森の宿のひみつごと

ぽいこ

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14. 刺繍と夕食

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「腹もいっぱいになったし、俺帰るね」
「気をつけてね。ミゲルさんとゲイルにもよろしく伝えて」

 昼食を食べ終わりカイルは村へと帰っていった。今から馬で帰れば、日没には十分間に合うだろう。
 トマスは部屋に戻って荷物整理をすると言うので、私達も仕事に戻ることにした。クライスはお風呂で中途半端にしていた装置の研究の片付けと、加えてトマスが使う前に掃除もしてくれるというのでお言葉に甘えた。エドアルドはウサギの処理と物干しスタンド作成の続き、サリタニアと私は縫い物の続きだ。今日は早めに終えて夕飯の仕込みもしなければならない。宿泊客はトマス一人だが、席に着いた時の気分で食べたいものも変わるだろうからいつもの食堂スタイルは変えないことにしている。

「そういえば、閑散期のうちに皆さんとの食事場を考えないといけないですね」

 今回はトマスが良い人だから、お客様の食事時でなければサリタニア達が1階を使っていても何も言われないだろうが、そういうのが嫌だと思う人もいるだろう。かといって部屋に一つずつ置いてあるカフェテーブルは軽食を置けるくらいの大きさなので、私はキッチンでササッと食べられるとしても3人が困るだろう。

「私が使わせてもらっているお部屋にテーブルを置きますか?」

 刺繍をする手を止めて、サリタニアが提案してきた。

「そうですねぇ、でも1階のテーブル、2階まで運ぶには結構重いんですよ。かといって私の部屋には置けないでしょうし、それにお客様が多い時はテーブルも数が必要ですし…」

 ちなみに、トマスがいるので私達は受付カウンターを机に縫い物をしている。私はカウンターの向こうを見ながらどうしたものかと溜息をつく。

「いいえ、このテーブルではなく、エディに作ってもらうのですよ。彼は家具を作ったりするのが趣味なのです」
「そうなんですか!?」

 騎士の業務で忙しいであろう中、立派なご趣味をお持ちで…。あ、だからうちにある物干しスタンドだとお気に召さなかったのか。

「エディの手にかかれば、軽い組み立て式のテーブルくらい喜々として作ってくれると思いますよ。あとでお願いしてみましょう」
「でもターニャのお部屋が狭くなりませんか?」
「平気ですよ。お着替え出来るスペースがあれば十分ですから」

ニコリ、と本心から気にしていないという顔でそう答えた。城の部屋なんてびっくりするくらい広いだろうに、どれだけ人間が出来たお姫様なのだろう。

「あ、でも忙しくなると、一緒にご飯を食べるのも難しいかしら…」

 少ししょんぼりとした顔で訊かれる。確かに宿泊客がいれば一部屋に集まるのは難しいかもしれない。

「そうですね、でも1日のうちせめてどこか1食か…お茶でも良いのでみんなでテーブルで集まる時間を作りましょう。従業員ミーティングです」

 今度はぱあっと顔を明るくして笑った。ころころ変わる表情に和みながら、こうして決まり事が増えていくのも楽しいものだなと思う。
 そこからは二人とも興が乗ってしまい、黙々と針を刺していた。エドアルドがウサギの処理が済んだとクライスと一緒に戻ってきたことで、もうそろそろ夕食の仕込みをする時間だということに気付く。

「出来ました!」

 裁縫道具を片づけようと椅子から立とうとしたところでサリタニアが一つ目の刺繍を終え、刺繍枠を掲げて見せてきた。どれどれ、と見ると、赤い屋根の家と鳥が刺繍されている。家はこの宿だろう。とても綺麗に刺してある。鳥は、なんというか、刺繍は綺麗なのだが、まるっとしているというか、ぴよっとしている。クライスも覗き込んで来てぷっと笑った。

「ターニャは昔から刺繍は綺麗なのに、図案が独特なんですよねぇ」
「もう、クライス!…ごめんなさい、変でしたか?」

 クライスにはその言われように怒ったが、ふと不安になったようで困った顔で私にそう聞いてくる。確かに独特な雰囲気を持った鳥だが、かわいいと言えばかわいいから良いと思う。というかこの顔を見ながら変ですとは誰も言えないと思う。

「とてもかわいらしいので、宿屋のエプロンには合っていると思います」
「カティアさんはターニャに甘すぎませんか」

 はぁ、と溜息をつかれてしまったがそんなことはないと思う。たぶん。
 布を片付け、エドアルドが処理してくれたウサギ肉をキッチンに運んでもらい、仕込みを始める。せっかくなのでウサギはシチューにしよう。今から煮込めばとろとろに美味しくなってくれるはずだ。他にも何品かを出せるように仕込みをしていく。宿泊客はトマス一人だが、サリタニア達がいるので仕込みを多めにしても余らせる事はないだろう。

「あ、そういえばクライスさん」

 私は念の為キッチンから顔を出し2階をチラリと見た後、少し声を低めて話しかけた。

「なんでしょう?」
「皆さんの身分などを隠す為のお話は、先程の設定で通す、ということで良いのですよね?」
「あぁそうでした。そうですね、カティアさんが宜しければ、ですけど」
「大丈夫です。カイルは少し呆れてましたけど」

 そう答えると、クライスは少し困ったような顔で皮を剥いている芋を見ながら「呆れているわけではないと思うのですけどね」と小声で言った。独り言の呟きとも思えたので、それには返事をしなかった。呆れているわけではないのなら心配させてしまったのだろうか。

「クライス、私はあなた達の妹ということでよろしいの?」
「そうですね。兄と呼んでくださっても構いませんよ」
「…それでしたら私はカティアをお姉様と呼びたいです」
「呼んで差し上げたら良いではないですか。カイル君も実の姉ではなくても姉ちゃんと呼んでいましたから」

 そう言われたサリタニアは私の方を向き、顔を覗き込みながらはにかんで

「カティア…お姉様」

 と言った。その瞬間、ズッキューーンと心臓を撃ち抜かれたように胸が苦しくなり自分の手で胸を押さえた。多分わかりやすく顔にも出ている。

「カティア!?大丈夫ですか!?ごめんなさい、嫌でしたか!?」

 クライスとエドアルドは私達の様子に爆笑している。本当にこういう時は失礼な人達だ。

「…ははっ…ターニャ、それはカティアさんが死んでしまいそうなので止めた方が良さそうですね…」

 苦しそうにひぃひぃ息をしながら言うクライスに悔しいが同意せざるを得ない。かわいいの破壊力が強すぎる。先程のカイルを思い出しながら、人の事は言えないなと思った。

「そうですね…嫌ではないのですが、落ち着かないのでいつも通りカティアと呼んでもらえると助かります…」
「わかりました…」

 しょんぼりとさせてしまったが、日常生活に支障をきたしかねないのでここは我慢してもらおう。
 そんなやりとりをしながらも夕飯の仕込みは進み、日もだいぶ落ちて来た頃、途中から受付カウンターでの待機をお願いしていたクライスからトマスが降りてきた事を告げられ夕食の給仕が始まった。トマスのご厚意に甘えて、メニューをサリタニアに取ってきてもらう。きっとこれから色々な人の話を聞いていくのに、サリタニア自身がお客様と話す機会が多い方が良いだろう。

「カティア、果実ドレッシングのサラダと、玉ねぎのオムレツ、それからウサギのシチューをお願いします。あと食後に紅茶を飲まれるそうです」
「わかりました。ではこちらのカトラリーをお願いしますね。机に置くだけで良いですから」

 オーダーをとるのに必要だろうと渡したメモ用紙には、立ちながら書いたにも関わらず綺麗な字でメニューが書かれている。さすがの教養力だ。繁忙期にお手伝いをお願いする街の子達は字の読み書きを出来ない場合もあるので、わざわざ訊くのも申し訳なくオーダーを誰かにお願いする事は初めてなのだが、全く問題はなさそうだ。絡んでくるお客様も時々いるが、必ずエドアルドかクライスにも食堂に出ていて貰えば大丈夫だろう。

 その後の給仕も問題なく進み、夕食も満足していただけたようだった。特に果実ドレッシングがお好みとの事で、サリタニア用に作ったものを試しにメニューに載せてみたのだがレギュラーメニューに入れても良さそうだ。
 トマスが部屋に戻る際に、今日は私達もここで食事をさせて貰うことを了承してもらって夕食をとったのだが、シチューがとても美味しかった。やはり保存加工していないものは美味しいと感想を述べると、「ではまた見かけたら獲ってこよう」とエドアルドが言ってくれた。

「エディ、私の部屋に4人で食事が出来る折りたたみテーブルを作ってもらえないかしら?」
「ターニャの部屋に?」

 宿泊客がいる時はサリタニアの部屋で食事をとる事、一日のうち一回はみんなで集まってテーブルを囲みたい事を伝えると、エドアルドが少し難しい顔を見たした。

「作るのは構わないが…女性の寝室で食事…いやでもスペース的にターニャの部屋しか無理か…」

 どうやらサリタニアの部屋での食事はあまりよろしくないらしい。貴族の家では寝室と生活スペースがはっきり分かれているのだろう。そういえば二人ともトマスがいるからいつの間にかターニャ呼びになっている。器用だなぁ。

「どうする?クライス」
「…カティアさん、繁忙期はお手伝いの方に来ていただくと話していましたよね?その方はどちらに泊まられていたのですか?」
「えっと、裏手にもう一つ小屋がありまして、そこに泊まっていただいてました。少し前の大雨でものすごい雨漏りをしてしまって部屋が水浸しになってしまったので、雨季が過ぎたら村か街から人を呼んで直すか壊してしまうかしようかと思ってまして…」

 お手伝いさんだけでなく祖母と私の家でもあったのだが、そちらには住めなくなってしまったので、宿の方にある仮眠部屋の方に最低限の物を移動して引っ越したのだ。お客様がいる場合、夜も宿に誰かいる必要がある為元々こちらでよく寝ていたので問題はなかった。その事を伝えるとクライスはふむ、と少し考えてからサリタニアを見た。

「ターニャ、我々もそちらに移動しませんか」
「良いですよ、これからお客様が多くなって泊まれなくなったらどうしようと思っていたのです」
「え!?」

 いやいやちょっと待って、だから住めないんです、その小屋。なぜそんな考えに至ったのか分からず困惑している私の前でエドアルドが「腕がなるな」と楽しそうに笑った。え、直せるの?

「ということですので、明日トマスさんが出られた後にその小屋の片付けをして引っ越してしまいましょう」
「え、たぶん明日あたりから雨が降ってきますよ?本当にひどい雨漏りなんです。それに1日の片付けでどうにかなると思えない程にびしょびしょなんですが…」

 床は歩くとぴちゃぴちゃ音がするレベルで水浸しだし、調度品はそんなに多くはないが、食器棚やテーブルなども一度拭きはしたがおそらくこれからの雨でだめになってしまうだろう。

「水気はエディが火の魔術でなんとかしてくれるでしょう。雨漏り自体も雨の合間をぬってエディに修理をお願いしましょう。あとは修理が終わるまで小屋自体に雨が当たらなければ良いのですよね?」

 にんまり、といたずらっぽい笑顔を浮かべたクライスが私を見た。

「あ!もしかして…」
「おわかりいただけたようで何よりです」
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