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決断
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「……あぁ。まだ夜中か」
最近は、よくこんな風に夜中に目が覚める。
なぜだろう? 体調は悪くないし、土岐家の環境にも充分に慣れている。
強いて理由をあげるなら……何か胸騒ぎがするから、だろうか。
とんでもなく非論理的な理由だけど、実際にそう思うんだ。
「……ダメだ。こうなると中々寝られない」
どうしようか……目を瞑って自然に眠りに落ちるのを待つか?
いや、今日はやけに暑苦しい。
1回部屋の外に出て、夜風を浴びることにしようか。
「……ふう。涼しいな」
気づけば、この土岐家に嫁いでから半年になる。
当時秋だった季節は、冬を越えて春になった。
ちょっと前までは冷たい夜風に凍えていたのに、今は夜風を丁度よく感じて涼んでいる。
本当に、時の流れの速さは恐ろしい。
目の前の1日を生きることに精一杯のまま、いつの間にかこんな月日が経ってしまった。
でも、私はまだこの戦国時代に適応したとは言い難い。
斎藤道三の娘であり、土岐頼純の妻でもある私は常に守られている立場にあり、戦国時代らしい戦の苦しさとは無縁の立ち位置にいる。
そもそも、この半年間はまともな戦すら起こっていない。
それは大変喜ばしいことなんだけど……
それがいつまでも長続きしないことくらい、脳味噌お花畑の私でも分かる。
「……ん、あれは……」
その時、庭を挟んだ向こうの廊下で見知らぬ人間が歩いているのが見えた。
この土岐家に来て半年、必死に人の顔を覚えたお陰でここに出入りするような人間はみんな顔と名前を一致させられるようになった。
でも、今向かいを歩いている人間は……どこでも見た覚えはない。
もしかして、他家の人間か? こんな夜中に?
一体何の用事で……
「……何を見ている、帰蝶」
「……旦那様……!」
いつの間に……いや、私があまりにも間抜けで、警戒心が薄かっただけか。
「…………忘れろ、と言われて忘れられるほど器用ではないな、お前は」
「……でも、分別は心得ております。……これ以上、何も追及はしません」
頼純様が何をしようとしているのか、後の歴史を知っている私にはなんとなく察しがついていた。
でも、それは私が口を出していいことじゃない。だから私は、見てしまったものから必死に目をそらすんだ。
……でも、頼純様は私から目をそらさない。
私が目をそらすことを、許してくれない。
「……帰蝶よ、1つ問う。お前は、私と利政めが争った時、どちらにつくのだ?」
……その質問は……
「答えよ。お前は、実家と嫁ぎ先のどちらをとる?」
……その質問に、「帰蝶」ならばどう答えるか、私はなんとなく分かっていた。
史実の彼女も、後に今の私と似た状況での選択を迫られただろう。
その時彼女がとった選択は分からないが、少なくとも、私の知っている帰蝶は……
「……私は、土岐次郎頼純様の正室にございます。だから私は、たとえあなたが修羅の道を歩むことになろうとも……最後まであなたについてゆきます」
いや、これは帰蝶の意志ではない。
私がこの人を見捨てられないと思ったから、私はこの人についていくんだ。
私はこの後の歴史を知っていても、自分の行動がそれにどう影響するかを考えられる頭はない。
だったら、そんな難しいことは考えずに好きなようにやる。
死んでほしくない人に、死なれないように。
「……フッ、やはりお前は蝮の娘とは思えんよ。そこまで必死に、まっすぐな顔ができる奴のことを、疑うような気にはなれんな」
頼純様は、腰を落として私に目線を合わせる。
常に土岐家の復権と斎藤道三の排除を目指してきたまっすぐな瞳は、今は私のみをその視界に入れている。
「……私は、斎藤利政という男が憎い。他者を見下し、蹴落とすことしか考えておらんあの醜い男が、憎くてたまらんのだ」
頼純様が、そのまっすぐな瞳を近づけてくる。
彼は、憎き相手を殺すために己がまっすぐな気持ちを向けてきたのだ。
「……だが、蝮の娘であるお前は白蛇だ。どこまでも清く、邪なものを受け付けない、神聖なる存在……というのは言い過ぎか?」
「言い過ぎですよ。私はどこにでもいる、無力な女ですから」
「……左様か。しかし無力だというのも言い過ぎだぞ? お前には、よく分からん魅力があるのだ。上手く口に表せんのがもどかしいが、お前は無力だというのは、ありえんよ」
……何それ。よく分からんって……ちょっと買いかぶりすぎですよ、私にそんな大層な力は無いのに……
「顔を上げろ、帰蝶」
照れ臭くって頼純様から顔を背けた私が再び彼の方を向いたその時、私の唇に頼純様の唇が合わさった。
「………………!!?? い、今のは……」
「今まで、夫婦だというのに接吻の1つも無かったからな。……そしてこれは、私に覚悟を決めさせるためでもある」
「……覚悟って……」
私から顔を離した頼純様は、夜空に浮かぶ月を眺めながらこう呟いた。
「……利政は必ず殺す。しかし、お前は何があっても守る。……お前は何があろうとも私についてきてくれると、そう申したが故の決断だ」
最近は、よくこんな風に夜中に目が覚める。
なぜだろう? 体調は悪くないし、土岐家の環境にも充分に慣れている。
強いて理由をあげるなら……何か胸騒ぎがするから、だろうか。
とんでもなく非論理的な理由だけど、実際にそう思うんだ。
「……ダメだ。こうなると中々寝られない」
どうしようか……目を瞑って自然に眠りに落ちるのを待つか?
いや、今日はやけに暑苦しい。
1回部屋の外に出て、夜風を浴びることにしようか。
「……ふう。涼しいな」
気づけば、この土岐家に嫁いでから半年になる。
当時秋だった季節は、冬を越えて春になった。
ちょっと前までは冷たい夜風に凍えていたのに、今は夜風を丁度よく感じて涼んでいる。
本当に、時の流れの速さは恐ろしい。
目の前の1日を生きることに精一杯のまま、いつの間にかこんな月日が経ってしまった。
でも、私はまだこの戦国時代に適応したとは言い難い。
斎藤道三の娘であり、土岐頼純の妻でもある私は常に守られている立場にあり、戦国時代らしい戦の苦しさとは無縁の立ち位置にいる。
そもそも、この半年間はまともな戦すら起こっていない。
それは大変喜ばしいことなんだけど……
それがいつまでも長続きしないことくらい、脳味噌お花畑の私でも分かる。
「……ん、あれは……」
その時、庭を挟んだ向こうの廊下で見知らぬ人間が歩いているのが見えた。
この土岐家に来て半年、必死に人の顔を覚えたお陰でここに出入りするような人間はみんな顔と名前を一致させられるようになった。
でも、今向かいを歩いている人間は……どこでも見た覚えはない。
もしかして、他家の人間か? こんな夜中に?
一体何の用事で……
「……何を見ている、帰蝶」
「……旦那様……!」
いつの間に……いや、私があまりにも間抜けで、警戒心が薄かっただけか。
「…………忘れろ、と言われて忘れられるほど器用ではないな、お前は」
「……でも、分別は心得ております。……これ以上、何も追及はしません」
頼純様が何をしようとしているのか、後の歴史を知っている私にはなんとなく察しがついていた。
でも、それは私が口を出していいことじゃない。だから私は、見てしまったものから必死に目をそらすんだ。
……でも、頼純様は私から目をそらさない。
私が目をそらすことを、許してくれない。
「……帰蝶よ、1つ問う。お前は、私と利政めが争った時、どちらにつくのだ?」
……その質問は……
「答えよ。お前は、実家と嫁ぎ先のどちらをとる?」
……その質問に、「帰蝶」ならばどう答えるか、私はなんとなく分かっていた。
史実の彼女も、後に今の私と似た状況での選択を迫られただろう。
その時彼女がとった選択は分からないが、少なくとも、私の知っている帰蝶は……
「……私は、土岐次郎頼純様の正室にございます。だから私は、たとえあなたが修羅の道を歩むことになろうとも……最後まであなたについてゆきます」
いや、これは帰蝶の意志ではない。
私がこの人を見捨てられないと思ったから、私はこの人についていくんだ。
私はこの後の歴史を知っていても、自分の行動がそれにどう影響するかを考えられる頭はない。
だったら、そんな難しいことは考えずに好きなようにやる。
死んでほしくない人に、死なれないように。
「……フッ、やはりお前は蝮の娘とは思えんよ。そこまで必死に、まっすぐな顔ができる奴のことを、疑うような気にはなれんな」
頼純様は、腰を落として私に目線を合わせる。
常に土岐家の復権と斎藤道三の排除を目指してきたまっすぐな瞳は、今は私のみをその視界に入れている。
「……私は、斎藤利政という男が憎い。他者を見下し、蹴落とすことしか考えておらんあの醜い男が、憎くてたまらんのだ」
頼純様が、そのまっすぐな瞳を近づけてくる。
彼は、憎き相手を殺すために己がまっすぐな気持ちを向けてきたのだ。
「……だが、蝮の娘であるお前は白蛇だ。どこまでも清く、邪なものを受け付けない、神聖なる存在……というのは言い過ぎか?」
「言い過ぎですよ。私はどこにでもいる、無力な女ですから」
「……左様か。しかし無力だというのも言い過ぎだぞ? お前には、よく分からん魅力があるのだ。上手く口に表せんのがもどかしいが、お前は無力だというのは、ありえんよ」
……何それ。よく分からんって……ちょっと買いかぶりすぎですよ、私にそんな大層な力は無いのに……
「顔を上げろ、帰蝶」
照れ臭くって頼純様から顔を背けた私が再び彼の方を向いたその時、私の唇に頼純様の唇が合わさった。
「………………!!?? い、今のは……」
「今まで、夫婦だというのに接吻の1つも無かったからな。……そしてこれは、私に覚悟を決めさせるためでもある」
「……覚悟って……」
私から顔を離した頼純様は、夜空に浮かぶ月を眺めながらこう呟いた。
「……利政は必ず殺す。しかし、お前は何があっても守る。……お前は何があろうとも私についてきてくれると、そう申したが故の決断だ」
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