真実は手紙と共に

小鳥遊怜那

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チューリップ編

しっぺ返し

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「チューリップの球根1口4万ゼニーからだよ。さあ、買った買った」
「4万1000」
「4万5000」
「5万」
「5万8000」
「他にいないかー? いないなー。よし、5万8000だ」
 チューリップは最初1口4万で売られていた。しかし需要の拡大に伴い価格は高騰する。その際の値段は競りによって決まる。競りに勝った人が更に競りにかけ儲けを得る。
 球根に4万も出せない人は種を買うことになるが、こちらも値上りしている。400スタートだったものが、4000にもなった。
 ついには初期投資として、商売道具を質に出しチューリップを買う者も現れた。

「順調ですわね」
「想定を超えています。これならチューリップさんの目的も、早く果たせそうですね」
「目的?」
「テンビーさんの役に立ちたいって」
「ああ。それは確かに言いましたわね。でも一番の目的は違うんですの」
「一番の目的?」
「子どもが欲しいんですわ」
「子ども……」
 ――マジか。流石に十月十日も待てないぞ。いや、それじゃ収まらない。生んだらそれで終わりじゃない。育てなくちゃいけない。何年もかかる。
 表情に出ていたのだろう。チューリップが優しい声で話しかける。
「植物を育てる"アレ"の応用で、私の命を捧げれば直ぐに生めますわ」
「!?」
「セレカレスの頼みは私たちを植物に回帰させること。その本質はその生に終焉を与えること。私は子どもを遺せればそれで満足ですわ」
「それはちょっといただけませんね。子どもは生んで終わりじゃないんですよ」
「大丈夫。テンビーさんなら育ててくれますわ」
「そういう問題じゃありません。生むなら責任を果たせって言ってんですよ」
「なら、育てるまで待ってくれますの?」
「それはッ……」
「私を後回しにしても、戻って来る頃には丁度子育ての忙しい時期になるでしょう。貴女は待てない。知的好奇心を満たした後の人生は、満たしてからでないと想像できない。貴女も自分のために生きることが許される僅かな時間を、他人に捧げたくはないでしょう?」
 ――耳が痛い。私は私のために犠牲となった命に報いたいのと同じくらい、自分のために生きている。
「私なりの気遣いなんですのよ。受け取ってくださいまし」
「……」
 ――言い返せないのが悔しい。なにより、この気遣いに甘えようとしている自分が恥ずかしいと分かっているのに、どこか安心している自分が醜い。
「分かりました」

 それから2か月が経った。チューリップ(花)は一時一口1億まで値上がりした。しかしたかだかチューリップに、それだけの金額を払える酔狂な人間はいなかった。金持ちは既に欲しいだけの量のチューリップを買い、投機目的で買いたい者は手が出ない。需要の低下に伴い価格は下落した。
 チューリップ(人)にとって悪いことはそれだけで終わらなかった。
「不妊症ですね」
「え?」
「モザイク病に罹ってます。花がこれに罹ると、葉が細くなって縮む、一部の組織が死ぬ壊疽えそ、全体の萎縮などで弱り、枯れることもあります。人には影響がない病気ですが、チューリップさんは元が植物ですから」
「治せないんですか?」
「治療法はありません。子どもは諦めるしかありませんね」
「そんな……」

 病院から帰り、検査結果を伝える。
「は? 子どもが作れない?」
「うん。お医者様が言っていましたの」
「そうかー。じゃあ、もうお前といる意味ねーじゃん」
 チューリップは口を真一文字に結ぶ。
「俺もお前も大家族を夢見た。だから一緒にいた。でもそれが無理ならもう別れよう」
「待って! 置いてかないで! 子どもは作れないけど、それ以外は何でもするから! お金だってあるし!」
「いや、いいから。金なら自分でどうにかするし、他も自己管理できるから」
 テンビーは彼女を置いて出ていった。

 それから5時間、夜になるまで彼女は泣き続けた。
 家の戸が鳴る。ナザトがやってきた。
「チューリップさん。今後の方針について話し合いましょう」
 返事がない。
「チューリップさん?」
 レバーを押す。
 ――空いてる。
「入りますよ」
 チューリップは机に突っ伏していた。机には、コップの水を零したかのように、小さな水たまりが出来ていた。
「何があったんですか?」
「ナザトさん……」
 彼女は不妊のことを伝えた。
「もう人とは関わりたくありませんわ。病のせいで未来もありません。もう終わらせてくださいませ」
「かしこまりました。今楽にします」
 ナザトは彼女を回帰させた。

 ――これが彼女への罰か。倫理を無視した行いがいずれ自分に帰って来るというのなら、私もいつか痛い目を見るのだろう。ならばそれまでに目的を果たすまでだ。かかってこい。運命。
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