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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199908《執悪の種》

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 窓の外からカーテンの隙間を縫って陽光が差し込む。
 古臭い病室の隅々を照らす。
 窓を閉めた冷房の効いた部屋の筈なのにその光が部屋中に夏の熱を呼び込んでくる。
 部屋の中央には、ベッドが鎮座し、そこに1人の青年が静かに眠っている。
 暁は、ベッド横の丸椅子に腰掛けるとカバンから1冊のファイルを取り出した。

 今朝方、池袋の事務所に寄った時に崇央に渡された報告書だ。
 証言から崇央が作成したものだから暁に確認して欲しいと渡されたのだ。
 暁は、ゆっくりとファイルを開いた。

 飯坂病院爆撃事件
 1999年8月18日、午後未明。
 特別病棟と通常病棟を繋ぐ渡り廊下が爆破され、通行不可となる。
 通常病棟の患者及び職員、来客の避難開始、順次避難完了する。
 特別病棟の患者及び職員の錯乱による暴動発生、死者10名、負傷者32名。

 正面玄関で爆破発生。
 死者なし、負傷者25名。
 被疑者と思しき男女2名がその場から逃走する姿を目撃されている。

 尚、この案件は事故処理とし、公安警察による調査を続行するものとする。
 簡単なあらましから始まり、克明に書かれた時系列と見取り図に負傷者や死者の位置が記されていた。

 これが何の役に立つ。
 暁は、目を瞑るとそっとそのファイルを閉じた。
 これには肝心な要点が書かれていない。
 男女2名のうち1人は、阿部亜希子の筈なのにそれは、書かれておらず、今も彼女は死亡者扱いを受けている。
 暁は、この結果に強い憤りを感じていた。
 自分の不甲斐なさ、そして何よりも結果やその先を重視するばかりに肝心な事を隠している上の体制。
 その結果、何人もの人が死に、1人が昏睡状態へと追い込まれた。
 暁は、言葉にできない悔しさを歯を食いしばりながら耐える。

「まぁ相変わらず、酷い隠蔽だなアイツら」

 ふと、頭の上から声が聞こえて顔を上げるとそこには、小柄な老人がいつの間にか暁からファイルを取り上げるとパラパラとページを捲りながら読んでいた。

「才田さん…」

 あきらがそう声をかけると小柄な老人は軽く手を払った。

「いつまでも偽名は勘弁してくれ、俺は蘇我だ、蘇我 秋成そが あきなりだ」

 蘇我は、そう言いながら暁にファイルを返すとそっと眠るハルの頭を撫でた。

「ちぃと見ない間にまたデカくなりやがって」

 嬉しそうに、何処か寂しそうな表情を浮かべ、ゆったりとその頭を撫でる。

 飯坂病院襲撃から1週間が経ったがハルは一向に目を覚ます事は、なかった。
 医者の話では、体や脳には異常なが無いのだが意識が戻らず、手の施しようが無いと言っていたがそれもそうだ。
 リンクに目覚めた暁にはそれが嫌という程に理解で来るし見えていた。
 ハルの頭には、リンクの蔦が絡む様に巻き付き、それは冠にすら見えた。
 そして、その出処はハルの体内から伸びており、それが表すのはハルの魂の内から蔦に支配されているという事実だった。
 もし、これを燃やせばハルの魂にもダメージがいき下手すれば魂が燃え尽きて死んでしまう可能性は十分に高い。つまり何も出来ないと言うことだ。

「コイツは、何を知っていたんだろうな」

 蘇我の口から出た言葉に暁は、ゆっくりと首を横に傾けた。

「マルクトの事も、その力の事も知っていた。そしてコイツは俺と同じ力を持っているらしい、だが俺が存在するから使えないとヤツは言っていた…」

「そうなんですか?」

「さぁな、俺は確かにコイツに目覚める切っ掛けを与えた、だがそれが本当に俺の力の譲渡になっていたとのか元々のコイツの本質なのかは俺にもわからない、多分あの龍のあんちゃんなら何かわかるんだろうけどな…」

 龍の、縁の事だろう。確かにハルと縁はどうやら暁の元部下だ。それは魂の欠片から暁も知っている。だが本質的な記憶は断片的にしか伝わらずちゃんと分かっていないのが現状だ。

「本当に、すまねぇな、ハル…いらん苦労をかけちまってるな」

 蘇我は、祈る様に俯いた。
 暁は、そんな蘇我を見ていて肝心な事を聞こうと思っていたが言葉を飲み込むとゆっくりと蘇我に向かい頭を下げて病室を後にした。
 病院を出ると同時にポケットの携帯電話が鳴る。
 気づいては、いたがここまで連携されるとそれは、それで何処かムッとする感情を暁は覚えた。

『先輩、今どこ?』

 通話と同時に崇央の事務的な声が届いた。

「聞く必要ねぇだろ」

 暁の応えに崇央は鼻をひとつ鳴らした。

『立場わかってる?』

「何が立場だ、謹慎になって変な情報を振りまかない様に犬を付けてるだろ?」

『言い方、しょうがないでしょ、こっちからしても慎重に事を進めないといけないんだから』

「はいはい、そうですよね、大変ですね管理者様は、んで何の用だよ」

 崇央は、あからさまな溜息を漏らした。

『報告書読んでくれましたか、大浦警部補』

「はいはい、読みましたよ鷲野警視殿」

『はいは、1回、内容はそれでいい?』

「言いわけねぇだろ、本当に起きた事は、どうなるんだよ?」

『一応、ケースとしては三本の資料庫行き』

 つまり、闇に葬りされたとのと同じ事だ。
 実際の被害から考えれば肝心な千条自体は、今も飯坂病院の病棟にいる。中身がどうであれ外側があればこっちの書類上と体裁上は問題ない。
 本当に上手く出来ている。
 最初からこうなる様に仕向けていたのだから当然だ。
 千条の中のマルクトの目的は2つ。
 1つは、自由の利かない依り代から自由の利く依り代へ移行する事、そしてもう1つが蘇我の存在を確かめる事、そして自由を奪う事。
 蘇我の存在が何故どうして邪魔なのか、それは蘇我のリンクが関係している、そう蘇我は事件後に教えてくれた。
 実際の能力については説明されなかったが分身とは、いえマルクトの存在を消したあの能力は確かに相手にしたら相当厄介なのだろう。
 そして、蘇我は、2年前からその存在を表世界から消していた。それを見つけたかったマルクトは依り代の移送の時をワザと知らせる為に爆破事件を起こしたのだ。
 もし、蘇我が動かなければマルクトが何処の誰かに移送されたのかわからなくなる、それを避ける為には蘇我が出てくると踏んでの算段だった。
 だが、そこで予期せぬ客が現れた。暁達だった。
 本来なら火災現場での件で阿部亜希子達は死んだ事になり調査は終了して暁達は別件を担当する筈だったが暁の覚醒、それと阿部の姿の目撃がそれを台無しにした。
 これが蘇我にとっては、大きな勝因となった。
 蘇我の目的はマルクトを消す事にあった。その為の能力も備えている。だがマルクトを本当の意味で消すには、2人ともをしっかりと消さなければならない。
 蘇我は、2年前の失敗からそれを学んでいたからこそ、それを何よりも肝に銘じていた。
 そして、マルクトの行動は案の定とも言えた。気配を殺し、中の様子見をしていた蘇我からすると千条から阿部へ依り代がわかっただけでも大きな収穫だったのだがそこに暁やテツ達が現れ、そして格好の状況を縁が作り出した事で咄嗟の判断で動いた。
 蘇我曰くマルクトは、何よりも用心深く、何よりも次の依り代がバレない様に動いていたらしく、新しい依り代である阿部に入れたのは、本体の存在だけで、千条には分身とその能力を置いていたというのだ。
 もし、蘇我がその全てを消しさればそれは、そのまま能力の持つ本体へと移行するらしいがあえてその分身だけを消し、存在を残す事でマルクトの能力を人格が殻になった千条の体へ残すという手段を取ったそうだ。
 正直ここまでの話になると暁も蘇我が何を言っているのか理解できなかった。
 まず、彼等がどうリンクに接続しているのかわからない。
 魂とその根幹にあるのがリンクならば繋がれるのでは、ないかという疑問だった。

『先輩聞いてる?』

 崇央の声に思考に入っていた暁は生返事をしながら空を見上げた。

『とりあえず、これ以上、今回のケースには、これで終了、残りは処理班の役割、それと今回の事で先輩のチームには、暫くの休養というなの謹慎処分が降りたから』

「それは、いつまで?」

『わからない、少なくとも今月いっぱいは、そうじゃない?それよりも俺からすると今のチームがこれからも継続できるか微妙だと思うけどね』

 崇央の言う通りだ、今回彼等は多くの人達の凄惨な現場を見てきた。
 縁やテツ、マツなんかは元々それらを経験してきた者達だから平気だろうが星見や西端、熊切はそうはいかない。

「解散したら俺はお役御免かね」

『んなわきゃないでしょ、そん時は別チームか別の仕事が待ってるよ』

 崇央のその一言に暁は、しっかりと溜息を漏らした。

『それと、先輩』

「あっ?」

『リンクに目覚めた件、上には伏せてるから、先輩も余計な事を言わない、やらない、その方向で』

「なんで?」

『死んで欲しくないからだよ』

 崇央のその一言に暁は、ハッとさせられながら言葉に困っていると崇央は素っ気なく返事をして電話は、切れた。

 暁は、携帯電話をポケットにしまうとタバコを咥えてゆっくりと歩き出した。
 遠くの積乱雲がゆっくりと青い空を覆っていくのを見ながら紫煙を空へ吐いた。
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