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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199908《執悪の種》

爪痕

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 夏の東京は人が増える。
 2階のカフェの窓ガラスから池袋の駅前を見下ろしながら縁は、行き交う人々を煙草をふかしながら見つめた。

「お前が素直にあってくれるとは、思わなかったよ孤高の英雄」

 目の前で熱いコーヒーを啜る男に縁は、不快さを表す様に煙を吐いた。

「別に、ハルのバカの事も気になるからな、それよりもその呼び名やめろ、お前らはどうして呼び名を好む?それもバラバラ、使うなら使うで統一してくれ」

「敵と統一するのか?出来るわけないだろ?呼び名は隠語だからな」

 隠語ね、要は知られない様にする為の言葉なのだろうがそれを本人に言うのは、どうなのかと思いながら縁は、再び煙を吐いた。

「それで、お前はどう思う?」

 中性的な整った顔立ちに細い体、一見紳士的な振る舞いで男だとわかるが女装して女のしぐさをされたら多分見分けは付かなくなるであろうその出で立ちの男。
 正直、縁は昔からこの男が信用出来ないでいる。
 現三本の頭首であり、こちらにも精通している人物だからこそ警戒しているのもあるが、どうもこの男の口調は、嘘くさくてしょうがなくも感じるのだ。

「泰野、主語飛ばしすぎて何を聞きたいのかわからん、俺とハルを一緒にすんな」

 縁がそう言うと中性的な男、泰野は肩を竦めた。

「これは、失敬、アイツは察しがよすぎるんでね、それでお前はあの蘇我の言っていた言葉をどう捉えた?」

 蘇我の言葉、それは5日前の話のことだろう。
 飯坂病院襲撃事件の2日後、文部省の稗田部屋に今回のあらましを話す為に色んな人物が集まり会議が開かれた。
 本来なら縁はそんな場には顔を出さないがハルが昏睡状態にあり、何よりもそのハルと行動を共にしていたのが縁だけなのもあってその場に呼び出される形となったのだ。
 人数は、縁を含めて8人の人間が集められており、中央のソファーには、警察のお偉いさん2人と暁、そして蘇我と稗田と泰野がその対面に座り、それを取り囲む様に縁とマツが用意された椅子に座っていた。
 その場は、縁と暁、マツからの現状報告と蘇我の補填説明という形に終始収まっていた。
 その中で話された蘇我の話に縁は、ルシウスの言葉の真意を知ることになった。

 《王国は1人では、成り立たない》

 それは、安易にマルクトが2人と指していたのだ。
 王様が居るから国民が存在し、国民がいるから王様が存在する。
 どちらもが居なければどちらもが居ない。
 だから、縁は孤高の王様や英雄と呼ばれる。国民が存在しないのだから。
 それよりも気になったのは、蘇我によるマルクトのリンクの話だろう。

「アイツの能力は、千条という人間が生きている限り、半分は封じている、それが儀式には重要な部分だ」

 そう断言したのだ。
 縁もその話には、疑問が生じたが理解できないわけでは、ない。
 蘇我曰く、マルクトとは、分身を作り、大元の本体は阿部へと転移した、しかし蘇我を釣る為に千条へ分身の人格と能力を残していた。
 それを蘇我は、分身だけを消し、能力は千条の中へ残したと言うのだ。
 本当なら蘇我は、千条の魂ごと消し、本体はそうしてからその能力を本体が引き継ぐ形となるというのも説明の中で付け加えられていた。

 しかし、縁自身その体を誰かに転移するという力が使えないので、これが本当なのかどうかわからないのだ。
 本当にマルクトは能力を封じられたのか?
 しかし、分身の最後の表情と断末魔から察するに嘘はついていないだろう、それだけは間違いない。

「リンクと肉体、これには大いに相互関係はあるだろうが、リンクが魂無き体に縛られるだろうか?」

 泰野が疑問を口にする。

「別に魂が無いわけじゃないだろ?ただ千条の魂が分身を作る際に養分にされて人格の部分が破壊されただけだろ?」

 縁がそう応えると泰野は、眉間に皺を寄せながら首を傾けた。
 実際問題、千条の中には、千条自身の魂が存在している、リンクを感知できる縁達だからこそわかる事だが、それを体現する為の人格は、崩壊し、今の千条は、空虚を見つめ、物を食べるだけの人形の様になっていた。

「人格を体現出来ないあれを魂と呼ぶべきなのか?あれでは魂の無い肉体となんら変わらないだろ?」

 そう言われるとかつてハルが魂を殺してきた存在が頭を過ぎった。
 何をする訳でもなく、椅子に座り空虚な目でただ一点を見続ける者達。
 言われた事に従い動く様は、ロボットの様にすら見えた。

「人格と魂が同じなら説明がつくが、ハルの場合は明らかに中に魂はなかった、だけどあれは魂があるのは、間違いない」

 正直、それを縁に聞かれても縁も応えに困るというのが本音だ。
 そして、泰野もその応えを縁に求めているわけでもないだろう。ただ帳尻は合わせておきたいそんな所だろうと縁は察していた。

「リンクは魂と結びつく、それは能力で体感しているが、それは魂が移ればその能力も移る筈だ、何故元の魂を殺す必要がある?」

 泰野は、そう言いながらゆっくりと俯きながら呟いた。

「魂とリンクにはデバイス共有出来ないってことだろ?」

 ふと、縁がかつての世界のテクノロジーの話をすると泰野の片眉が上がった。

「つまり、デバイス(肉体)からそのアカウント(魂)を消しておかないと次のデバイスにリンクが移行出来ないってことか?」

「だろ、だから表面上のデーター(人格)を消しただけでは、ダメで、いくらアカウントの完全削除が絶対条件だとすると蘇我の説明にも納得がいく」

「そうか、マルクトは蘇我を騙す為に、アカウントの一部を千条の中に残し、蘇我はその中からマルクトのデーターだけを殺したということか!」

 泰野は、感心しながら何度か頷いて体を背もたれに預ける。

「しかし、蘇我はどうやってその事実を知り得たのか?俺達ですら気づけなかった事だ」

 確かに蘇我は、探知タイプでは無い、っと言うよりも明らかにハルと同じ能力タイプだ。
 見た目は違えど、能力は全く同じタイプだろう。
 何よりもマルクトのあの言葉。

 《そうか、アイツがリンクを使えなくなったのは、お前のせいか!お前がそれを持っているからか!》

 恐らくアイツというのは、ハルの事だろ。
 だからこそ、もう1人の自分と記憶を共有していたマルクトは、ハルを襲撃したのだ。
 あの能力さえ無ければハルなんて怖くもなんともないし何よりもこの先の計画を考えれば誰よりも邪魔な存在になるから。
 だが、何故生かした?
 確かに反撃をした、しかし殺そうと思えば殺せたのでは、ないか?
 何故、あの男はハルを生かしておけと命令した?

 浅黒い肌に彫り深い顔、中東系の整った顔立ちの男だった。
 年齢にしてまだ20代前半ぐらいのその男は、余りにも奇妙な雰囲気だった。
 焦りを知り、熱を知り、甘さを知った、熟練の男、佇まいも雰囲気も外見とは、掛け離れていた。
 ヤハイル・ヴェイル、そう名乗った男は、日本をそして世界を混乱の坩堝へと落としていった、全ての元凶の男。
 しかし、奴がこの世界にいるのは、年齢からしたら無理だ。
 つまり、奴の元もなる存在がいる。
 ハルとルシウスの会話もそれを示唆していた。
 ルシウス…
 縁の頭の中にその存在が妙にこびりついた。
 確か、ハルとルシウスは、蘇我を実りと呼び会話をしていた。
 そして、耀太の情報によれば蘇我と行動を共にしていたのは、ルシウスで老人達の話によれば蘇我を匿っていたのもルシウスだ。

「ルシウス・ヴァンデル」

 縁がそう口にすると泰野の表情が少し険しくなった。

「奴が蘇我にそれを教えたと?」

「それ以外、居ないだろ。あれは上位者だ、何者か知らんが情報は持っててもおかしくないだろう」

 縁がそう応えると泰野は、溜息と共に自分の眉間を指先で叩いた。

「すまんが、煙草を1本貰えないかな?」

 泰野が煙草?縁とってその言葉は、余りにも不似合いだったが、別段断る理由も無く、縁は煙草を渡して火を付けた。
 泰野は、ゆったりと煙を吐きながらゆっくりと天井を見上げた。

「東堂、お前は何故俺達の魂がこの時代に来たのか考えた事があるか?」

 泰野の唐突な問いに縁はゆっくりと首を横に傾けた。
 考えたところで何もわからないのに考える筈もなかった。

「偶々だろ?」

「そうじゃなかったら?」

 縁の応えに泰野は、間髪入れずに返答しながら味わいながら煙草の煙を吐いた。

「そうじゃなかったらって、なら誰かの意思が俺達をここに呼んだのか?」

「正確に言えば呼んだんじゃなく、俺達は巻き込まれたのかもしれない、そいつの意思が強く、それが渦になって俺達を巻き込んだ」

 もし、そんな事が出来る人物が居るとしたら誰か?
 それはあの時、それを起こした人物にそうならない。
 しかし、あの男は年齢的にこの世界に居るのは、不可能だ、ならそれの大元になった人物。

「ヤハイル・ヴェイル、だが本丸は奴じゃない、その元になった人物、それは誰だ?」

 縁がそう聞くと泰野は、小さな溜息を漏らした。

「蘇我が何故暗殺を襲撃し失敗したのか考えろ、その首謀者こそ、ヤハイルの大元だよ。そして《朝日》の父親」

 蘇我が襲撃した人物、そういえば耀太もその名前を知り驚いていた、確か…

世良刀兵衛せら とうべえか?」

 縁の言葉に泰野がゆっくりと頷いた。

「その世良こそ、全ての元凶で始まりだ」

 泰野は、忌々しそうに首を横に降るとゆっくりと立ち上がった。

「97事変の後に99事変が起きる、以前の世界では、事変の2週間後に亡くなり、朝日は霜月家へと養子へ出てる」

「なら、その2つの事変は儀式が原因だったって事か?」

「だろうな、そして世良は、それを今度こそ成功させようとしている、だからこそ俺達はこの時代に来たんだ」

 泰野は、そう言いながらゆっくりと店の出口へ向かい歩き出す。

「東堂、そろそろ腹を決めてくれ、お前の力が必要だ」

 そう最後に言いながら泰野の姿は池袋の街の中へ消えていった。
 縁は、その背中を見送るとゆっくりと天井を見上げながら溜息を漏らした。
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