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TS編
したいように
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それから4年。私は20歳になった。
村に帰ってから定職には就いた。洋服屋でなら、女装も目立たない。
「何かお探しですか?」
「春物を1着」
「この黒いワンピースに、白のジャケットを羽織るのはいかがでしょうか」
「シュッとして見えていいわね。それにしようかしら」
「お買い上げありがとうございます」
「いい買い物が出来たわ」
女性は代金とは別に、表に太陽、裏に月が描かれたコインをカウンターに置く。
「そんな。貰えませんよ」
「ほんの気持ちよ。それにきっと君の役に立つわ」
「私の役に……」
アニマはこの客が、どれだけ自分のことを見たうえでそう言ったのか、下を向いて逡巡する。
「やっぱりこれは――」
顔を上げたときにはもう客はいなかった。仕方がないので忘れ物として裏に保管しようとコインに触れた時だった。客が役に立つと言った理由が分かった。これは魔道具だ。ひとまずコインをポケットに忍ばせた。
夜。
持ち帰ってしまった。効果は性反転。自分の性と対応する面を表にしてコイントスをする。逆の面が出たら性が反転する。
確かに私の求めていた魔道具だ。でも範囲が広すぎる。私の我儘に、村を巻き込んでいいのだろうか。
だけどこれは積年の願いだし。
その時思い出した。昔店長は「偶にはしたいようにしても良い」と言っていたことを。
「そうよ。偶にはしたいようにしてもいいわよね」
夜明けとともに私は魔道具を使った。
混乱しておりますわね。それもそのはず。自分の性がいきなり変わって、混乱しない人などいないはずですもの。さて、仕様上店長一家は無事だとは思いますが、報告も兼ねて確認しにいきますか。
「店長。おはようございます」
「その服、……アニマか」
「服だけで分かってしまうのですか?」
「元々ウチは客が少ないんだ。それに今は村中があれだからな」
「なるほど」
「あれは、お前がやったのか?」
「どうしてそう思うんですの?」
「理由は2つ。1つ、お前が落ち着き過ぎていること。2つ、これをやって一番得をするのはお前だ」
「得をする。確かにそうですわね。私以外にこうなって喜ぶのはいませんね」
「それにしてもこれは流石にやりすぎだろう。元には戻せねーのか」
「戻り方があるのにそうする必要がありまして?」
「ならせめてそれを公開したらどうだ」
「……。方法はお伝えしますわ。それを広めるのはお任せします」
「分かった」
「いつものをくださる?」
店長は紅茶とウエハースを用意する。
それにしても流石店長。性は変わっていなかったし、雰囲気からしても家族には影響がなかったみたい。私を置いていっただけはあるわね。
注文の品が届く。紅茶を一口飲んだところで、アマナスたちが店に入ってきた。
「話は以上ですわ。お引き取りくださる?」
「約束ですから。私はそうします」
オーメンは含みのある顔のまま言った。しかしアマナスは引き下がらない。
「戻り方を教えてください」
アニマは面倒そうな表情をし、溜息をついた。
「私は店長にお伝えします。横から聞く位なら許してあげますわよ」
「あちゃー。こりゃあ責任重大な役割を与えられちまったなぁ」
店長はあえておちゃらけた雰囲気で喋った。しかし一瞬の間を置くと、真剣な表情に変わる。
「さて、まずは仕様について聞こうか」
「この魔道具は、誰でも性を反転させられるというわけではありません。第二次性徴を迎えていない者。つまり子どもは変わりません」
「そうだな。それは村を見ればわかる。問題は大人でも変わっていない奴がいるってことだ」
「その前に、こんな話は聞いたことがありますか?人は誰しも、内なる無意識的な人格要因として、異性性をもっている。そしてそれを異性に投影すると」
「聞いたことがないな」
「男性にも女性的な面があって、女性にも男性的な面がある。その異性的な面を好きになるとお考え下さい」
「それが今回とどう繋がるんだ?」
「この異性的な側面には段階があるんですの。その段階が最後まで到達している人は性が変わらないんです」
「なるほど。それで、どうしたら戻せるんだ?」
「段階を一段上げることです」
「具体的には?」
「そこまでは教えられませんわ。ただ、ヒントとして、各段階がどんなものなのかはお教えします」
「頼む」
「まず女性にとっての男性的な面は、下から順に、力強さ、行動力や実行力、言語や論理的思考、冒険や哲学となっています。男性にとっての女性的な面は、肉体、ロマンス、母性、叡智です」
「ありがとう。これで村の人たちも助かる」
「私はもう戻りますわ。お金、ここに置いておきますわね」
立ち去ろうとするアニマをアマナスが引き留めようとする。
「待って、もっと教えて」
アニマの右手を掴んだ。するとアニマはアマナスに一歩近づき、右手の親指を立ててクルリと外へ回す。そして掴んでいたアマナスの手首を右手で掴み、左手で掴んだ腕の肘を押して地に伏せさせた。
「!」
「引き上げて下さるという約束でしたよね?」
「アマナス君。彼女の言う通りだ。引き上げよう」
「助かりますわ」
彼女は手を離し、店の扉へ向かう。
「それでは旅のお方、善き省察を」
村に帰ってから定職には就いた。洋服屋でなら、女装も目立たない。
「何かお探しですか?」
「春物を1着」
「この黒いワンピースに、白のジャケットを羽織るのはいかがでしょうか」
「シュッとして見えていいわね。それにしようかしら」
「お買い上げありがとうございます」
「いい買い物が出来たわ」
女性は代金とは別に、表に太陽、裏に月が描かれたコインをカウンターに置く。
「そんな。貰えませんよ」
「ほんの気持ちよ。それにきっと君の役に立つわ」
「私の役に……」
アニマはこの客が、どれだけ自分のことを見たうえでそう言ったのか、下を向いて逡巡する。
「やっぱりこれは――」
顔を上げたときにはもう客はいなかった。仕方がないので忘れ物として裏に保管しようとコインに触れた時だった。客が役に立つと言った理由が分かった。これは魔道具だ。ひとまずコインをポケットに忍ばせた。
夜。
持ち帰ってしまった。効果は性反転。自分の性と対応する面を表にしてコイントスをする。逆の面が出たら性が反転する。
確かに私の求めていた魔道具だ。でも範囲が広すぎる。私の我儘に、村を巻き込んでいいのだろうか。
だけどこれは積年の願いだし。
その時思い出した。昔店長は「偶にはしたいようにしても良い」と言っていたことを。
「そうよ。偶にはしたいようにしてもいいわよね」
夜明けとともに私は魔道具を使った。
混乱しておりますわね。それもそのはず。自分の性がいきなり変わって、混乱しない人などいないはずですもの。さて、仕様上店長一家は無事だとは思いますが、報告も兼ねて確認しにいきますか。
「店長。おはようございます」
「その服、……アニマか」
「服だけで分かってしまうのですか?」
「元々ウチは客が少ないんだ。それに今は村中があれだからな」
「なるほど」
「あれは、お前がやったのか?」
「どうしてそう思うんですの?」
「理由は2つ。1つ、お前が落ち着き過ぎていること。2つ、これをやって一番得をするのはお前だ」
「得をする。確かにそうですわね。私以外にこうなって喜ぶのはいませんね」
「それにしてもこれは流石にやりすぎだろう。元には戻せねーのか」
「戻り方があるのにそうする必要がありまして?」
「ならせめてそれを公開したらどうだ」
「……。方法はお伝えしますわ。それを広めるのはお任せします」
「分かった」
「いつものをくださる?」
店長は紅茶とウエハースを用意する。
それにしても流石店長。性は変わっていなかったし、雰囲気からしても家族には影響がなかったみたい。私を置いていっただけはあるわね。
注文の品が届く。紅茶を一口飲んだところで、アマナスたちが店に入ってきた。
「話は以上ですわ。お引き取りくださる?」
「約束ですから。私はそうします」
オーメンは含みのある顔のまま言った。しかしアマナスは引き下がらない。
「戻り方を教えてください」
アニマは面倒そうな表情をし、溜息をついた。
「私は店長にお伝えします。横から聞く位なら許してあげますわよ」
「あちゃー。こりゃあ責任重大な役割を与えられちまったなぁ」
店長はあえておちゃらけた雰囲気で喋った。しかし一瞬の間を置くと、真剣な表情に変わる。
「さて、まずは仕様について聞こうか」
「この魔道具は、誰でも性を反転させられるというわけではありません。第二次性徴を迎えていない者。つまり子どもは変わりません」
「そうだな。それは村を見ればわかる。問題は大人でも変わっていない奴がいるってことだ」
「その前に、こんな話は聞いたことがありますか?人は誰しも、内なる無意識的な人格要因として、異性性をもっている。そしてそれを異性に投影すると」
「聞いたことがないな」
「男性にも女性的な面があって、女性にも男性的な面がある。その異性的な面を好きになるとお考え下さい」
「それが今回とどう繋がるんだ?」
「この異性的な側面には段階があるんですの。その段階が最後まで到達している人は性が変わらないんです」
「なるほど。それで、どうしたら戻せるんだ?」
「段階を一段上げることです」
「具体的には?」
「そこまでは教えられませんわ。ただ、ヒントとして、各段階がどんなものなのかはお教えします」
「頼む」
「まず女性にとっての男性的な面は、下から順に、力強さ、行動力や実行力、言語や論理的思考、冒険や哲学となっています。男性にとっての女性的な面は、肉体、ロマンス、母性、叡智です」
「ありがとう。これで村の人たちも助かる」
「私はもう戻りますわ。お金、ここに置いておきますわね」
立ち去ろうとするアニマをアマナスが引き留めようとする。
「待って、もっと教えて」
アニマの右手を掴んだ。するとアニマはアマナスに一歩近づき、右手の親指を立ててクルリと外へ回す。そして掴んでいたアマナスの手首を右手で掴み、左手で掴んだ腕の肘を押して地に伏せさせた。
「!」
「引き上げて下さるという約束でしたよね?」
「アマナス君。彼女の言う通りだ。引き上げよう」
「助かりますわ」
彼女は手を離し、店の扉へ向かう。
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