異世界で娼館と商館経営⁉ ～チートを駆使したオッサンの剛腕繁盛記～

12.辺境伯様見参！

「うふふ、トミタカ様の異国の話は本当に興味深いです♪」

　辺境伯が遣わした騎士たちとひと悶着あった後、再びエリス様に馬車の中に引き込まれた。彼女は好奇心の塊で、私の話を興味深げに聞き入っている。そして騎乗しているレイラが、相変わらず窓越しにガンを飛ばしてくるが無視することにした。

　騎士たちに囲まれながら馬車は貿易街アンチモンに向かって進んで行く。街が近いのか街道も道幅が拡がり整備された物へと変わっていく。やがて内陸に切り込んだ巨大な湾と、湾に沿って発展した石造りの街並みが姿を現した。青く澄んだ海と赤い屋根の建物の風景は絶景で、まるで絵画のように美しい。貿易街より少し離れた所には石壁に囲まれた堅固な城があり、馬車はその城に向かって歩みを早めるのであった。

　馬車が西門に辿り着く。随伴している騎士たちの指示で門番たちは道を開け、いとも簡単に木造の城門を通過していく。本来なら私と張遼ちゃんは入街税を払い、犯罪歴や持ち物も検査されるはずであった。やはり辺境伯の娘というアドバンテージは絶対のようだ。

　城の西側は平民街のようである。道沿いに果物や日常雑貨を売っている露店が並んでいるが、人通りも少なく店じまいを始めているようである。そして衛兵や騎士らしき者が慌ただしく辺りを駆け回っている。どうやらキングカス一派の残党狩りのようである。

　その後も何回か城門を通り過ぎ、ようやく目的地に辿り着いた。そして馬車を降りた庶民のオッサンは、想像を絶する格差社会を体験するのであった。

　水堀の上には跳ね橋が下ろされており、その先には円形の側防塔に挟まれた鉄の城門が見える。白く調和のとれた城門の上にはアルデンヌ家の紋章と思しきものが刻まれている。城門を通り過ぎると美しい花で彩られた庭園があり、大理石で作られた丸い池の中央から水が噴き出していた。そして極めつけは、バッキンガム宮殿を彷彿させるような豪華絢爛な住居がそびえ立っているのである。

「エリス様……しがない商人には場違いな事、この上ないんですけど」
「何をおっしゃいますか、トミタカ様は命の恩人ですのよ。遠慮しないでくださいませ」
「あははは……」

　完全に度肝を抜かれたが、張遼ちゃんは意外と冷静であった。平然としながら辺りを隈なく見分しているようだ。感心した私は、彼女の耳元でそっと囁いた。

「張遼ちゃんは流石だね。こんな立派な建物を見ても物怖じしないんだね」
「はい、合肥城の方が堅固ですし、こんな見てくれだけの城など魏軍の２千もいればいかようにも……ムギュ～」

　とんでもない発言をしたので慌てて彼女の口を塞ぐ。考えてみれば張遼ちゃんは合肥城の城主を務め、数々の修羅場をくぐり抜けてきた魏の名将だ。この程度で動じる事などないのだろう。しかし口を塞ぐと張遼ちゃんが恥ずかしそうに頬を染め、潤んだ瞳で見つめてくる。慌てて手を離したが、少し首を傾かしげた張遼ちゃんの顔がスッと近づいてくる。そして一瞬だが、私の唇に柔らかな彼女の唇が触れる。頭の中で――ズキュウウウンという擬音が駆け巡り、胸の鼓動が高まっていく。しかし、それを見逃すほど張遼ちゃんラブのレイラは甘くはなかった。

「き、貴様ぁぁぁ、お姉さまの可憐な唇を汚い手で塞ぐとは何事だあぁぁぁ！　そ、それに今、どさくさに紛れてふしだらな事をしなかったか？　その愛くるしい唇は私のモノだ！　トミタカーーッ　お前がッ　死ぬまで　殴るのをやめないッ！」

　バシバシバシ

「はあ～ん、そんなに念入りに叩かれたら、感じすぎちゃって……あ、あんっ、イッちゃいますうぅ～♡」

　どこぞで聞いたようなセリフを吐くと、レイラが私に掴みかかってくる。しかし速攻で返り討ちにあって、張遼ちゃんにしばかれている。もっともレイラはどMなので、こうなる事を予想してやっているのだろう。失敗してもMプレイを堪能できるので、レイラにとっては御褒美にしかならないのだ。　
　　
「もうっ、トミタカ様！　そんな所で遊んでないで早くお屋敷に参りましょう。それからレイラ！ これ以上トミタカ様に無礼を働いたら、私の護衛から外しますからね！」
「エリス様……そんなご無体な……」

　ヘナヘナと崩れ落ちるレイラを尻目に、頬を膨らませたエリス様がグイグイと袖を引っ張る。小動物みたいで可愛らしく、頭を撫でたくなるがグッと我慢する。さすがに辺境伯の娘を気安く撫でたらまずいだろう。

　
　セバスチャンが豪華な玄関の扉を開き、エリス様に手を引かれたまま私は屋敷の中に足を踏み入れる。そこには赤い絨毯が敷かれており、両脇にはメイドさんや執事たちがズラリと立ち並んでいる。そしてエリス様に気が付くと一斉に頭を下げた。高い天井には煌びやかなシャンデリアが吊り下げられており、ダイヤのようにカットされたクリスタルが美しく華やかな光を放っていた。

　うん、完全に場違いです、帰っていいでしょうか……。

　キリキリする胃の痛みに耐えながら奥に進むと、年の頃は４０ぐらいだろうか――長身の紳士が私たちを出迎えてくれた。レースのクラバットを首に巻いており、身に着けている黒の燕尾服には金糸や銀糸の流麗で豪華な風刺繍が施されている。

「お父様！」
「おお、愛しきエリスよ――無事で何よりだ！」

　エリス様は辺境伯に駆け寄ると、互いにしっかりと抱き合う。上品なナイスミドルと美少女の抱擁は絵になっており、感動した屋敷の者たちは感涙に咽むせんでいる。もっとも私のようなオッサンがやったら変質者扱いされて、お巡りさんこいつです――と、通報されるだろう。

　顔面偏差値の差を嘆いていると、柔和な笑みを浮かべた辺境伯が颯爽と近づいてくる。私は慌てて膝を突くのであった。

「エリスや供の者を助けていただき感謝します。辺境伯のユーグ・ド・アルデンヌです」
「お初にお目にかかります、旅の商人の富貴と申します。異国のしがない商人故、礼儀作法に疎いのはご容赦くださいませ」
「トミタカ殿は娘の命の恩人ではないですか。そのような堅苦しい作法は無用です。さあさあ、こちらへどうぞ」

　辺境伯の案内で貴賓室に通される。執事のセバスチャンが扉を開けると、やはりそこには別世界が広がっていた。窓側には金色の象嵌細工ぞうがんざいくが施されたアンティークのラウンドテーブルが置いてあり、高貴な雰囲気が漂う猫脚のアームチェアも並べられている。促された私は、恐る恐るアームチェアに腰を下ろすのであった。

　
　エリス様の救出を感謝され、談議に花を咲かせているとドアが開きエリス様が入って来る。どうやら着替えたようで、上品な花刺繡が施されている白く可愛らしいドレスを身に着けていた。

「お父様ばかり話をしていてズルいです。私もトミタカ様と色々なお話をしたいです！」

　長時間待たされて堪忍袋の緒が切れたのだろうか――諫めるセバスチャンを振り切って入って来たようだ。

「おお、エリスか、すまなかったな。トミタカ殿との話で盛り上がってしまったようだ」
「えへへ、トミタカ様。私にも面白い話を聞かせてください」

　人目を憚らず、すり寄ってくるエリス様だが、右手の薬指にある指輪がキラリと光った。そして子煩悩の辺境伯様が、それを見逃すはずがなかった。

「エ、エ、エリス、その高価な指輪はどうしたのだ？！」
「うふふっ、トミタカ様にプレゼントしていただきました。お父様、もしかして私には似合っていませんか？」
「いや、似合っている。この世の誰よりも似合っているとも……だがしかし……」

　ギギギと音がするように辺境伯様がこちらに首を向ける。はっきり言って、メチャクチャ怖いんですけど。

「トミタカ殿、高価な指輪を独身の女性に贈る意味を御存じかな？」
「いえいえ、私はこの国の者ではないので、そのような事は分かりかねます」
「そうか、知らないでプレゼントしたのか。それでは仕方ないな……だがしかし……」

　えっ、まだ何かあるんですか？　本当に勘弁してください。

「何故エリスが、右手の薬指に指輪をしているんだあぁぁぁぁぁ」

　そんなこと知らんがな。エリス様に訊いてください。

　んっ、そういえば――右手の薬指に着ける指輪はラブリングとか言われていて、恋人の存在を現す意味があったような。まさかこの世界でも……。

　冷や汗をかきながらエリス様に視線を向けると、可愛らしくペロッと舌を出していた。やられた！　完全に故意的である。

「ははっ、トミタカ殿――娘を助けてくれたお礼もあるし、色々と訊きたい事が増えたようだ。暫くこの主館に泊っていきなさい。セバスチャン、部屋の準備を頼むぞ」
「はっ、お任せください」

　恭しく礼をするとセバスチャンは部屋から出て行った。長期滞在が決まってエリス様は大喜びである。私の腕に抱き付きながら満面の笑みを浮かべていた。完全に彼女の手のひらで踊らされているようだ。

　彼女の計算高さに舌を巻きながら、私は辺境伯様の嫉妬がこもった視線に耐え続けるのであった。