真実は手紙と共に

小鳥遊怜那

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チューリップ編

日常的風景

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 2人は腰を据えて話すために、喫茶店へ向かった。
「ちなみに、現在の売れ行きはどうなんですか?」
「あまり好調とは言えませんわね。原価は掛からないので金銭的な損失はありませんが、球根を生み出すのだってエネルギーが要るんですのよ」
 ――損失がないという表現を使うということは、プラマイゼロかそれに近いということだろう。
「分かりました。まずは現状を分析してみましょう」
「よろしくお願いいたしますわ」

「チューリップの販売。時期としてはバッチリだと思いますよ」
「本当ですか」
「物には流行があります。今の麻は、売れ行きからしてピークであると言えるでしょう」
「最安値でも一口4千ですものね」
「逆に考えればこれから価格は落ち着いていくと考えられます」
「需要が減るからですわね」
「そこにチューリップのピークを持って来ることが出来たら勝ちです」
「おー」
「ここからが分析なんです。流れが来ることはチャンスですが、それに乗るにはコストがかかりますし、失敗すれば損失を抱えることになります」
「それは困りますわ」
「次に流通の問題です。私たちだけでは短期で多くの人に届けるのは難しいです。しかし、幸いこの国には麻を運ぶ会社があるので、それを取り込めれば解決できます」
「交渉次第ということですわね」
「最後に社会の雰囲気です。今は麻を吸うことが流行になっています。つまり需要があるから強いのです。だからこれを規制します」
「規制なんて出来るんですか?」
「有害性を訴えてデモを行います」
「過激ですのね」
「そうでもしないと流行を崩すのは難しいんですよ。それで、本題はこれらの問題にどうアプローチするかです」
「何か算段はありまして?」
「お金持ちの中でも、嫌煙家の方を巻き込みます。デモに参加してもらい、その後噂を流してもらいます」
「噂?」
「大麻で死んだ人を見た。チューリップが1億で売れた。この2つです」
「それは盛りすぎでは?」
「過激なくらいじゃないと大衆は動きません。その噂を流してもらったあと、流通を確保してもらいます」
「同じ方に頼むとマッチポンプのようで、その方への印象が悪くなる恐れがありますわ。噂と流通は別の方に頼みましょう」
「そうですね。次の分析を始めましょう」
「はい」

「競合になるのは麻製品です。私たちはそこにカチコミを掛けるわけですが、他にもチューリップを売ろうとしている方がいるかもしれません。何か思い当たる方はいますか?」
「いえ、私以外にこれを売ろうとしているという話は聞きません。チューリップが流行り始めたのはここ最近の話ですから」
「それは良かったです。では次に、今お金持ちの中でチューリップが流行っているとのことですが、それは豊かさを示すためのものですよね? それってチューリップ以外でも出来ることですよね?」
「確かにそうですわ。大麻同様、チューリップを育てているのは富を表すため。それは他の物でも出来ますわ」
「ならば他の物にはない価値を付加する必要があります」
「ステイタス以外の役割を持たせるんですのね」
「そもそもなぜチューリップなのかを考えましょう」
「それは美しいからですわ。この町は寒いから植物が少ないのです。そこに彗星の様に現れたのがチューリップですわ」
「色の種類も多いですもんね。そういえば、この縞模様の花は見たことがありませんね」
「私が生み出すと、稀にこの模様のモノが生まれるんですのよ」
「稀に……。よし。それで行きましょう」
「それ、とは?」
「低確率でより美しい物が生まれる。つまりギャンブルの要素です。これを取り入れれば、花に興味が無い人も買ってくれるかもしれません。花ではなく球根を売りましょう」
「それは嬉しいですわね」
「さて、ここで本来なら買いたたかれる心配をするところですが、ここからは需要が増えるので問題ありませんね。生産も自分たちで出来るので、コスト0で売れますし」
「植物で良かったですわ」

「まだまだ分析は始またばかりですよ。次はお客さんと市場、自分、そしてライバルの状況について考えましょう。そのためにチューリップと大麻を比較してみましょう」
「何を比較するんですの?」
「市場規模、成長性、購入プロセス、値段、種類。この5つを比べます」
「市場規模は圧倒的に麻の方が大きいですわね。今や町中のほぼ全員が買っているくらいです」
「一方こちらはお金持ちの間だけ。しかし、動いているお金は小さくありません。一本につき最低でも4万ゼニー。実に10倍です。つまり単純計算で、10分の1のお客さんに売れれば対等にれます」
「そう考えれば、希望が持てますわね」
「次は成長性です」
「これは圧倒的にこちらの勝ちではなくて?」
「そう考えるのは早いですよ。麻がアヅナロではもう成長する余地が無くても、この町の外まで手を広げられれば負けます」
「何と!」
「そうならないために輸出を禁止しましょう。収入が多ければ政治に関われるこの町なら、簡単に規制がかけられるはずです。そのうえでこちらは輸出が可能ということにすれば、簡単に規模を広げられます」
「何だかズルくありません?」
「商売とはこういうものです。次は購入プロセスです。今は貴女が直接売っているのですか?」
「そうですわ」
「これではどれだけ需要があっても応えられません。人を雇って販売員を増やしましょう」
「そうなると人件費がかかりますわね。お値段も上げないといけませんかね?」
「値段は需要に合わせる形で上げていきましょう。最後は種類について考えましょう」
「麻は吸う以外には服にも使われていますわね」
「と言っても種類は多くありませんよね?」
「ええ。それに対しこちらは、数百は越えますわ」

「では次に舞台づくりについて考えましょう」
「舞台づくり?」
「得意を押し付け、苦手を避けるためです。強み×チャンス=得意の押し付け。弱み×ピンチ=苦手。そして苦手は回避する。まずは得意から考えましょう」
「私たちの強みって何でしょう?」
「ほぼ費用なしで量産が可能なことです」
「たしかに。普通、物を売るならそれを作るためのコストがかかりますものね」
「チャンスはこれから波が来ること。大口購入の場合は値引きしてお得感を出すのもいいかもしれませんね」
「値引きされると嬉しいものですものね」
「次は苦手を考えましょう」
「1つ当たりの値段が高いので、買える人が限られてしまうのが弱みですわね」
「ステイタスとしての役割があることを考えると、まとめ買い以外の理由での値引きは難しそうですね」
「ならば、種は安く売るというのはどうでしょう」
「なるほど。花が咲くまでの時間が長い代わりに安くするということですね。良いと思います。分析は以上です」

「ではここまでをまとめましょう。麻を陥れてチューリップと挿げ替える。ギャンブル要素を取り入れる。安い物と高い物を作る。これでよろしくて?」
「ざっくりまとめるとそうなりますね」
「これから私たちは一蓮托生ですわ。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
 2人は手を握る。
 この少女たちによるビジネスは、後に世界初のバブルと呼ばれることになる。そんな大きな出来事さえ、傍から見ると始まりは日常的風景にすぎない。
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