森の宿のひみつごと

ぽいこ

文字の大きさ
上 下
4 / 35

3. 転移馬車

しおりを挟む

「転移…馬車…」
「はい、お嬢様には転移馬車で移動していただく予定ですので」

 転移馬車とは、その名の通り転移が出来る馬車である。特定の鉱石に向かって転移出来る馬のような姿をした魔獣がいて、その魔獣に馬車を引かせるのだ。だが、魔獣自体がものすごく珍しく、餌も貴重な鉱石で、温厚で飼いやすくはあるがとにかくお金がかかる。クライスが言った「杭」というのは魔獣をこちらが指定した場所に転移させるためのもので、これもまた貴重な鉱石から作られるらしい。とにかくお金がかかるものなので、転移馬車を持てるのは貴族でも高位の家になる。ちなみに、所持には王家の許しが必要なので、仮に転移馬車を持てる財力を持つ商家があったとしても、王家との太い繋がりがなければ所持出来ない。つまりはお嬢様は少なくともそういう家の方ではないかと推測される。

「ええと…あの、転移馬車を所持できるようなお家柄の方が、こんな宿屋にどのようなご用事なのでしょうか…」

 お客様の事情には踏み込まないのか客商売の鉄則だか、こればかりは訊いても許されてほしい。

「申し訳ありません、事情についてはお嬢様がどうしても自分からお伝えしたいと申しておりまして、私からは何とも…」

 (余計に不安になる返答だなぁ…)

 心の中でため息をついたが、立場上強く言えるわけもなく。

「では、とりあえずお嬢様のお話は伺います。その後で、どうしても私には荷が重いと感じましたら、その時はまたご相談させてください」
「…!ありがとうございます。無理を言っている自覚はありますので、そう言っていただけるだけでありがたい」

 無理を言っている自覚があると言ってくれるだけこちらもありがたいです。

「それでは庭に厩舎がありますので、ご案内します」

 はたして転移魔獣を普通の厩舎に繋げて良いものかわからないが、他に場所もないので仕方ない。実際に見て駄目だと思ったらクライスが何か指示をくれるだろう、と庭に出るために階段を降りている途中で先程の事を思い出した。

「…あ!」
「どうしました?」

 先程クライスがお茶を飲みながら見ていた庭先に、土が流れた花壇があったはずだ。

「申し訳ありません、庭に昨日の雨で土が流れてしまった花壇がありまして…」
「あぁ、先程見かけました。力仕事のようでしたら処分先まで運ぶのを後ほどお手伝いしようかと」

 あぁぁやっぱりゴミに見えるよね…

「いえ、その、ゴミではなく、花は無事でしたので泥を落としてポプリにでもしようかと思ってまして…」
「なんと、それは失礼しました」
「いえいえ!私こそ作業途中のものをお客様の目に留まる場所に放置してしまって申し訳ありません!」
「私の訪問で予定が崩れてしまったのですよね、重ねて申し訳ありません」

(あ…)

 確かに、今日はミゲルが帰ったら掃除を終わらせてゆっくりポプリ作りにとりかかる予定だった。今日は良く晴れているので、外で乾燥させて泥を落として、あとは閑散期でもあるし空き部屋を使って室内で10日ほど乾かして…と予定を立てていた。

「こんな朝からの訪問などなかなかないでしょう、だいぶ予定を崩してしまったのではないかと思います」

 意外と色々と考えてくれてるんだ。でも。

「いえ、これは私の甘えです。改めて申し訳ございませんでした」

 こちらにも宿屋の矜持というものがある。気遣いはありがたく受け取るが、自分の落ち度を正当化はしない。改めて深く頭をさげた。

「ではこちらからの無理な申し出とおあいこではいかがですか」
「…お申し出ありがたくお受けします」

 クライスが手を胸に当ててにっこりと言い、私も今度は無理やりではない笑顔でにこりと笑って返した。

 1階の入口を出て横に周って流れた花壇を通り、裏手に近い場所にある厩舎に案内すると、クライスは「ふむ…」と宿泊部屋と同様に点検をし始めた。

「良いですね、ここに杭を打っても?」
「はい、他の宿泊客の方が厩舎を使用する場合は目につかない所に移動してもらうかもしれませんが、それまではこちらが街道からの死角にもなりますし、安全ではないかと思います」

 転移馬車なんて超高級なもの、人目につかない方が良いに決まっている。この国は割と平和だが、それでも盗賊や詐欺師はいるのだ。

「お気遣いありがとうございます。では…」

 クライスは腰に付けた小さな鞄から空色をしたこぶし大の石を取り出し、ぶつぶつと何かを呟いて息を吹きかけた。すると石はキラキラと輝きながら腰くらいまでの高さの杖に形を変える。先端には、大小の円が重なった花のような飾りが付いていて、光の加減で色が七色にきらめいてとても美しい。

「きれい…」

 私が見惚れていると、続けて呪文のような言葉を呟いたクライスの足元に紋様が光り、その中心に先程の杖が地面からほんの少し浮いた状態で固定された。

(これが貴族の魔法というものなのかしら)

 平民にも魔術を使える人は少なからずいる。だがそれはちょっと光や火を出せたり石ころを飛ばしたりするくらいで、主に森などに出てくる害獣を追い払う手段の一つくらいなものである。
 見たことはないが、貴族が使う魔術は国の儀式に使われるらしく、それは大変美しく見事なもので、平民が使う実用的なものとの違いを表すのに魔法と呼ばれている。

「今のは魔石の力を解放するための呪文で、私の魔法ではないですよ」
「…すみません、顔に出てましたか…」
「カティアさんは顔に出やすくていらっしゃる。お嬢様もきっとお気に召されます」

おもちゃとして、ではないと良いなぁ…。

「さて、これで準備は整いました。2日後の…本日と同じくらいの時間にお嬢様と護衛、それから私の3人で伺ってもよろしいでしょうか」
「はい、朝からお迎えの準備をしておきますので、いつでもご都合のよろしい時においでください」

 こうして、我が森の外れの小さな宿に、何とも珍しいお客様が来ることになったのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結済み】「何なのよ!アイツっもおお!メイド、お茶ぁ」と貴族の女の子は荒れています。<短編>

BBやっこ
恋愛
メイドに叫ぶ 「あいつが婚約者とかっ!我慢できない。」 「さようですか。」 姉と妹。その関係性と荒れ模様をお届け。 ・姉妹仲はずっと良い。 ・男運がしばらく悪い。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

隠された第四皇女

山田ランチ
ファンタジー
 ギルベアト帝国。  帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。  皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。 ヒュー娼館の人々 ウィノラ(娼館で育った第四皇女) アデリータ(女将、ウィノラの育ての親) マイノ(アデリータの弟で護衛長) ディアンヌ、ロラ(娼婦) デルマ、イリーゼ(高級娼婦) 皇宮の人々 ライナー・フックス(公爵家嫡男) バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人) ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝) ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長) リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属) オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟) エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟) セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃) ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡) 幻の皇女(第四皇女、死産?) アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補) ロタリオ(ライナーの従者) ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長) レナード・ハーン(子爵令息) リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女) ローザ(リナの侍女、魔女) ※フェッチ   力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。  ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...