3 / 28
3.護衛騎士ヴィルヘルム
しおりを挟む
大賢者に食われた翌朝、目覚めるとヴィルヘルムの腕の中だった。気まずさに顔をしかめてしまった俺の鼻をつまんで、イケメンが笑う。
「覚えてくれ。君の食われかけの魔力はとても美味そうな匂いがする。それを力の糧とする魔法使いたちに護衛を任せるわけにはいかないんだ」
普段の俺の魔力は、風船の中に収まっているようなものらしい。大賢者に食われることで風船に穴が空くと、そこから漏れる魔力の質や量が他者――主に魔法使いたちに感知されてしまう。俺がたいへん貴重なごちそうであることがダダ漏れになってしまうそうだ。
だから護衛の自分がここにいるのを許せ、と柔らかく目を細めるヴィルヘルムに、俺は小さく息を吐いた。
「それがヴィルの仕事だもんな。いつもありがとう。昨夜は何かあった?」
「ネズミが二、三、侵入してきたかな」
うわあ、と声が漏れた。
大賢者に捧げられた特別な身でも、つまみ食いくらいは許されるだろうと考える不遜な輩はそれなりに存在するらしい。不特定多数に身体を預ける気は毛頭ないので、俺は素直にこの屈強な騎士の胸板に頭をこすりつけた。
「魔法で清められてはいるが、湯を浴びよう。どうせ用意はされているだろうからな」
足腰がたがたな俺をひょいと抱えて、ヴィルヘルムは広い寝台から下りる。俺に与えられたこの部屋も寝台も、塔の中では大賢者の部屋に次いで立派なのだとリコが言っていた。ヴィルヘルムに用意された小部屋も隣にあるのだが、彼がそこに泊まったところを見たことがない。たいがいこうして俺と寝台を共にしたり、傍らの長椅子に座ったまま眠ったりしているようだった。そうやって、護衛対象から片時も離れない騎士の気概を見るたび、俺は感謝を通り越して申し訳なくなっている。
「風呂の後は、俺はベッドでごろごろするから。ヴィルも休んでくれよ」
「おう、いい子だな」
わしゃわしゃと頭をなでられながら廊下に出ると、さっそくリコが小走りに駆け寄って来た。この後の予定を告げて、俺のスケジュールを調整してもらう。だんだん慣れつつある起床後のルーティンだ。数日にいちど足腰が駄目になるのは、何とか改善を試みたいけれど。
そして、どれだけ最中に魔法で頭が馬鹿になっていようと、自分の醜態の記憶がなくなるわけではない。
「……いっそ、記憶を消す魔法があれば」
広い湯殿でため息まじりにこぼした俺の声は、思ったより響いた。隣で湯を浴びていたヴィルヘルムが、はっとしたようにこちらを振り返る。次に聞かされる台詞はわかりきっていたので、俺は慌てて頭を振った。
「いや、違うんだ! そんな深刻な意味じゃなくて……!」
「記憶を消したいくらい嫌なのにか?」
「嫌とは言ってない!」
大きな声を出してしまって、羞恥で頬が染まる。
いやいや待ってくれ。嫌じゃないイコール好きというわけではない。それは、断じて。
「……ただ。嫌なことは、されてない、から」
足腰立たなくなるまで揺らされてさんざん啼かされることは、困らないと言えば嘘になる。けれど、意識や思考を奪う魔法や、俺の身体を傷つけないための薬剤は、少しでも俺に負担をかけまいとする大賢者の気遣いだと思っている。そして俺は、結果だけ見れば毎回ただただ気持ち良くしてもらっているだけだ。
ヴィルヘルムはぽかんとした表情の後、眉をひそめて俺から目をそらした。
「もしかして君は、抱かれることに抵抗がないのか」
うぐ、と喉が詰まる。俺の顔は、ますます赤くなっていることだろう。
「ならば、私はこれまでの非礼を改めなければならない。正直な気持ちを聞かせてくれ」
ああ、どうして騎士というのはこんなにも真っ直ぐなのだろう。
ヴィルヘルムを直視できなくて、俺は両手で顔を覆った。
「抵抗は、あるんだよ……その、抱、かれるとか、経験なかったしさ。……でも、最中はほんと頭がふわふわで、相手の顔もなにもわからなくて。恥ずかしいことをいっぱい言ったりしたりしたってことは憶えてるけど、そのときはただ、嫌なことだなんてまったく思ってなくて……」
ヴィルヘルムの沈黙がこわい。
「……だから、俺を嫌な目に遭わせないように頑張ってくれてる大賢者は、かなり優しいんじゃないかって」
盛大なため息が聞こえた。
ぴしゃん、と水音を伴って、俺の頭に大きな手のひらが載せられる。
「君は人がいいな。この膨大な魔力を得るためなんだ、そのくらいの配慮はするだろう。しかし、記憶か。そうか……」
そのまま、ぺしぺしと俺の頭をたたきながら、ヴィルヘルムがうなる。
「魔法ならできるんじゃないか?」
「可能かと問われればそうだな。だが、君は記憶がなければ何をされても不問にするのか?」
「……場合による」
こと、大賢者との行為に限定すれば、何をされているのかはもうわかっているので、そこまで問題でもない……ような気もする。手術の全身麻酔みたいなものだと思えば……。
赤い顔でもごもごとつぶやく俺を見下ろして、ヴィルヘルムはふうっと息を吐いた。
「《箒星の旅人》への記憶魔法は危ういんだが……君の望みならば、進言してみよう」
さらっとそんなことを言うヴィルヘルムを、そういえば、と見上げてみる。
「ヴィルって大賢者と仲良しだよな。リコなんて、大賢者の姿を見たこともないって言ってたけど」
ヴィルヘルムは、ふん、と鼻を鳴らすと、視線を遠くにやった。
湯殿の大きな窓の外は、今日も青空だ。
「仲が良くはないな。早く死んでほしい」
物騒が過ぎる。
「ヴィル……」
真意を問うべきか躊躇した俺を、ヴィルヘルムが振り返る。そのまま、真っ直ぐな瞳で射抜かれた。
「私は、君を元の世界に帰そうと思っている」
「覚えてくれ。君の食われかけの魔力はとても美味そうな匂いがする。それを力の糧とする魔法使いたちに護衛を任せるわけにはいかないんだ」
普段の俺の魔力は、風船の中に収まっているようなものらしい。大賢者に食われることで風船に穴が空くと、そこから漏れる魔力の質や量が他者――主に魔法使いたちに感知されてしまう。俺がたいへん貴重なごちそうであることがダダ漏れになってしまうそうだ。
だから護衛の自分がここにいるのを許せ、と柔らかく目を細めるヴィルヘルムに、俺は小さく息を吐いた。
「それがヴィルの仕事だもんな。いつもありがとう。昨夜は何かあった?」
「ネズミが二、三、侵入してきたかな」
うわあ、と声が漏れた。
大賢者に捧げられた特別な身でも、つまみ食いくらいは許されるだろうと考える不遜な輩はそれなりに存在するらしい。不特定多数に身体を預ける気は毛頭ないので、俺は素直にこの屈強な騎士の胸板に頭をこすりつけた。
「魔法で清められてはいるが、湯を浴びよう。どうせ用意はされているだろうからな」
足腰がたがたな俺をひょいと抱えて、ヴィルヘルムは広い寝台から下りる。俺に与えられたこの部屋も寝台も、塔の中では大賢者の部屋に次いで立派なのだとリコが言っていた。ヴィルヘルムに用意された小部屋も隣にあるのだが、彼がそこに泊まったところを見たことがない。たいがいこうして俺と寝台を共にしたり、傍らの長椅子に座ったまま眠ったりしているようだった。そうやって、護衛対象から片時も離れない騎士の気概を見るたび、俺は感謝を通り越して申し訳なくなっている。
「風呂の後は、俺はベッドでごろごろするから。ヴィルも休んでくれよ」
「おう、いい子だな」
わしゃわしゃと頭をなでられながら廊下に出ると、さっそくリコが小走りに駆け寄って来た。この後の予定を告げて、俺のスケジュールを調整してもらう。だんだん慣れつつある起床後のルーティンだ。数日にいちど足腰が駄目になるのは、何とか改善を試みたいけれど。
そして、どれだけ最中に魔法で頭が馬鹿になっていようと、自分の醜態の記憶がなくなるわけではない。
「……いっそ、記憶を消す魔法があれば」
広い湯殿でため息まじりにこぼした俺の声は、思ったより響いた。隣で湯を浴びていたヴィルヘルムが、はっとしたようにこちらを振り返る。次に聞かされる台詞はわかりきっていたので、俺は慌てて頭を振った。
「いや、違うんだ! そんな深刻な意味じゃなくて……!」
「記憶を消したいくらい嫌なのにか?」
「嫌とは言ってない!」
大きな声を出してしまって、羞恥で頬が染まる。
いやいや待ってくれ。嫌じゃないイコール好きというわけではない。それは、断じて。
「……ただ。嫌なことは、されてない、から」
足腰立たなくなるまで揺らされてさんざん啼かされることは、困らないと言えば嘘になる。けれど、意識や思考を奪う魔法や、俺の身体を傷つけないための薬剤は、少しでも俺に負担をかけまいとする大賢者の気遣いだと思っている。そして俺は、結果だけ見れば毎回ただただ気持ち良くしてもらっているだけだ。
ヴィルヘルムはぽかんとした表情の後、眉をひそめて俺から目をそらした。
「もしかして君は、抱かれることに抵抗がないのか」
うぐ、と喉が詰まる。俺の顔は、ますます赤くなっていることだろう。
「ならば、私はこれまでの非礼を改めなければならない。正直な気持ちを聞かせてくれ」
ああ、どうして騎士というのはこんなにも真っ直ぐなのだろう。
ヴィルヘルムを直視できなくて、俺は両手で顔を覆った。
「抵抗は、あるんだよ……その、抱、かれるとか、経験なかったしさ。……でも、最中はほんと頭がふわふわで、相手の顔もなにもわからなくて。恥ずかしいことをいっぱい言ったりしたりしたってことは憶えてるけど、そのときはただ、嫌なことだなんてまったく思ってなくて……」
ヴィルヘルムの沈黙がこわい。
「……だから、俺を嫌な目に遭わせないように頑張ってくれてる大賢者は、かなり優しいんじゃないかって」
盛大なため息が聞こえた。
ぴしゃん、と水音を伴って、俺の頭に大きな手のひらが載せられる。
「君は人がいいな。この膨大な魔力を得るためなんだ、そのくらいの配慮はするだろう。しかし、記憶か。そうか……」
そのまま、ぺしぺしと俺の頭をたたきながら、ヴィルヘルムがうなる。
「魔法ならできるんじゃないか?」
「可能かと問われればそうだな。だが、君は記憶がなければ何をされても不問にするのか?」
「……場合による」
こと、大賢者との行為に限定すれば、何をされているのかはもうわかっているので、そこまで問題でもない……ような気もする。手術の全身麻酔みたいなものだと思えば……。
赤い顔でもごもごとつぶやく俺を見下ろして、ヴィルヘルムはふうっと息を吐いた。
「《箒星の旅人》への記憶魔法は危ういんだが……君の望みならば、進言してみよう」
さらっとそんなことを言うヴィルヘルムを、そういえば、と見上げてみる。
「ヴィルって大賢者と仲良しだよな。リコなんて、大賢者の姿を見たこともないって言ってたけど」
ヴィルヘルムは、ふん、と鼻を鳴らすと、視線を遠くにやった。
湯殿の大きな窓の外は、今日も青空だ。
「仲が良くはないな。早く死んでほしい」
物騒が過ぎる。
「ヴィル……」
真意を問うべきか躊躇した俺を、ヴィルヘルムが振り返る。そのまま、真っ直ぐな瞳で射抜かれた。
「私は、君を元の世界に帰そうと思っている」
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
【騎士とスイーツ】異世界で菓子作りに励んだらイケメン騎士と仲良くなりました
尾高志咲/しさ
BL
部活に出かけてケーキを作る予定が、高校に着いた途端に大地震?揺れと共に気がついたら異世界で、いきなり巨大な魔獣に襲われた。助けてくれたのは金髪に碧の瞳のイケメン騎士。王宮に保護された後、騎士が昼食のたびに俺のところにやってくる!
砂糖のない異世界で、得意なスイーツを作ってなんとか自立しようと頑張る高校生、ユウの物語。魔獣退治専門の騎士団に所属するジードとのじれじれ溺愛です。
🌟第10回BL小説大賞、応援していただきありがとうございました。
◇他サイト掲載中、アルファ版は一部設定変更あり。R18は※回。
🌟素敵な表紙はimoooさんが描いてくださいました。ありがとうございました!
どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~
黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。
※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。
※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。
クローバー
楓
BL
津田洋介(つだ ようすけ)はどこにでもいる関西在住の高校生。ただ1つ違うのは初恋の相手が男だったこと。幼稚園の時に女と間違えて惚れてしまった隣に住む幼馴染み、工藤亜貴(くどう あき)に今でも淡いとはほど遠い、こじれにこじれた恋心を抱いたまま今に至る。
3年生となり、高校生活も残り僅か。高校卒業後、2人とも地元に残ることを選択していたが、洋介の中に迷いが生まれる。
このまま亜貴の傍で『幼馴染み』としての関係を続けていけるのか。
相変わらず可愛いままの幼馴染みに、洋介は自分の気持ちを抑えることに限界を感じていた。
※高校生(幼馴染み)同士。
※終始ほのぼの可愛らしいラブストーリーです。濡れ場はありません。
※舞台が関西なので関西弁です。
※別所からの転載です。
★現在、続編を更新中。
魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺
ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。
その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。
呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!?
果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……!
男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?)
~~~~
主人公総攻めのBLです。
一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。
※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
天地天命【本編完結・外伝作成中】
アマリリス
BL
主人公天堂志瑞也(てんどうしずや)二十三歳は、幼い頃から霊が見えたり妖怪と話したりできる能力がある。祖母一枝(かずえ)と二人暮らしで、大切に育てられきた。ある日大好物の一つのキャラメルから、いつも通りの日常が変わってしまう。蒼万(そうま)と名乗る男に異世界へ連れて来られ、この世界で謎の死を遂げた黄怜(きれん)の生まれ変わりだと知らされる。傲慢で身勝手だと思っていた蒼万は、時に温かく祖母のように優しかった。黄怜の死の解明に向け蒼万と旅立つ事になるが、旅先で知る事実に自身の存在が不安定になってしまう。志瑞也と黄怜の関係、そして蒼万を含めた仲間達との出会い。各々が向き合うべき事とは…。
※この作品は『小説家になろう』グループの『ムーンライトノベルズ』にも掲載しています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる