胡蝶の夢 ~帰蝶転生記~

剣太郎

文字の大きさ
上 下
22 / 23

決断

しおりを挟む
「……あぁ。まだ夜中か」

 最近は、よくこんな風に夜中に目が覚める。
 なぜだろう? 体調は悪くないし、土岐家の環境にも充分に慣れている。
 強いて理由をあげるなら……何か胸騒ぎがするから、だろうか。
 とんでもなく非論理的な理由だけど、実際にそう思うんだ。

「……ダメだ。こうなると中々寝られない」

 どうしようか……目を瞑って自然に眠りに落ちるのを待つか?
 いや、今日はやけに暑苦しい。
 1回部屋の外に出て、夜風を浴びることにしようか。

「……ふう。涼しいな」

 気づけば、この土岐家に嫁いでから半年になる。
 当時秋だった季節は、冬を越えて春になった。
 ちょっと前までは冷たい夜風に凍えていたのに、今は夜風を丁度よく感じて涼んでいる。

 本当に、時の流れの速さは恐ろしい。
 目の前の1日を生きることに精一杯のまま、いつの間にかこんな月日が経ってしまった。

 でも、私はまだこの戦国時代に適応したとは言い難い。
 斎藤道三の娘であり、土岐頼純の妻でもある私は常に守られている立場にあり、戦国時代らしい戦の苦しさとは無縁の立ち位置にいる。
 そもそも、この半年間はまともな戦すら起こっていない。
 それは大変喜ばしいことなんだけど……
 それがいつまでも長続きしないことくらい、脳味噌お花畑の私でも分かる。

「……ん、あれは……」

 その時、庭を挟んだ向こうの廊下で見知らぬ人間が歩いているのが見えた。
 この土岐家に来て半年、必死に人の顔を覚えたお陰でここに出入りするような人間はみんな顔と名前を一致させられるようになった。

 でも、今向かいを歩いている人間は……どこでも見た覚えはない。
 もしかして、他家の人間か? こんな夜中に?
 一体何の用事で……

「……何を見ている、帰蝶」

「……旦那様……!」

 いつの間に……いや、私があまりにも間抜けで、警戒心が薄かっただけか。

「…………忘れろ、と言われて忘れられるほど器用ではないな、お前は」

「……でも、分別は心得ております。……これ以上、何も追及はしません」

 頼純様が何をしようとしているのか、後の歴史を知っている私にはなんとなく察しがついていた。
 でも、それは私が口を出していいことじゃない。だから私は、見てしまったものから必死に目をそらすんだ。

 ……でも、頼純様は私から目をそらさない。
 私が目をそらすことを、許してくれない。

「……帰蝶よ、1つ問う。お前は、私と利政めが争った時、どちらにつくのだ?」

 ……その質問は……

「答えよ。お前は、実家と嫁ぎ先のどちらをとる?」

 ……その質問に、「帰蝶」ならばどう答えるか、私はなんとなく分かっていた。
 史実の彼女も、後に今の私と似た状況での選択を迫られただろう。
 その時彼女がとった選択は分からないが、少なくとも、私の知っている帰蝶は……

「……私は、土岐次郎頼純様の正室にございます。だから私は、たとえあなたが修羅の道を歩むことになろうとも……最後まであなたについてゆきます」

 いや、これは帰蝶の意志ではない。
 私がこの人を見捨てられないと思ったから、私はこの人についていくんだ。
 私はこの後の歴史を知っていても、自分の行動がそれにどう影響するかを考えられる頭はない。
 だったら、そんな難しいことは考えずに好きなようにやる。
 死んでほしくない人に、死なれないように。

「……フッ、やはりお前は蝮の娘とは思えんよ。そこまで必死に、まっすぐな顔ができる奴のことを、疑うような気にはなれんな」

 頼純様は、腰を落として私に目線を合わせる。
 常に土岐家の復権と斎藤道三の排除を目指してきたまっすぐな瞳は、今は私のみをその視界に入れている。

「……私は、斎藤利政という男が憎い。他者を見下し、蹴落とすことしか考えておらんあの醜い男が、憎くてたまらんのだ」

 頼純様が、そのまっすぐな瞳を近づけてくる。
 彼は、憎き相手を殺すために己がまっすぐな気持ちを向けてきたのだ。

「……だが、蝮の娘であるお前は白蛇だ。どこまでも清く、邪なものを受け付けない、神聖なる存在……というのは言い過ぎか?」

「言い過ぎですよ。私はどこにでもいる、無力な女ですから」

「……左様か。しかし無力だというのも言い過ぎだぞ? お前には、よく分からん魅力があるのだ。上手く口に表せんのがもどかしいが、お前は無力だというのは、ありえんよ」

 ……何それ。よく分からんって……ちょっと買いかぶりすぎですよ、私にそんな大層な力は無いのに……

「顔を上げろ、帰蝶」

 照れ臭くって頼純様から顔を背けた私が再び彼の方を向いたその時、私の唇に頼純様の唇が合わさった。

「………………!!?? い、今のは……」

「今まで、夫婦めおとだというのに接吻の1つも無かったからな。……そしてこれは、私に覚悟を決めさせるためでもある」

「……覚悟って……」

 私から顔を離した頼純様は、夜空に浮かぶ月を眺めながらこう呟いた。

「……利政は必ず殺す。しかし、お前は何があっても守る。……お前は何があろうとも私についてきてくれると、そう申したが故の決断だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生しても山あり谷あり!

tukisirokou
ファンタジー
「転生前も山あり谷ありの人生だったのに転生しても山あり谷ありの人生なんて!!」 兎にも角にも今世は “おばあちゃんになったら縁側で日向ぼっこしながら猫とたわむる!” を最終目標に主人公が行く先々の困難を負けずに頑張る物語・・・?

裏アカ男子

やまいし
ファンタジー
ここは男女の貞操観念が逆転、そして人類すべてが美形になった世界。 転生した主人公にとってこの世界の女性は誰でも美少女、そして女性は元の世界の男性のように性欲が強いと気付く。 そこで彼は都合の良い(体の)関係を求めて裏アカを使用することにした。 ―—これはそんな彼祐樹が好き勝手に生きる物語。

婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?

三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい!  ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。 イラスト/ノーコピーライトガール

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

処理中です...