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【PW】AD199908《執悪の種》
混戦
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吠える彼の声が轟音によって掻き消される瞬間、テツの脳裏に幾つもの映像が流れ込んできた。
爆発音と共に一瞬身を屈めたが映像を見るからに場所はここでは、ない。
それだけは理解が出来た。
しかし、あの場所は…
テツは、嫌な予感を感じながら振り返ると病院内を巨大な蛇の体の様に煙が蠢いていた。
「テツ、みんな大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ってくる彼に対してテツは頷くとすぐ様にマツに目を向けた。
「マツ今のは?」
マツは、少し戸惑いながらも暁の後ろにいる星見に目を向けた。
「彼女が見た記憶、余りにも強烈だったから多分こっちに影響が及んだんだと思う」
「何を見たんです?」
テツが星見に聞くと星見は、青い顔をしながら首を横に振った。
「逃げた方がいい、ここは危ないんです…」
「何を見たんです?」
もう一度、次は少しだけ語気を強めに聞くと星見の肩が微かに揺れた。
「テツ!」
テツと星見の間に怪訝な表情をしたマツが割って入ってきた。
今は、それどころじゃない。
テツはそう言う様に首を横に振ったがマツはそれを受け入れる気は無いのだろう、彼女もまた首を横に振った。
「中年の男性…確かあれは見た事あって…」
マツの背後から微かに震えている星見の声が聞こえ、テツを含めた全員の視線が集まった。
「…そう、確か…千条…あれはアルファの千条って男が…私達の前に立ちはだかって…みんなが…」
震えながらも話そうとする星見に対してマツはゆっくりと手を伸ばすと優しくコメカミの辺りに触れた。
「無理に話さなくて大丈夫、ゆっくり落ち着いて、見た映像を頭に思い浮かべるだけでいいよ」
マツがそう言うと星見は震えながら頷き、ゆっくりと目をつぶった。
次の瞬間、幾つもの映像がテツの頭の中を駆け巡った。
爆破で壊されたであろう、建物内に、血塗れになり倒れている人々、そしてその中で立っているテツやマツ、そして暁の背中に対峙する1人の男。
薄緑色の服に身をまとっただらしの無い体型、丸い輪郭の顔に無精髭が生えた口元には嫌らしい笑顔が刻まれている。
千条 宗元、かつてアルファの理の教祖であり、今回の事件の鍵を握る男。
しかし、その映像からも感じる雰囲気は、人のそれとは何かが違う、テツは直感的にそれを感じていた。
そして、それはマツも同じなのだろう、こちらへ向ける視線は戸惑いにも似ているからだ。
マルクト、ハルは確かにその名前を告げていた。
そして、もう1人、遠くてよく聞こえなかったがあの口の動きは確かにそう呟いていた。
テツは、ゆっくりとその人物に目を向けると少し言葉を失った。
テツと目が合った彼はゆっくりと小さく首を横に振る。
言うな。わかるだろ。
確かに表情でそう伝えていた。
だが、しかしつい今しがたまでそんな気配はなかったのにいつの間に?
正直、テツ自身も今この場で何が起きているのか全く整理がつかなかった。
「みんな、とりあえず無事だな」
彼は、そう告げながら周囲の仲間に目を配る、その雰囲気に変化は無く、気づけるのはかつての彼を知る自分とマツぐらいだろうか。
彼の言葉に頷く。
「とりあえず、恵未ちゃん、星見さん、熊切さん、西端くん、マツはここに応援が来るまで待機、テツと俺で中の様子を見てくる」
「ですけど!」
彼の言葉に星見が直ぐに反論しようとするが彼はゆっくりと星見の方に向き合うと柔らかい笑顔を向けた。
「大丈夫、避難の助けをしてくるだけだ、奥までは行かない」
彼は、そう告げると真っ直ぐな瞳をテツに向けた。
行くぞ、テツはそう言われた気がして自然と頷くと颯爽と駆け抜ける彼の背中を追った。
室内は、煙で視界を遮られているが彼の足は迷う事無く真っ直ぐにその発信源へと向けられていた。
「何が起きているんですか……大隊長!」
テツが迷い無く進むその背中に問いかけると彼は首だけを回してこちらを向いた。
「俺にもわからん、とりあえず、マルクトとの接触が色んな事を曖昧にしているのかもしれない、今は大隊長なのか、それとも警察庁の捜査員なのか、俺にも判別はつかない」
テツの戸惑いに真っ直ぐに応える、彼は、警察庁の捜査員でもあり、そして、かつての大隊長だった大浦 暁でもある。
つまり、帰還者に近い、帰還者では無い存在。
そう言われてテツは、より戸惑った。
「なら、ここは下がるべきです、奥に居るのがマルクトなら…貴方は…」
殺されてしまう。
その最後の言葉を口に出来ずに詰まっていると暁は、鼻をひとつ鳴らした。
「そう簡単にはやられない、それに恐らく奴は、俺と相打ちになった奴じゃない」
「どういう事です?」
テツがそう訊くと暁は、ゆっくりと肩を竦めた。
「さっきも言ったが記憶が混濁して曖昧だ、リンクも上手く使えていない、だが、あの時、あの地下壕で対面した奴とは違う雰囲気を奥から感じる、似ているが確実に違う」
「なら、マルクトは帰還してない?」
「それも違う、かつて岩倉に入ってきた奴は間違いなくアイツだった筈だ、俺を知っていたし、何よりもあの空虚な眼は間違いない」
あの時のあれがマルクト?
もしそうなら何故自分は気づけなかったのか?
そして、ハルもそれに気づいてなかった。
もし、あの時点で気づいていたのならハルがここまで何しない筈は、無い。
「とりあえず、わかっているのは、この件はこの中のマルクトが扇動しているということ」
暁は、歩を止めると目の前には先程の爆破で出来たであろう瓦礫の山が廊下の先を塞いでいた。
この道は先は隔離病棟の名義をもったリンク達の収監所だ。
やはり、相手の目的は千条の脱獄なのだろう、テツはそう踏んでいたが暁のその表情は別な何かを見ている様だった。
「テツ、この見取り図は覚えているか?」
暁がそう言うとテツは、頭の中に記憶にある見取り図を頭の中で浮かべるとその情報がマツを経由して暁へと送られた。
「出入り口は、ここと非常用の通路だけ」
暁はそう呟くと非常用の通路へと向かい歩き出した。
《マツ、俺の感覚をテツと共有してくれ》
マツへ向けた念話が頭の中に響くとテツの感覚が妙に冴え渡る。
間違いない、これは暁の能力だ、範囲はかつてより少しだけ狭く感じるが向こうで何が起きているのか確かに感じ取れる。
「向こうは、争ってる?何が起きているんでしょう?」
フト、見えた収監所からは、複数人が争っている気配を感じとれた。
「恐らくだが、脱走する組とそうじゃない側の人間、それと、何か別なモノが動いているらしいな」
テツの問いに暁は無言で収監所を眺めると少しだけ表情を歪めた。
「恐らく、舞台作りだ、多分、俺達は何か間違えた捉え方をしているのかもしれない」
「それは?」
テツがそう聞くと、暁はゆっくりと首を横に振った。
「まだ不確定すぎる、とりあえず、中に入って確かめるのが先だ」
暁にそう言われ、テツはゆっくりと頷き非常用の出入り口へと足を早めた。
非常用の出入り口は、外にあり、そこは一見すると全く関係ない建物から離れた積み上げたブロックの小屋だった。
暁はドアの前に立つと自然とテツに視線を向けてきた。
中に誰かいる。
恐らく見張りなのだろう微かだがリンクの気配も感じる。
暁は、手を上げると指折りながらカウントダウンを始め、握り拳と同時にドアを勢いよく開けるとその隙間を身を低くして滑り込む様にテツは中に入る。
視線は気配を感じる方向、唐突に開いたドアに目出し帽を被った男が肩を震わせながらコチラを向き、素早く迫るテツに向かい自動拳銃を腰元から抜き構え様とするがそれをよりも早く抜き切る前にテツはその手を抑えると背後に周り自分の腕を相手の首に回した。
微かに聞こえる呻き声、背後に回る事で自動拳銃を握っている手を抑えるのが甘くなるがその手を後に入ってきた暁が前から抑える。
締めてから数秒後、目出し帽の男の全身から力が抜けるのを確認するとテツは締めていた力を緩め、暁はその手から自動拳銃を取り上げた。
グロックと呼ばれる自動拳銃の遊底をスライドさせ、薬室を確認し、腰元にしまいながら暁はテツに視線を向けた。
テツは、目出し帽の男のスボンのベルトで拘束すると男の首元に触れて、生存とその記憶を読み取った。
断片的に見える映像は、目出し帽を被った男女が8人、体格だけで判断するなら男が5人の女が3人。
リンクに接続しているからは不明。
見取り図で作戦内容を確認している。
対象は、3階の一番奥の部屋、ご丁寧に真横に写真まで置かれている。
しかし、そこには予想外の文字も見取り図の中に書き込まれていた。
「対象は、間違いなく千条の様です、ですけど、どうやら彼等の目的は千条の殺害の様です」
「なに?」
暁は、テツの言葉に一瞬何かを考える様に視線を外したかと思うと直ぐに視線を戻してきた。
「千条は、何処だ?」
「3階の1番奥の部屋です」
それだけを聞くと暁は、小屋の奥へと足を向けた。
小屋と病院は、地上からは離れているが地下通路で繋がっていた。
地下にはリネン室と機関室が設けられ、そこから病棟内へと入れる様になっていた。
テツは、正直今の病棟内へは、踏み込みたくなかった。
暁の感覚を共有しているからこそ解る事なのだが、今病棟内は、かなり危険だ。
今現在収容されている、接続者達が何人かわからないが少なくとも50人以上は居るであろその場所は今や血で血を洗う戦場と化しているからだ。
暁の能力は、見通す力だ。建物や人物、その奥にあるものを感覚的に捉え情報として得る力だ。
そして、その能力に物理的な距離などは意味がなく、暁がその人物を捉える事が出来れば接続することが出来る。
その能力を知るテツだからこそ、今現在の暁が千条について何も掴めてないのがよくわかった。
もし、千条と接続出来ていれば、何が目的なのかも確実にわからないにしても感覚的な何かは掴めている筈だし、共有してるテツもまたそれを知る事が出来るはずだ。
暁は、地下を歩みながら周囲に視線を巡らせる、上の方はまだ分かる、人の位置を把握しているのだろう、だが横や下を見る意味はテツには理解できなかった。
「テツ、ハルの木刀持ってるか?」
上り階段の前で立ち止まると振り返りながら暁が聞いてきた。
「はい、少しカスタマイズしてナイフサイズにして」
テツは腰元に隠し持っていたナイフを取り出し差し出すと暁はゆっくりと首を横に振った。
「ここから一気に3階まで駆ける」
その言葉が何を意味するのかテツは理解すると小さく頷いた。
それが合図だった、暁は少しだけ息を吐くと小さいモーションで素早く走り出した。
階段を駆け上がると煙と争う人間達が見えたがそれに目もくれる事無く、階段を見つけて気配をできるだけ消しながら素早く移動する。
1人がコチラに気づき駆け寄ろうとしてきたが背を見せた瞬間に別の人間にやられるのを横目に見ながら暁とテツは、階段を駆け上がる。
何故、こんな事をするか?
テツは、そんな疑問が嫌な予感として頭の中に残っていた。
「テツ」
2階から3階の踊り場へ着いた時に暁に一声かけられ、その視線を置い上を向くと登りきった所に立っている人の気配が2人。
恐らく、見張りなのだろうが、こんな戦場の様な中で何故彼らは無事なのだろうか?
そんな疑問を感じながら暁に目を向けて頷くと暁は、階段をゆっくりと上がる。
上がりきるとそこにはコチラに背を向けている目出し帽を被った男が見えた。
周囲を警戒し、背後にある階段にも時折意識を向けている。
暁は、目出し帽の男の意識が階段から移動した瞬間に合わせて静かに背後に近づくと服の襟を掴みながら膝裏を蹴る。
目出し帽の男の体勢が崩れ前に倒れそうになるのを襟を掴む事で完全に倒させない首吊り状態なり、男はその場で体を捻る、暁もそれを予想していたのだろうアッサリとその手を離すと次に男の頭部目掛けて膝蹴りを放った。
しかし、その膝蹴りは頭部を覆う様に構えた腕によってブロックされ、その衝撃を逃がす為に後ろへ飛んだ。
未だに体勢は、整っていない。
このまま追撃をしたい所だが、あの構えでコチラは素手の攻撃だと的確なダメージを与える事は出来ない。
何よりも、これはどちらも陽動なのだから今この場で決着をつける必要性は無い。
暁と目出し帽の男が対峙しているその真横からそっと自動拳銃の銃身と握る腕が壁の死角から伸びてくる。
テツは、その腕を確認すると低く構えていた姿勢を起こしてその腕を天井へと向けた。
パンっと乾いた音が一つなり、それが全ての合図だった。
テツは自動拳銃を握った腕を天井へ向けた腕の肘を鳩尾に目掛けて落とし、相手の体がくの字に曲がるのと同時に自動拳銃を握った腕を絡めて、一気に体を捻った。
一本背負いの様な体勢でそのまま銃を握っていた者の体を背中から床に叩きつけると、体はバウンドしてそれは、アーチを描く様に体を反らせた。
腕を握った感触と体の軽さと細さから、どうやら女だったらしいが、テツは容赦なくその首を軽く締めて女の意識を落とした。
そして、視線を暁の方へ向けるとボクシングスタイルの目出し帽の男が数発の鋭いパンチを暁に向かい放っている瞬間だった。
暁は、それを2発を手で叩き落とし、残りをスウェイによって躱していた。
一瞬の間が開き、次に攻めてに出たのは暁だった。
しかし、暁は構えながらも相手に対して攻撃しようとせず、防御の構えもせずにスっと間合いを詰めていく。
根負けしたのか、目出し帽の男がジャブを放ち、それを躱しながら放たれたその腕を掴むと内側へと折り畳む。
目出し帽の男は、折り畳まれたその反動から体勢を崩し、膝を床に着くと暁は、その腕を抱えたまま自分の体を捻った。
目出し帽の男の体が半回転しながら投げられうつ伏せで倒れると絡めた腕を背後に回して拘束し、空いた手で剥き出しの後頭部を目掛けて拳槌を落とした。
テツは、それを見届けると自分が落とした女の首筋に手を当てて記憶を掴むと廊下の隅に置いてある鞄に近づいた。
暁は、どうしたのかと、見ているだけだったがテツが鞄から結束バンドを取り出すと納得した様に頷いた。
爆発音と共に一瞬身を屈めたが映像を見るからに場所はここでは、ない。
それだけは理解が出来た。
しかし、あの場所は…
テツは、嫌な予感を感じながら振り返ると病院内を巨大な蛇の体の様に煙が蠢いていた。
「テツ、みんな大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ってくる彼に対してテツは頷くとすぐ様にマツに目を向けた。
「マツ今のは?」
マツは、少し戸惑いながらも暁の後ろにいる星見に目を向けた。
「彼女が見た記憶、余りにも強烈だったから多分こっちに影響が及んだんだと思う」
「何を見たんです?」
テツが星見に聞くと星見は、青い顔をしながら首を横に振った。
「逃げた方がいい、ここは危ないんです…」
「何を見たんです?」
もう一度、次は少しだけ語気を強めに聞くと星見の肩が微かに揺れた。
「テツ!」
テツと星見の間に怪訝な表情をしたマツが割って入ってきた。
今は、それどころじゃない。
テツはそう言う様に首を横に振ったがマツはそれを受け入れる気は無いのだろう、彼女もまた首を横に振った。
「中年の男性…確かあれは見た事あって…」
マツの背後から微かに震えている星見の声が聞こえ、テツを含めた全員の視線が集まった。
「…そう、確か…千条…あれはアルファの千条って男が…私達の前に立ちはだかって…みんなが…」
震えながらも話そうとする星見に対してマツはゆっくりと手を伸ばすと優しくコメカミの辺りに触れた。
「無理に話さなくて大丈夫、ゆっくり落ち着いて、見た映像を頭に思い浮かべるだけでいいよ」
マツがそう言うと星見は震えながら頷き、ゆっくりと目をつぶった。
次の瞬間、幾つもの映像がテツの頭の中を駆け巡った。
爆破で壊されたであろう、建物内に、血塗れになり倒れている人々、そしてその中で立っているテツやマツ、そして暁の背中に対峙する1人の男。
薄緑色の服に身をまとっただらしの無い体型、丸い輪郭の顔に無精髭が生えた口元には嫌らしい笑顔が刻まれている。
千条 宗元、かつてアルファの理の教祖であり、今回の事件の鍵を握る男。
しかし、その映像からも感じる雰囲気は、人のそれとは何かが違う、テツは直感的にそれを感じていた。
そして、それはマツも同じなのだろう、こちらへ向ける視線は戸惑いにも似ているからだ。
マルクト、ハルは確かにその名前を告げていた。
そして、もう1人、遠くてよく聞こえなかったがあの口の動きは確かにそう呟いていた。
テツは、ゆっくりとその人物に目を向けると少し言葉を失った。
テツと目が合った彼はゆっくりと小さく首を横に振る。
言うな。わかるだろ。
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だが、しかしつい今しがたまでそんな気配はなかったのにいつの間に?
正直、テツ自身も今この場で何が起きているのか全く整理がつかなかった。
「みんな、とりあえず無事だな」
彼は、そう告げながら周囲の仲間に目を配る、その雰囲気に変化は無く、気づけるのはかつての彼を知る自分とマツぐらいだろうか。
彼の言葉に頷く。
「とりあえず、恵未ちゃん、星見さん、熊切さん、西端くん、マツはここに応援が来るまで待機、テツと俺で中の様子を見てくる」
「ですけど!」
彼の言葉に星見が直ぐに反論しようとするが彼はゆっくりと星見の方に向き合うと柔らかい笑顔を向けた。
「大丈夫、避難の助けをしてくるだけだ、奥までは行かない」
彼は、そう告げると真っ直ぐな瞳をテツに向けた。
行くぞ、テツはそう言われた気がして自然と頷くと颯爽と駆け抜ける彼の背中を追った。
室内は、煙で視界を遮られているが彼の足は迷う事無く真っ直ぐにその発信源へと向けられていた。
「何が起きているんですか……大隊長!」
テツが迷い無く進むその背中に問いかけると彼は首だけを回してこちらを向いた。
「俺にもわからん、とりあえず、マルクトとの接触が色んな事を曖昧にしているのかもしれない、今は大隊長なのか、それとも警察庁の捜査員なのか、俺にも判別はつかない」
テツの戸惑いに真っ直ぐに応える、彼は、警察庁の捜査員でもあり、そして、かつての大隊長だった大浦 暁でもある。
つまり、帰還者に近い、帰還者では無い存在。
そう言われてテツは、より戸惑った。
「なら、ここは下がるべきです、奥に居るのがマルクトなら…貴方は…」
殺されてしまう。
その最後の言葉を口に出来ずに詰まっていると暁は、鼻をひとつ鳴らした。
「そう簡単にはやられない、それに恐らく奴は、俺と相打ちになった奴じゃない」
「どういう事です?」
テツがそう訊くと暁は、ゆっくりと肩を竦めた。
「さっきも言ったが記憶が混濁して曖昧だ、リンクも上手く使えていない、だが、あの時、あの地下壕で対面した奴とは違う雰囲気を奥から感じる、似ているが確実に違う」
「なら、マルクトは帰還してない?」
「それも違う、かつて岩倉に入ってきた奴は間違いなくアイツだった筈だ、俺を知っていたし、何よりもあの空虚な眼は間違いない」
あの時のあれがマルクト?
もしそうなら何故自分は気づけなかったのか?
そして、ハルもそれに気づいてなかった。
もし、あの時点で気づいていたのならハルがここまで何しない筈は、無い。
「とりあえず、わかっているのは、この件はこの中のマルクトが扇動しているということ」
暁は、歩を止めると目の前には先程の爆破で出来たであろう瓦礫の山が廊下の先を塞いでいた。
この道は先は隔離病棟の名義をもったリンク達の収監所だ。
やはり、相手の目的は千条の脱獄なのだろう、テツはそう踏んでいたが暁のその表情は別な何かを見ている様だった。
「テツ、この見取り図は覚えているか?」
暁がそう言うとテツは、頭の中に記憶にある見取り図を頭の中で浮かべるとその情報がマツを経由して暁へと送られた。
「出入り口は、ここと非常用の通路だけ」
暁はそう呟くと非常用の通路へと向かい歩き出した。
《マツ、俺の感覚をテツと共有してくれ》
マツへ向けた念話が頭の中に響くとテツの感覚が妙に冴え渡る。
間違いない、これは暁の能力だ、範囲はかつてより少しだけ狭く感じるが向こうで何が起きているのか確かに感じ取れる。
「向こうは、争ってる?何が起きているんでしょう?」
フト、見えた収監所からは、複数人が争っている気配を感じとれた。
「恐らくだが、脱走する組とそうじゃない側の人間、それと、何か別なモノが動いているらしいな」
テツの問いに暁は無言で収監所を眺めると少しだけ表情を歪めた。
「恐らく、舞台作りだ、多分、俺達は何か間違えた捉え方をしているのかもしれない」
「それは?」
テツがそう聞くと、暁はゆっくりと首を横に振った。
「まだ不確定すぎる、とりあえず、中に入って確かめるのが先だ」
暁にそう言われ、テツはゆっくりと頷き非常用の出入り口へと足を早めた。
非常用の出入り口は、外にあり、そこは一見すると全く関係ない建物から離れた積み上げたブロックの小屋だった。
暁はドアの前に立つと自然とテツに視線を向けてきた。
中に誰かいる。
恐らく見張りなのだろう微かだがリンクの気配も感じる。
暁は、手を上げると指折りながらカウントダウンを始め、握り拳と同時にドアを勢いよく開けるとその隙間を身を低くして滑り込む様にテツは中に入る。
視線は気配を感じる方向、唐突に開いたドアに目出し帽を被った男が肩を震わせながらコチラを向き、素早く迫るテツに向かい自動拳銃を腰元から抜き構え様とするがそれをよりも早く抜き切る前にテツはその手を抑えると背後に周り自分の腕を相手の首に回した。
微かに聞こえる呻き声、背後に回る事で自動拳銃を握っている手を抑えるのが甘くなるがその手を後に入ってきた暁が前から抑える。
締めてから数秒後、目出し帽の男の全身から力が抜けるのを確認するとテツは締めていた力を緩め、暁はその手から自動拳銃を取り上げた。
グロックと呼ばれる自動拳銃の遊底をスライドさせ、薬室を確認し、腰元にしまいながら暁はテツに視線を向けた。
テツは、目出し帽の男のスボンのベルトで拘束すると男の首元に触れて、生存とその記憶を読み取った。
断片的に見える映像は、目出し帽を被った男女が8人、体格だけで判断するなら男が5人の女が3人。
リンクに接続しているからは不明。
見取り図で作戦内容を確認している。
対象は、3階の一番奥の部屋、ご丁寧に真横に写真まで置かれている。
しかし、そこには予想外の文字も見取り図の中に書き込まれていた。
「対象は、間違いなく千条の様です、ですけど、どうやら彼等の目的は千条の殺害の様です」
「なに?」
暁は、テツの言葉に一瞬何かを考える様に視線を外したかと思うと直ぐに視線を戻してきた。
「千条は、何処だ?」
「3階の1番奥の部屋です」
それだけを聞くと暁は、小屋の奥へと足を向けた。
小屋と病院は、地上からは離れているが地下通路で繋がっていた。
地下にはリネン室と機関室が設けられ、そこから病棟内へと入れる様になっていた。
テツは、正直今の病棟内へは、踏み込みたくなかった。
暁の感覚を共有しているからこそ解る事なのだが、今病棟内は、かなり危険だ。
今現在収容されている、接続者達が何人かわからないが少なくとも50人以上は居るであろその場所は今や血で血を洗う戦場と化しているからだ。
暁の能力は、見通す力だ。建物や人物、その奥にあるものを感覚的に捉え情報として得る力だ。
そして、その能力に物理的な距離などは意味がなく、暁がその人物を捉える事が出来れば接続することが出来る。
その能力を知るテツだからこそ、今現在の暁が千条について何も掴めてないのがよくわかった。
もし、千条と接続出来ていれば、何が目的なのかも確実にわからないにしても感覚的な何かは掴めている筈だし、共有してるテツもまたそれを知る事が出来るはずだ。
暁は、地下を歩みながら周囲に視線を巡らせる、上の方はまだ分かる、人の位置を把握しているのだろう、だが横や下を見る意味はテツには理解できなかった。
「テツ、ハルの木刀持ってるか?」
上り階段の前で立ち止まると振り返りながら暁が聞いてきた。
「はい、少しカスタマイズしてナイフサイズにして」
テツは腰元に隠し持っていたナイフを取り出し差し出すと暁はゆっくりと首を横に振った。
「ここから一気に3階まで駆ける」
その言葉が何を意味するのかテツは理解すると小さく頷いた。
それが合図だった、暁は少しだけ息を吐くと小さいモーションで素早く走り出した。
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何故、こんな事をするか?
テツは、そんな疑問が嫌な予感として頭の中に残っていた。
「テツ」
2階から3階の踊り場へ着いた時に暁に一声かけられ、その視線を置い上を向くと登りきった所に立っている人の気配が2人。
恐らく、見張りなのだろうが、こんな戦場の様な中で何故彼らは無事なのだろうか?
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上がりきるとそこにはコチラに背を向けている目出し帽を被った男が見えた。
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暁は、目出し帽の男の意識が階段から移動した瞬間に合わせて静かに背後に近づくと服の襟を掴みながら膝裏を蹴る。
目出し帽の男の体勢が崩れ前に倒れそうになるのを襟を掴む事で完全に倒させない首吊り状態なり、男はその場で体を捻る、暁もそれを予想していたのだろうアッサリとその手を離すと次に男の頭部目掛けて膝蹴りを放った。
しかし、その膝蹴りは頭部を覆う様に構えた腕によってブロックされ、その衝撃を逃がす為に後ろへ飛んだ。
未だに体勢は、整っていない。
このまま追撃をしたい所だが、あの構えでコチラは素手の攻撃だと的確なダメージを与える事は出来ない。
何よりも、これはどちらも陽動なのだから今この場で決着をつける必要性は無い。
暁と目出し帽の男が対峙しているその真横からそっと自動拳銃の銃身と握る腕が壁の死角から伸びてくる。
テツは、その腕を確認すると低く構えていた姿勢を起こしてその腕を天井へと向けた。
パンっと乾いた音が一つなり、それが全ての合図だった。
テツは自動拳銃を握った腕を天井へ向けた腕の肘を鳩尾に目掛けて落とし、相手の体がくの字に曲がるのと同時に自動拳銃を握った腕を絡めて、一気に体を捻った。
一本背負いの様な体勢でそのまま銃を握っていた者の体を背中から床に叩きつけると、体はバウンドしてそれは、アーチを描く様に体を反らせた。
腕を握った感触と体の軽さと細さから、どうやら女だったらしいが、テツは容赦なくその首を軽く締めて女の意識を落とした。
そして、視線を暁の方へ向けるとボクシングスタイルの目出し帽の男が数発の鋭いパンチを暁に向かい放っている瞬間だった。
暁は、それを2発を手で叩き落とし、残りをスウェイによって躱していた。
一瞬の間が開き、次に攻めてに出たのは暁だった。
しかし、暁は構えながらも相手に対して攻撃しようとせず、防御の構えもせずにスっと間合いを詰めていく。
根負けしたのか、目出し帽の男がジャブを放ち、それを躱しながら放たれたその腕を掴むと内側へと折り畳む。
目出し帽の男は、折り畳まれたその反動から体勢を崩し、膝を床に着くと暁は、その腕を抱えたまま自分の体を捻った。
目出し帽の男の体が半回転しながら投げられうつ伏せで倒れると絡めた腕を背後に回して拘束し、空いた手で剥き出しの後頭部を目掛けて拳槌を落とした。
テツは、それを見届けると自分が落とした女の首筋に手を当てて記憶を掴むと廊下の隅に置いてある鞄に近づいた。
暁は、どうしたのかと、見ているだけだったがテツが鞄から結束バンドを取り出すと納得した様に頷いた。
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言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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