元高校球児の僕だけど、異世界転生したら称号が球界のプリンスだった

かわなお

文字の大きさ
上 下
15 / 36

ヒューイの視点②――アロン樹――

しおりを挟む
 私は殿下の望みを叶えるため、中隊を率いて狩りに出た。

 ターゲットとなるのはゴムの木とアロンじゅ、それにネンチャクカマキリの三体。
 ゴムの木は小型の魔木で移動もないため、見つけさえすれば倒すのは簡単だ。居場所も特定できているので問題はない。

 けれど、アロン樹は非常に厄介な魔物だった。

 大型の魔木であるため一撃が重く、振り回される枝も広範囲とあって大きな被害が予想できる。
 殿下からは一人の犠牲者も出さないようにと念を押されているが、本音を言えば確証は出来ない。

 それでも、あの御方を悲しませるようなことは絶対にすべきではないと、私の本能が告げていた。

「どうしたらいい?」

 火矢を打ち込んで燃やしてしまえば手っ取り早いが、それだと根まで燃えてしまう可能性もある。だが、だからといって切り倒すなんてことは、不可能だ。

 う~ん、悩ましい。

 いっそ、燃やしてしまって根が残るまで狩り続けるか。それなら被害も少なくて済むが……。

 私は難題であるためか、良い考えが思い浮かばずに悩んでいた。

 そこへ女性騎士であり、小隊長の一人・リティスが手を挙げる。

「副団長殿、私の案を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」

 彼女は五人の小隊長の内、唯一の女性隊長で、私の側近とも呼べる人物だ。
 物怖ものおおじも無くハッキリとものを言うので、信頼を置いている。

「ああ、構わぬ。気が付いたことがあったら言ってくれ」

「はっ、ありがとうございます。私は根を燃やさないためにも、水をかけてしまえばよいと考えます。まず火矢で射掛け、頃合いを見て根に水をかける。これで根は残ると思われます。水はで補給できますし、あらかじめ桶に汲んでおけば後れを取ることもありません」

 私はその的確なアドバイスに感心した。当然水をかければ根が残るなどわかり切ったことだったが、魔石から出る水を溜めておく発想は無かった。

 魔石から出る水の量などたかがしれているし、近くに小川でもあるなら話は別だが、生憎あいにくここは山の中だ。巨体のアロン樹の根を水浸しにするほどの水量を確保するなど、無理だと考えていた。

 なら、魔石の量を多くすればいい。

 と、考える者もいるかもしれないが、魔石とはこの国にとっても貴重な資源であり、そう簡単に手に入るものではないのだ。

「魔石か……」

「はい、私たちは輸送を任されておりますので、至急王都へ使者を送り、青い魔石と桶を大量に運ばせましょう。それを待って戦いに赴けば、必勝は確実かと」

 なかなか、いい案だ。
 この件の依頼主がマルクス殿下であられる以上、陛下から許可も下りるだろう。

「よし、その案で行こう。水の準備はそなたに任せる。我々はまずゴムの木の討伐からだ」

「「「「「 ハッ! 」」」」」

 こうして私はゴムの木とアロン樹のいるバルベラの森へ向かった。




 ☆ ☆ ☆ 




 ここバルベラの森は、多くの魔物が生息する危険地帯だ。
 ゴムの木やアロン樹だけでなく、ホーンベアやグレートボア、フォレストウルフなどの動物型の魔物も数多く生息している。

 ただ、その中でもゴムの木は比較的近場に生息するため問題はない。
 大きさも3メートルから5メートル程度の低木であるため、一気に接近して切り倒せばいいだけだ。
 
 私たちはゴムの木を難なく二十体倒し、その後は回収班にゴムの木の樹脂を任せ、残った三小隊で更に奥へ進んで行く。

 時折襲い来る小型の魔物を薙ぎ払い、アロン樹の潜む領域へと近づいて行った。
 魔木は生息域を住み分けしており、この辺りにアロン樹の住処であるのだ。

 私たちは桶を積んだ輸送部隊が追い付くのを待って、行動を開始する。
 ここまでくればいつ遭遇してもおかしくないため、火矢部隊、そして水部隊とどちらも準備万端だ。

 輸送部隊を待っている間に迎え撃つ広場も確保し、あとは先行している私が敵を見つけるだけなのだが、どうにもあの先が怪しい。獲物の気配がヒシヒシと伝わってくる。

 バルベラの森は高い木々が多く薄暗いため見通しも悪いが、そこは更に暗く靄の掛かっているようにも見えた。

 私は慎重に進み、それがアロン樹であるかと確認すると、やはりいた。

 伝令のため後についてきた騎士の一人に合図を送り、彼はそのまま踵を返し、仲間たちのもとへ駆けて行く。

 残った私がこれから行う役目は火矢で森に被害を出さないため、準備した広場までアロン樹を誘導することだ。

 距離にしておよそ三百メートルほどではあるが、確実に逃げ切れる保証もない。
 今はまだこちらに気づいていないように見えなくもないが、果たして……。

 しかし、残念ながらアロン樹の目が開く。

 一メートルはありそうな太い幹に浮かび上がる、巨大な目と口。
 根が足の代わりであるようで、地面に埋まる根をドゴッと抜き出し立ち上がった。

「十二メートルくらいか。まだいい方だな」

 その大きさを見れば恐怖心が湧く。
 私の六倍もの巨体なのだから、ある意味仕方のないことではあるが……。

「ふう」

 剣を抜き、構えをとる。
 まずは誘導するためにも、一撃を入れなければならない。
 できることなら目を開ける前にしたかったことだが、今更だろう。

 動きを止めてはダメだと自身に言い聞かせ、私は剣を振るう。

 ガキッ

 近づいての幹への一撃。十分に力を込めたはずだが、硬くて跳ね返された。
 その瞬間、振り払われた巨大な木の枝むち

 と同時に、反射的に私の身体は地面を転がっていた。

 速い……。

 咄嗟に避けたものの、紙一重だ。

 だが、目論見通りアロン樹は動き始め、私を標的と定めたらしい。
 あとはこのまま誘導するだけなのだが、出来るのか。

 私は踵を返し、走り出す。直線的な動きでは的を絞られてしまうため、木々の間を抜け、なるべく複雑に。
 
 けれど、そんな私をあざ笑うかのように、アロン樹はものともせず追いついてくる。邪魔な木々は枝の一振りで薙ぎ倒され、巨体もあってか動きは遅そうに見えるが、進みも速い。

 遠い。

 仲間たちのもとまでが、遠すぎる。
 たったの三百メートル、走れば一分もかからない距離なのに遠かった。

 迎え撃つ? ダメだ、剣は通らない。
 じゃあ、どうするんだ。

 そんな時だ。
 前方から数本の矢が射られた。

 見れば、仲間たちが五十メートルほど先から援護の射撃をしていた。
 アロン樹には全く効いていないが、意識を逸らすことには成功したらしい。

「副団長、急いでください!」

「もう少しです!」

「バカ者が……」

 これは帰ったら厳罰ものだな。
 そう思う私もいるが、本音は嬉しかった。

 軍というものはこうあるべきではないが、自身の判断で動くことができてこそ、生存率も上がるというものだ。

「みな、急いで引け!」

「「「「「はい!」」」」」

 嬉しそうに返事をして、駆け出す仲間たち。
 私を助けることができたと、喜んでくれているのだろう。
 まだ微妙な段階ではあるが、広場まで辿り着ければ、火矢部隊が矢をつがえる者と、赤い魔石で火をつける者に分かれて待っているはずだ。
 

 しかし……、背後では『ザザザ、ザザザ』と根を引きずる音が大きくなり、それと同時に鞭のようにしなった枝が振るわれ、『バチィーーン』という大きな音が響き渡る。

 あんなもん喰らえば、一撃で死ぬだろう。
 仲間たちも的を絞らせないように動くことで、どうにか逃れているが、掴まるのは時間の問題だ。

 距離にしてあと三十メートル。それがどんなに長いことか。

 けれど……、我々は辿り着いた。

 火矢の射程に入り、次々と矢が放たれる。
 それは的確に命中し、アロン樹の上の方の細い葉から燃え始めた。

「よしっ!」

 あとはまだまだ火矢を射掛け、ヤツの動きが弱くなったら根に水をぶっかけるだけだ。

「火矢をどんどん射掛けろ!」

「「「「「「「「「「 おおっ! 」」」」」」」」」」

 私の声に合わせ、火矢の数も増える。
 すべてがアロン樹に燃え移るわけではないが、順調だ。

 最後の力を振り絞り、必死で火の点いた枝を振り回すアロン樹の攻撃を避け、弱ってきたあたりでリティスに指示を出す。

「水部隊、前へ」

「「「「「「「「「「 ハッ! 」」」」」」」」」」

 女性の騎士が小隊長を務めるだけあって統率のとれた返事をし、一斉に前に進む騎士たち。それぞれの手には水一杯の桶を持ち、根に掛けたら素早く戻るの繰り返しだ。

 水は準備されているので問題ない。
 時折飛んでくる火の点いた枝を掻い潜り、じゃぶじゃぶと水を掛けていく。

 そうこうしているうちにアロン樹は「ギイャアアァァァアアアアアアア」という断末魔を上げて炭となり、水にぬれた根だけがキレイに残った。

「「「「「「「「「「 終わった 」」」」」」」」」」

「よし、根を切り離せ」

 私の指示で回収班が根を切り離す。そして運んできた大型の荷馬車に積み込み、城へと戻る。

 残った我々はネンチャクカマキリの捜索へ向かうも、結局見つけられず、捜索部隊を残し帰宅の途に就いた。

 これ以上無駄な兵糧を使わないため、そして疲れの残った状態で戦うことを避けるための、懸命な判断であったのだ。



 そして私は、アロン樹の燃えたカスから一粒の魔石を拾っていた。
 小石ほどのサイズで、土色の魔石。 

 そう、魔石は魔物の体内で生成され、倒すと手に入ることもある貴重な石なのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

ペット(老猫)と異世界転生

童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...