどそれは、ジオールがカラハンを救ったあとにしよう。俺も、できることをやりたい」
優しいこの騎士が、これ以上苦しむことのないように。
「俺は、ヴィルにもちゃんと恩を感じてるんだからな」
いつか日本に帰るとき、悔いなくこの世界を去れるように。
《箒星の旅人》として、俺はこのとき腹を決めたのだった。
「毎日、お勤めを……!? 素晴らしいです! 《箒星》さまの健康にもたいへんよろしいと思います!」
俺がこれからの希望を伝えると、リコは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「よろしいかどうかはわからないかな……」
身体を鍛えることも検討したほうがいいかもしれない。
「よろしいに決まっております! 《箒星》さまが湯浴みをされている間に、リコは張り切って、滋養に良い薬湯をご用意いたしますね!」
さあさあ! と、湯着やらが入ったカゴをヴィルヘルムに持たせ、リコは俺たちを満面の笑みで湯殿へと送り出した。
「協力はありがたいが、君の身体に明らかに無理が認められれば、すぐさま止めるからな」
俺の頭にざばりと湯をかけながらヴィルヘルムが言う。
「んー……」
無理と言っても、行為中の記憶はスキップしてしまうし。目覚めてからの倦怠感くらいだろうか。
「なにか、今までと違う注意事項があったりするのか?」
「魔力を喰われる量が変わるだろうからな。負担も増すはずだ」
「……い、痛いとか、苦しいとか……?」
これまで、快楽ばかり与えられてきた俺である。少し怯えて尋ねると、ヴィルヘルムはあっさり首を振った。
「嗜虐趣味の相手でない限り、そこは安心していい。そうではなく、酔う、というか」
うまく伝えにくいな、と、ヴィルヘルムは締めた。
苦痛がないならまあいいか、と俺も考えるのをやめる。どうせすぐに答えは知れるのだ。
洗い上がった俺の髪がくしゃっとかき混ぜられて、目を上げた先に、水も滴るいい男がいる。
「夢の中の私によろしくな」
それでもやっぱり、このシステムは悪趣味だと思う。
麦畑を見下ろす小高い丘で、俺たちは足を止める。
ここでリコに青空教室をしてもらっていたときは、まだ何も知らなかった。
この世界は、決して甘くないのだと。
「いつまで、俺に黙っているつもりだった?」
「最後まで、だな」
遠く黄金の波を見つめるヴィルヘルム。
「君が故郷へと帰るのを見届けるその時まで、何も言わないつもりでいた。……だが」
ヴィルヘルムは、たっぷり逡巡した顔をして、俺の前に膝を折った。
「君の意思を軽んじていた。すまなかった」
《箒星の旅人》の精神はこの世界の住人と比べてそう強くない、それが共通認識だったのならば、ヴィルヘルムの選択は間違ってない。それでも、この騎士は俺に謝罪するのだ。
ひざまずくヴィルヘルムの前で、俺も腰を下とす。膝立ちで目線を合わせ、護ってくれてありがとう、と笑う俺に、碧い瞳は戸惑うように揺れた。
「君が大賢者にそれほど心を傾けるとは思わなかった。顔も見せない、声も聞かせない、ただ君の魔力を貪って生きながらえているだけの――」
「同じカラハンの領民なんだろう?」
遮った俺の言葉に、ヴィルヘルムは声を失った。
「喚ばれたての俺を助けてくれたことや、負担をかけまいとしてくれてる恩ももちろん感じているけど。なにより大賢者はヴィルと同じカラハンの民で、しかも、ずっと体を張って仲間を護ってくれてる英雄じゃないか」
大賢者が何を思っているのかなんて、俺にはわからない。でも、近くで彼の声を聞いているヴィルヘルムは知っているのではないだろうか。彼の苦悩も、痛みも。
「ヴィルだって、騎士として、仲間として、本当は大賢者を助けたいはずだろ。なのに不自然なくらい冷たい物言いをして。そうやって無理やり自分に言い聞かせてるんじゃないか、って――……ヴィル?」
ヴィルヘルムは、呆気にとられたような顔をしていた。
「……君は、そんなことを、考えていたのか」
「あ、いや……勝手なこと言ったな。ごめん」
知ったようなことをつらつらと。恥ずかしい。立ち上がろうとした俺の手が、取られた。
そのまま、大きな手のひらに、ぎゅう、と握られる。
「私は」
ヴィルヘルムの額が、俺の手の甲に押し当てられた。
「私は君の騎士だ。君を無事に故郷に帰すことが最優先事項だ」
強い口調の中に、にじむ苦いものがある。
付き合いはそう長くない俺にも、はっきりと感じとれるくらいに。
だから、俺は笑った。
「ありがとう。けどそれは、ジオールがカラハンを救ったあとにしよう。俺も、できることをやりたい」
優しいこの騎士が、これ以上苦しむことのないように。
「俺は、ヴィルにもちゃんと恩を感じてるんだからな」
いつか日本に帰るとき、悔いなくこの世界を去れるように。
《箒星の旅人》として、俺はこのとき腹を決めたのだった。
「毎日、お勤めを……!? 素晴らしいです! 《箒星》さまの健康にもたいへんよろしいと思います!」
俺がこれからの希望を伝えると、リコは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「よろしいかどうかはわからないかな……」
身体を鍛えることも検討したほうがいいかもしれない。
「よろしいに決まっております! 《箒星》さまが湯浴みをされている間に、リコは張り切って、滋養に良い薬湯をご用意いたしますね!」
さあさあ! と、湯着やらが入ったカゴをヴィルヘルムに持たせ、リコは俺たちを満面の笑みで湯殿へと送り出した。
「協力はありがたいが、君の身体に明らかに無理が認められれば、すぐさま止めるからな」
俺の頭にざばりと湯をかけながらヴィルヘルムが言う。
「んー……」
無理と言っても、行為中の記憶はスキップしてしまうし。目覚めてからの倦怠感くらいだろうか。
「なにか、今までと違う注意事項があったりするのか?」
「魔力を喰われる量が変わるだろうからな。負担も増すはずだ」
「……い、痛いとか、苦しいとか……?」
これまで、快楽ばかり与えられてきた俺である。少し怯えて尋ねると、ヴィルヘルムはあっさり首を振った。
「嗜虐趣味の相手でない限り、そこは安心していい。そうではなく、酔う、というか」
うまく伝えにくいな、と、ヴィルヘルムは締めた。
苦痛がないならまあいいか、と俺も考えるのをやめる。どうせすぐに答えは知れるのだ。
洗い上がった俺の髪がくしゃっとかき混ぜられて、目を上げた先に、水も滴るいい男がいる。
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それでもやっぱり、このシステムは悪趣味だと思う。
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