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ダイズ編
気が付く
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お枝と名乗る大豆と会ったナザト。彼女は旅館が提供する「ハグサービス」を注文していた。
お枝はいきなりハグをするのではなく、まずは対話を試みる。
「お客様はどちらからいらしたのですか?」
「日東からです」
「奇遇ですね。私の故郷がそこなんですよ」
「そうなんですね。でも私日東にいた期間がほぼなくて、あんまり話せることとかないんですよね」
「日東はいい場所ですよ。平和ですし、食べ物は美味しく、景色が綺麗です」
「配達が終わったら、もう少し歩き回ってみようかなぁ」
「是非そうしてみてください。ではお客様、両手を広げてください」
ああ、そうだ。ハグのサービスだった。思わず会話に意識が向いてしまったナザトだったが、その一言で思い出した。
両の手を広げると、お枝が間に入って抱き着いてくる。その瞬間、セロトニンが湧き出てくる。心が落ち着く一方で、気持ちが前向きになり、士気が高まる。
――これがハグの力⁉ いや、そんなわけはない。母さんや妹たちと抱き合ったときはこんなことにはならなかった。魔物や魔道具由来なことは同じなのに。これは間違いなく彼女の特殊能力だ。
「はい。お終い」
サービス提供人はハグをやめる。
「いかがでしたか?」
「良かったです。とても」
客人はすこし恍惚とした表情を浮かべる。
「ご満足いただけたようで何よりです。では私は失礼しますね」
彼女は部屋を出ていこうとした。ナザトはハッとし、自分の頬をぺちぺちと叩く。
「待ってください。ダイズさん!」
「なぜその名で?」
彼女は先ほどの柔らかい表情から一変し、少し眉をひそめ、若干鋭い目つきをする。
ナザトは一瞬、しまったと思ったが、ここはもう面倒な駆け引きなどは無くし、正直に話そうと、顔を引き締める。
「先ほどの"配達"ですが、貴女もその受取人の1人なんですよ」
「聞きましょう」
彼女は一言かけてから椅子に座る。
客人は、セレカレスから手紙を預かっていること、人になった植物を戻すことを依頼されたこと、そしてコムギから、植物は何かしらの問題を抱えていることを聞き、自分はそれの解決に協力したいことを話した。
「なるほど。そうでしたか。じゃあ、ハグ代として相談しましょうかね」
事情を知ったお枝は緊張を解く。
「私はダイズですが、大豆未満の存在です」
「どういうことですか?」
「大豆は窒素固定という能力が使えます。それによって地力を回復させることが出来るのです」
「素晴らしい能力ですね」
「ですが、私はその能力が使えないのです」
「なんと」
「現在ニコナンでは連作によって土が痩せてきています。このままでは近いうちに作物が取れなくなってしまう。それを回避するために、私は能力を使えるようにならないといけないんです」
「分かりました。ではまず今の土の状況を教えてください」
2人は許可を得て、実際に畑の土を持って帰ることにした。
「とりあえず土を持ち帰りましたけど、どうしましょう」
ナザトは土の入った袋を前に首をひねる。
「土における三大栄養素は窒素、リン、カリウムです。たい肥などの有機物の存在も肥沃な土には必要です。栄養状態を確かめましょう」
「具体的には?」
「実際に作物を植えてみます」
そう言ってダイズは手から大豆の種を生み出す。
植物を人間にしたってことだったけど、そんなこと出来るんだ。と感心した。
「植えたのはいいですけど、これだと実るまで何か月かかかりますよね?」
「安心してください。小さな植木鉢1つ分くらいなら、時間を加速させることが出来ます」
「便利なものですね」
ものの数秒で芽が出た。しかし1つだけだ。植木鉢に植えた量からすれば、もう2、3個は芽が出てもいい。
葉は小さく、茎も細い。さらに葉が黄色くなり、根腐れも起こしている。
「全体的に栄養が足りていませんね。たい肥は既に使われているようですが、それでも足りていないようです」
「どうすればいいんですか?」
「そもそも土地が痩せたのは連作をやりすぎたからです。それをやめたうえで、継続的に栄養を与えないと……。そしてそれに適しているのが、窒素固定が出来る大豆なのですが……」
「今の貴女にはそれが出来ないと。きっと何か見落としているんでしょうね」
「何かとは?」
「逆にこの土に足りている物を探しましょう」
2人はさらに土を調べた。すると細菌や微生物は足りているようだった。
「この微生物こそが鍵になるような気がします」
ナザトは提案する。
「なるほど。それらは土の栄養の高さの証明程度の認識でした。これらが窒素固定に必要とは考えてもみませんでした」
それからダイズは細菌を分類して調べた。その結果、根粒菌こそが必要なものであると判明した。
「たった2日で分かるなんて、随分と熱心に調べたみたいですね」
「この町の未来が掛かっていますから」
「そうですか。それで、根粒菌をどう使うんですか?」
「……。私がこれに感染します」
「え?」
「根粒内部で根粒菌がニトロゲナーゼという酵素を生成します。ニトロゲナーゼが大気中の窒素ガスをアンモニアに変換します。変換されたアンモニアが植物に供給されます。これが窒素固定。私が根粒菌に感染するだけで土が回復するのなら安いものです」
彼女は血管の思いっきりブッ刺した。
一週間が経過した。
根粒菌に感染した部位にコブが出来た。その見た目から、ハグサービスは継続出来なくなった。ダイズはそれを悲しく感じた。
彼女にとっては、唯一人間と繋がれる方法だった。窒素固定が出来ないことを後ろめたく感じていた。その代わりに出来ることを探し、やっとのことで見つけたのがハグサービスだ。それを封じられた。
――苦しい。暑いのに寒い。コブが布団に擦れると痛い。髪も緑から白に変わっちゃった。老人みたい。自分の見た目には自信あったのになー。これじゃ、治ってもハグサービスは出来ないかも。いや、治ったら大豆に戻るからどの道復帰は出来ないか。あーあ。寂しいなぁ。
薄っすら視界が滲む。そのとき部屋の戸が開く。
「ダイズちゃん。これ食べて」
宿のオーナーが食べ物を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「ねえ、何があったのか、本当に聞かせてくれないの?」
「いづれ分かることですから」
「ならせめて病院に行こう?」
「大丈夫です。ちゃんと治るものですから」
「そう言ってから一週間よ。早く治療しないと、手遅れになるかもしれないじゃない」
「本当に大丈夫ですから。これでも初期に比べると大分良くなってるんです」
「でも――」
「あの、寝たいので一人にしてくれませんか」
「……分かったわ」
オーナーは部屋を出る。
それを外から見ていたナザトが窓から入って来る。
「良かったんですか? あんな言い方して」
「いいんです。どうせ分かれるんですから」
フラつきながら布団から出る。
「ナザトさん。私を畑まで連れて行ってください」
「そんな状態の人は連れていけませんって」
「分かるんです。窒素固定ができるって」
「ならせめてそこのご飯を食べてからにしてください」
「そんな時間は――」
「あれは! 畑が痩せつつある中、貴重な食料を使って、貴女のために作ったものです。食べなさい」
ナザトは語気を強める。
「分かりましたよ」
ダイズは運ばれた料理を口にする。一口、また一口食べれば思い出す。
自分がこの町に着いた時、自分は本当に何も出来なかった。何も知らなかった。それでもこの町は私を受け入れてくれた。働き口を探してくれた。自分に人を癒す力があると分かったときは、それをどう使えばいいのか教えてくれた。
半分も食べるころには、涙で味が分からなくなった。愛されていることに気が付いてしまった。
食べ終わると、彼女の体調は万全なものになった。
「ナザトさん。五分くらい待ってもらってもいいですか?」
「構いませんよ」
彼女は思いのたけを手紙に綴った。
「オーナーテツ。今までお世話になりました。私はダイズ。畑の肉です。今からこの町の畑の糧になります。体調が悪化したのはそのための準備だったんです。心配かけてごめんなさい。ハグサービスは出来なくなるけど、この宿はそんなものがなくてもやっていけるほど、最高のサービスを提供出来ていると思います。我儘な私を許してください。それと、畑のことですが、連作はほどほどにして、栄養素の補給を行ってください。そうすれば、畑が痩せることはないはずです。 P.S.ご飯美味しかったです」
ダイズが畑に手を着く。土が白い光を放つ。その光は町中に伝播していく。
「これで窒素固定が出来ました」
「綺麗ですね」
「私を戻したら、畑に埋めてください。そうしたら能力が固定され、今後も窒素不足になることはないはずです」
「そのまえに、セレカレスさんからの手紙を読んでください」
ダイズは手紙を読む。
「そうですか。彼女らしいことを……。もう満足です。やってください」
ナザトはダイズを包んだ。ただの植物に戻った少女を畑に植えた。
――彼女の愛が、この地に実りますように。
お枝はいきなりハグをするのではなく、まずは対話を試みる。
「お客様はどちらからいらしたのですか?」
「日東からです」
「奇遇ですね。私の故郷がそこなんですよ」
「そうなんですね。でも私日東にいた期間がほぼなくて、あんまり話せることとかないんですよね」
「日東はいい場所ですよ。平和ですし、食べ物は美味しく、景色が綺麗です」
「配達が終わったら、もう少し歩き回ってみようかなぁ」
「是非そうしてみてください。ではお客様、両手を広げてください」
ああ、そうだ。ハグのサービスだった。思わず会話に意識が向いてしまったナザトだったが、その一言で思い出した。
両の手を広げると、お枝が間に入って抱き着いてくる。その瞬間、セロトニンが湧き出てくる。心が落ち着く一方で、気持ちが前向きになり、士気が高まる。
――これがハグの力⁉ いや、そんなわけはない。母さんや妹たちと抱き合ったときはこんなことにはならなかった。魔物や魔道具由来なことは同じなのに。これは間違いなく彼女の特殊能力だ。
「はい。お終い」
サービス提供人はハグをやめる。
「いかがでしたか?」
「良かったです。とても」
客人はすこし恍惚とした表情を浮かべる。
「ご満足いただけたようで何よりです。では私は失礼しますね」
彼女は部屋を出ていこうとした。ナザトはハッとし、自分の頬をぺちぺちと叩く。
「待ってください。ダイズさん!」
「なぜその名で?」
彼女は先ほどの柔らかい表情から一変し、少し眉をひそめ、若干鋭い目つきをする。
ナザトは一瞬、しまったと思ったが、ここはもう面倒な駆け引きなどは無くし、正直に話そうと、顔を引き締める。
「先ほどの"配達"ですが、貴女もその受取人の1人なんですよ」
「聞きましょう」
彼女は一言かけてから椅子に座る。
客人は、セレカレスから手紙を預かっていること、人になった植物を戻すことを依頼されたこと、そしてコムギから、植物は何かしらの問題を抱えていることを聞き、自分はそれの解決に協力したいことを話した。
「なるほど。そうでしたか。じゃあ、ハグ代として相談しましょうかね」
事情を知ったお枝は緊張を解く。
「私はダイズですが、大豆未満の存在です」
「どういうことですか?」
「大豆は窒素固定という能力が使えます。それによって地力を回復させることが出来るのです」
「素晴らしい能力ですね」
「ですが、私はその能力が使えないのです」
「なんと」
「現在ニコナンでは連作によって土が痩せてきています。このままでは近いうちに作物が取れなくなってしまう。それを回避するために、私は能力を使えるようにならないといけないんです」
「分かりました。ではまず今の土の状況を教えてください」
2人は許可を得て、実際に畑の土を持って帰ることにした。
「とりあえず土を持ち帰りましたけど、どうしましょう」
ナザトは土の入った袋を前に首をひねる。
「土における三大栄養素は窒素、リン、カリウムです。たい肥などの有機物の存在も肥沃な土には必要です。栄養状態を確かめましょう」
「具体的には?」
「実際に作物を植えてみます」
そう言ってダイズは手から大豆の種を生み出す。
植物を人間にしたってことだったけど、そんなこと出来るんだ。と感心した。
「植えたのはいいですけど、これだと実るまで何か月かかかりますよね?」
「安心してください。小さな植木鉢1つ分くらいなら、時間を加速させることが出来ます」
「便利なものですね」
ものの数秒で芽が出た。しかし1つだけだ。植木鉢に植えた量からすれば、もう2、3個は芽が出てもいい。
葉は小さく、茎も細い。さらに葉が黄色くなり、根腐れも起こしている。
「全体的に栄養が足りていませんね。たい肥は既に使われているようですが、それでも足りていないようです」
「どうすればいいんですか?」
「そもそも土地が痩せたのは連作をやりすぎたからです。それをやめたうえで、継続的に栄養を与えないと……。そしてそれに適しているのが、窒素固定が出来る大豆なのですが……」
「今の貴女にはそれが出来ないと。きっと何か見落としているんでしょうね」
「何かとは?」
「逆にこの土に足りている物を探しましょう」
2人はさらに土を調べた。すると細菌や微生物は足りているようだった。
「この微生物こそが鍵になるような気がします」
ナザトは提案する。
「なるほど。それらは土の栄養の高さの証明程度の認識でした。これらが窒素固定に必要とは考えてもみませんでした」
それからダイズは細菌を分類して調べた。その結果、根粒菌こそが必要なものであると判明した。
「たった2日で分かるなんて、随分と熱心に調べたみたいですね」
「この町の未来が掛かっていますから」
「そうですか。それで、根粒菌をどう使うんですか?」
「……。私がこれに感染します」
「え?」
「根粒内部で根粒菌がニトロゲナーゼという酵素を生成します。ニトロゲナーゼが大気中の窒素ガスをアンモニアに変換します。変換されたアンモニアが植物に供給されます。これが窒素固定。私が根粒菌に感染するだけで土が回復するのなら安いものです」
彼女は血管の思いっきりブッ刺した。
一週間が経過した。
根粒菌に感染した部位にコブが出来た。その見た目から、ハグサービスは継続出来なくなった。ダイズはそれを悲しく感じた。
彼女にとっては、唯一人間と繋がれる方法だった。窒素固定が出来ないことを後ろめたく感じていた。その代わりに出来ることを探し、やっとのことで見つけたのがハグサービスだ。それを封じられた。
――苦しい。暑いのに寒い。コブが布団に擦れると痛い。髪も緑から白に変わっちゃった。老人みたい。自分の見た目には自信あったのになー。これじゃ、治ってもハグサービスは出来ないかも。いや、治ったら大豆に戻るからどの道復帰は出来ないか。あーあ。寂しいなぁ。
薄っすら視界が滲む。そのとき部屋の戸が開く。
「ダイズちゃん。これ食べて」
宿のオーナーが食べ物を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「ねえ、何があったのか、本当に聞かせてくれないの?」
「いづれ分かることですから」
「ならせめて病院に行こう?」
「大丈夫です。ちゃんと治るものですから」
「そう言ってから一週間よ。早く治療しないと、手遅れになるかもしれないじゃない」
「本当に大丈夫ですから。これでも初期に比べると大分良くなってるんです」
「でも――」
「あの、寝たいので一人にしてくれませんか」
「……分かったわ」
オーナーは部屋を出る。
それを外から見ていたナザトが窓から入って来る。
「良かったんですか? あんな言い方して」
「いいんです。どうせ分かれるんですから」
フラつきながら布団から出る。
「ナザトさん。私を畑まで連れて行ってください」
「そんな状態の人は連れていけませんって」
「分かるんです。窒素固定ができるって」
「ならせめてそこのご飯を食べてからにしてください」
「そんな時間は――」
「あれは! 畑が痩せつつある中、貴重な食料を使って、貴女のために作ったものです。食べなさい」
ナザトは語気を強める。
「分かりましたよ」
ダイズは運ばれた料理を口にする。一口、また一口食べれば思い出す。
自分がこの町に着いた時、自分は本当に何も出来なかった。何も知らなかった。それでもこの町は私を受け入れてくれた。働き口を探してくれた。自分に人を癒す力があると分かったときは、それをどう使えばいいのか教えてくれた。
半分も食べるころには、涙で味が分からなくなった。愛されていることに気が付いてしまった。
食べ終わると、彼女の体調は万全なものになった。
「ナザトさん。五分くらい待ってもらってもいいですか?」
「構いませんよ」
彼女は思いのたけを手紙に綴った。
「オーナーテツ。今までお世話になりました。私はダイズ。畑の肉です。今からこの町の畑の糧になります。体調が悪化したのはそのための準備だったんです。心配かけてごめんなさい。ハグサービスは出来なくなるけど、この宿はそんなものがなくてもやっていけるほど、最高のサービスを提供出来ていると思います。我儘な私を許してください。それと、畑のことですが、連作はほどほどにして、栄養素の補給を行ってください。そうすれば、畑が痩せることはないはずです。 P.S.ご飯美味しかったです」
ダイズが畑に手を着く。土が白い光を放つ。その光は町中に伝播していく。
「これで窒素固定が出来ました」
「綺麗ですね」
「私を戻したら、畑に埋めてください。そうしたら能力が固定され、今後も窒素不足になることはないはずです」
「そのまえに、セレカレスさんからの手紙を読んでください」
ダイズは手紙を読む。
「そうですか。彼女らしいことを……。もう満足です。やってください」
ナザトはダイズを包んだ。ただの植物に戻った少女を畑に植えた。
――彼女の愛が、この地に実りますように。
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