胡蝶の夢 ~帰蝶転生記~

剣太郎

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2人の弟

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 ようやく貝合わせが終わった。
 結果はお光ちゃんがぶっちぎりで優勝。お貴ちゃんが2位について、私はお幸ちゃんとのデッドヒートの末に最下位だ。
 いやぁ、まだ舌足らずの幼女に負けるとはなんたる屈辱……

「……さて、それじゃあ私は新五郎のところに顔を出しましょうかね」

 ……新五郎? また新しい名前が出てきたな。男の人なのは分かるけど。

「……おか、じゃなくて母上様、私も着いていっていいですか?」

「帰蝶も? ……そうですね。女子おなごだけではなく、男兄弟も紹介しておきましょうか」

「はい、ありがとうございます」

 新五郎に会うために小見さんに着いていくと、私は庭のような開けた場所に辿り着いた。
 おお、見たことある。なんかコレ、時代劇でよく殿様が眺めている風景だ。

「……おや母上、それに姉上もいらっしゃいましたか」

「あら、玄蕃もここにいたのですか」

「ええ。いつものように書庫に向かおうとしたら、たまたま新五が稽古しているのが目に入りましてな」

「玄蕃は、あそこの輪に加わらなくて宜しいので?」

「意地悪なことを言いますな。私は武芸が不得手なのはよく分かっているでしょうに」

「フフ、そうですね。あなたは項羽や呂布ではなく、張良や諸葛亮を目指すと」

「ええ。そのためにも、今から孔子の書を読み込んで参ります。……では」

「はい。頑張って下さいね」

 玄蕃という人は、小見さんに丁寧なお辞儀をしてからその場を去っていった。

「……母上様、今のは……」

「あなたの1つ下の弟、玄蕃利堯です。私の子供ではありませんが、実の子同然に接していますので、あなたも仲良くしてあげて下さいね」

「え? 子供じゃないっていうのは……」

「あの子は大殿の愛妾だった深芳野殿の子供です。ですが、深芳野殿はつい先日亡くなってしまい……大殿の正室たる私が、母親代わりとしてあの子を見守ろうと思ったのですよ」

 ……そっか、戦国時代は一夫多妻の時代。こんなことがどこでも普通にあるのは、私も豊臣秀吉でよく知ってる。

「さっきの娘達も、私が腹を痛めて産んだ子はあなたとお光だけ。お貴とお幸は別の側室の子供です」

「そうなんですか……でも、やっぱり大変じゃないですか? 片親が違うだけでも、色々と面倒が多そうというか……」

「……そうですね。女子はともかく、男子おのこは母親が正室か側室かで一生が変わりますから。この家の場合は、特に……」

「あっ、母上様!」

 その時、庭の方から元気一杯な男の子の声が聞こえてくる。
 夏の日射しに焼かれた小麦色の肌を汗で輝かせながら、その少年はこちらに駆け寄ってきた。

「おやおや。新五郎、今日も槍の稽古を頑張ったみたいですねぇ」

「はいっ! 立派な武士もののふになるべく、日々精進しております!」

「ふふっ、それはなによりです。でも、今日は暑いから稽古も程々にしなさいね」

 小見さんは着物の袖から扇子を取り出すと、それを開いて新五郎に向けて扇ぎはじめた。

「はい、水分補給はしっかりと……おや、姉上!
今日も槍を持って、私と手合わせなさるつもりなのですか?」

「……は?」

 え、何言ってるのこの子? なんで私が槍なんて持たなきゃいけないのさ。

「新五郎、実は帰蝶はかくかくしかじかで……」

「……なんと、それはおいたわしいことに……姉上、できるだけ早くに記憶が戻ることを、この新五郎は願っております」

「あ、ありがとう。新五郎くん……ところで、私が槍を持ってたっていうのは……」

「はいっ! 以前の姉上は、度々私の稽古に乱入してきては私と手合わせしてくれたのです。周りの人間は姉上のことをうつけなどと呼びますが、私はそんなことは思いません! 女子が槍を握っても、相撲をしても、木登りをしてもいいではありませんか!」

「……うん。新五郎くん、もういいよ、ありがとう」

 ……もの凄くお転婆な人だ、帰蝶さん。別に私はそう思わないけど、この時代の人がうつけ呼ばわりするのもなんとなく分かるよ。
 小見さんの顔が露骨に呆れた感じになってるのがその証拠だ。

「新五郎様、そろそろ……」

「内蔵助、もうそんな時間か。それでは母上、姉上、私はそろそろ稽古に戻ります! 姉上、記憶が戻ったらまた槍を合わせましょうぞ!」

 お着きの人に連れられて、ようやく新五郎くんが稽古に戻っていった。
 あの子はまだ小学校低学年くらいだろうに、物凄く出来た子供だと思う。
 ……でも、稽古に付き合わされたくはないなぁ。
 私はうつけじゃなくて、可能な限りお淑やかな姫様を演じよう……出来る自信ないけど。
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