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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199908《執悪の種》

傲慢な公爵

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 5m以上は、あるであろう窓ガラスは平日の忙しなく動く池袋の街を映していた。
 燦々と降り注ぐ太陽は、光量よりも強い熱波を落としそれを浴びながら歩く人々は何処かゾンビの行軍に見えた。
 一方の縁達が座る、窓ガラスの中は心地よい冷房の風と目の前テーブルには冷たいアイスコーヒー、そして灰皿までついている。
 これがあと数年後には、無くなるのだと思うと少しだけこの感覚に感慨を覚えた。

 池袋ファブルホテル、高層の高級ホテルのロビーは平日でも多くの外国人客で賑わっていた。
 誰も彼もが着飾り、ロビーを行き交っている。
 その一角の喫茶店のテーブル席に縁とハルは、煙草を吸いながら呑気に外を眺めていた。

「お前ら本当によくこの空気感でそんなに平然としてられるな」

 そしてもう1人、小太りの男が、気が気じゃない様子で周囲をキョロキョロしながらアイスコーヒーをチビチビと啜っていた。
 八坂 耀太やさか ようた、縁の幼馴染で池袋界隈の探偵業を営んでいる男だ。
 元々は縁と同じで高校から池袋のゲーセンに入り浸っていた男だったが元々の話好きと情報収集能力をチーマーから買われ、次にギャングから買われ、その噂を聞いたヤクザや警察からも買われる程の異様に顔が効くタイプの男で、縁の収入源の大元でもある。
 今回の情報も彼からもたらされた情報で本来ならそこで話が終わる筈なのだが何かをかぎつけたのか情報を教えるかわりにこの場に相席させるのが条件として提示してきたのだ。
 これ以上は、巻き込みたくなかったがこの条件を飲まなければ耀太の事だ、情報網を使って調べる筈だ、なら何処かで落とし所を設けておいた方が無難とも言えた。
 ハルは、そんな耀太の相席に対して何も思ってなかったのか想定内だったのか、気にする素振りを見せないままホテルからの景色を眺めていた。

「《私に用があるというのは、君達かな?》」

 聞き慣れない言語だが意味だけは頭の中で理解した。
 背後から唐突に声を掛けられた耀太は、慌てて立ち上がると営業のサラリーマンの様に何度も頭を下げながら現れた男に挨拶を返した。
 キッチリと整ったレッドブラウンの髪に顎髭、彫り深い顔立ちから覗く目がこちらを品定めしていた。

「《初めまして、ルシウス・ヴァンデルさん、私は八坂耀太、彼、東堂縁、そして彼がハルトです》」

 耀太がそう言いながら挨拶をするとルシウスは鼻を1つ鳴らしてゆっくりと空いてる席に座るとボーイを呼びコーヒーを1つ頼んだ。

「《それで私になんの用かな?》」

 ルシウスの問いに耀太は、愛想笑いを浮かべながら縁やハルに目を向けた。
 正直、縁はどうするか悩んでいた、確かに相手の言ってる事は理解できるが、話している言語が何語で喋っているのかわからないし、それで答えるには何語で話すべきなのかわからなかった。


「2年前、世良邸で何が起きた?」

 淀みの無い日本語でハルが簡潔に問うとルシウスは何を言っているのかわからないと言う様にゆっくりと首を傾けた。
 耀太がそれを訳して話そうとするがハルは、それをゆっくりと手を挙げて制止した。

「つまらない三文芝居やめろ、こっちには時間が無い」

 ハルは、そう言いながらリンクを煙の様に纏った左手をゆっくりとテーブルに乗せた。
 ルシウスは、その動作に傾けた首を直すとポケットからタバコを取り出してゆっくりと火をつけた。

「《彼に伝えてくれ、何をしたいかわからないが、私には力になれない様だと》」

 紫煙を吐きながらルシウスは流し目を耀太に向けた瞬間、左手に纏ったリンクが一筋の線になってルシウスの顔へ走るとルシウスはゆっくりと横へ躱した。

「次は当てる、分かるだろ?」

 ハルの眼差しがルシウスを今にも居抜く勢いで向けられ、その視線にルシウスはゆっくりと溜息を漏らした。

「《段取りと言うものがわからんか?我々はあくまで初対面だ、それも日本語とドイツ語で話すなんておかしな事をしているのに、彼にどう説明するつもりだ?》」

「今それが必要か?見たところそいつだって別に完全表の人間じゃない、踏み込みすぎたらやばい境界線ぐらい把握してると思うが?」

 ハルの応えに耀太が戸惑いながら縁に目を向けた。

「とりあえず、伝わってるみたいだから、今は大人しく」

「んな事は、わかってる。だがこれは何だ?後で説明くれんだろうな?」

 縁でも滅多に見れない耀太の動揺に縁は苦笑いしながら首を傾けた。

「《やれやれ、随分不躾な奴だ、そんな奴に私が何かを言うと思うか?》」

「もし、今やらなければ朝日は昇らないと言ったら?」

 ルシウスの表情が一瞬無くなると直ぐに微かな笑みを浮かべる。

「《実りの季節、多くの豊穣をもたらす素晴らしい生命の季節だ。しかし、果たしてその季節は王国に繁栄を与えるだろうか?》」

 その応えにハルは目を見開くと立ち上がった。

「正気か!?」

「《彼が望んだ事だ、世界を止める前に王国を滅ぼすと》」

「だとしても、これ以上はもう無理だろ!」

 ルシウスの目元が一瞬キツくなる。

「《それでも、実りは豊穣をもたらすと約束した》」

「それをお前はバカみたいに信じたのか?どんな状態かも分かっているのに?」

 ハルの言葉にルシウスは、押し黙ると大きな溜息を漏らした。

「《私だって彼を止めた、何度も、しかし止まらなかった。本当に師弟似ているよお前らは》」

 ルシウスの応えにハルは盛大な溜息を漏らすと椅子に座り直し俯いた。

「2年前、97事変、アレを起こしたのはお前達は世良の計画を阻止しようとした、そうだな?」

「《今更それを確認してどうする?》」

「今回のことは、それと繋がっている。違うか?」

 ハルの言葉にルシウスは紫煙を吐きながらゆっくりと背もたれに体を預けた。

「《そうだとしたら?》」

「だが、失敗した、そして計画を変更した、それが今回の事と関係あるはずだ」

 ハルの言葉にルシウスは、無言のまま静かにその姿を見つめ、ハルはそれに応える様に言葉を続けた。

「しかし、今回はマルクトがそれを阻止する様に先手を打った、それがあの爆破事件、だがわからないのは、阿部達の事だ、アイツらは何だ?これはお前らか?」

 ルシウスは、ゆっくりと首を横に振ると静かに縁に目を向けた。

「《孤高の王よ、お前はどうみてる?》」

 唐突に問われ、縁は少しだけ首を傾けた。

「わからない、そもそも俺からしたら97事変の事もちゃんと知らない、知ってるのは精々、かつての内調の官僚だった世良の自宅に襲撃犯が居たという情報だけだ」

「内調の世良、もしかして世良 刀兵衛せら とうべいか!!?」

 世良の名前に素性に耀太が大きな声で反応し、全員の視線が刺さる様に集まると自体を察したのか口を閉ざして体を小さくした。

「《あれ自体は、ある男の単独行動だった。そしてそれは私の考えとも一致していた。あの男の暴走は止めるべきだとな》」

 あの男、そのワードに縁の頭の中に1人の男の顔が過ぎった。
 彫りの深い中東系の顔立ちに中肉中背だがしっかりとした体格、まだ20歳手前であろうその容姿とは、かけ離れた喋り方と佇まい。
 アンバランスの様で何処か均整を取れた雰囲気を持っていた。

「それこそ、どうなんだろうな?少なくともお前は、その男を主または、神と崇める側の存在だろ?」

 縁が率直な疑問をぶつけるとルシウスはゆっくりと窓の世界を指さした。

「《世界は単一でできているのではない、光があり闇がある、どちらかかければそれは白いだけか黒いだけの何かだ、無もまた有があればこそ証明される、ならば有が無いのならそれはもはや無ではなく、ただの空白でしかない》」

「つまり、お前は最初から反逆する為に生み出されたと?」

「《そうでなければ世界は創れない》」

 世界を創る、その言葉に縁は鼻で笑ってしまった。
 創るどころか破壊尽くしていたというのに何を言うのか、あんな悲惨な状態を創るという意味ならもはや完遂していたと言っても過言では無いが。
 そんな縁の様子に何かを察したのかルシウスは口元に笑みを浮かべるとゆっくりと頬杖を付いた。

「《何かご不満な様子だな?》」

 その問いに縁がゆっくりと首を振るとルシウスは煙草を一口吸い、紫煙を吐いた。

「《もし、新しい世界を構築するのに何をまず変えないと思う?孤高の王よ》」

 ルシウスが何を言いたいのかその問いで縁は直ぐに察した、この言葉は奴にもあの時に言われたので嫌でも頭の奥底にこびりついていた。

「普遍、常識、構成、今の現状だろ?お前の主に言われたよ」

 縁の答えにルシウスは怪しく笑うとゆっくりと首を横に振った。

「《それで、世界は変わらない、必要なのは白と黒なのさ、正義と悪、それがあれば世界を変えられる》」

「なら、アイツらは正義と悪をひっくり返すつもりだと言うのか?」

「《正確には飽和な平和をだけどな》」

 飽和な平和?
 その言葉に縁はルシウスの言葉が何を表しているのかわからなくなり、自然と視線をハルに向けてしまった。

「その飽和な平和さえ、お前らが培ってきた賜物だろ?」

「《それがこの国に何をもたらした?》」

 ハルの視線が一瞬鋭くなる。

「なら、奴等は思い通りに育たなかった国民を滅ぼす為にあんな事をしたのか?」

「《正確には、違う。言ったろひっくり返して新し世界を創ると》」

「選別って事か、生かす価値があるのか否かの?何様だ?」

「《支配者だよ、少なくともあの男は自分はそうだと自負していた》」

「それが実りとどう関係ある?かつての親友だったとしても…」

「《彼もその一端を担っていたからだよ》」

 ルシウスの言葉にハルは口をつぐんでしまった。

「《お前と同じパスを持ち、あの男の親友、何もしてない筈がないだろ?あの男もまたこの国を戦後からここまで育てる為にその一端を担っていたのさ》」

 ハルは、そのまま徐に立ち上がるとテーブルに手を置き腰を曲げてルシウスに詰め寄った。

「応えろ、お前はしってるだろ?何故マルクトはこの時代に来れた?アイツは消滅した筈だし、何よりもこの時代に奴は顕現してなかった筈だ」

「《少しは考えろよ、何故2年前に実りはあの男の襲撃を失敗したと思う?あの時には既にアイツもまたこの世界に顕現していたからだよ》」

「なら、なぜ儀式をしない?」

「《簡単だ、大事なのは儀式じゃない、昇る太陽さ、本当ならそうでないと意味がなかった、だからアイツらは私に手を出せなかった》」

 ルシウスの言葉にハルは怪訝な表情を浮かべた。

「《お前は彼から何を聞いたか知らんがアイツが欲しいのは昇る太陽、世界を顕現するその光だ》」

 ルシウスの口調に熱を帯び、それと相対する様にハルの表情は凍りついていく。
 しかし、ふとハルの視線が空を彷徨い、再びルシウスを見た時にはその表情は少しだけ妙な表情になっていた。
 何か違う、そんな表情だ。
 ハルは、鼻をひとつならすと背筋を伸ばして踵を返しホテルの出入り口へと歩き出した。

「おい、急にどうした!?」

 縁が慌てて声を掛けるとハルは首だけ振り返り。

「もうそいつに用は、ない。飯坂病院に向かう」

 それだけ言うとその背中は出入り口を出ていってしまった。
 縁は、慌てて立ち上がり、ハルの背中を追い掛けて走り出そうとするとルシウスが声を掛け、振り返ると車の鍵を投げてきた。

「《地下の66番に停めてある、好きに使え、それと王国は1人では成り立たない、これだけは覚えておけ》」

 縁は、ルシウスに対して軽く会釈をすると携帯を取り出しながはホテルを後にした。
 王国は、1人では成り立たない。
    ルシウスの最後のその言葉は、縁の頭の奥でシミの様にこびりついていた。
    なぜ?縁がその答えを知るのは、終わりを迎える直前だった。

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