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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】199909《箱庭の狂騒》

空白と波

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足元の水面が波を打つ。
空と湖と水平線だけの世界、の筈だが石膏で作られた巨大な蔦が世界全体に絡まりまるで熱帯雨林の様子を見せている。
晴人は、大きな欠伸をひとつかきながら空を見上げる。
巨大な蔦の隙間から差す陽だまりを眺めながら微かな気配を感じると小さな溜息を漏らした。

「相変わらず趣味が悪いな、お前」

晴人がそう言うと石膏の蔦の隙間から人影がゆったりと現れた。
中性的な顔立ちの若い男、茶色い長い髪を靡かせるその出で立ちに何人が性別を間違うか、考えるだけで晴人はゾッとしたのを覚えている。
しかし、その顔をここで見るとは、思わなかったのもあり気づくと心情とは、裏腹に苦笑を漏らしてしまった。

「随分大人しいんだな、お前ならこれぐらい簡単に破れるだろ?」

「さぁそれは、どうかな?」

晴人の返しに茶色い長い髪の男は、肩竦めて笑いながら、手を一つ払い、目の前に1つのテーブルと2つの椅子を出現させた。

「立ち話もなんだ、座れよ」

茶色い長い髪の男は、そう言いながら座るとテーブルに触れ、今度は、珈琲が注がれている2つのティーカップと晴人が好んでいる銘柄の煙草とライターが現れた。

「魔法使いかお前は」

晴人は、そう言いながら茶色い長い髪の男の対面に座ると煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吸った。
これは、幻だ、だがしっかりとその味と匂いを記憶しているからか現実と遜色ない感覚が口の中に広がっていった。

「俺が寝てからどれ位ぐらいたった?」

「3週間、どんな気分だ、引きこもるってのは」

「暇」

晴人は、そう言いながら煙をそっと空へ向けて吐きかけた。

「なら、起きたらどうだ?お前なら造作もないだろ?」

「それがスットコドッコイ、出来ないんだよね~だからお前が代わりにこれを消してくれない?」

晴人が笑いながらそう言うと茶色い長い髪の男は、笑いながら首を横に振った。

「また、つまらない嘘をつくな、いや、守っているだけか、約束を」

「さぁ何の事でしょうか?」

「あの日、あの男と何を話した?」

改めて見ると、本当に整った顔立ちだと思う、こちらを見る目は今にも射抜く位に鋭いのに何処か優しさも兼ね備えて見えるから不思議だ。
晴人は、そう思いながら目の前の男を見てゆっくりと煙草を咥え、首を横に傾けた。

「本当に頑固だなお前も」

「そういえば前にも爺さんも同じだとか言ってたな確か」

茶色い長い髪の男の視線が緩み、その身体を背もたれに預けると溜息とともに珈琲を啜り始めた。

「あぁ、罠だとわかっているのにあの病院に乗り込むと決めてからテコでも動かない、よせと言うのに外に出歩き、痕跡を残す、こっちの苦労なんて知らん振りだよ」

相当振り回されたらしい、その表情には明らかな疲労感と何処かその環境を楽しんでいる風にも見えた。

「何故、彼等に伝えなかった」

「何を?」

「マルクトのもう1つの狙いだよ」

やっぱり気づかれていたのか。
晴人は、ゆっくりと目を瞑ると煙草を味わう様に吸った。

「言ってどうなる、どうするのか決めるのは自身であるべきだろ」

「だが、言わなかった分、彼等はこれから大変な事になるだろうな」

そうだろう、微かに感じるリンクからそれぞれの感覚が伝わってくる。
特に今いるこの世界が境界であるから尚更なのだろう、その迷いや焦り、そした苦しみが水面を揺らす波紋となり晴人の中へ入ってくるのを感じていた。

「良いのか、このままだとお前は…」

めるさ、それが俺がやるべき事だ」

言葉を遮り、その意思を明確に言葉にすると茶色い長い髪の男は、静かに目を閉じた。

「自らが自由であるならお前は誰も縛る気は無いか、皮肉だなそれで自分で自分の首を絞めてないか?」

図星だった。
それも綺麗に的を得た事でもはや笑うしなかなく、目の前の珈琲に口をつけた。

「後悔も無いか」

「バカ言うな」

むしろ後悔だらけだ。
もっと上手く立ち回っていれば、あの時に斬ってしまっておけば…そんな事が頭の中でいつもグルグル回っている。
茶色い長い髪の男の一言に口から漏れた本音に頭の中で湧いては、消えていく自分の不甲斐と後悔の波が押し寄せる。
だけど、今さら引き返せもしない、それこそ元の木阿弥、この先何が起こるかわかったものじゃない。
それなら、何を捨てるか何を拾うか、わかっている方がまだましだ。もしそれが今まで大切にしていたモノを斬る事になったとしても。
晴人は、苦笑を漏らしながら立ち上がると石膏の様な蔦に向かい煙草を投げた。

「後悔も未練も執着も、全部ひっくるめて考えて捨てたんだよ、守る為に」

晴人は、そう言いながら空を見上げる。
石膏の蔦は、陽射しを取り込もうとする木々の様に空を泳いでいる。

「普通こういう世界にぐらい、出てきてもバチは当たらねぇだろ……蓮美はすみ

荒む晴人の心情とは、裏腹に蔦の隙間から覗く空は青く何処までも澄んでいる冬の朝の空の様だった。

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