胡蝶の夢 ~帰蝶転生記~

剣太郎

文字の大きさ
上 下
3 / 23

2人の弟

しおりを挟む
 ようやく貝合わせが終わった。
 結果はお光ちゃんがぶっちぎりで優勝。お貴ちゃんが2位について、私はお幸ちゃんとのデッドヒートの末に最下位だ。
 いやぁ、まだ舌足らずの幼女に負けるとはなんたる屈辱……

「……さて、それじゃあ私は新五郎のところに顔を出しましょうかね」

 ……新五郎? また新しい名前が出てきたな。男の人なのは分かるけど。

「……おか、じゃなくて母上様、私も着いていっていいですか?」

「帰蝶も? ……そうですね。女子おなごだけではなく、男兄弟も紹介しておきましょうか」

「はい、ありがとうございます」

 新五郎に会うために小見さんに着いていくと、私は庭のような開けた場所に辿り着いた。
 おお、見たことある。なんかコレ、時代劇でよく殿様が眺めている風景だ。

「……おや母上、それに姉上もいらっしゃいましたか」

「あら、玄蕃もここにいたのですか」

「ええ。いつものように書庫に向かおうとしたら、たまたま新五が稽古しているのが目に入りましてな」

「玄蕃は、あそこの輪に加わらなくて宜しいので?」

「意地悪なことを言いますな。私は武芸が不得手なのはよく分かっているでしょうに」

「フフ、そうですね。あなたは項羽や呂布ではなく、張良や諸葛亮を目指すと」

「ええ。そのためにも、今から孔子の書を読み込んで参ります。……では」

「はい。頑張って下さいね」

 玄蕃という人は、小見さんに丁寧なお辞儀をしてからその場を去っていった。

「……母上様、今のは……」

「あなたの1つ下の弟、玄蕃利堯です。私の子供ではありませんが、実の子同然に接していますので、あなたも仲良くしてあげて下さいね」

「え? 子供じゃないっていうのは……」

「あの子は大殿の愛妾だった深芳野殿の子供です。ですが、深芳野殿はつい先日亡くなってしまい……大殿の正室たる私が、母親代わりとしてあの子を見守ろうと思ったのですよ」

 ……そっか、戦国時代は一夫多妻の時代。こんなことがどこでも普通にあるのは、私も豊臣秀吉でよく知ってる。

「さっきの娘達も、私が腹を痛めて産んだ子はあなたとお光だけ。お貴とお幸は別の側室の子供です」

「そうなんですか……でも、やっぱり大変じゃないですか? 片親が違うだけでも、色々と面倒が多そうというか……」

「……そうですね。女子はともかく、男子おのこは母親が正室か側室かで一生が変わりますから。この家の場合は、特に……」

「あっ、母上様!」

 その時、庭の方から元気一杯な男の子の声が聞こえてくる。
 夏の日射しに焼かれた小麦色の肌を汗で輝かせながら、その少年はこちらに駆け寄ってきた。

「おやおや。新五郎、今日も槍の稽古を頑張ったみたいですねぇ」

「はいっ! 立派な武士もののふになるべく、日々精進しております!」

「ふふっ、それはなによりです。でも、今日は暑いから稽古も程々にしなさいね」

 小見さんは着物の袖から扇子を取り出すと、それを開いて新五郎に向けて扇ぎはじめた。

「はい、水分補給はしっかりと……おや、姉上!
今日も槍を持って、私と手合わせなさるつもりなのですか?」

「……は?」

 え、何言ってるのこの子? なんで私が槍なんて持たなきゃいけないのさ。

「新五郎、実は帰蝶はかくかくしかじかで……」

「……なんと、それはおいたわしいことに……姉上、できるだけ早くに記憶が戻ることを、この新五郎は願っております」

「あ、ありがとう。新五郎くん……ところで、私が槍を持ってたっていうのは……」

「はいっ! 以前の姉上は、度々私の稽古に乱入してきては私と手合わせしてくれたのです。周りの人間は姉上のことをうつけなどと呼びますが、私はそんなことは思いません! 女子が槍を握っても、相撲をしても、木登りをしてもいいではありませんか!」

「……うん。新五郎くん、もういいよ、ありがとう」

 ……もの凄くお転婆な人だ、帰蝶さん。別に私はそう思わないけど、この時代の人がうつけ呼ばわりするのもなんとなく分かるよ。
 小見さんの顔が露骨に呆れた感じになってるのがその証拠だ。

「新五郎様、そろそろ……」

「内蔵助、もうそんな時間か。それでは母上、姉上、私はそろそろ稽古に戻ります! 姉上、記憶が戻ったらまた槍を合わせましょうぞ!」

 お着きの人に連れられて、ようやく新五郎くんが稽古に戻っていった。
 あの子はまだ小学校低学年くらいだろうに、物凄く出来た子供だと思う。
 ……でも、稽古に付き合わされたくはないなぁ。
 私はうつけじゃなくて、可能な限りお淑やかな姫様を演じよう……出来る自信ないけど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?

三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい!  ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。 イラスト/ノーコピーライトガール

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

処理中です...